散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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バトルみかん 【後編】   (2007/04/01)
 僕は静かに目を閉じた。4組のみんなの声が、耳の奥に響いた気がした。脳裏に蘇るのは、みんなのはじけるような笑顔。そして、脇本暗殺作戦の成功を祝福する声。
 「やったな山田!」
 僕は力無く返事をした。
 「ああ・・・」
 その声は、やけに静まり返った教室に反響するだけだった。
 腐ったみかんを見つめる。僕はまだ、戦えるだろうのか・・・。




脇本暗殺作戦が成功した4組では一之瀬からの指示が飛んでいた。
 「俺達の最大の脅威であった脇本は倒した。ここからは積極的に打って出るぞ。2階は5組に任せて、俺達は植草を救出に行くぞ!男子はみんな出撃だ。女子も体力に自信があるものは付いて来い!」
 植草はこの暗殺作戦の功労者だ。ぜひ助け出したい。その思いは皆同じだ、何人かの女子が部隊に加わった。
 「ただし、山ちん、岡ちん、二人は大変な作戦をこなした後だから、救出には行かなくていい。」
 「ちょっと待てよ、僕も行くよ。」
 彼とは生死を共にした仲間なのだ、戦友なのだ。是非とも行きたい。
 「いや、それよりもやってもらいたい事があるんだ。1組がどうなっているのかを知りたい。どうも静かすぎる。すまないが屋上を偵察してくれないか。」
 「いや、でも・・・」
 「頼むよ、ここは仲間を信じてくれ。それに、みんなにも手柄をあげさせてくれよ。」
 それを言われると、何も言い返せなかった。みんなのことを考えてる、一之瀬の方が正しいとも思えてきた。
 クラスの大半は植草救出部隊として編成され、僕と岡ちんは中央階段を使って屋上を目指した。4組の守りは西正に任された。浦瀬はすでに5組に戻っており、2階の制圧部隊を出撃させんとしていた。
 ここまでは思い通りの展開だった。2階の制圧はほぼ確実、1階も植草救出だけでなく、そのまま制圧できるかもしれないのだ。給食室を押さえれば長期戦にも耐えられる。屋上の1組も、5組と挟み撃ちにすれば問題はないだろう。こうなると考えるべきは、いつ5組と手を切るか、ただそれだけだ。
 「なあ岡ちん、5組を裏切るタイミングって結構難しくないか。」
 僕は岡部に疑問をぶつけてみた。
 「とりあえずは1組を叩いてから、と言いたいけど、それは向こうも考えてることだからなあ。」
 そうなのだ、だから1組を全滅させてからでは遅い。かと言って、単独で1組と戦えば苦戦は必至だろう。1組には、新型なわとび「ニュースキッパー」という兵器がある。「当たっても痛くない」という売り文句を信じて買ってはみたものの、当たるとやっぱり痛いという、肉体・精神の両面でダメージを受けてしまう代物だ。これを三重跳びの達人、嘉堂が華麗に操ってくるのだから、かなり手強い。ましてや僕たちは、3組との戦いでそれなりに消耗している。1組と正面から事を構えるのは得策とは言えない。それは5組も同じ事だ。
 屋上への出口は特に封鎖されてはいなかった。辺りを警戒しながら屋上の様子を窺ってみる。1組は西階段周辺に陣取り、縄跳びの訓練にいそしんでいる。見たところ、クラス全員が揃っているようだ。2組との交戦はまだ無いのだろう。
 岡ちんが言う。
 「なんか、ほのぼのしてるな。とても戦争中とは思えないよ。」
 確かに彼の言うとおり、1組の連中はまるでいつもの休み時間のように、縄跳びを楽しんでいるように見えた。
 「あいつら余裕だな。2組ともやりあってねえみたいだし。」
 「これは5組と手を組まなかったら、とてもじゃないけど勝てない相手だな。むしろ、1組と同盟したいよ。」
 出口からわずかに顔を出して様子を窺う。すると、10人程の兵士が西階段を降りていくのが見えた。脇本戦死の報が届いての動きだろうか。
 「岡ちん!1組が動いた。10人ばかし階段を降りたぞ。」
 「2組の制圧に向かったか。」
 いや、それは無い。2組とて戦力は十分にある状態だ、もっと大勢で行かなければならないだろう。もしや、これは・・・。身を乗り出して東階段を見た。すると、一瞬だが人影が見えた。おそらくは5組の警備兵だ。
