散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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はじまり 【前篇】   (2005/10/04)
 いくら無事に就職したからって、人生が楽しいかなんてわからない。せっかく就職してもすぐに辞めてしまう人も居れば、ずっとずっと同じ会社にしがみついて、ある意味引き籠もってしまう人も居る。就職活動で苦労した末に入った会社であっても、その人自身に合っているかなんて、ましてや本当に良い会社なのかなんて、わかりっこないのだ。

 男は、苦労の末にとある会社に就職した。地元から一人上京してきていた分、家族からのプレッシャーは常に大きく、将来に対する漠然とした不安はいつも頭の中にあって、就職に対する焦りは男を惑わし続けていた。そんな中、何度目の正直かわからないくらいの面接を経て、晴れて社会人へとなったのだった。それが決まった瞬間、男は自分の胸のモヤモヤが晴れた気がしたし、ようやく家族からのプレッシャーからも解放された気がした。決して自らが望んでいた職業では無かったものの、就職が決まったと報告した際の親の喜びようを見ると、これで良かったのだと安心した。
 スーツにネクタイ、Yシャツを身に纏い、満員電車に揺られる日々。仕事に対する不満や疑問を抱える暇もなく、毎日は過ぎ去っていった。仕事を覚え、こなすだけで精一杯の日々。次第に草臥れ顔のサラリーマン達の中に同化していった。

 客先から会社へと戻る途中、車内でギターを抱えた若者を見た。若者、とは言っても男とは同じくらいの年齢であったが、私服で茶髪という出で立ちが、スーツ姿の男との間に溝を作っていた。大きなヘッドフォンを装着して目を瞑り、音楽に没頭する若者の姿を、男は懐かしそうな目で眺めた。まだ学生だった一年前の自分自身を思い出すかのように。またその行為は、男に一年の時の流れを感じさせ、自らの変わり様を気付かせるのに十分であった。その変化が男にとって良かったのかどうかなんて、本人にもわからない。

 1ルームの男の部屋には、何着ものスーツとYシャツが掛けられていた。以前まで好んで着けていたブランドの服は、休日しか日の目を見る事は無く、日の目を見ずに埋もれてしまっている服もあった。埋もれている物は他にも沢山あった。好んで集めていた小説は、読み手を失ったまま埃を被っていて、音を鳴らす事を止めたCDは、山積みになって今にも崩れてしまいそうだった。弦が切れ、調弦もされていない部屋の隅のエレキギターは、コードをかき鳴らしても不協和音を奏でるばかりだった。卒業を記念して自ら購入した高級万年筆は、使われることなく机の下に転がっていた。そんな部屋に男は住んでいた。いや、住むとはいっても部屋に居るのは休日だけで、平日は睡眠を取るだけの場所に過ぎなかった。休日にしたって、結局一日何もせずに寝転んでいることが多いのだった。

 そんな部屋の中で、唯一異質に感じられるものが、日々ブクブクと音を発し続けている熱帯魚の水槽だった。部屋の明かりを消してゆらゆらと揺れ動く水槽内を見ると、日頃のストレスも多少は晴れる気がした。水槽内では一匹のネオンテトラが、広すぎる水槽内をまるで居心地が悪そうにして泳いでいた。

 男には彼女が居た。将来を見据えた真剣な交際をしていた。どうにか就職を決め社会人となったのも、彼女との将来を考えての事だった。仕事に真面目に取り組み待遇を上げていく事が、二人の家庭を築くには必要だと感じられたのだ。しかし、仕事にばかり力を注ぐ男と彼女との間は徐々にすれ違いを生じ始め、結局彼女は男の元を離れていった。「あなたは仕事を頑張って。私は自分のやりたい道に進むから」と言い残した彼女が、その後アメリカに渡ったと、男は人づてに聞いた。それでも男の日常は変わり様が無かった。むしろ今まで以上に変化のない日々となった。
 彼女が残していったものは、部屋の大きさには不釣り合いな大型水槽と、その中で泳ぐネオンテトラだった。始めは十匹以上も居た魚たちは、熱帯魚好きだった庇護者が居なくなると、次第にその数を減らしていった。そして最後に残されたのが、一匹のネオンテトラだったのだ。

 そのネオンテトラが、遂に死んだ。男が会社から帰ってくると、真っ暗な部屋の中で薄青く不気味に光る水槽に、フワフワと浮かんでいた。ゆらゆらと水面に合わせて動くその死体は、まるで生きているかのように男の目には映ったものの、水流を止めると自らの意志で動き出す事は二度と無かった。
 こうして、水槽は、空になった。


