散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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夏の終わり   (2006/10/24)
 恭子は目をみはった。見覚えのある泣きぼくろの横顔が恭子の目の前を通り過ぎていく。けたたましく鳴る出発のアナウンスとともに、声をかける間も無く恭子を乗せた新幹線はそのドアを閉じた。ドアの向こうの雑踏に消えた背中は、あの男だった。

                     ◇

 久々に帰省した街は、刻一刻と変化を遂げている。恭子の実家のワンブロック先はいつの間にか区画整理され、新興住宅地に変貌していた。 小学校に張り巡らされた高い塀。昔よく通ったパン屋は、シャッターを下ろしひっそりと佇む。小さな商店街はシャッター通りになったが、対照的に一本隣りの公園通りは新しい施設が増設され、まわりには郊外型の大型店がひしめき、市街地より人も交通量も多く賑やかだ。
 短大進学と同時に上京して以来、すっかり地元には寄り付かなくなった恭子である。恭子はなぜか、この街の湿度の少ない過ごしやすい晩夏よりも、都会のじっとりとしたしつこい残暑が好きだった。盆にも帰省しない恭子を見かねた両親が、いい加減に帰ってきなさいと連日電話した甲斐あって、夏も終わりになった頃ようやく帰省したのだ。
 家に居れば案の定、盆と正月くらいは帰って来いだとか、隣の娘は二十歳で嫁に行っただとか、年老いた両親はとやかくうるさい。この街では都会の一人暮らしのような自由な時間は持てない。近所を歩けば幼馴染に会い、幼馴染の家族に声を掛けられる小さな街だ。反対に十年来住む都会は、喧騒に身を隠していれば誰も恭子に気が付かない。適当に男と遊んでいても誰も恭子を咎めない。
 閉じるドアの向こうに消えたあの男が、恭子の胸中を独占していた。鉄道会社の作業服を着、運輸車両部と書かれた腕章をはめていた。男は恭子に気付かず足早に喧騒の中に呑み込まれていった。

 大粒の雨がぽつんぽつんと居間の窓ガラスにあたり、ふと我に帰る。 窓閉めてちょうだい、とキッチンから母の声が聞こえた。徐々に本降りになり、わずかに開いた窓から吹きこむひんやりとした風が恭子の白い肌を刺した。その冷風は、ふと勤務先のビルの連絡通路を連想させた。夏でもひんやりと冷たい無機質な空間。灰色の壁、階段、冷たい手すり。足音が不気味に響くあの空間こそが都会の象徴だと恭子は感じている。そそくさとその通路を通るのが恭子の日課だ。もしも人が忽然と消えても誰も気付かないであろうその空間は、孤独という文字がよく似合うのだ。

 あの日、男は響きのある低い声と不釣合いな笑顔と飾らない語り口で、ジムのインストラクターだと言った。出身は辺鄙な田舎町でもう何年も帰っていないんだ、と冗談交じりに言っていて、私もそうなのと話が盛り上がり、久しぶりに他愛ないことを人と語り合った。その夜恭子は、鍛えられた体と低く響きのある声に酔いながら、もう会うこともないはずの男の泣きぼくろに、そっと唇を重ねた。

 雨脚はいよいよ強くなってきた。二階の窓を閉め忘れていたことを思い出し急いで階段を駆け上がる。「偶然」という言葉が恭子の脳裏を駆け巡り、激しさを増す雨脚と共に使命感にも似た感情が沸く。
 彼に、もう一度会いたい。
 偶然の出会いと再会。その事実に意味など無いだろう。無骨で飾らない、誰も知らないちっぽけな存在の男は恭子にとって、どこか疎ましく、どこか懐かしい。彼との再会の意味は何なのだろう。再会を乞う自分は何なのだろう。自問自答は悶々と紡がれ、駆り立てられた衝動を恭子は抑えることができない。
 受け入れてくれようとも、そうでなくとも彼に会いに行こう。
 連絡先も知らないその男と再び会える確信が何故か恭子にはあった。 激しい雨脚はまだ続いている。恭子の頭は妙にすっきりと冴えていた。激しい夕立によって自分も、空気さえも洗われていくようですがすがしい。さっき開いたばかりのボストンバッグを再び閉め、少し心が痛んだが、私、悪いけど今夜帰るね、と両親に伝える。
 夏もそろそろ終わる。ひんやりと吹く風が相変わらず恭子を包んでいる。晩夏に降る激しい雨音は両親の小言をかき消し、恭子の背中を後押しするように降り続いていた。

                                        了
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