散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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文体練習   (2006/07/14)
※ 今回の作品は非常に長い…というか、異常に多いです。あらかじめご了承ください

作者による解説→ クリック!




(1)礎

田舎。突然の雨。気にせず歩く。

道行く老人
「お若い人。かぜを引きますよ」
傘を借りる。

それから数年後。
返却するために再訪。

傘泥棒としかられる。





(2)まえがき

 レーモン・クノー著『文体練習』という本がある。ある日の出来事を書き留めたメモをもとにし、同一内容を99の異なる文体で繰り返し表現した本である。──らしい。というのも、私はこの本を読んだことがないのだ。
 一読してみたくてしょうがないのだが近所の本屋には置いていない。したがって立ち読みができない。インターネットで注文すれば良さそうなものだが、じゃっかん値が張るのでなかなか手が伸びない。私はケチなのだ。

 そこで、「自分でやってしまおう」と思い立った。読みたいけど買えないから、自分で作ってしまおう、と。自作した『文体練習』を読んで悦に入ろう、と。
 つまり、当『文体練習』は、現物を知らないまま本家『文体練習』を複製する試みである。貧しい黒人少年が夜な夜な楽器店のショーウィンドウにかじりついて憧れのトランペットを見つめるアレである。
 また、天才画家・和田義彦氏へのオマージュでもある。決して盗作ではないのだ。

 基本的なルールは本家に倣う。文章の表す中身はそのままに、文章の形式だけを変化させていくことにする。「(1)礎」を基本とし、田舎で老人に傘を借りたが、数年後に返却しようとしたら怒られた、その印象をあらゆる日本語でつづっていこうと思っている。
 逆に言えば、話はそれしかない。田舎爺に傘を数年借りて泥棒扱い。たったこれだけだ。いわゆる「おもしろいお話」を読みたい方のご期待には応えられない。前もってお詫びしておく。すみません。ホントすみません。

2006年6月10日  オックスフォードにて  大塚晩霜



(3)凡例


 本書はレーモン・クノー『文体練習』の手法を採用し、オリジナル作品として世に送るものである。決して翻訳ではない。


 クノー版の『文体練習』は一人の青年のバス内での口論・ならびにコートのボタンに関しての会話であるが、これをそのまま模倣してはヨシヒコ・ワダである。氏の発明した技法「オマージュ」の著作権に抵触してしまう。
 従って、本書で取り扱う題材は独自の内容を選ぶ。 「(1)礎」を底本とし、以後の文体は同一内容に準拠する。
(例:カントリーロードで雨に降られたド!など)


 編集には以下の基準を採用する。
 (い) 原則としてひとつの記事にひとつの文体までとする。「雨なんてヘッチャラだい。ドンマイドンマイしまってこー。斯くて歩き侍り居り候」などは不可とする。(ただし、この「(3)凡例」においては特例として認可する)
 (ろ) 表記にはこだわらない。略字・新仮名づかい、正字・旧仮名遣い、いずれも可とする。送り仮名も適宜の判断に委ねる。
(例:道行く御老体が話掛て來た。など)
 (は) 外国語の使用は許可しないが、日本語化している外来語・外国語なまりの日本語などは許容範囲とする。
(例:若シャチョ、風邪ひくポコペン。など)
 (に) 極端な造語は避ける。たとえば「カッサーW杯を借りた」はギリギリセーフだ(個人的にはアウトにしたい)が、「イカラメチョニをバレミヌホピした」は認めない。
 (ほ) ローマ字・アラビア数字・記号の使用を許可する。
(例:それから3年GO!など)
 (へ) 場所・時間の限定はしない。底本に明記されてない情報を無制限に追加して構わないことにする。
(例:老人から借りた高級傘を返すために兵庫県明石市を再び訪れた。など)
 (と) アスキーアート・顔文字の類は、採用したいが技量がないので禁止として置く。
(例:カサドロボー!>\(`0´)/など)





(4)目次

(1)礎
(2)まえがき
(3)凡例
(4)目次
(5)お嬢様
(6)武者
(7)管理職
(8)小学生
(9)日記

(10)いなかっぺ
(11)浪花節
(12)関西弁
(13)DJ
(14)スパイ
(15)現代純文学
(16)SF
(17)赤ちゃんことば
(18)メタフィクション
(19)新聞
(20)ブリッコ
(21)教師
(22)ポルノ
(23)中国人
(24)ポエム
(25)注釈

(26)ダイジェスト
(27)憲法
(28)童話
(29)モンタージュ
(30)緒実
(31)あいうえお作文
(32)吾輩
(33)宣伝
(34)年表
(35)演説
(36)歌詞
(37)ラップ
(38)コギャル
(39)後輩
(40)反復型
(41)恋文
(42)ライナーノート
(43)英漢字
(44)ローマ字

(45)翻訳
(46)黙説法
(47)冗説法
(48)実況
(49)インタビュー
(50)ニュース
(51)回文
(52)三段論法
(53)カメラアイ
(54)リポート
(55)テスト
(56)西洋人
(57)セクシー
(58)落語
(59)戯曲
(60)兵語調

(61)双括型
(62)箴言
(63)手紙
(64)批評
(65)ビジネス文書
(66)候文
(67)濃縮小説
(68)マダム
(69)万葉仮名
(70)2ちゃん語
(71)相撲取り
(72)擬古文

(73)漢文
(74)江戸弁
(75)しりとり
(76)二人称
(77)切支丹
(78)対立総合型
(79)ヤナセ語
(80)サイケ
(81)キュビズム
(82)毒舌
(83)老人
(84)暴走族
(85)宇宙人
(86)取扱説明書
(87)誤植
(88)書きとり
(89)遺書

(90)俳句
(91)言論統制
(92)早口言葉
(93)ゲームブック
(94)クイズ
(95)尊大
(96)辞書
(97)重複
(98)晩霜
(99)あとがき
(100)解説





(5)お嬢さま

 ごきげんよう。このお話はお聴きになって? わたくし、何年か前に、けしきのよろしい所で雨にしめりましたの。あらお話ししてなかったかしら。お傘がなくって難儀いたしましたわ。ですけど、仕方のないことでございますもの、あまり気に病まず、そのまま歩きましてよ。
 そうしましたら、お年を召した紳士が近づいてきて、わたくしにおっしゃったの。うら若きご婦人、お風邪を召しますよ、って。そうして、ご自分のお傘をわたくしに差し出しましたの。そのお方は、お人はよろしいようでしたけれど、個性的な装いをなさっていらっしゃいましたし、お言葉づかいに執着のない方でしたので、少しためらいましてよ。ですけど、このままではわたくしのお召し物が汚れてしまいますし、お断り申し上げれば先方のお気をそこねてしまうかも知れませんでしたから、結局はお借りしましたわ。
 その時はお傘をお借りするだけで失礼申し上げましたのですけど、先ごろ、じいを連れてようやくお礼にうかがいましたわ。そうしましたら、そのお方はお気だてに難がおありだったようで、じいが申しますにはとても元気だったそうなの。そう、そうですわ。さようでございますわ。ごめんあそばせ。





(6)武者

 鷹狩りが催される前日その支度のため洛外の平野に赴いた折りの話でござる。拙者は唐突な甚雨に見舞わせたのでござるが固より雨なんぞ気に掛ける男ではござらん。笠簑もそのまま打ち遣って鷹場をば鷹揚に闊歩しておった。
 道中一人の爺に出会した。爺は拙者に畏れもせずこれ風邪を引くぞと忠言を申す。そうして己の粗末な傘を傾けて寄越すのでござる。要らぬ要らぬと制したのでござるが頑として聞かぬ。はて困った爺じゃ。拙者を倅か何かと思っておるのでござろう。仕方なく借りたわい。
 その時から数えてみつとせ後の事でござる。参詣のお伴をした折り彼の爺のあばら屋の前を通り掛かった。そこで拙者は以前の礼を述べようと草戸を叩いた。すると如何でござろう、爺は気が違っておった。拙者をコソ泥と信じて責め立てよるのでござる。うぬ。あまり面食らったので刀も抜けずほうほうのていで辞去した。いや何ともお恥ずかしい話でござる。





(7)管理職

 あーチミチミ。私な、いつだっけか出張先で雨に降られてな。いやね、降る気配はなかったんだよ。昼ごろから急に雲が出てきて空が暗くなってな。困るんだよなぁ。天気予報ってのは当たらないモンだな、チミ。
 それでな。そのあと私がこの窮地をどう切り抜けたか気になるだろ。な。な。私の商談スキルを駆使してね、通りがかりの老人からね、傘を借りたんだよ。寒そうな表情で老人の傘をじっと、こう、じぃっとだね、見つめてたらだね、貸してくれたんだよ。風邪を引かないよう配慮してくれたんだわな。
 それからね、どっこいしょ。あー。お茶をくれるか。あー。うん。先日な、その時と同じ得意先を回る機会があってだな、ついでに傘を返しに行ったんだわ。な。そうしたらだな、そのじいさん、あろうことかこのわ、わ、私を、ど、どど、どろぼうだと言いおった。な、な、何を言うておるか。おかしいだろう。な。な。私は借りただけなんだ。な。それを、こ、こともあろうか、この、わ、私を。どろぼう。何を言っちょる。し、失礼にも、ほどがあるだろ。な。うん。そうなんだよ。ああ、でも、あの雨の日、ひどい泥道だったからなぁ。泥が足に着いちゃったか。これがホントの泥坊だわな。わっはっは。





(8)小学生

    かさをかりたこと
2年3組 たえもとたつのり


 いなかみちを、あるいていたら、雨がふってきました。ぼくは、かさをもっていなかったので、とてもこまった。だけど、かさももっていなくてもだいじょうぶでした。
 それから、おじいさんが、いました。しらない人に、ついていっては、いけません。だから、むしした。だけど、おじいさんが、
「おぼっちゃん。雨にぬれるとかぜをひいてしまいます。」
 と言ったから、ぼくは、
「ありがとうございます。」
 と言って、かさをかりました。それから、かさをさしたので、雨にぬれなくなったので、よかったとおもいました。そして、かぜをひきました。おわり。


