散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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はじまり 【後篇】   (2005/10/08)
 いくら自分の夢を追い掛け続けているからって、毎日を迷わず生きていけるなんて限らない。自分自身で決めたはずの道でも、不安でどうしようもなくなってしまったり、結果がなかなか出ない事に焦ってしまったり、次第に苦痛になってしまう人も居る。自分がこれだと決めて目指しても、その道で食べていけるかどうかは、絶え間ない努力と素質、そして運がなければならないのだ。

 若者は、ロックスターになる道を選んだ。親の反対を押し切って上京し、ギターを抱えて流離う日々。そして信頼出来る仲間を集め、バンドを結成してはライブに明け暮れていた。もちろん、生活するために働かなければならない。日雇いの派遣の仕事をやっては、自分と同じくらいの歳の社員にこき使われ、それが嫌になって辞めてしまうことも多かった。安定しない収入をどうにか改善するために、待遇の良い深夜バイトを長期の希望で採用に応募しても、“ロック”の象徴であるツンツンにとんがった髪型と腕のタトゥーが、不真面目そうだという先入観を呼んではことごとく断られ続けた。しかし若者にとっては今の自分の姿形が自分なのであって、それを仕事のために変えるのはどうにも耐えられなかった。かといって収入が安定しないことにはバンド活動に集中出来ないし、自分自身でも将来に対する漠然とした不安というものを抱えてしまう状況となってしまっていた。

 バンドの練習に向かう途中、若者はいつものように電車の中で音楽を聴いていた。ちょうど作っている最中のオリジナル曲のデモを流しながら、より良い曲にするためのアイディアを練るのが習慣だった。お気に入りの高性能ヘッドフォンは、ハイクオリティーな音質を保証してくれると共に、外部の音を完全にシャットアウトしてくれた。目を閉じれば音の波の中に居る自分を感じ、まるで自分自身と音楽で対話をしているような心持ちになった。しかしながら最近は、目を閉じて頭の中に浮かぶのは、この先この生活を続ける事への不安だった。そしてその不安は日に日に大きくなっていき、若者の音楽への情熱や創作意欲を鈍らせて、バンド活動にも少なからず影響を与えるようになっていった。やる気に満ちて上京してきた当初と今の状況を比べ、ほとんど変化や進歩を感じる事が出来ない事実に、若者は戸惑っていた。

 築何十年は経っている、4.5畳程の若者の部屋には、ギターの楽譜やCD、レコードといったものが多く散在していて、足の踏み場も無い程であった。部屋の入り口のすぐ側には黒いアタッシュケースが置いてあり、その中にはエフェクターやリズムマシンなどのライブで使用する器材がギッシリと詰まっていた。バイトをしては器材を購入し、そしてまた別の器材が欲しくなったら日雇いバイトをした。そうこうしている内に、アタッシュケースに入りきらない程の量になってしまっていた。そんな部屋の中で、若者はギターの練習に明け暮れ、時折ヒートアップしすぎては隣の住人から騒音のクレームが来たりしたものの、それにももう慣れてしまっていた。

 そんな部屋の中で唯一異質に感じられるのが、部屋の端で壁に掛けられているスーツだった。若者の日常には全くと言っていい程必要のない物体だった。そのスーツは、一月程前に友人の結婚式に出席した際に着けたもので、その時からそのまま放っておかれたものだった。クリーニングに出して清潔な状態だったスーツも、煙草の匂いを存分に吸収してしまっていて、清潔感をすっかり失っていた。

 若者には彼女が居た。同じ街から、それぞれ同じように夢を持って上京し、共にその道を歩んでいた。若者のライブには必ず来てくれていたし、彼女なりの意見をいつも率直に言ってくれて、その意見は若者にとっては一番の反省材料でもあり励みでもあった。しかしいつまで経っても見えてこない自分達の将来に耐えられなくなり、結局若者の元を離れていった。「あなたは夢を追い掛け続けて。私は普通の生き方で幸せを見つけるから」と言い残した彼女が、その後地元に戻り事務として働いていると、若者は人づてに聞いた。そして友人の結婚式で久しぶりに見た彼女は、自立した立派な社会人として若者の目には映った。
 その結婚式では、彼女だけでなく周りの友人達それぞれが、立派に成長しているように若者には感じられた。そして、何も変わらぬ自分だけが取り残されたような感覚に襲われた。事実、友人達の口から漏れる言葉は、仕事の愚痴や将来のキャリアプラン、最新の経済ニュースがほとんどであり、昔のように真剣に音楽の話をしてくれる人はもう居なかった。周りが変わったのか、それとも自分が変わらなさすぎたのか、結婚式後に久しぶりに足を運んだ実家の部屋の中で、若者は自分に問いかけた。しかしいくら問いかけてみても、まだ何も答えを出せないままだった。