 「なあ、岡ちん。お前がさっき言った事だけど・・・。」
 「ん?5組と組んでて良かったって・・・。」
 「違う!その後だ。」
 「ああ、1組と同盟したいって話か。」
 「今、5組の奴が東階段にいた。」
 「偵察か?」
 「それならいいんだけど、もし5組と1組が裏でつながってるとしたら。」
 「何、まさか!」
 「だって、僕たちは屋上の警備は全くやってなかったんだぜ。5組は東階段を自由に使える。1組との交渉も可能だ。今もなにかの合図を出したんだとしたら。」
 「救出部隊が危ない!」
 僕たちは猛ダッシュで階段を駆け降りた。
 「西正!1階に援軍を!」
 「どうした山ちん。」
 「やばいよ、5組が1組とつながってやがる!今、1組の連中が階段を降りた。一之瀬たちが狙われてる!」
 「何だと!くそっあいつら早くも裏切りやがって!おいみんな!今から救出部隊の救出に行くぞ!」
 救出部隊救出作戦。なんと滑稽な任務なのだろう。だが、ここで主力がやられれば4組は終わりだ。西正が叫ぶ。
 「山ちん!みかんを持っていけ!」
 最終兵器である腐れみかんを早くも投入とは。なんてことだ。
 みかんは教室の片隅でビニール袋に包まれて、静かに発酵が進んでいた。袋を開ける。慌てていたため、腐臭をもろに吸い込み、死にそうになった。これの直撃を食らったら即死だ、間違い無い。
 突撃の号令とともに、4組全員が中央階段を駆け下りた。一之瀬、植草、無事でいてくれ。
 1階から悲鳴が聞こえた。戦いはすでに始まっている。やはり5組は裏切ったのだ。
 「浦瀬!おめえって奴は!」
 「ハッハー!3組なんかいつでも潰せるからな!まずお前らから先にやった方がいいと思ってよ!」
 「てめえら!」
 一之瀬の声だ。間に合うか。
 「一之瀬!生きてるか!」
 「西正!」
 「くそ、もう来やがったか!だが大した数じゃねえ、まとめてやっちまえ!」
 一之瀬の部隊は西側からのニュースキッパー部隊にかなりやられていた。さらに5組の予想外の裏切りもあって、多数の死者を出していた。奴らは女子にも容赦無く関節技を掛けていた。血も涙も無い連中だ。僕たちは5組の部隊のど真ん中に突撃した。腐れみかんを力いっぱい投げた。卑怯な裏切り者どもに、憎しみを込めて投げつけてやった。一之瀬の部隊もカンチョー攻撃、電気あんまなどの攻撃を繰り出して必死に防戦した。
 背後からは1組が執拗な攻撃を仕掛けてくる。
 「食らえ!三重跳び!」
 「ほーっほっほっほっほ、女王様とお呼び。」
 何だ、あのクレイジーなドS女は!天本か!
 1組の攻撃力は予想以上だった。我ら4組の部隊は混戦の中で次々と倒れて行った。
 「横瀬!青柳!君津ぅ!」
 コブラツイストで、四の字固めで、ニュースキッパーの連打で次々と死んで行った。僕はもう、気がおかしくなりそうで、とにかく相手の顔めがけて、たとえ女の子であろうと、ただただみかんを投げた。
 「きゃあ!ひどい!」
 相手は憎しみの眼差しを僕に向けながら死んでいく。それでも僕はみんなを助けたい一心で、みかんを投げ続けた。悲鳴がフロアに響き渡る。
 「痛い痛い!ギブギブギブ!」
 誰かが関節技で死んだ。
 「うげぇ臭え。」
 にぎりっぺで死んだのだな。
 「うううええううういいいあああ!」
 電気あんまで逝ったのだな。
 だれもがみな、敵を憎み、ひたすら戦い、殺した。全ての者の心に鬼が宿っていた。もう、どうにもならなかった。
 「撤退!撤退だ!」
 一之瀬の声が飛ぶ。しかしこの状況、撤退すらままならない。
 「ここは俺に任せて、お前らは逃げろ!」
 「無茶だ!一之瀬!」
 「いいから行け!お前らは生きろ!そして4組から優勝者を出せ!」
 「一之瀬ぇ!」
 「うおおおおおおぉぉ!」
 一之瀬は一人、ろくに武器も持たずに5組に突撃して行った。
 「くそお!撤退だ、撤退しろぉ!」
 僕たちは必死になって階段を駆け上がった。後ろをふり向かずに、ひたすら登った。教室にたどり着いたとき、生き残っていたのはわずかに6人。僕と岡ちん、西正、植草、渡瀬、相川。たったのこれだけだった。
 「くそ、くそお!」
 相川が泣きながら床を叩いた。僕たち4組は優勝候補だったはずだ。それなのに、どのクラスよりも早く全滅の危機に瀕しているのだ。それを思うと、僕も泣きたくなった。