    かさを返したこと
5年2組 絶倫勃起


 2年生の時に、おじいさんからかりたかさを、返しに行ってきた。これは、とつ然の雨に降られた時に、お世話になったものだ。あの時、このかさに助けられたからこそ、私は、今でもこうして元気なんだと思う。だから、このかさは、私のおん人で、おじいさんは、とてもいい人だ。そして、私は、いつも、おじいさんに感しゃしていた。こういう感しゃの気持ちを、私たちはわすれてはいけないと思う。
 私の家からおじいさんの家までは遠いので、なかなか返しに行けなかったが、やっと返してきた。かさを返すと、良いことをしたような気持ちになって、心がきれいになった。おじいさんは、とても優しかった。だから、返しに行って良かったと思う。
 ちょっといやな目にもあったけど、良かったと思う。





(9)日記

×月×日 (晴のち雨)
 大原を散策。昼から急に雨が降る。家を出る時は晴れていたので傘は持ってなかった。春雨はきもちがいいのでそのまま歩き続けることにする。
 道すがら、地元のおじいさんと会う。びしょぬれのオレを気の毒がり、自分の傘を貸そうとする。めんぼくないので断ったが無理にでも勧めてくる。おじいさんの家はすぐそこだそうだ。しかたなく借りる。
 雨は1時間ほどでやんだから傘はそれほど役に立たなかった。だが、都会では感じられない人のあたたかさにふれた気がした。早めに返さねば。感謝。

○月○日 (晴)
 頭に来た。借りた傘を返すため2年ぶりに大原を訪問。記憶を頼りにじじいの家を見つける。ごめんくださいと声をかけると中からあのじじいが出てきた。傘を返しにきた旨を伝えると、いきなり傘泥棒とわめきはじめる。
 遠慮は無礼と思ってしかたなく借りた傘。それをわざわざ大原くんだりまで返しに来たというのにこの仕打ちか。あきれて物も言えず退却。ボケ老人め。





(10)いなかっぺ

 おらが村はずれさ歩いてっとぉ、いきなすぃ雨さ降ってきたんだぁ。そらおったまげたべ。だけんど気にすぃててもしかたねっから歩いただ。
 そすたら野良す事がえりのじっちゃが来て「わらすこ、カゼ引くでねか」っつってカサば貸してくれたんだっぺ。
 そんれからしばらくすてぇ、そんカサ返すためにまあた村はずれさ行ったんだぁ。だけんどじっちゃはクークルパーになっててな、おらんことドロボーつっておこりはずめたんだっぺ。





(11)浪花節

♪ここは田舎の三丁目 冷酷無情の雨催い
神も仏もない世なら いっそこのままホトヽギス
そんな浮き世のはかなさを うらみ憎んだ折りも折り
コウモリ差した老人に 道で会ったは運命か

「そこに見ゆる若い人。
雨が降っているというのに傘もなしですかい。
よろしい。わっちの傘を貸しやしょう。
なあに心配ござんせん。わっちのうちはこの近くだ」

♪事も無げにそう言って 自分の傘を差し出して
本降りになった雨の中 老躯をさらして去って行く
あゝありがたやその背中 雨に打たれる禿頭
こうして借りた傘の恩 涙涙の物語

♪それからしばし経ちました 傘を返しにまた参上
感謝の手紙も添えまして 老人の家を訪ねたら
あ、訪ねたら── 紋付き袴の黒装束
ガラの悪い男たち 所狭しと並んでいる

♪傘を持った若者に 対する一同所在なげ
「なんでえおめえは何者だ」
「おいじじい。この若造、おまえの孫か」
♪みな口々にそう怒鳴る いずれも刺青チンピラ衆

♪老人しばらく首かしげ 思い出してこう吠えた
「あ、わしの傘。さては泥棒。傘泥棒!」
立ち上がったるイキの良さ 黒服連を押し分ける
戸外の若者組み伏して 聞かれぬようにそっと耳打ち

「ヤクザの出入りだ。
ここにいちゃおめえさんまであぶねえ。
すぐ逃げな…。──泥棒泥棒!」

♪うなずく若者傘を捨て ほうほうのていで逃げ出した
背後で罵る老人の 泥棒という声のぬくもり
あたたかかった最後まで 人情じじいの百年目
ちょうど時間となりました お粗末様でございます





(12)関西弁

 わいが田舎を歩いとる時、ごっつぅ雨が降ってきたんや。せやけどわいは構へんで歩き続けたんや。
 ほたらな、向こうにおったじじぃが「あんちゃん。風邪引くで」と言いよっておのれの傘を無理に渡そうとすんねん。そやさかい仕方なう借りたねや。
 で、そのまま数年経ってしもたちうわけや。先日ようやくな、傘返すためにもっかい訪れてん。訪れてんけど、じじぃ、傘泥棒言うて怒るねん。訳わからへん。





(13)DJ

 レディースエンジェントルメン。今晩も今お聴きのチューンでお楽しみ下さい。ステイディスチューン・エン・ハヴァエンジョイ。ナウ。ナアアアアウ! DJゴンベエです。本日最初の話題は、ゴンベエが最近体験したちょっといい話から。チェックィア。
 ゴンベエさぁ、こないだ山行ってきたの。山。この時代に山行くなんて、カッチョイイじゃん。山はいいよ、山は。心が落ち着くぜイェイ。でもさ、雨がバラーッと降ってきちゃってさ。雨が。カサなんて持っていかなかったよぉ。イカしてないよねぇ。これ、イカしてないよ。ぜんぜんイカしてない。だけどさ、くよくよ悩んでるのもダサイから、そのまま歩いたよ。クールだろ。
 しばらく歩いてるとさぁ、なんかジイちゃんと会ったわけ。おわがいうぃど、がぜをいぎまずよ、なんつってシャガれた声でさ。ほっといてくれっつうんだよね。そっとしといてくれっ! だけどだけどだけど、このジイちゃんがけっこークールでさ。ゴンベエにカサ貸してくれたんだぜイェイ。しっかもー、自分のカサだぜ。予備のカサとかじゃあないぜ。ハイこれキタ。こーれイイ話。おかげで濡れずに帰ってこれたぜーい。ヒョーッ! ジイちゃんに拍手だね。拍手。ワー。
 みんなも心あったまるエピソードあったら電話かファックスを寄せてくれよな。ドゥダハッソ。シェイクユアヘッドアッダン。
 おーっと。さっそくファックスだ。神奈川県川崎市、ラジオネーム、ジョンドウから。あれあれ。これヤベエ。これヤベエ。ゴンベエのエピソードとは正反対だぜ。心あったまるエピソードっつったろう! イェイ。まあいっか。めちゃくちゃな文章だから、テキトーに翻訳して読むぞ。こんなことが書いてあるぜ。
 ジョンドウも田舎で見知らぬジイちゃんからカサを借りたことがあるんだと。ゴンベエと同じだな。で、2年後に返しに行ったら…って、2年後っておせーよ(笑)。2年後って時点でまちがってるよね(笑)。
 で、2年後に返しに行ったら、ジイちゃんからこう言われたそうです。カサドロボーッ! ハッハーッ! これは傑作だ。心あったまるバカエピソードだね。ジョンドウには番組特製ステッカーをプレゼント。いったんCMでーす。





(14)スパイ

 こちらコードネーム亀公。いの字にて任務遂行中。予想だにしなかったWRはR。ドーゾ。──了解。ひきつづき任務を続行する。トータス。
 緊急事態発生。緊急事態発生。こちらコードネーム亀公。現地の人間と接触してしまった。WRのRであるにも関わらず俺はブランカを携行していない。相手は携行している。指示を乞う。ドーゾ。──了解、なるべく自然にふるまう。トータス。
 こちらコードネーム亀公。コンタクトされた。話しかけられた。くりかえす。話しかけられた。EEを心配され、相手方のブランカを手渡された。ドーゾ。──そうだ。ブランカを支給された。始末するべきか。ドーゾ。相手はOLだ。ドーゾ。OLのMだ。ドーゾ。──了解。命令どおり、雨があがり次第ただちに返却する。それまでは一時任務を中断する。トータス。
 応答せよ。こち亀。そうだ、コードネーム亀公だ。もう良いだろう。いいかげんうんざりしてきた。さすがにガマンの限界だ。何。落ちついているよ。二年におよぶ雨季に動きを封じ込められた人間としては落ちついている方だ。普通の人間ならばとっくに気が違っている。
 いいな。今日は割合小降りだ。雨はこの先あとどれくらい続くかわからないのだ。返すなら今しかない。作戦許可をくれ。頼む。この作戦を許可してくれ。お願いだ。
 本当か。了解。恩に着る。コードネーム亀公、これよりプロジェクトRに取りかかる。タートル。
(コードネーム亀公。聞こえるか。応答せよ。今のは何だ。ブランケットという声がシンニョウでニンベンされたが。ユミヘンか。応答せよ…)





