散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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眩暈   (2007/06/23)
 梅雨らしからぬ乾いた天気が続いている。早い夏が来たかのような暑い土曜日、貞夫は新築したばかりの店舗兼事務所を眺めていた。公園通りが延長開通してから、予想通り売上は順調に伸びている。
 五年前に父から継いだ会社もようやく自分のものになってきた感がある。取引先の連中も、会社が大きくなるにつれて低姿勢になってゆくのは世の常だろうか。いい気になって経営哲学などしゃべり始めると、妻にたしなめられることもしばしばだ。
 妻は出来た女である。慎み深く、聡明な女だ。会社が傾きかけたときも根気強く、立直しに尽力してくれた。出来た女房である。

 日曜日。
 事務所の引越しもひと段落したので、久々の休日である。普段より少し遅めの朝、起きざまに軽い眩暈に襲われる。最近よくあることで、別段気にも留めない。妻は休日だというのに朝からせわしなく働いている。貞夫の昔からの無愛想に妻はすっかり慣れてしまったようだ。
 娘の仁美とは昔からあまり話さない。子育ては全て妻に委ね、仕事ばかりしていた。年頃の一人娘は何を考えているのか、貞夫には皆目分からず、派手に爪を塗り、目を塗り、唇を塗っている姿など見るにつけ、妻の若い頃との対比に苦しむのだ。

 居間に置かれたヒノキの置物から漂う香ばしい香り。その隣で新聞をひろげるのが貞夫の日課だ。近所の河べりに立つ樹齢六百年と言われたケヤキの樹が折れた、という記事を読みながら、子供の頃、よく遊んだその樹を思い出していた。この街のご神木だった。
 絶えず軽い眩暈が続いているのは、疲れが溜まっているのだろうと思った。

 めずらしく娘が、お父さん、と声をかけてきた。いつもと変わらずお互いに無愛想な親子である。次の瞬間、突き刺さる言葉が娘の口から吐き出された。

 「あの女の人、誰なの?」

 言葉を失う貞夫に、娘は答えなど求めていないとばかりに、背を向け派手にドアを閉め部屋を出て行った。妻は聞こえないのか聞こえないふりをしているのか、せわしなく居間の片付けをしている。小骨が喉にひっかかったように、鈍い喉の痛みだけが残った。

 月曜日。
 組合の会合だと言って仕事を早めに切り上げ、佳代のアパートへ向かった。食後の一服を愉しみながら佳代に伝えた。
「娘に、見られたようだ。」
 佳代は小さな目を少し大きくして、そう、と静かに言った。

 佳代と懇意になって三年が経っていた。妻とは正反対の四十手前の不器用な女である。少しの小遣いで月に何度か会っている。とは言え、この小さな街ではすぐに噂になりかねないので、外で会うことはほとんどしない。最近唯一外で会ったといえば、先週末、出張帰りに隣り街のシティホテルへ行ったぐらいのものである。
 佳代はベッドの上でも、妻のようにうるさいことは言わない。面倒なことも一切言わない女である。三十半ば過ぎまで独身でいるのは自分のせいだろうか、と申し訳なく思うこともあるが、佳代からは結婚を迫られることもない。お互いに丁度いい距離を保っているのだと、勝手に解釈していた。

 少し間を置いて、強張った声で彼女は、実は、と切り出した。
 「私、地元に帰ることになったんです。」
 喉の痛みを再び思い出し、軽い眩暈がそれに続いた。
 「今までお世話になりました。」
 不器用ながら、はっきりした口調で佳代は言った。

 深夜の帰り道は真っ直ぐに続く公園通りである。
 貞夫は昔から自尊心が人一倍強いたちである。佳代からの突然の別れは全く予想外のことだった。苛立ちにも似た感情が、貞夫から冷静さを奪っていた。いつもよりアクセルを踏む足に力が入る。
 冷静さを取り戻そうと、葛藤が続いていた。
 あのT字路を曲がりきったら忘れよう、とふと思った。
 貞夫は年甲斐もなく、その急カーブを曲がるときの高揚感が好きだった。見通しの悪いそのカーブは対向車線に大型トラックでも来ると、昼間でもひやりとする。
 アクセルを踏む。ハンドルを強く握る。
 佳代の言葉と、娘の言葉、妻の態度、ふがいない自分。諸々が浮かんでは消えた。このT字路を曲がったら、いつもどおりの日常に、何も無かった日常に戻るのだ、ともう一度心の中で唱え、アクセルを踏んだ。
その時、激しい眩暈が貞夫を襲った。ぐるりと世界が回った。T字路を曲がりきった瞬間、対向車線のヘッドライトが眩しくぼやけた。白い壁が、目の前に迫った。
 眩暈の中で光に包まれる感覚は、今まで経験したことのない高揚感だった。次の瞬間、鋭い衝撃音と熱さのような激痛が走った。

 シャッターが下りたように視界が暗闇になり、見たこともない折れたケヤキの巨木が、貞夫の脳裏にぼんやりと焼きついた。不思議な程の静寂が貞夫を包み、痛みも怒りも感じなくなった。
                             
                                         了
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