 若者がその解答を迫られる事になったのは、実家からの一通の手紙によってであった。その手紙には母親の字で、父親が倒れてしまった事が書かれていた。現在は入院していて命などには影響がないものの、この先今まで通りに働いたりすることは難しいと書かれていた。そして手紙の最後には、そろそろこっちに戻ってきなさい、仕事先は何とか探しておくから、とも書かれていた。
 こうして、自分自身で答えを、選ばなくてはならなくなった。

 その出来事をきっかけとして、若者は改めて今の生活に限界を感じ始めた。自分のセンスを信じてロックスターを目指し活動してきたものの、センスは疲弊し、支えているのは根拠のない自信とプライドだけだった。そして曲が評価されなければ、自分の音楽を理解出来ない方が悪いのだと自分自身に言い訳をしていた。
 アルバイト自体は深夜勤でようやく安定していたものの、かといってバンド活動に手応えを感じていないこの状況では、何のために働いていて、何のために上京してきたのかもわからなくなっていた。

 ある日、若者は雨の中をアルバイトに勤しんでいた。ようやく若者が見つけた深夜バイトは、カラオケ屋の呼び込みだった。道行く人々に声を掛け、カラオケを勧める仕事だった。高校生や大学生にはうまく話をつけて呼び込むことが出来ても、自分よりも上の年代、特にサラリーマンを呼び込んでも、全然見向きもしてくれないのがほとんどだった。そういうこともあって、声を掛ける若者にとっても、サラリーマンへの呼び込みは「ちゃんと呼び込みをしている」というアリバイ工作のようなもので、真剣に呼び込む気はほとんどなかった。
 雨の日は皆足早に通り過ぎるので、団体客以外の客を呼び込むのはかなり難しい状況だった。若者の同僚達もそのことは知っているので、全くやる気が無く、雨に濡れないように雨宿りをし、雑談をしては笑いあっていた。いつもならその中に若者も含まれていたものの、この日の若者は、一人真面目に勤務をこなしていた。雨に濡れる事も気にせずに、道行く人々に声をかけ続けた。若者はある決意をしていたのだった。

 若者は、これまで自分が真面目に生きてきたと思っていた。バンドも真剣に取り組み、バイトも人間関係がこじれて辞めてしまってはいるものの、仕事自体はきちんとこなしてきたはずだった。しかし、今思い返してみると、それは単なるアリバイ工作のようなものだったのではないかと思えてきた。地元の親に対してと、自分自身に対して。働きながら夢を追い掛けているという立場に、安住してしまっていたような気がした。そこで若者は、あることを試していたのだ。
 これまで、客の呼び込みは軽い口調で行っていた。大きな声を出せば店側も満足らしく、細かな口調までは気にしていなかった。しかしその勢いだけの呼び込みでは、やはり学生や若い人々しか呼び込む事ができなかった。そこで若者は、これまでとは違い、心をこめて仕事をしてみようと考えた。勢いだけでなく、一人一人の呼び込み客に対して、きちんと対応してみようと考えた。それは、ある意味自分自身を試す意味合いもあった。
 そこに、いつも店の前を通るあるサラリーマンがやってきた。この男は、これまでいくら呼びかけてもすぐさま拒否されていたので、いい加減若者も顔を覚えていたのだ。今までは大声で呼びかけながら無思慮にチケット付きのポケットティッシュを差し出していたため、その男は見向きもせず、疲れ切ったような顔を引きつらせては拒否をして行ってしまうのが常だった。そんな男に、若者はあえて積極的に声を掛けに行った。「カラオケいかがですか?割引チケットもありますよ」と、大声を全体に響かせるのではなく、丁寧に、そしてその男だけに語りかけた。すると男は、一瞬若者の顔を見上げると、若者が差し出した割引チケットを受け取ってくれた。男が無言だったとは言え、自分の行為が受け止められた事に対して、若者は素直に嬉しさを感じた。そしてそれと同時に、如何に今までの自分が仕事を真剣にこなしていなかったのかが分かった気がした。今更分かっても遅いような気がしたが、若者はその感覚を忘れぬよう、この日は次々に通行人に話しかけては、客を店まで案内したり、チケットを手渡したりしていた。その日の仕事を終えた後の満足感といったら無かった。