(15)現代純文学

 彼が目覚めると、そこには田畑を秩序正しく区画する畦道が、まるでそれ自身が物語の綾のように延びていた。その風景は、彼自身の原風景とも言えたし、日本人の深層心理に根深く植え付けられた、農耕民族としての原風景とも、言うことができるのだった。
 天空から、天使の涙のようにきらきらと光る水滴が、彼の頬を優しく打った。雨だった。彼は、彼の額に迫るように低く垂れ込める、まるで何年もタンスの裏に積もっていたホコリのような雲を見上げ、自分の今の気持ちにぴったりだ、と、そうつぶやいて苦笑をするのだった。傘を持っていない彼は、半分あきらめたように、また、もう半分は愉しむように、雨を総身に浴びながら、歩を進めていくのだった。
 そのまましばらく彼が畦道を絶望的に歩いていると、正面の地平線から傘のようなものが頭を出し、ゆっくりと上下に揺れ始めた。坂の向こうから人がこちらへ近づいてくるようだった。それはあたかも異世界から這い出てくる妖怪の出現に似ていて、彼に非日常的な事件の到来を予感させるには充分な刹那だったのだ。
 互いが近づき合うにつれ、傘の持ち主が農民らしい老人だということが、彼にはわかってきた。老い。それは彼にとって得体の知れないものであり、恐怖の対象であり、また、尊敬の対象でもあることは、彼の識閾下に刻まれた、先祖の代から脈々と続く記憶によっても明確であった。その老いを背負った、見知らぬ土地の見知らぬ人物と、こうして運命的な出会いを果たすのに、彼が一種の緊張を覚えるのは、当然のなりゆきとも言えた。
「おやおやずいぶん濡れてしまって。若い方。風邪を引いてしまいますよ」
 先に話しかけてきたのは老人だった。その声は人生の先輩としての余裕と威厳に満ち、絶妙なタイミングと距離を計った、緻密な計算に基づく呼びかけだと、彼に強く感じさせるのだった。彼は何も応えず、ただ沈黙して彼の心の中にある殻の中に閉じこもったまま老人を見つめた。そんな彼の心の中を覗いたように、老人はにこやかに微笑し、これまた言葉を発さないまま、右手に持った傘を彼の目の前に伸ばすのだった。その行為は彼の無言の理由を全て悟ったように、そして、彼の状態に調子を合わせるように、恵まれた経験から成される発作的な同情を表していた。
 彼はなおも押し黙ったまま、老人が差し伸べた傘の柄を握り、ゆっくりとうなずいた。老人は満足そうに微笑んで、傘を掴んだ手をやはりゆっくりと離した。それは、老人から若者への、古い世代から若い世代への、時代の潮流のバトンタッチを意味していた。彼は深く頭を垂れ、老人は目礼を返す。ふたりは会話を交わさぬまま、すれちがいながら別々の方向に歩き始めた。新たな決意を胸に坂を下っていく彼と、傘を譲渡してその身を雨空の下に犠牲的にさらした老人との、背中合わせの別れであった。
 それから四年の月日が流れた。彼は老人に授けられた傘を手にし、もう一度同じ場所に帰還した。傘は骨の部分が錆びはじめていたが、景色は四年前と変わっていなかった。ただ変わっているとすれば、雲一つ無い抜けるような青空だった。満天下を明るく照らす太陽は、すっかりたくましく成長した彼の心のように澄み渡っていた。
 老人は四年前よりいささかも老けることもなく、待ち構えていたかのように、彼の前に姿を現した。彼らは、以前と同じ場所で立ち止まり、ともに相対峙した。彼らは別れた時のように、言葉を交えず、目を見つめ合った。山の向こうで鳥が鳴いているのが聞こえる。風の渡る音が聞こえる。畦道はおそろしく静かであり、ふたりを除いたほかは、人の気配は全くしない。
 彼は以前より大きく成長したが、それでも老人の存在感に圧倒されるように、口をつぐんだ。老人も口を開かない。老人の額に深く刻まれた年輪のようなしわは、これから起こる波乱を具象化しているようだった。
 そのままで、一体どれくらいの時間が、流れたのだろう。
 次の瞬間だった。老人は喉をひらくが早いか、鬼神のような勢いで彼を一喝した。
「傘泥棒!」
 それは彼の人生の上に漆黒の闇を投げ掛ける赤光の帯だった。





(16)SF

 田舎を歩いていると雨が降りはじめた。傘を持っていなかったのでそのまま歩き続けていたら、一人のおじいさんが「お若い人。かぜを引きますよ」と話しかけてきた。そしてなぜか、手に提げた傘を僕に渡そうとする。
「でも。僕に渡してしまったら、おじいさんの分が」
「なあに。いいんです。わたしはこの近くに住んでましてね。早足で帰れば、この程度の雨、ぬれずにすむんです」
「しかし…」
「若者は遠慮しちゃだめですよ。第一この傘、一度は無くしたも同然だったんです。いやあ、盗まれましてね」
「盗まれたのですか? よく戻ってきましたね」
「いえね。さっき取り返したんですよ。わたしほどの年齢の男が、この傘を持っているのを見つけまして」
「その人が犯人だったんですね」
「にやにや笑ってるから妙だなとは思ったんですが、注意して見ると、手にしているのがわたしの傘じゃないですか。だから、傘泥棒!と、しかりつけてやったんです。尻をはしょって逃げていきましたよ」
 おじいさんは高らかと笑い出した。
「ですからこの傘は、一度は無くしたも同然だったんですよ。惜しくはありません。あなたがどこにお住まいかは知らないが、この傘はわたしが使うよりあなたが使った方が役に立つはずです。そうら、段々と雨足が強まってきましたよ」
 ぜひにとすすめるので、ありがたくお借りすることにした。
「どうもありがとうございます。かならず、返しにきます」
「ははは。楽しみにしていますよ」
 おじいさんの住所を書き取り、あらためて礼を述べ、別れた。
 その翌日、快晴のもと、きれいに洗って乾かした傘を携えて、僕はおじいさんの家をさっそくおとずれた。しかし、ああ、なんという運命の残酷さだろう、おじいさんは亡くなっていた。
 おじいさんは一人暮らしだった。おとなりの主婦がたずねた時にはすでに冷たくなっていたということだ。心筋梗塞だった。
「お孫さんですか」
「いえ。ちがいます…」
 僕はひどく落胆し、返すあてのなくなった傘を持ったまま、とぼとぼと帰途に着いた。かならず返すとかたく約束したのに、はたせなかった…。
 それから数十年後。絵空事と思われていたタイムマシンがついに発明された。開発初期こそ不安定で不完全だったものの、以来その技術は日進月歩でめざましい発展を遂げ、いまや一般人にも手が届くほどに普及した。僕はこのタイムマシンを利用し、数十年前おじいさんに借りた傘を返そうと考えた。あのとき守れなかった約束を、今。僕はおじいさんの命日の1日前に向けてタイムトラベルをする。
 魂のぬけるような不思議な感覚。めまぐるしく世界が転換する感覚。重力。光。
 気がつくと、僕は昔なつかしい日本の風景の中にいた。あの日のあの場所だ。そして、あそこに見えるのは、ああ、あのおじいさんではないか。感動で、涙がこぼれた。
 僕はほほえみながらおじいさんに近づいていった。





(17)赤ちゃんことば

いなかでちゅ。あめダァダァ。ばぶばぶ。
ワンワン、じいじ。
「こんにちわ、あかちゃん。かぜひきまちゅよー」
かさかりたでちゅ。ぴっちぴっちチャプチャプらんらんらん。
もういくつねんねして、ブーブで、じいじんち。かさかえしましゅ。
「めっ。ひとのものをとるなんてわるいこだ」
あーん。あぶー。びえーん。えーん、えーん。あっぷっぷ。





(18)メタフィクション

 この「田舎」を旅するのは十八回目だ。十八回目も、雨が降った。たとえどんなに空が晴れ渡っていても、たとえ降水確率がゼロパーセントでも、決まって雨が降る。狙い澄ましたように降る。しかし、降ると分かっていてもあらかじめ傘を準備してきてはいけないのである。そういう宿命なのだ。なおかつ、そういう理不尽な宿命を疑問に思ってはならない。気にせず歩き続けねばならない。
 すると、まるで待ち構えていたかのように、傘を持った一人の老いた男が前方から歩いてくる。彼と「偶然」出会うのは十八回目だが、晴れている間にすれちがうことは絶対にない。必ず雨が降ってから出会う。そして、「またか」というような表情で話しかけてくるのだ。
「あー、そこの小僧。以下同文」
 やや飽き始めているのだろう、言い回しは前回と若干異なる。しかし食傷気味に放ったその台詞は、やはり中身は毎回同じなのだ。儀式的な発話を完了させたのち、機械的に傘を手放す。こちらも機械的に傘を受け取る。それがどんなに腹立たしい結末を導くか、十八回目だから身に染みて解っているのだけれど、絶対に借りなければいけない。この行為は運命づけられているのだ。いくらためらおうが、最終的には傘を受け取らねばならない。受け取らなければ時間が経過しないのである。
 それから数年後。この間の描写は「数年後」の三文字によって省略され、「雨が降った」あの日と「それから数年後」の今日の間は空白であって構わない。「数年」という曖昧な語であっても、長い時間が流れたことを読者に認識させる表現であればそれで良いのだ。
 「田舎」を再訪することになっている。しかし彼らはあの日から今日までずっと動いていない。この世界に「田舎」以外の空間はなく、じっと滞在するしかなかったからである。
 傘が見えたのを合図に、老いた男はお決まりのように「傘泥棒」とわめき始める。その口調はもはやいささか投げやりだ。傘泥棒。傘泥棒。単調な記号に過ぎない。これでは作品の生命が失われる。よって、逆に説教を垂れてやる。
「まだ十八回だ。あと八十二回。先は長いんだぞ。そんなことでは困る」
「すみません」
「もう一度」
「傘泥棒!」
「さっきよりだいぶ良い。もっとだ」
「こっのぉ、傘泥棒!」
「そうだ。その調子だ」





(19)新聞

釧路市で傘を貸す交流
 北海道釧路市で、地元の高齢者が旅行者に無償で傘を貸す慈善事業が評判を呼んでいる。近年再ブームとなっている浪花節の人気を背景に始まったもので、急な雨に困っている旅行者を見かけたら積極的に自分の傘を相手に与えようとする試み。
 「若い人たちに風邪を引いてほしくないから」と語る同市阿寒町の山木五十三さん(63)は、これまでに累計二十四本の傘を貸し出した。借りた人のほとんどが数日以内に返却してくれるという。
 同市の市役所員は、「あたたかい人情がうれしいのではないか。これからの進展を見守っていきたいと思う」と、山木さんと旅行者とのふれあいを応援している。

永野容疑者犯行認める
 島根県邑智郡の無職菊西和孝さん(72)が盗難の被害に遭った事件で、逮捕された会社役員永野光政容疑者(38)が、警察の調べに対し、「ついかっとなってやった」という供述をしていることが、十五日、わかった。
 永野容疑者は当初、容疑を否認していたが、警察が詳しい動機について追求したところ、これまでの供述を一転、犯行を認めた。
 事件には計画性がなく、物的証拠もないが、余罪があるとみて警察はさらに調べを続ける方針。