 その出来事がきっかけだったのかは定かではないが、男は今の生活に疑問を抱き始めた。何かを守るために始めたこの仕事だったが、気付けば守るべき物は無くなり、働くという行為だけが残された。
 あれだけ心配を掛けていた家族とも、仕事の忙しさを理由にして連絡を絶ってからは疎遠になってしまっていた。今やこの生活は、自分だけのものだった。自分だけのもののはずなのに、少しも楽しめていない現状に、男は気付いた。


 ある日、男は雨の降る中を傘もささず、会社から駅に向かって歩いていた。急な雨で傘を持っておらず、かといって新たに購入する気も起こらず、雨に濡れながら歩く事を選択したのだ。
 駅に向かう途中に、大きなカラオケ店があった。男は毎日その場所を通り過ぎて駅に向かうのだが、たまに呼び込みの店員に声を掛けられては、無性に腹を立てていた。疲れ切って家に向かうサラリーマンに、カラオケに行く元気があるわけがない、と毒づいていたのだ。この日は雨だったので、呼び込みの店員達もまばらで、居たとしても自分が濡れぬように雨宿りをしている店員がほとんどだった。その横を通り過ぎようとした男に、声を掛けてきた店員が居た。「カラオケいかがですか?割引チケットもありますよ」と話しかけてきたその店員は、雨が気にならないのかカラオケ店の制服を濡らしたまま、男に声を掛けてきた。男はいつものように断ろうとその店員の顔を見て、思わずはっとした。以前、電車の中で見た、ギターを抱えた若者だったのだ。若者は男に割引チケットを差し出してきた。そして男は、思わずそれを受け取ってしまった。すると若者は満足そうな顔を浮かべ、次の通行人の方へ行ってしまった。男は、雨に濡れてしわくちゃになった割引チケットをスーツのポケットに仕舞い込むと、若者の方向をちらと見て、そしてまた駅へと向かって歩き始めた。


 翌日、男は疲れ切ったような顔をして会社に出社した。目は充血していて、まるで徹夜でもしたかのようだった。そして自分のデスクに座ると、腕組みをしたまま暫く動かず、ようやく顔を上げたかと思うと、デスクの隅に、ペンで“はじまり”と書いた。男は通常通り仕事をこなし、退社時間となった頃、突然デスクを立ち上がって上司の下へと歩み寄り、スーツの胸ポケットから“辞表”と書かれた一通の封筒を出すと、そのまま何も言わずに唖然とする周りを気にする素振りもなく会社を後にした。

 男は家に戻るとスーツを脱ぎ捨て、いつものようにベッドに身体を投げ出し、天井を見上げた。そしてふっと一息深い息を吐くと、ベッドから身体を起こし、部屋の中を見渡した。いつの間にか自分の場所を失っていたその部屋の中で、男は物思いに耽り、昨晩カラオケ店の前で会った若者のことを思い出していた。あの若者はどのような日々を送っているのだろうか、バンドという自らの夢を追い掛けながらバイトをして生活をしているのだろうか。昨晩、眠れずに抱いた想像は、またも広がっていった。自らの道というものを見失った男にとって、夢を追い掛ける生活に憧れを抱かずにいられなかった。そう考えていくと現状の全てが虚しくなり、昨晩から今朝にかけて考えて出した答えが、会社に置き捨ててきた封筒だった。男はまだ会社を辞めたという実感は湧いていなかったが、それがどれほど大変な事かは知っているつもりだった。それでも自分で下した決断に、男は後悔はしたくなかった。

 男にはかつて夢があった。小説家になるという夢を抱き、大学の文芸部にも所属していて、懸賞用に何本も小説を書いたりもしていた。その志を忘れぬようにと、卒業記念に万年筆を買い、満足げにそのペンを眺めていた時期もあった。しかしいつしかそのペンは、床に転がったまま埃を被っていた。まるで忘れ去られてしまったかのように。

 物思いに耽るのを止めた男は、脱ぎ捨ててあった上着の内ポケットから万年筆を取り出すと、それを満足そうに眺めた。そして今朝、会社のデスクに置き去りにしてきた“はじまり”という文字を、今度は自分の手のひらに書いた。バラバラに書かれたその文字は汗で滲み、まるで男の新たな人生のはじまりを祝う花火のように、男の目には映った。

  【続く】
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後篇
後篇は、“4”日後の10月8日に更新予定です。ご期待下さい。
【2005/10/04 22:15】 URL | 仁礼小一郎(筆者) #mQop/nM.


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