 「どうすんだよこれから・・・。」
 渡瀬がつぶやいた。
 誰も答える事はできなかった。僕たちがこれからどうなるか、これからどうしたら良いのか、そんなことは誰にもわからなかった。
 突然、相川がすっくと立ち上がった。
 「相川、どうした。」
 「トイレだよ。」
 いきなり声も無く立ち上がるから、驚いてしまった。
 それにしても、これからどうすれば良いのだろう。たったの6人では戦いようがない。5組も1組も、かなりの損害を出したとはいえ、主力は依然として健在だ。2組にいたってはほぼ無傷の状態。壊滅間近の3組でさえ、今の4組よりはマシなのかもしれない。わずかに可能性があるのは、2組との同盟だ。現時点で最も戦力があるわけだし、これまで直接の交戦がなかったのは2組だけだ。そして2組には幼稚園からの幼なじみである三鷹がいる。彼を通じて交渉すれば、2組を味方に付けられるかもしれない。4組に残された希望は、もはやそれしかないと思われた。
 「うごおおぉ!」
 突然、トイレからうめき声が聞こえた。相川の声だ。
 「相川!」
 僕は反射的にトイレに飛び込もうとしたが、西正がとっさに制した。
 「落ち着け。きっと中に伏兵がいる。」
 「まさか。」
 「全員を救出に駆り出したからな、ここの守りがいなかったのを考えなかった。しくじったぜ。」
 なんてことだ、僕たちがやろうとした事を、敵に先にやられるなんて。
 「ようし!トイレの中にいる奴、いるのは分かってるんだ、あきらめて出て来い。出てこなかったら、トイレの花子さんを呼んじまうぞ!」
 西正の勧告に観念したのか、ゆっくりとドアが開いた。僕たち5人は身構えた。出てきたのは、2組の三鷹だった。
 「三鷹ぁ、てめえか!」
 悔しかった。相川がやられた事も、やったのが三鷹だった事も、2組との同盟の目が無くなった事も。
 彼は生乾きの雑巾をぶら下げていた。その悪臭で相川を殺したのか。
 「三鷹、てめてよくも!」
 「落ち着け山田。」
 西正はリーダーを失った4組を、なんとか立て直そうと、冷静な態度を貫いた。
 「三鷹、観念しろ。お前はもうだめだ。だが、2組の戦力と今後の作戦をしゃべれば降伏を受け入れてやる。それが嫌なら、きっつい死に方することになるぜ。」
 三鷹は雑巾を持ったままこちらをじっと見ていた。やがて意を決して歩み出すと、雑巾を振り回して猛然と突っ込んできた。
 「勝つのは俺達だあああ!」
 彼の表情は追いつめられた野獣そのものだった。僕たちは一瞬、気圧された。しかし西正も植草も距離をとって、うまく雑巾をかわしていた。
 「うわあ!うわあぁ!」
 じりじりと距離をつめていき、一斉に飛びかかって取り押さえた。三鷹は観念したのか、抵抗をやめ、おとなしくなった。
 「さて、三鷹。今ならまだ間に合う。2組の情勢をしゃべる気はないか?」
 そうだ、まだ間に合う、2組との同盟も。
 「全滅寸前の人達に話してどうなるわけ?」
 三鷹は挑発的な態度を崩さなかった。
 「ちっ、植草、やれ。」
 西正が冷たい口調で指示を出した。植草はひとつうなずくと、三鷹の顔面にケツを突き出した。にぎりではなく、ダイレクト放屁で処刑しようというのだ。
 「植草、待ってくれ。」
 僕はとっさに止めた。それは三鷹の命乞いをするためではなく、2組との同盟の話をするためでもなかった。
 「僕がやる。」
 周りは驚いていた。僕と三鷹が昔からの友達なのはみんな知っていたからだ。僕は三鷹の持っていた雑巾を拾い上げた。
 「山ちん。」
 「みたかっち。僕は悲しいよ。お前にこうして、止めを刺さなきゃいけないなんて。」
 僕は彼の背後に回り、雑巾を顔面に巻き付けて思いっきり引っ張った。
 「んー、むー、んふー。」
 彼は僕の腕の中で必死に最後の抵抗をした。その手応えが伝わるたび、僕は腕に力を込めた。
 「どうだ、相川の気持ちが分かったか!」
 やがて静かになったかと思うと、彼の体は力無く折れた。そして、動かなくなった。
 僕はこの手で、親友を殺したのだ。ひざを落として、ただ、「うう、うう」とあえいだ。涙が止まらなかった。
 西正が僕の肩をぽんと叩いて言った。
 「教室に戻ろう。」
 僕たち5人は、教室の床に座りこんだ。
 戦いが始まってどれくらい経ったのだろう。一瞬の出来事だったようにも感じられるし、ひどく長かったようにも思える。