(20)ブリッコ

 まゅまゅがね、この前ね、ぃなかでね、歩ぃ乙ナニらね、ぁのね、ωとね。きゅ~に雨がふっ乙きナニωだょぉ(涙)でも、∧っ・ちゃら・ぴゅん☆├〃冫マイだょ→ω。まゅまゅ、そのまま歩ぃちゃっナニ♪ぇらぃでUょ~。ぇ∧★
 そUナニらね、ぁのね、通りがかっナニぉじぃちゃωが、まゅまゅのこと、心配Uて<れナニの。
「ぉ→かゎぃぃょ。かぜ引ぃちゃぅょ」だっ乙~。ぅにゃ→ω。〒れるにゃぁ☆☆
 で、かさをかりナニの~。ぉじぃちゃωゃさU→のら♪すきにナよっちゃぃそぅ…(笑)でさでさでさ、とちゅ→までぉ<って<れナニωだょぉ。ぉじぃちゃωとラブラブぁぃぁぃがさUちゃっナニぁ★
 それでね、なω年ぶリかにね、またぁそびに行っ乙みナニのね。そUナニら、ぉじぃちゃω、ぷωぷω!プ冫プ→冫。どぅち乙どU乙?まゅまゅにかさを取られナニと思っちゃっナニのかなぁ?ふぇ~ω(泣)こゎかっナニょ~~、、、





(21)教師

 ハーイみんな注目ー。先生ね、昔ね、ピクニックに行ったんだ。そしたらその日、いきなりすっご~い雨が降ってきてね。ズブぬれになっちゃったんだぁ。先生しっぱいしちゃった。みんなはお出かけする時はかさを持っていこうね。
 でも、そんなに寒い日じゃなかったから、ぬれても気にせずに歩いてたんだ。そうしたらね、そこらへんに住んでたおじいちゃんが偶然通りがかってね、お兄さん、カゼを引くよ、って言われてね。お節介にもかさを貸してくれるって言うから、おじいちゃんのおうちにおじゃましました。お茶もごちそうになっちゃったよ。へへ、いいだろう。
 それで先生はね、おじいちゃんから借りたかさのおかげでカゼを引かずにおうちに帰ってこられたんだけど──帰ってこれたじゃないよ、帰ってこれたじゃ。帰ってこ「ら」れた、ね。ら抜きことば。いいね。
 おっと話が脱線しちゃった。いけないいけない。それでね、こないだね、わざわざそのかさを返すために、そのためだけに、またおじいちゃんちに行ったんだ。人から借りた物は必ず返さなくてはいけませんからね。
 でもね、なぜだか、おじいちゃんにあんまりよろこばれなかったんだ。わざわざ返しに行ってあげたのに。理由? 理由はわからないよ。ただね、借りた物は必ず返すって言ってもだよ、こっちは遠い所をわざわざ直接届けに行ってやってんのにさ、急につめたい態度に出られると困っちゃうよね。みんなもそんな目にあったらイヤだろ。だろ。うんうん、そうだろ。宅急便とかじゃないんだよ。先生はまちがってないよな。みんなはああいう悪いオトナになっちゃダメだよ。わかりましたね。





(22)ポルノ

 麗紋は郊外で日の光に身を晒していた。あからさまに秘部を露出させる背徳の情が彼女の官能を強く誘発する。と、急襲するように彼女の白い柔肌を飛沫に包む雨。撫で回すように降り注ぐ白濁液は彼女の身体をグチョグチョに濡らし、粘り気を伴った淫靡な快楽に陶酔させるのだった。彼女は努めて自然に振る舞ったが、抑え切れない快楽に身悶え、その表情には恍惚の色が注がれていった。
 淫液による卑猥な愛撫を逃避する理性の傘も持たず、ただ思うさま愛の蜜を滴らせている麗紋の前に、初老と思える一人の男が立ちはだかった。彼は屹立していた。立派に隆起していた。年齢を感じさせないほど垂直にいきり立っていた。手に持ったキノコ型の張り方を上下に震動させている。
「お嬢ちゃん。ただ濡らしてるだけじゃカラダに毒だ」
 男は意地悪そうに告げ、グロテスクな張り方を麗紋に渡すのだった。麗紋はすぐにキノコ型のアンブレラを挿した。ああぁぁ~~~ーーっ!! いいわ。いいっ。ああん。これ、すごいぃぃ…!
 男と別れてから数年後。同じ部署の久能と結婚し、幸せな家庭を築き始めた麗紋は、過去を精算するべく男の家を訪ね、巨大な張り方を返すことでその関係に決着を付けようとするのであった。
 男は以前よりも、なおいっそうたくましくなっていた。触れれば今にも弾け飛びそうなほどに彼の青筋立った怒張はパンパンに張り詰め、ドクドクと脈を搏っていた。麗紋は亀のような顔を真っ赤に腫らした男に睨まれると、蛇の前の蛙のように立ちすくんでしまった。膝が震え、粘液が身体中の毛穴から噴出する。大蛇の毒牙の餌食となった麗紋は、男の口の先端からほとばしった罵倒に全身を犯されるのであった。





(23)中国人

 ワタチ田舎歩いてた。いきなし雨、降てきたヨ。だけと気にする無意味ネ。ちょかないから歩きつつけたヨ。
 そしたらヂイサン出たネ。「若いの。風邪ヒク」と言て傘貸してくれたアル。歳のニポジンでワタチに優しくしてくれた人、あの人が最初ヨ。唉呀、ありがとうのココロだた。
 それから月日たて、傘返しに行たヨ。恩には礼を尽くして応える、コレ忠節ネ。なのにヂイサン、ワタチのこと忘れてたアルヨ。傘ドロ傘ドロ随分やかましかた。がかりしたネ。





(24)ポエム

 おお麗しき古里の馨りよ。叢雨も我が背の錦を讃えるか。高天原から枝垂るる満艦飾の下我は行く。
 人生の熟練者との邂逅。雨下に咲く華を譲渡さるる。むべなるかな、身に余る光栄から肉土の身を護るための逆さ喇叭。
 光陰は矢の如く過ぎ去る。優美なる華は腐し我が功名は泥坊の汚名を纏う。





(25)注釈

*田舎  自分の住んでいる地域を「田舎」と称されるのは誰だっていい気はしない。そういった住民感情に配慮して表現をぼかしてあるが、島根県を指す。
*突然  13時21分30秒からであった。
*雨  pH5.4。やや酸性。しかし、身体にほとんど害はない。
*歩く  時速10キロメートル。
*道  ややゆるやかな曲線を描きながら農業地帯を東西に貫く砂利道。この時、語り手は東側から西側へ、老人は西側から東側へそれぞれ歩いていた。
*行く  時速4キロメートル。
*老人  讃岐山竹蔵76歳。
*お若い人  「年下の者」を表す丁寧語。ここでは老人の話しかけた相手、つまり、物語の語り手=主人公を指す。
*かぜ  通常「風邪」と字を当てるが、「感冒」「寒冒」とも書く。前者はウイルス性で、後者は体調不良。この場面では後者。
*引きますよ  何かを引くことによって不利益をこうむる可能性を警告する呼びかけ。
*傘  町の荒井雑貨店で購入した傘。1500円。
*借りる  前出の傘を。貸借料は0円。
*それから数年後  1523日。4年と2ヶ月ちょっとである。
*返却  品目=傘1。
*再訪  お礼参り。
*傘泥棒  傘を盗んだ犯罪者の意。ここでは老人の敵=物語の語り手=主人公を指す。
*傘泥棒としかられる  「傘泥棒と一緒に」ではなく、「傘泥棒として」「傘泥棒と名指しされて」しかられる行為。
*しかられる  なぜ老人が怒ったのか、これには諸説ある。『讃岐山事件』(讃岐山事件研究会・編/民明書房)『今宵おれは貴様を嬲り殺す』(笹池薬麻呂・著/同)『たのしいフィッシング詐欺』(笹池薬麻呂・著/同)などに詳しい。





(26)ダイジェスト

これまでのあらすじ
 傷心を癒すため故郷に帰ってきた「私」は突然の雨に降られる。厭世的な気分にとらわれて農道をさまよっていると、通りすがりの老人が傘を貸してくれた。その親切に感動し、荒んだ心が癒されたのであった。
 月日は流れ、「私」は傘を返すために再び帰郷する。だが、老人の人柄は豹変、傘泥棒の汚名を着せられてしまう。 はたして、「私」はどうなるのか。





(27)憲法

第1章 青年
 第1条
青年は、物語の主人公であり作者の創意工夫の象徴であって、この地位は、主権の存する作者の総意に基く。
 第2条
雨は、悪天候の象徴であり天気が悪いという現象の象徴であつて、この認識は、田舎を散歩する青年の、視覚聴覚触覚その他と、全細胞の総意に基く。
 第3条
青年は、この憲法の定める物語に関する行為のみを行ひ、恒久の平和を念願したり、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚したりといふ、物語外となる言動は、絶対にこれを禁ずる。
 第4条
前項の目的を達するため、いかなる理由があつても、雨に対する感慨を必要としない。道中での突然の雨は、これを気にしない。

第2章 老人
 第1条
老人は、一部の登場人物であつて、主人公ではない。
 第2条
いかなる若い人も、雨に濡れるところにより、風邪を引くことは強制されない。
 第3条
貸借は、両人の合意のみに基て成立し、相互の協力により、維持されなければならない。

第3章 再会
 第1条
この再会は、憲法公布の日から起算して3箇年を経過した日から、これを施行する。
 第2条
青年は、すべて定期に傘を保有する。この傘は、在任中、これを放棄することができない。
 第3条
青年は、法律の定めるところにより、返却の義務を負ふ。
 第4条
老人は、正義と秩序を基調とする地域平和を誠実に毀損し、返却の了承たる和解は、物語を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。条理のない痛罵は、これを認める。





(28)童話

 昔むかし。男の子がいなかを歩いていると、雨がふってきました。男の子は雨にぬれるのもかまわず、歩きつづけました。
 すると、むこうからおじいさんが来ました。
「ぼく。かぜをひいちゃうよ」
 そうして、かさをかしてくれました。
 それから長いこと、男の子はかさをかりていました。ある日、かさをかえすために、また、いなかに来ました。
 だけど、おじいさんは男の子のことを、すっかりわすれていました。男の子はドロボーとまちがわれてしまいました。めでたしめでたし。