 翌日、若者は引っ越しの準備を始めていた。母親からの手紙の後色々と考え、結局地元に戻るという決断を下していたのだ。部屋に散乱していたCDやレコードを段ボールの中に詰め込んでは、昔を思い出していた。ギタリストに憧れて懸命にギターソロを耳コピしたCDや、彼女が都内を駆けずり回って探し出してきてくれたレアレコード、そして上京してすぐに作ったオリジナルのデモテープ。それらを一つ一つ丁寧に詰め込んでいった。その作業をしつつ、果たしてこの部屋で過ごした時間は無駄だったのだろうか、と自分に問いかけていた。確かに世間から見れば無駄な時間に見えるかもしれない。夢を追い掛けて地元を飛び出し、そして夢破れて地元に戻る。しかしその間の時間は、若者にとっては少なくとも忘れたい記憶では無かった。
 確かに、後悔がないわけではなかった。しかしその後悔は、今にしてようやく気付いた「真剣に生きること」を自分が実践出来ていなかったことへの後悔であって、夢を追い掛けた事に対しての後悔ではなかった。生きる事に懸命ならば、詰まらないバイトであっても少なからず満足感は得られ、そしてそのモチベーションでもってバンドにも精を出せていたのかもしれない。そしてその良いサイクルを維持出来ていれば、あるいは若者の夢は叶っていたのかもしれない。ただ、もう機を逃してしまっていた。
 若者は、地元に戻り就職し、普通の人生を歩む事を選択した。今はただその新たに選んだ道を、進んでいくしかなかった。夢を追い掛ける事で得た経験を糧に、頑張って生きていくしかないのだった。若者は、すっかり片付けが終わり妙に広く感じる4.5畳の部屋の中で、今後暫くは音を奏でないであろうギターを取り出し、コードを鳴らしては今の自分を歌いあげた。“はじまり”と題したその曲は、自分自身に一番染み入り、今更ながら自分のセンスも悪くないかも、と思ってしまって、若者はそれをおかしく感じ、笑いながら何度もその曲を歌い続けた。その歌い続ける若者の姿は楽しそうで、まるで上京したての頃のような情熱があった。

 その数日後、若者は大荷物とギターを抱え電車に乗り、慣れ親しんだ東京の街を後にした。そして後ろに過ぎていく街の情景を眺めながら、数日前に作った“はじまり”という曲を、小さな声ながらも心を込めて口ずさんだ。その口ずさまれたメロディは、若者の頭の中で奏でられたギターの音色に乗って、全てを飲み込みそうな東京の夜空に吸い込まれては、儚げに消えていった。
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この記事に対するコメント

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【2005/10/09 10:11】 | #

↑双璧を成すそれぞれの「はじまり」↓
 前編・後編というよりは対になった姉妹作といった感じですね。「男」と「若者」の社会的立場が入れ替わる,合わせ鏡のような趣向。
 ふたりとも同じようにフラれているのが一種の符号となっていると思う。進むベクトルは正反対かつ境遇こそ違えども、彼らがコインの表と裏のような関係にあることを示唆している。
 男の未来と、若者の未来。我々の未来はどっちの未来なんでしょうね? 大作おつかれさまでした。
【2005/10/09 20:48】 URL | CameLieOn #-

おもしろかった。
前編のところの言い回しで、多少苦手なところが
ありましたけど、大層読みやすくってすんなり
世界に入り込めました。
私は新宿をイメージしてこれをよんだのだけれど、「あのカラオケやの前」とか「あの電車の中」とかね。楽しめました。セリフよりも心理描写が主立っていたのが小生の好みにぴったりでした。
【2005/10/16 12:43】 URL | Shin #-

拝見させて頂きました^^
前編が綺麗に完結しているようだったので、どんな後編になるかと思っていたらこう言うことだったんですね^^
それぞれの人生があり、それぞれの運命がある。
絡むようで絡まない違いの人生。
絶妙なさじ加減がとても良いです。
後に残る、切ないような、爽やかなような感情も素敵でした。
次回も頑張ってくださいね^^
【2005/11/09 21:33】 URL | ロビタ #gPxiGQPc


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