 「戦いは終わってないぞ、武器を持て。」
 西正は僕にみかんを手渡した。腐れみかんの最後の一個だ。僕はそのみかんを見つめ、つぶやいた。
 「いつからこんなことになったんだろう。」
 女の子にも、昔からの親友にも手を下した。一体いつから、僕の心に悪魔が巣食ったのだろう。
 三鷹を殺した時か。
 5組に裏切られた時か。
 プレイスタリオン3が欲しいと思った時かもしれない。
 「いつからこんなことに・・・。」
 僕は静かに目を閉じた。4組のみんなの声が、耳の奥に響いた気がした。
 「だいたい何なんだよ!」
 渡瀬が叫んだ。
 突然の事に、みな体をびくっと震わせたが、答える者はだれもいなかった。けれどもその声は、僕の心の中で何度も反響した。

 だいたい何なんだ、この戦いは。
 だいたい何なんだ、僕たちは。

 教室は静まり返っていた。だれも動く事ができず、ただ、じっとしていた。僕は、流れ行く雲を見ていた。何も考えられなかった。ただ、僕たちはもうだめなんだろうなと、なんとなく思っていた。1組と5組がなだれ込んでくれば、とてもじゃないが持ちこたえられない。待てよ、そう言えば奴ら全然攻めてこないじゃないか。少し冷静になって考えてみれば、僕たちがこうして教室で感傷に浸っていられること自体おかしい。1組5組連合の戦闘力からすれば、僕たちはとっくに全滅しているはずだ。それなのに、彼らは来ない。
 「なあ、なんであいつら来ないんだろう。」
 考えていた事が、つい口に出てしまった。
 「言われてみりゃそうだ。とっくに来ててもおかしくないのに。」
 「もしかしてあいつら仲間割れしたか。」
 「うまくいけば2組も巻き込んでるかもしれないな。」
 僕の一言がきっかけになって、みんなが俄然やる気になった。
 「よし、俺が様子を見てこよう。」
 渡瀬が偵察をかって出た。
 「おい、無茶するな。」
 「大丈夫だ、様子を見に行くだけだ。」
 そう言うと渡瀬は、僕たちが止めるのも聞かずに中央階段を下って行った。
 「あいつまでやられたら、4組は終わりだ。」
 「だけどうまく行けば、ほとんどのクラスが壊滅状態になってるかもしれない。」
 「いずれにせよ、もう俺達に退路はないんだ。」
 そうだ、もう戦うしかないのだ。とりあえず今は渡瀬からの良い報せを待つしかない。
 待っている間の時間は長かった。やはり渡瀬もやられたのか、そんな心配が心をよぎり始めた頃だった。中央階段を駆け上がる足音、とっさに身構える。教室に飛び込んできたのは、少し興奮気味の渡瀬だった。
 「どうだった?」
 「1階は大乱戦になってる!隙間から覗いただけだから詳しくはわからないが、2組の連中もいたぞ!」
 「よっしゃ!」
 植草はガッツポーズを見せた。
 「どうする西正。」
 西正はここでひとつの決断をした。
 「よし、ここまで来たらもうイチかバチかだ。1組、2組、5組の最前線に奇襲をかけ、一気にケリを付ける。そして、この教室を出た瞬間から、俺達はクラス内の戦闘を解禁する。ここから先は全員が敵だ。己の力だけで生き延びろ。」
 ついにこの時が来たのか。情け無用の仁義なき戦いだ。
 「植草、俺は一之瀬の仇をとりに行くぜ。」
 「よし、俺も行く。」
 「渡瀬、お前は?」
 「俺は西階段から1階に下りて、奴らの逃げ道を塞ぐ。その後はお前らとバトルだ。」
 「へっ、そんときは俺の怖さ見せてやるぜ。山田、岡部お前らはどうする。」
 岡ちんと顔を見合わせた。勝てる望みが少しだけ出てきていたのはわかっていた。しかし、具体的なプランは何も無かった。ただ、ずっと心に引っかかっていた事があったから、それを正直に言った。
 「今日の給食の献立は、春雨スープと揚げパンなんだ。」
 「それがどうした。」
 植草は軽くずっこけていた。だけど、僕は大真面目だった。
 「だって、あの二つは給食のゴールデンコンビだぜ。だから、なんとか給食室を押さえたいと思ってる。」
 「そうか、だが俺達はもう長期戦にするつもりはない。とっとと終わらせて、プレスタ3も給食も俺がいただくぜ。」
 西正はそう言うとニヤリと笑った。そうか、西正もプレスタ3を狙っているのか。
 「さあ、それじゃ行くか。次に会った時、俺達は敵同士だ。死んでも恨みっこ無しだぜ。」
 「おう!」