(29)モンタージュ

 荒寥とした自然の中で、田舎の人生は孤立している。(萩原朔太郎『田舎の時計』)矢のような銀線を描いて、大粒な雨がばらばらと落ちて来ました。(薄田泣菫『草の親しみ』)雨が降ろうが、風が吹こうが、只之、黙又黙、(尾崎放哉『石』)平然として往く男であるから剛胆であったに違いない。(田中貢太郎『山の怪』)
 Aという老人がひょっこりやって来た。(豊島与志雄『川端柳』)手にはウォランのついた、おもちゃのような蝙蝠傘を持っている。(森鴎外『普請中』)そこで彼はこう言った。
「ねえ旦那。頭に傷がつくかも知れないね。(坂口安吾『勉強記』)草のようになって了って風邪をひくの。」(横光利一『七階の運動』)お急ぎでしたら、と傘を貸してくれた。(織田作之助『木の都』)
 数年後再び我々の陽光の下で俺達は嬉しい邂逅ができることを俺は信ずるのだ!(吉行エイスケ『地図に出てくる男女』)しかし煎じつめればこの態度である。(夏目漱石『写生文』)「泥棒、泥棒」と叫びながら追っかけて来ました。(夢野久作『クチマネ』)





(30)緒実

 名探偵気取りの緒実充三がど田舎を旅行していた。そのうち雨になったが傘がない。しかたないのでそのまま歩いていたところ、道行く一人の老人と出くわした。
「お若い人。風邪を引きますよ」
 老人はそう言うと、手にした傘を彼に渡す。思いがけない親切を得て緒実は喜んだのだが、どうも釈然としない。
「なぜろくに親しくもないヨソ者のぼくに自分の傘を貸すのだろう。この人は何か企んでいると見た」
 去ろうとする老人を呼びとめる。
「待って」
「なんだい。遠慮する事はないんだよ?」
「いえ。どうしてこの傘を見ず知らずのぼくなんかに貸すのです」
 事件の匂い。名探偵気取りの浪人生は、その匂いを鋭く嗅ぎ取ってうれしくなった。
 しかし、期待は簡単に裏切られた。老人は、たやすくこう答えたのだ。
「人に親切にすると吉って、今朝のテレビで聞いたから」

 日は巡り、数年後。田舎を再訪した緒実は老人宅を探し兼ねて困っていた。住所を聞いておけば良かったと後悔し、きちんとした己の性格を呪った。彼はバカがつく程の正直者である。借りた傘を、律儀にも返しにきたのである。
 一向に老人の住居は見つからなかった。何軒も訪問したがさっぱり会えない。
「もしかしてすでに死んでるのかも」などと考えて墓に来てみたところ、老人は寺にいた。彼はおぼうさんだったのである。
 とうとう再会できた。かなりへとへとに疲れていた緒実は無言のまま傘を返して軽くほほえんだ。
 これでお話が終われば、義理に篤い男の話として幸福な結末を迎える。だが、せっかくの感動は見事なまでに砕かれる。話はまだ終わらない。激昂した老人が地も割れんばかりに怒鳴ったのである。
「この傘泥棒。泥棒泥棒」
 面食らった緒実はスタコラと逃げ出した。
 難事件の匂い、神からの三度目の挑戦、独占的手法。緒実充三は感じていた。「俺自身が読者になる番だ」と。地面に座り、腕を組み彼は『文体練習』を読んでみる。そうして、神の声を聞く。
「はい。十三文字目。いつも通りですね。順に拾っていけばよろしいのですね」
 いま読んでる文体『緒実』をただしく説けば真相究明だ。かっこや句読点も一文字だからね。改行や空白は数えないで下さい。最初の言葉は…
「あ、ど田舎の『ど』から始まるのですね。なるほど。はい。わかりました。やります」





(31)あいうえお作文

 雨がにわかに降り出した。田舎道を歩いていた時だ。うかつにも傘を忘れた。ええい構う物か。俺は歩き続けた。風邪を引くとも思えない。気にせず歩く。
 暗がりの中に人影が動いた。健康そうなじいさんがあゆみよってくる。
「こんにちはお兄さん。寒くありませんか」
 親切にも傘を貸してくれる。すまない気持ちになる。せっかくのご厚意ではあるが断ることにする。
「そんなこと言わずにどうぞ」
 ためらう俺にじいさんはなおも勧める。ちょっと迷惑だった。つまり、傘なんて必要なかった。天気は良くなってきている。とにかく俺に傘を貸したくて仕方がないようだ。
 長い押し問答のすえ結局借りることにした。逃げるように俺は立ち去った。ぬめぬめした傘の握りが気持ち悪かった。粘り気のいやらしさ。──のちに、俺はじいさんの無理強いの意味を悟る。
 はや二年が経過しようとしていた。暇を見つけ、傘を返すためにじいさんの家を訪れた。不吉な予感。変な目をして俺を見ていたが、その色目の意味するところがようやくわかった。ホモだったのだ。
 まさかこんな展開が待ち受けているとは。耳をなめられる。胸をさわられる。目を見つめられる。もうガマンできない。ややお互いの距離が離れた瞬間を見計らって、俺は一目散に逃げた。
 夢にも見なかった悪夢は醒めずに続いた。よもやこんなことになるとは。裸体となったじいさんが追いかけてきたのだ。隆々とした筋骨をなまめかしく動かし、俺に追いすがる。ルーデサックが股間で光っている。レイプされる!
 老人は「傘泥棒傘泥棒」と連呼しながら這うように地を走る。笑っている。
 をっ、わっ、足がもつれ、た。
 んんんんーーーーーーー!





(32)吾輩

 吾輩は無何有の郷を見付けやうと無暗に草野を逍遙してをつた。斷りも無く眼前を幾條の銀箭が斜めに走る。失敬な雨である。超然として好い加減に歩き續ける。
 雨が愈々其の勢力を増した時、吾輩は非常に淋しい心持ちがした。其處へ飄然と現れたのが丹塗り傘を頭の上に開いた老翁である。翁は氣易く「お若いの。風邪を引くでよ」と言つて自らの傘を吾輩の額の上に差し出す。不審に思つて「一張りしか無い傘を他人に渡して仕舞つてぢいさんはどうするね」と訊ねると直ぐ其所の屋敷に住んでゐるから大丈夫との話である。吾輩は思ひ掛けぬ人情に弱い。聊か逡巡しつゝ恭しく拜借する。
 幾星霜の後、吾輩はまう一度此の地を踏んだ。傘を返す爲である。併し翁は吾輩の顏をすつかり忘却してゐた。泥棒隠士の不名譽を冠せられて甚だ辟易した。報われぬ禮を陳情するのに此樣な僻地までわざわざ乘り込んで來たと云ふに良い面の皮である。





(33)宣伝

各界騒然!
(政界・財界・官界・法曹界・業界・経済界・学界・医学界・教育界・宗教界・仏界・芸能界・将棋界・角界・球界・社交界・公界・花柳界・梨園・文壇・論壇・歌壇・俳壇・劇壇・画壇・楽壇・武林・市井・軍部、絶賛!)

 ハートフル・アンブレラ「親切1号」。
 お出かけ中、急な雨に降られたら、
 道ゆくお年よりにこのカサを借りよう!
 半年間は、ノーローン。
 ご利用は計画的に♪ 無理のない返済プランを!





(34)年表

<時> <おもな事件・できごと> <特記事項>
518   オレ朝、興る        夜明け
656   アリー即位         起床
700   フン族の侵攻        お通じ
755   肅白臺の寄進        チェックアウト
805   八卦佳『朝食家』を著す   喫茶店入店
812   ラーメン条約締結      朝食
816   賣春亭接近         バス停着
838   遣乗車の破券        バス乗車
901   ド田舎道まで左遷      目的地着
907   田地の治          のどかな景色
935   曇天・天気雨の乱      突如の降雨
951   夫1世第一次板裏遠征    老人と遭遇
957   夫1世風邪発症を警告    風説の流布
958   乾元ブレラ借款       半脅迫的
1117  傘っの屈辱事件       借用を後悔
1549  借り人今日伝来       以後よく狂う
1800  オレ第二次板裏遠征     傘返却のため
1801  夫1世借り人強迫害     泥棒扱い
1804  老者・屁武者戦争      1813まで





(35)演説

 諸君! よっく聴け! 乃公は辺境の地に赴いたのだ。その地にて、不意を突く大雨に包まれた。しかるに! 雨などで萎縮する器ではない! 乃公は雨など無きが如きものとばかり歩み続けたのである!
 しばらくすると、傘を差した高齢者が乃公に問いかけてきた。問いかけてきたのである! その文言はこうだ。お若い先生、風邪を引いてしまいますよ、傘はお持ちじゃない? け、け、けしからん! 一目瞭然、傘を持っていないことなど見ればわかるではないか。そうだろう。そうだろう諸君! この者は自分が傘を持っているのを自慢しようと乃公に話しかけてきたに相違ないんであるっ! 乃公は言ってやった。傘を持っていないことなど見ればわかるではないかっ。わ・か・る・で・は・な・い・かっ。憤懣やるかたなき咆吼をここぞとばかり叩き付けてやった。どうだ。
 すると、乃公の雄弁に恐れをなしたのであろう。その者は自らの傘を献上してきた。献上してきたのだ。乃公はここに我が党の培った雄弁術の完全勝利を宣言するっ。完全勝利であるっ!
 それから早1ヵ年。乃公はこの傘を返してやるために彼の地に再度見参した。するとどうだ。諸君。傾聴せよ。乃公が手にする傘を見て、きゃつめは乃公を泥棒呼ばわりしたのだっ。この者の態度、如何であるか。言語道断であるっ! 卑怯者の所作だっ。1ヵ年前の自身の敗北を棚に上げ、あろうことか乃公に泥棒の疑いをふっかけたのだ。面白い。ふはは面白いぞ。正義の人に謂われの無い罪を被せる、この行為は如何であるか。諸君はどう思われる。許せんよなあ? ゆ・る・せ・な・い・よ・なあっ! この者の悪行非道を許すまじ。老害を撒き散らすこのような者を許しては置けないっ。決まったぁ。高齢者、是非とも粛正すべし! ご清聴、礼を申し上げる!





