散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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優しい音   (2007/02/24)
 昼下がり、二階の自宅のキッチンで、かつんかつんと小気味良い音が響いた。正月に向けて黒豆を煮ながら、しいたけと野菜の煮しめや、ぶりの照り焼きを作っている。弟が春に結婚し、正月は年始の挨拶に来ると言う。客呼びに備えて、今年の正月料理は例年よりも下ごしらえに時間をかけた。
 年の瀬押し迫り世間は慌しいが、我が家のキッチンだけはゆっくりと時間が流れている気がする。父は階下の店で夕方の開店に向け、仕込みをしている。今日は良い牡蠣が入ったと言っていた。

 最近有り余る時間を持て余し、昔から趣味だった料理を再び始めた。仕事は辞めていた。連日の激務に体を壊したのは、公園通りの銀杏並木が色づき始めた頃だった。
 かつんかつん、と再びどこか暖かい音が響く。キッチンにはほんのりと黒豆の煮汁の甘い香りが漂っている。

 父が珍しく自宅のキッチンに顔を出し、少し驚いた顔で私を見ると、母さんかと思った、と照れ笑いを隠してすぐに背を向けキッチンを出ていった。一瞬意味が分からなかった。
 母には昔からいろいろな料理を教わった。きんぴらごぼう、かぼちゃの煮しめ、きりぼし大根、野菜と鶏肉の煮物、茶碗蒸し。和食ばかりでつまらない、と十代の頃は反発して、洋食レシピを自分で買ってきてせっせと挑戦していた時期もあった。
 幼い頃から両親の経営する階下の小料理屋は賑やかだった。こじんまりとした小さな料理屋は季節の野菜をふんだんに使った田舎料理を出していた。商売っ気のない両親の元には、自然と近所の学生やサラリーマンの常連が集まった。
 生活は楽ではなかったが、慎ましく家族が暮らせる収入に両親は満足していた。しかし私は昔から安定したサラリーマン家庭が羨ましく、大学に進学し、卒業後は上場企業の専門職に就いた。

 煮物の具の様子を見て、かつんかつんと、鍋の淵でさい箸の汁を払う。ふと、父がキッチンに顔を出し、母かと思った、と言った意味の謎が解けた。
 ああ、そうか。この懐かしい音は母の癖だ。煮崩れはしていないか、火の通りは均等か、母の目は優しく料理を見つめ、鍋の具の様子をさい箸で優しくつつき、最後に鍋の淵でさい箸に付いた汁を払うのだ。その音はいつも小気味良くキッチンに響いていた。かつんかつん、と。
私は料理が好きだった。出来上がる料理のイメージを描きながら、具材の下ごしらえをする。味付けをしながら、少しずつ調整していく。そして出来上がった料理を誰かと一緒に食べる。当たり前のそれがこの上ない楽しみであり、幸せだった。そして私にそれを教えてくれたのは父と母だった。

 一昨年の夏、母は突然の交通事故で他界した。公園通り沿いの自宅兼店舗を改装して半年しか経っていなかった。

 ふと、店のことを考える。父と母が私を育ててくれた店だ。慎ましくも楽しい家庭を築く糧であった店だ。
 すっかり一人きりの仕込みに慣れた父も年を重ねた。母が亡くなったときも、店は閉めない、と言い張った。一人で仕込みをする父の淋しい背中を見るのは忍びなかったが、この店は父と母の城だったのだ。父にとって店を閉めるということは、母との思い出すら無くすことだったのだと、最近になってようやく痛感した。
 コトコトと静かに煮える黒豆の様子を見ながら、母のように、この店を守っていこうかという思いが浮かんでは消え、再び浮かぶのだ。
 かつんかつん、とさい箸に付いた煮汁を鍋の淵で払う。知らず知らずに身についていた母と同じ癖。この音が母のもとにも届くだろうか、と願うように想った。キッチンに優しく、かつんかつん、という小気味良い音が再度響く。それはかつて家の中で響いていた、母が奏でるとても優しい音と同じだった。その音と共に、静かな年明けがゆっくりと近付いている。


                                                    了
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