 僕たちは一斉に声を上げた。次に会う時は敵同士、なのに何故か、そこには妙な一体感があった。
 まず、西正と植草が教室を出た。東階段から1階に降り、敵を片っ端から倒すつもりのようだ。
 「じゃあな。」
 その一言を残して渡瀬が教室を出た。西階段を降りて同じく1階を急襲する気だ。
 「僕らはどうする?」
 岡ちんがそう問いかける。もうすぐ、僕たちも敵同士になるかもしれないのに、どこかのほほんとしている。それも岡ちんのいいところか。
 「ワンテンポ置いて、東階段から一階に降りる。西正と植草が生きていれば彼らと戦う。もしやられていたら、敵の数によっては一旦引き返して、別ルートから給食室へ潜入して、長期戦に持ち込む。僕たちだって、もうイチかバチかなんだ。」
 岡ちんも覚悟を決めたらしく、うん、とうなずいた。
 「プレスタ3は僕のものだ。」
 この男も狙いは同じか。
 僕は最後のみかんを手に、慎重に進んだ。岡ちんは先程の生乾き雑巾を手にしている。ひとまず東階段に到着。下からは何の音も聞こえなかった。戦場から遠くて音がしないのか、それともすでに戦闘は終わったのか。植草たちと鉢合わせになる可能性もあるから、十分に警戒しながら降りて行った。
 1階に到着。校舎はL字型に折れているから、中央階段付近まで行くには、角を曲がらなければならない。ここから見える範囲では戦闘はないようだ。角までは音を立てず、速やかに進んだ。そっと覗き込む。中央階段付近に、おびただしい数の死体が積み重なっているのが分かる。1・2・5組の大乱戦は本当にあったのだ。しかし、動いている物体は一切無かった。誰かが息を潜めているのだろうか。植草たちは、僕が1階の給食室狙いである事を知っている。ならば、彼らが敵を全て倒し、僕たちを待ち伏せているという可能性が一番高い。
 「岡ちん。どうやら植草たちが勝ったらしい。もはやあいつらは敵だ。見つけたら容赦無く雑巾をかぶせろよ!」
 岡ちんに念を押した。中央階段付近までは距離がある、教室の中に伏兵が無い事を確認しながら、慎重に慎重に進んで行った。教室三つ分くらい行ったところに二つの死体があった。顔が確認できるところまで近づいてみる。ひとつは西正だった。もうひとつは植草だった。
 どういうことだ!僕の頭は完全に混乱した。他のクラスの連中はみなやられている。しかし、あの二人も死んでいるとは。
 「う・・うう・・・」
 植草はまだ生きていた。しかし、大量に鼻血を出していた。この出血ではもう助からない。
 「植草、僕だ、山田だ。」
 「う・・・」
 何かを伝えようとしていた。耳を顔に近づける。
 「の・・・う・・さ・・・・・」
 そこまで言うと、頭をがくりと落とした。「のうさ」とは一体。よく見ると、西正も鼻血を出して倒れている。こんな死に方は見たことがない。
 「山ちん、これはどういう事だ。」
 「僕にもわからん。だけど、ひとつだけハッキリしている事は、もう倒すべき敵の数は少ないということだ。給食室までの道のりもなんとかなりそうだ。春雨スープで体力回復と行こうじゃないか。」
 状況は今一つわからないが、とりあえず目に見える敵はいないのだから前進あるのみだ。と同時に目標がハッキリしない以上、長期戦に備えるのが当然だろう。
 ところで渡瀬はどうしたのだろうか、このままなら正面から出会うはずだが。そして植草の先程の言葉、「のうさ」とは。
 すると前方から、かすかに女の黄色い声が聞こえてきた。
 「岡ちん、聞こえたか。女の声だ。」
 「ああ、聞こえた。」
 まだ、女子の戦力が残っているクラスがあったのか。
 「きゃー、きゃー、待ってー。」
 今度はハッキリ聞こえた。声は複数だ。僕たちは手近な教室に身を隠した。
 「きゃーきゃー渡瀬くーん、待ってー!」
 渡瀬だと、渡瀬が女に追われているのか、どういうことだ。なぜ追われている、そして、彼の脚力でなぜ逃げ切れないのだ。
 「来るな!おまえら来るんじゃねえ!」
 渡瀬は僕たちの潜む教室の脇を通り抜けた。何故か前屈みで逃げている。
 「きゃーきゃー渡瀬くーん!」
 そして謎の声の主が一団となって通り過ぎた。僕は自分の目を疑った。
 声の主は美女で名高い2組の女子だった。5人くらいいた。そして、なぜだかはわからいが、いや最初から狙っていたのか、彼女たちブルマ姿で戦ってる!