(36)歌詞

おだやかな 場所だった
Suddenly 雨が降った
カサを 持ってない ぼく
気にせず 歩くのさ

 * きみは今でも おぼえているかい
   ぼくはハッキリ おぼえているよ
   Umbrella そうさ Rainy Day
   あの時の気持ち わすれないよ

お年より 歩いてた
Oh Baby きみは言った
「カゼを 引きますよ ぼく」
そうして 借りたのさ

 * (くりかえし)

あれから 2年たった 
Memory 返すための
けれど すれちがい ぼく
どろぼう よばわりさ

どろぼう よばわりさ ×4





(37)ラップ

 <サビ>×2
 ラヴ・イズ・ラットラッド  これぞジパング泥棒トラッド
 ラヴ・イズ・ラットラッド  リアル・ハード・メロ・ストラット

田舎 IN A CAR   イチャつくカップルいい仲
帰れ色バカ 町中 で見せびらかすなようらやましいから
オレの名前は魚座 ウオ・ザじゃねえ、オン・ザ・サカナダ
ああ、オレも欲しいな女が おっと雨すぐ開くMY差し傘

すると向こうから女が接近 なぜか高鳴るオレの心の鉄琴
顔はべっぴん体つきは絶品 神様の巡り合わせ鼓動ドキドッキン
見れば相手は今ドッキ娘 カサを持たずかわいそうにビショ濡れ
ここはいっちょ紳士的に試みるぜ 話しかけて様子伺い心見るぜ

(セリフ)
「お若く美しいあなた。かぜを引いてしまいますよ」
カサを貸すね!カサを貸すね! 朝、犯すね!

 <サビ>×2

それから数年 オレも今じゃ立派な中年
あの時のあの娘が忘れえん いまだ探し続ける毎日この執念
あの日の愛し合いは最高だった オレの愚息もすっかりおっ立った
カサ貸し金も貸し大ざっぱ 朝まで元気に超合金合体

そんなあの娘がまた来てくれた 慌てた様子でカサを返してくれた
顔はきれいで心はひねくれた 女だと気づいたきっかけあの手癖だ
愛はオレからHEARTを盗んだ だけどあの娘はお金も盗んだ
再会場所は金庫室  今まさに彼女はオトコと仕事チュウ

LOVE IS    RAT LAD
愛はHEARTを   こそこそGET
告げ口ねずみ(RAT)   口づけ小僧(LAD)
寝ずに、夜も   盗み、ヤッコ

 <サビ>×2





(38)コギャル

 むかしー、ダッセェとこ行ったのー、そうしたらー、いきなし雨ふってきたのね。チョー頭にきちゃう。でも、別にいっかと思ってー、そのまま歩いてたわけー。
 そーしーたーらあ、へんなジジーがさあ、「若もの、カゼひくぞ」とかセッキョーたれはじめんの。マジかんべんなんだけど。
 だけどさ、そしたらー、カサかしてくれたんだよね。なんてゆーかぁ、けっこうイーとこあるナー、って思った。うん。じゃない?なんていうのアレ、かめのこう?年のこう?年のこう。そうそれそれ。キャハハハ。
 でさー、まー、そん時はわりといいヤツじゃんとか思ったわけ。あたしもガラにもなくさ、ニンジョーにカンドーしちゃってて(笑)。だけどさ、こないだおれいついでにカサかえしにいったらさ、そのジジー、なんか急にキレはじめんの。カサどろぼーとかホザきはじめるしさ。いやいやいやいや!(笑)オメーがかしんたんじゃん!バッカじゃねーの。マジありえねーんだけど。チョーむかつかない??





(39)後輩

 おいらが田舎を歩いてたら、いっきなし雨が降ってきたっス。いっきなしっスよ。まあ、別にいいんスけど。
 そしたら変なジジーが「青二才。かぜを引いちゃうぞ」って言うんスよ。そんで、かさを借りちゃったんスよ。
 何年かして、借りっぱなしじゃナンカ悪いかなと思って、返しに行ったっス。スンマセン。お年寄りは大切にしなきゃいけないかな~、なんて。おかしいっスかね。
 でも、でもっスよ。なんと、ドロボーと言われておこられたっス。わけわかんないっス。マジ頭来るっス。ブッ殺してやりてーっスよ。





(40)反復型

 きつねの嫁入り。いわゆる天気雨が降ればあの人のことを思い出す。
 その日私は、森林浴に親しもうと、自然ゆたかな山あいの村に来ていた。抜けるような青空に雲のきれが二三片ただよっているという風な天気で、とても気持ちのよい日だった。
 森に向かう途中のひらけた登山道で、ふと私の顔に一滴の水がかかった。はじめはセミにでもひっかけられたかと思っていたが、上から落ちてくる水の量は少しずつ増え、やがて霧ほどの濃度となった。太陽は出ていた。めずらしい、きつねの嫁入りだった。私はこの不思議な天候を喜び、ほほえみながら歩き続けた。
 すると、近くに住んでいる方だろう、和傘をさしたおばあさんが私の進路から現れ、気さくに話しかけてきた。
「お若いの。雨がかかったままでは風邪を引くぞい」
 そして、さしていた自分の傘をなかば強引に渡して、とまどう私を残したまま去って行ってしまった。
 天気雨が降れば、いつでもあの人の親切を思い出す。あの人は、あの日の天気のように不思議な人だった。もしかしたらきつねだったのかも知れない。
 霖雨が降れば、あの人のことを思い出す。きつねの嫁入りを体験してから一年ののち、あのおばあさんに借りた傘をお届けしようと、もう一度あの村を訪れた。その日は朝から霖雨が降っていた。
 会えることを願いつつ歩いていると、傘を持たずに歩いているひとりのおばあさんが遠くに見えた。あのおばあさんにちがいないと確信して近づくと、その人は私を見るなり「あ。傘泥棒」と大声を出し、私が提げていた傘をひったくるように奪い、そして早足で野に消えてしまった。私はあっけにとられた。
 姿形はそっくりだったが、私にはとてもじゃないがあの時のおばあさんと同一人物とは思えない。きつねにつままれた想いがした。
 霖雨が降ると、いつでもあの人のことを思い出す。あの人は、あの日の天気のように不快な人だった。





(41)恋文

Dear あがちゃん
From マー


 お元気ですか。わたしは元気です。
 あれから、もう、1年たったんだね。は~、早いもんだ…。このぶんじゃ、わたしもすぐおばさんになっちゃうかな!?(笑)いつまでもよろしくね♪
 あの日のこと、ぜったい忘れないよ。ハイキングをしていたわたしが、雨で困っているのを見て、君はかさをかしてくれたよね。1本しかないかさなのに。自分のぶん、わたしにかしちゃって。それでびしょぬれになって。もう、ほんとにが君ってバカなんだから…。近くに住んでるからだいじょうぶって君は言ってたけど、本当はぜんぜん近くじゃなかった。どしゃぶりの中、3キロ先のおうちまで、君は走りさっていったっけ。あがちゃんは、ほんとにバカだよ…。それでカゼひいて。わたしの代わりに、カゼひいちゃって。あの時はすっごく心配したんだからね。もう、わたしのためにむちゃなまねはしないで。あがちゃんは、やさしすぎるよ…。
 わたし、あんなにやさしくされたの、あの時がはじめてだった。今でもあの日のことを思い出すと涙が出てきちゃう。実は、今も泣いてるの(笑)。あはは。ほんとにうれしかった。ありがとう。一生忘れないよ。
 それから仲良くなっていたんだよね。そして今や、よきパートナー。運命的な出会い(笑)曲が売れるように、これからもふたりでがんばっていこうね。がんばろうね。うん。がんばろ!
 かさ、かりっぱなしだね。ドロボーだなんて言わないでね(笑)わたし、このかさずーっと大事にする。たいせつにあずかっておく。あの日の記念として。ずーっと、ずーっと。
 それじゃーまた電話します。たまにはこういう手紙もいいでしょ?(笑)かしこ。

P.S.
 君が好きっ☆ (←キャ~ッ!はずかしいから読んだら消して!!)





(42)ライナーノート

パワーバラダ/Umbrella & Rainy Day

1.Umbrella & Rainy Day
2.センチメンタル・ジャーニーズ
3.4センチメートルの恋
4.雨、とつぜんに。
5.Umbrella & Rainy Day(ダヴ・ヴァージョン)
6.二年間 ~Two Years~
7.この愛をかえして
8.ラヴ・イズ・ラット・ラッド(恋の鼠小僧)
9.Umbrella & Rainy Day(デモ)
10.君が好きっ(ボーナス・トラック)
11.Can't Stop the Rain(ボーナス・トラック)


【バンドの結成とそのあゆみ】
 浜坂真綾(Vo)と魚座あがた(Um)によるパワーバラダは、今から4年前、2002年に鳥取県で結成された。浜坂が鳥取で通り雨に降られた際、近くに住んでいた魚座が傘を貸したのが交流のきっかけであるという。
 その後、ふたりは地道な路上演奏活動ののち、バラダレコードから「パワーバラダ」としてメジャーデビュー。デビュー・アルバム『デビュー』は、Debutのスペルが間違っているということで話題になったが、売れ行きはいまいちだった。翌年発売のセカンド・アルバム『パワーバラダ2nd』も鳴かず飛ばずだった。
 そんなふたりに転機が訪れたのは2004年。友情の証とされていた傘が、浜坂から魚座に返されたのだった。バンド崩壊の危機も囁かれたが、この時の心境を浜坂が歌に託した「Umbrella & Rainy Day」が大ヒット。シングル・チャートに長く居座るロングセラーとなった。
 この成功でバンドは勢いに乗りかけたかのように見えたが、ふたりの心の溝は埋まらず、サード・アルバム発売後の2005年に解散。解散の理由は代理人を通じて「音楽性の違い」と発表されたが、真相はどうも「Umbrella & Rainy Day」の印税をめぐるトラブルに原因があったらしい。アレンジ担当の魚座よりも収入が高かった浜坂を、魚座が泥棒猫と罵ったという話が伝わってきている。


【このアルバムについて】
 2005年に発売された3枚目のアルバム。スマッシュ・ヒットとなった「Umbrella & Rainy Day」を冒頭に配した上、その別バージョンを2曲収録。似たようなメロディーを巧みな編曲で繰り返し聴かせる「フーガ(遁走曲)」の技法を採用している。タイトル曲以外はやや弱いが、それでも存分に聞かせるゴージャスな44分間。有終の美を飾るのにふさわしい内容である。


【楽曲紹介】
1.Umbrella & Rainy Day
 パワーバラダの代表曲。「どろぼう よばわりさ」のフレーズが当時OLの共感を呼んだ。

2.センチメンタル・ジャーニーズ
 アコースティックギターによる弾き語り。

3.4センチメートルの恋
 同じくアコースティックギターによるシンプルな曲。

4.雨、とつぜんに。
 M1と酷似したアレンジだが、この曲にはこの曲の良さがある。

5.Umbrella & Rainy Day(ダヴ・ヴァージョン)
 M1のダヴ・ヴァージョン。ディスコティックなアレンジに対し、「踊れる」「台無し」の賛否両論が巻き起こった。

6.二年間 ~Two Years~
 待たされる女性の想いを綴ったバラッド。

7.この愛をかえして
 浜坂のソウル・シャウトが映える、痛切なブルーズ。

8.ラヴ・イズ・ラット・ラッド(恋の鼠小僧)
 パワーバラダが初めてラップに挑戦したナンバー。ちゃんちきおけさのフレーズがたまらない。

9.Umbrella & Rainy Day(アコースティック・デモ)
 浜坂が宅録した、出来立てホヤホヤのデモ。

10.君が好きっ(ボーナス・トラック)
11.Can't Stop the Rain(ボーナス・トラック)
 解散にともなって発売中止となったシングル曲。『ベスト・オブ・パワーバラダ』に収録されているヴァージョンとは別ミックス。


【パワーバラダ・ディスコグラフィー】
 『Debu』(2002年)
 『パワーバラダ2nd』(2003年)
 『Umbrella & Rainy Day』(2005年)
 『ベスト・オブ・パワーバラダ』(2006年)





(43)英漢字

工几 丹 匚丹尺。
丁口丁 丁廾巨几 几口 丹尺从巨几。
片巨丫 几工巨匚巨丂 丹 尺口口片。

从巨巨丁工几厶 乚口丹刀工几厶
「口廾 幺廾丹丁 片工几刀 廾工丁。
匚凵尺丂巨 幺丹尺 廾巨 片巨丫 从丹丂丂 丫口」
匚丹丂廾工巨尺 幺丹尺 匚凵尺乚丫 尺凵巨。

丂口 乚巨丁 匚口乚口尺 丂凵巨 几丹从巨 厶口。
廾巨从 匚丹尸 丁廾尺口凵厶廾 丁丹 从丹几丫 丂工尸廾口几。
匚丹丂廾工巨尺 刀尺丹幺 乃口幺 丁口巨 丂工匚片 丹 乚丹 尺丹工乚。

(参考)
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUWXYZ
丹乃匚刀巨下厶廾工了片乚从几口尸甩尺丂丁凵幺乂丫乙






(44)ローマ字

Inaka. Totsuzen no Ame. Ki ni sezu aruku.

Michi yuku Roujin
"Owakai Hito. Kaze o hiki-masu-yo"
Kasa o kariru.

Sorekara Su^nengo.
Henkyaku surutame ni Saihou.

Kasa-Dorobo^ to shikarareru.





(45)翻訳

 私がその田舎の中を歩いている時、それは突然雨が降ってきました。しかしながら、私は心配することはなく、そして歩きました。
 その道の中にいた古い男が言いました、「若い男。それはその風邪を捕らえます。」と。彼は彼の傘を貸してくれましたので私は彼の傘を借りました。
 それは数年間でした。私は古い男の傘を彼に戻すためにその田舎を再び訪れました。私は彼によって傘の泥棒と言われて怒られました。





(46)黙説法

 一人の青年が田舎で雨に降られた。それは前ぶれもない大雨だったそうだ。傘を持たない青年は濡れ鼠のようになって歩き続けたという。
 そこに現れたのが、この家のあるじ、大倉だった。大倉はみじめな青年に声をかけ、風邪を引くといけないからと心配し、傘を貸してやった。黒い高級紳士傘だ。今現在は青年が手にしている傘。
 それから数年後。青年は大倉の家を訪れてきた。いつか借りた傘を返しに。そして礼を述べに。
 大倉は青年の持っている傘を見た途端、傘泥棒と罵声を浴びせた。その怒鳴り声の大きさには俺様も驚いて転落しそうになったくらいだ。当の青年はもっと面食らったことだろう。感動の再会を果たそうとしたのに、わけのわからぬまま敵意を剥き出しにされて。気の毒だ。
 確かに大倉は黒い高級紳士傘を盗まれた。青年の持っているのと全く同じ傘を。つまり、この傘だ。空き巣の俺様がふところに抱いている、この、傘…。





(47)冗説法

 昼ごろは蒸すほどの晴天だったが、夕方になってたちまち曇った。放課後4時。蛍光灯を点けていない教室の中は急に暗くなった。ネズミ色の分厚い雨雲が立ち籠め、重々しく空を覆う。
 学級委員の早苗と光政、ふたりきり、林間学校用の資料を作っていた。会話はなく、紙のすれる音しかしない。遠くで野球部の張り上げる声が聞こえる。ふたりのほか、誰もいない。
 相手の顔は逆光で黒く、表情はわからない。
「雨、降らないかな」
 作業の手を休め、光政が窓の外を見上げながら言った。早苗に同意を求めるでもなく、ひとりごとに近いグチだった。
 光政の言葉を聞いた早苗は気が付いたように窓の外に目をやった。天下をことごとく包装してしまったような雲。人間を孤独な不安に陥らせる強迫観念としての雲が、今にも覆い被さらんとするばかり垂れ下がっている。
 早苗は静かに席を立ち、外をもっとよく見ようと窓際に寄った。光政も誘われるように立ち上がり、早苗の右横に立って困惑ぎみの仏頂面をムスっとさせた。
「降らないといいけどなぁ」
 窓に手をつけ、上方を覗き込むように曇り空を仰ぐ。空には一面の黒雲が群生し、死の草原を形作っている。
 とつぜん、早苗が光政の身体に手を回した。光政の胸に顔を埋めるようにして強く抱きついた。驚いた光政は諸手を上げ、手のやり場に窮しながらあたふたした。
「ど、どうしたの」
 早苗は何も応えない。心なしか震えているようだった。光政は抱きしめてあげたい衝動に駆られながらも、早苗の行動の意味が飲み込めず混乱し、顔を真っ赤にしながら突っ立っていた。
 早苗の体温が光政の身体に伝わり始める。あたたかい。恍惚とした表情にとろけていた光政は、早苗の身体の震えが止まったのを確認し、ここぞというタイミングで彼女の肩に手を掛けた。やさしく引き離し、肩を抱いたまま、早苗の顔を覗き込んだ。目のあたりに光る物が見えた。
「どうしたんだってば」
 早苗は光政に肩を抱かれたまま、人差し指でちょこんと目をこすり、こう言った。
「なんだか、世界が終わっちゃう気がして…」
 そんな学生時代の鮮烈な思い出を呼び起こすのに充分な天気の崩れようだが、気にせずに歩く。
 すると、前から歩いてきたじいさまが「風邪を引くぞ少年」と言って傘を貸してくれた。
 数年後、返しに行ったら「傘泥棒ー!」って通報された。





(48)実況

 突発的な雨を皮切りに物語はスタート。ゼッケン1番・若者選手、傘を持っていない。さあ、どうする。あーっと、若者選手、天気の急変をものともせずに歩いていくっ。力強いストローク。雨の影響を微塵も感じさせない。ヤングならではの元気ハツラツ戦術、これはファインプレーだ。
 おっと、向こうからゼッケン2番・老人選手が現れました。さすがは人生のヴェテラン、変わりやすい山の天気を予想してか、傘をたずさえているっ。備えあれば憂いなし、雨といえども油断せず、常に被害を最小限にとどめるいぶし銀の持ち味だー。
 接近し、互いに牽制し合う両者。どちらが先に接触するのか。はたまた接触を避けて通り過ぎるのか。さあ、時間いっぱいです。
 先に仕掛けたのは老人選手だ。若者選手の身体を気づかう。雨に濡れたら風邪を引くと諭しています。かつて山間部を恐怖のどん底に陥れた老人選手のフェアプレー精神がここでも効果的に発揮されたっ。
 あ~っと、なんということだ。なんということだ。若者選手、意表を突いてすなおに傘を借りたっ。若手随一と噂されるトリッキーなスキルが炸裂、カリパク王子の栄光にふさわしいテクニックだー。
 ここで前半終了。ハーフタイムののち、後半戦です──

 ──後半戦、舞台は代わって未来。あれから4年の月日が経ちました。若者選手、かつて老人選手からレンタルした傘を返すため再び山間部に登場しました。目指すは本丸・老人選手の居城。一点突破なるか。一方的に傘を返却し、物語を優位に進められるのか、注目です。
 さあ、老人選手の登場です。以前よりも痩せているようです。やはり4年のブランクは大きかったか。い、いや。いや! 衰えるどころかますます老練だ。度肝を抜く奇策、若者選手を知らないと言い張ったー。策士です。これにはさすがの若者選手も唖然としています。
 しかも、猛攻はさらに続きます。若者選手を完全に泥棒あつかい! 耳を覆いたくなるような罵詈雑言の連打だー。これが全盛期には皇帝と呼ばれた男の実力か、反則スレスレ理不尽なまでの罵倒が始まった。魂を殺す地獄の輪舞曲、黒い霧が立ちこめてきたー。ここで物語終了、老人の圧倒的勝利です!





(49)インタビュー

「田舎に行ったということで間違いないんですね?」
「その件については現在確認中です」
「予告のない雨が降ってきたとうかがいました。その時の心境をお聞かせください」
「遺憾の意を表明します」
「資料によると『気にせずに歩いた』とのことですが?」
「そういうこともあったかも知れません」
「おとしよりと会ったとのことですが、その人の素性について何かわかりましたか」
「その件については現在調査中です」
「おとしよりに話しかけられたその内容について教えてください」
「まだ詳しいことはわかっておりません」
「かぜを引かないよう心配されたとかされなかったとか」
「その件については記憶にございません」
「借りた傘についての詳細を説明してください」
「その件については現在調査中です」
「傘を借りたときの心境は?」
「遺憾の意を表明します」
「事件から数年後、傘を返すために極秘に訪問していたということですが、本当ですか」
「そういうこともあったかも知れません」
「傘泥棒と疑われたそうですね」
「その件については現在確認中です」
「どんな気持ちでしたか」
「遺憾の意を表明します」





(50)ニュース

 5時になりました。ニュースをお伝えします。
 まず、はじめに。今日昼すぎ、岩手県下閉伊郡にて、34歳の男がひったくりの容疑で逮捕されました。
 逮捕されたのは、神奈川県川崎市に住む、自称塗装工・上道抜作容疑者34歳。
 事件があったのは3年前の2003年5月、岩手県下閉伊郡の路上で、上道容疑者が、近くを通りかかった、当時69歳の女性を、バールのようなもので脅し、女性の持っていた傘・現金30万円相当を奪って逃走したものです。
 上道容疑者は、警察の調べに対し、傘は、貸してくれるというので借りた。今日は返しに行く途中だった。と、容疑を全面的に否定する供述を行なっているとのことです。





(51)回文

 雨と田舎、ノルマ活晴れ男。
 野に老いた女。つい勝つ怪しい惨拝。泣きで傘舞い借りる。
 再来年後の末、傘返すの。
 と、安寧等去る。理解まさか出来ない。犯罪者扱い。冷たい鬼のこと。おれは捕まるのか。ナイトメア!