 「ブ、ブルマだとぉー!」
 渡瀬はあっという間に囲まれてしまい、もみくちゃにされた。
 「うお、うおう、やめろぉ、そんなとこ触るなあ!」
 植草が遺した言葉「のうさ」とは「悩殺」の事だったのか。
 渡瀬はもうだめだ。鼻血ブーの出血多量であの世行きだ。いかにスポーツ万能の渡瀬でも、己のモスラの幼虫が当社比1.5倍の状態では逃げる事はできまい。つかまったが最後、鼻血を出すまでエロ攻撃だ。
 この世の中にそんな殺し方があったとは。おのれ2組の美女軍団め!そんな卑劣な手まで使ってくるとは!
 「ねえ、死んだ?」
 「死んだ死んだ、鼻血出してカッコ悪い!」
 「ようし、これで4組全滅かな?」
 「あと、山田と岡部がいなかったっけ?」
 「そっか、じゃあさっさと始末しちゃおう♪」
 平然と恐ろしい会話を交わしながら、再び教室の前を通り過ぎた。おそらくはあの調子で、1組の縄跳び軍団と5組のプロレス軍団を壊滅させたのだろう。そっと顔を出して様子を窺う。学年一の美女といわれる山名さんの姿もあった。僕はその後ろ姿をずーっと見ていた。山名さんにだったら、殺されてもいいかも。
 気づくとすぐ背後で岡ちんが鼻の下を伸ばしている。
 「おい、岡ちん、何でれーっとしてんだよ。」
 「べ、別にぃ。」
 どうせ僕と同じ事を考えていたのだろう。
 「岡ちん、2組が手段を選ばずに来たぞ。彼女たちが僕たちを標的にしている以上、ここは一度退却してどこかに身を隠した方が良いんじゃないか。」
 「いや、こうなったら一瞬の隙をついて給食室に飛び込んだ方が良いと思う。」
 「それは危険すぎる。」
 「だけど、あの美女軍団はもはや無敵だよ。彼女たちが給食室で待ち伏せしていたらしょうがない。でもひょっとしたら誰もいないかもしれないじゃないか。」
 「おい、もしかして、あいつらのエロ攻撃で昇天したいとか思ってんじゃないだろうな。もう勝負をあきらめたのかよ!」
 「そうじゃないよ、だけどここで逃げたってどうにもならない。そういうお前は、あいつらを倒す作戦でもあるのかよ!」
 「そりゃ、出会ったらその瞬間終わりだとは思うけどさ。それでも希望はなくしたくないよ。最後まであきらめたくない。」
 「じゃあ、お前は逃げろよ。俺は行くぜ。」
 「勝手にしろ!」
 と言ったものの、二人とも立ち上がろうとはしなかった。
 「早く行けよ!」
 「お前こそ早く行けよ!」
 「僕は・・・ちょっと今は立てないんだよ。」
 「実は僕も。」
 その、なんというか、男の事情というか、座っているけどたっているというか。僕は思わず吹き出した。つられて岡ちんも笑い出した。そのうち大笑いになった。どこに敵が潜んでいるかわからないのに、そんなことは構わず、僕たちは笑い続けた。戦争を、一瞬だけど忘れた。
 僕はナニがおさまった頃合いを見て、教室を出た。
 「じゃあ、岡ちん。幸運を祈るぜ。」
 「ああ、山ちんも。」
 とりあえずは東階段の方に戻り、東側のトイレにこもる事にした。ここは意表をついて女子トイレに入った方が見つかりにくくて良いだろう。個室に入りしゃがみ込むと、大きなため息を吐いた。
 これからどうすればいいのだろう。敵はほぼ壊滅状態なのに、あんなイカサマにも等しい攻撃を繰り出してくるとは。山名さんのブルマ姿など、見た瞬間に前屈みの戦闘不能状態になってしまうだろう。見ただけで戦闘不能だぜ、どうやって戦えばいいんだ。
 なんだか今になって、岡ちんの方が正しい気がしてきた。どうせ勝てないなら、山名さんの体育着に包まれて絶命できれば本望だ。もしかするとそれはプレスタ3以上の価値があるのではないか。それに可能性が低いとはいえ、給食室がガラ空きというのも、無い話ではない。こんなところにこもっていても、もうどうしようもないのではないか。僕は個室を出た。壁には芳香スプレーが取り付けてある。脇本はもういないのだ。こんなものを持っていても、何もならないだろうな。
 「山ちん、山ちん。」
 僕を呼ぶ声がする。岡ちんか。
 「山ちん、どこだ。」
 僕はトイレを出て手を振る。
 「ここだ、ここ。」
 「山ちん、聞いてくれ、給食室がガラ空きだ。」
 「本当か!」
 「ああ、本当だ。それを山ちんに伝えたくて。」
 「わざわざ来てくれたのか。」
 「うん、いっしょに春雨スープ食おうよ。」
 岡ちん、なんてやつだ。僕は岡ちんの意見を拒否して、勝手にしろ、とまで言ったのだ。そんな僕に、いっしょに食おうと言ってくれるのだ。岡ちんの友情に涙が出そうになった。
 僕たちは小走りで、給食室を目指した。
 「うおおおお、本当に誰もいない!」
 僕は大はしゃぎで部屋に飛び込んだ。
 「やった、うずらの卵も取り放題だ。揚げパンも好きなだけ食える!なあ岡ちん。」
 振り返ると、岡ちんの姿が無い。
 「あれ、岡ちん、どこいった。」
 「やーばだー、おべえよくここばで生きてこれただ。」
 なんだ、この鼻詰まりの声は。
 「だれだ、出て来い!」
 「俺だよ。」
 背後から現われたのは3組の遊佐見だった。給食室の物陰からも3組の連中が現れた。なぜかみな鼻栓をしている。
 「遊佐見!お前がなぜここに。なぜ3組が生きてる。」
 「ははは、あばいぜおばえら。脇本を倒したくらいで勝った気にだって調子にどってるかららぜ。俺達2階で結構平和に過ごしてたんだぜ。お前らぼ、5組ぼ、俺達の事をいつでも潰せると思って油断しただ!」
 「2組は、2組はどうしたんだ。」
 「ああ、ブルマ軍団か。うちは女子ぼけっこう生き残っててら、女相手に悩殺は無理だからら、楽勝らったぜ。」
 なんてことだ、どうせ死ぬなら山名さんの胸の中で、と思っていたのに。
 「でも、なんで僕の居場所がわかったんだ。」
 「それはこういうことざ!」
 3組連中の背後から現われたのは、岡部だった。
 「岡ちん、おまえまさか!」
 「あいつが全部しゃべってくれたぜ。」
 「岡ちん、お前って奴は信じてたのに!」
 「だってさ、しょうがないよ。給食室は完全に制圧されててさ、降伏して仲間をおびき寄せたら、給食食わせてくれるって言うからさ。だって、春雨スープと揚げパンはゴールデンコンビだぜ、だからしょうがないよ」
 「ぐぬぬぬ、岡部てめえ!」
 「はははは、悲しいだ、友達に裏切られてよ。でぼこれが戦争だからら。」
 岡部が幸せそうな顔で、春雨スープをすすっている。僕の中に、怒りと憎しみが込み上げてきた。3組の連中も岡部もみんな殺してやる。
 「どうだ、お前ぼ降伏すれば給食を食わせてやるよ。」
 僕は腐れみかんを手で握り潰した。
 「あれ、降伏する気無いびたいだな。じゃあ、これを使うか。」
 遊佐見は箱の中から、体育着を取り出した。と同時に、鼻を突き刺す刺激臭。もうそれが、だれの体育着なのかはすぐにわかった。
 「脇本の体育着だ。あいつが倒された時は正直ビビったよ。だけどさ、よくよく考えてみれば、必要だのは脇本じゃだくて、脇本の臭いだぼんだ。あいつのワキガはすげえぜ、完全に服に臭いが移ってるぼんだ。」
 僕も正直、ここまで凄いとは思わなかった。これじゃ脇本暗殺作戦など、全くの無意味だったのだ。あの命懸けの行為はなんだったんだ。あの、4組の歓喜はなんだったというんだ。
 「さーて、能書はころへんりして、そろそろ死んでぼらうか。」
 僕の戦いはここまでなのか、だが、ただやられはしない。
 「・・・・・には死を。」
 「ああ、何だって。」
 「裏切り者には死を!」
 僕は腐れみかんを、岡部の眉間めがけて、怒りと憎しみを込めて投げた。みかんが彼の顔面に命中し、破裂したのが見えた。だがその直後、僕の視界を白いものが遮った。前から後ろから、脇本の体育着が迫ってくる。やがてそれは僕の顔面に押し付けられた。1枚だけじゃない、2枚、3枚と脇の部分が僕の顔に重ねられていった。呼吸のたびに鼻を刺激するそのにおいは、くさいを通り越して、痛かった。やがてその刺激は脳に達した。もう死ぬんだ。それがはっきりわかった。遠のく意識の中で見たものは、だた白、体育着の白。山名さんの体育着なら天国にも行けただろう。だが、脇本のなら生きているうちに地獄を味わう事ができる。もう、体は動かない。

 ワキガの体育着をかぶせられて悶死。それが僕の最期として記録された。

終戦
 あれから僕たちは何事も無かったかのように、学校へ通っている。いつものように授業を受け、いつものように少し退屈な毎日を過ごしていた。
 優勝したのは遊佐見だった。プレスタ3を手に入れた彼は満足そうだった。だが、その過程でクラスの友達との死闘があり、裏切りがあった。だから、せっかくプレスタ3を持っていても、一緒に遊ぶ友達もういないという。彼は一体、何を得たというのだろう。
 そして、それは僕も同じだった。昔からの親友を処刑し、クラスで一番の仲良しを腐臭まみれにしたのだ。もう、友達と呼べる存在はいなかった。僕だけじゃない。誰もが友達の鬼の形相を見た。裏切りにも遭った。だれもが、人を信じられなくなっていた。そして遊佐見以外は、だれもがみじめな死を体験したのだ。もう、クラスの雰囲気は戻らなかった。
 僕たちはもうすぐ卒業してしまう。多くのものを失ったまま。これでいいのか。このままでいいのか。僕はあれから岡部に一度も話かけていない。だけど、全てを失ったまま卒業するのだけはいやだった。僕は彼に歩み寄る。
 「なあ、岡ちん。」
 あだ名で呼ぶのにこんなに勇気が必要なのは初めてだった。
 「なに。」
 向こうもどこかぎこちない。
 「あのさ、今日、学校終わったら遊ばない?」
 岡ちんはしばらく沈黙していた。わずかにこちらを見ると。
 「いいよ。」
 とだけ言った。それ以上はお互い何も話せなかった。
 家に帰って、彼が来るのを待った。僕は仲直りしたかったが、でも、なんて言おう。その答えが出ないうちに、ドアチャイムが鳴った。岡ちんだった。
 「なあ、たまにはキャッチボールでもしないか。」
 岡ちんは不思議そうな顔でこちらを見た。僕が彼をキャッチボールに誘ったのは初めてだった。
 僕たちはグローブをはめて、近くの河川敷まで歩いた。適当な場所を見つけて、ボールを投げ始めた。仲直りの言葉は見つからなかった。ただ、彼の胸元をめがけてボールを投げた。彼も同じようにそうした。ボールがどれだけ行き交っても、二人とも声を発する事はなかった。
 陽はだいぶ傾いてきた。そろそろ帰らないといけない。でも、このままでは終われない。僕は勇気を振り絞って、声を出した。
 「あのさ・・・。」
 岡ちんは何も言わず、ただ次の言葉を待っていた。
 「僕と、もう一度、友達にならないか。」
 岡ちんはしばらく黙っていた。そして僕にボールを投げかえして言った。
 「何を言ってるんだ。」
 岡ちんは続けた。
 「山ちんと、友達じゃなかった事あったっけ。」
 僕は涙があふれそうになった。
 「何だよ、泣いてるのか?」
 「へっ、冗談じゃない。」
 僕は空を見上げてごまかした。そしてボールを力いっぱい投げた。空高く舞い上がったボールは、西日を浴びて、みずみずしいみかんの色に染まった。








今回の作品はいかかでしたか?
4のつく日を大幅に遅れてしまって申し訳ありませんでした。
コメントお待ちしております。


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