(52)三段論法

 ある地方で雨に降られました。構わず歩き続けましたが、あまり良い気持ちはしません。雨の日に傘を持っていないとみじめな気持ちになるものです。
 その一方で、天気予報を信じてしっかり傘を準備している人もいるわけです。私の方に歩いてきたおじいちゃんがそうでした。おじいちゃんは私が風邪を引かないか心配し、なんと自分の傘を貸してくれました。なんて良い人なのでしょう。雨の日に傘を持っていないと思いがけない喜びを得るものです。
 その日からちょうど1周年。私はおじいちゃんに傘を返すため、その地方をまた訪ねました。するとどうでしょう、おじいちゃんは人が変わったように荒れ狂い、私を傘泥棒と罵りました。
 雨の日に傘を持っていないと、みじめな気持ちを感じ、また、思いがけない喜びも感じます。「みじめな気持ち」と「思いがけない喜び」は表裏一体なのでした。





(53)カメラアイ

 古き良き日本の田舎である。セピアの色調を感じさせるような、のどかな風景。画面は四重の層を成し、上から順に、天・山脈・田園・路である。天と山脈の境目は山の稜線によって判然と仕切られているが、山裾と地面との境は雑木林によって曖昧模糊としている。田園と路との区切りは路傍であるが、これもまた朦朧としている。天の層が白いばかりで、その他の層は渾然一体となって薄萌葱色の塊を成している。この静止画の中で唯一動いているのが一人の男の後ろ姿である。リュックサックを背負った彼は画面右下から現れ、ゆっくりと、路に沿ってやや左上に向かって浮上していく。
 やがて天の層が急激に暗く変色し、淡かった風景も老竹色へと渋みを帯びていく。ふと、一本の細い直線が、白く長く画面を上から下に走って消える。しばらくすると、別の場所から、また、一本。そしてまた、一本。一本、また一本。次第にその数を増やしていく直線は、絣縞で画面を支配していく。雨である。刺すように降り、煙るように立ち籠める活発な運動。先ほどまで唯一の動作主であり一番の注目点であった男はすぐさま、微塵格子に隠されたほどに目立たなくなってしまう。細雨に透かし見ると、どうやら傘は差していない。
 場面転換。天と地との境界線を目指す路が、画面下から画面中ほどまで緩やかなカーヴを描きながら延びている。しかしその末端は降りしきる雨の斜線群に覆われて定かではない。リュックサックを背負った男が画面外から歩いてきて、この路を奥へと進んでいく。その先から、小さな茸のような形が朧気に浮かび上がってくる。雨の暖簾を押し分けるようにして次第に明瞭になってくるそれは、画面手前に向かって近づきつつある、傘を差した人の姿だ。その人影の主がどうやら老婆らしいことが判ったところで場面はまたも転換する。
 先ほどの、天・山脈・田園・路が四層になっている画面。そのほぼ中央で差し向かう、男と老婆。靄掛かった画面の中、微かに見えるその動きから察するに、どうやら何ごとか会話を交わしている様子だ。男が軽くのけぞる。老婆が男の方へ傘を押し出す。男は手を広げて老婆に向ける。老婆はなおも男の方へ傘を差し出す。男は渋々傘を受け取って一礼をする。老婆は些かの躊躇いもなく男とすれ違って歩き始める。男はもう一度お辞儀をする。雨の勢いはやや弱まる。男は老婆のやって来た方角へ、老婆はその逆へ、両者はそれぞれ別々の方向へと去る。
 暗転。のち、明転。
 晴れがましい日光に照らされた古風な日本家屋である。その玄関の戸口に、男がこちらに背を向けて立っている。リュックサックを背負っていた男とは背丈は同じくらいだが、服装は違う。右手には閉じた傘をステッキのように携えている。
 戸口が横滑りに音もなく開く。開けたのはひとりの老婆である。前場面の老婆と同一人物のようでもあるし、他人のようでもある。男はペコペコと頭を下げ始める。
 老婆の上半身のアップ。無表情だった顔が徐々に憤怒の色に歪む。大口を開いて何ごとかわめき散らす。わめき散らすたびに銀歯が何本か光る。





(54)リポート

 みなさんこんにちは。今わたしは、千葉県南部・南房総にやって来ています。ご覧下さい。一面の畑・畑・畑。平和を絵に描いたような、のどかな風景が広がっていまーす。
 あ。ちょっと天気が悪くなってきましたね。雨がポツリポツリ、わたしの顔に降りかかってきました。あ。と思ったら、あっというまに土砂降りですね(笑)。山の天気は変わりやすい(笑)。だけどまー、この雨もー、なんだか風情があっていいですね。安藤広重の浮世絵のような。さー、さっそく先へ進んでみましょー。
 あ。あちら。このあたりに住んでる方ですかね。ちょっと話しかけてみましょうか。
 お父さーん、こんにちはー。
「こんにちは」
 江戸テレビの者ですけどー。こんにちはー。このあたりにお住まいで?
「雨強くなってきたよ。かぜ引くべ。かさ持ってけ」
 はは。ありがとうございます。お父さんのおうちは近くなんですか?
「近いよ。だからこのかさ持ってっていいんだ」
 ああ、とても優しいおじいちゃんです。お仕事は何をなさってるんですか。
「ほうれ。ほれぇ」
 え。いや、その、結構ですよ。えーと、やっぱり農業ですか。
「遠慮すんなって。かぜ引くべぇ」
 あ。そうですか。そんなに言うんだったら。どうもありがとうね、おじいちゃん。傘をいただいてしまいました(笑)。えーと…

 みなさんこんにちは。今日は6年前に放送した南房総にまた来ています。あのおじいちゃんは元気でしょうか。今日は6年前に借りた傘をお返ししようと思いまーす。
 あ。このうちです。このうち。なつかしいなぁ。こちらでお茶をごちそうになりました。まだご健在かな? ごめんくださーい。
 お。返事がしましたね。まだ生きているようですね。
 あ。おじいちゃん、こんにちは。おひさしぶりです。
「……」
 覚えてますか。6年ほど前にですね、コレ、この傘をおじいちゃんから貸してもらったの。
「……」
 えーと。このね、傘をね、わたしね、おじいちゃんから、ね、借りたの。それをね、返しにきたの。覚えてないかなぁ?
「どろぼ…」
 え?
「ドド、ドロボーッ!」
 え。いや。ちがうよおじいちゃん。うわ。あの。借りたの。盗んだんじゃない。うわ。ちが。





(55)テスト

【配布されたプリントを読んで、次の問題に答えなさい。】

問1. 次の語句を、漢字はひらがなに、カタカナは漢字に直しなさい。(各2点×4)
  ① 田舎     (   )
  ② トツゼン   (   )
  ③ 時雨     (   )
  ④ ムトンジャク (   )

問2. 傍線部A「気にせず歩く」という文章は、何音節ですか。また、どこで区切れるか、区切れる部分すべてに斜線を引きなさい。(2点/3点)
  (  )音節。  気 に せ ず 歩 く

問3. 枠Bの中に入れるのに最も適切な文章を選択肢の中から選び、番号に丸をつけなさい。(5点)
  ① そこは木星であり、
  ② 道行く老人
  ③ 吾輩は猫背なる。
  ④ ストリッパー京子。女花盛り。

問4. 傍線部C「お若い人。風邪を引きますよ」と老人から言われた時の主人公の気持ちとして最も適切なものを選択肢の中から選び、番号に丸をつけなさい。(5点)
  ① 良い情報を得たので満足した
  ② 株価の変動が気になった
  ③ 老人の心のあたたかみに感動した
  ④ 別れた静香とやり直そうと思った

問5. 段落Dで、傘を持っている人は誰ですか。「傘を借りる」という文章を参考にし、最も適切なものを選択肢の中から選び、番号に丸をつけなさい。(5点)
  ① 主人公。
  ② 老人。
  ③ 主人公と老人。
  ④ 誰も持っていない

問5. 傍線部E「それから数年後」という表現を、別の言い方に換えられますか。のびのびと自由に書きなさい。(10点)
  (ここから→)

問6. 傍線部F「[X]するために[Y]」の、枠Xと枠Yにはそれぞれ何が当てはまりますか。最も適切な組み合わせを選択肢の中から選び、番号に丸をつけなさい。(6点)
  ① X=繁殖  /  Y=就寝
  ② X=返却  /  Y=再訪
  ③ X=青春  /  Y=ランニング
  ④ X=恩返し /  Y=仇討ち

問7. 老人が主人公を叱ったのはなぜですか。最も適切なものを選択肢の中から選び、番号に丸をつけなさい。(6点)
  ① 主人公が老人の傘を盗んだから
  ② 主人公が父親の再婚に反対したから
  ③ 老人が主人公を誤解していたから
  ④ 主人公のすすめた馬券がはずれたから

問8. 国語はすきですか。すきかきらいかを答え、その理由も書きなさい。また、先生は好きですか。好きかキライかを明記し、その理由も正直に書きなさい。(50点)





(56)西洋人

 オ~ウ。みーガブラックデイテマシタトキィ、アメガフットェキムァシタデシタ。デモ、どんまいマシタ。キモチーデスノダ。
 ソシマシタラァ、オトーサーングァア、
「ヘイキッズ。ヤンキーゴーホーム。ギーミーチョコレイト」
テウィッテェ、あんぶれら…アー。ウェル。カサ? オー。カサニィ、カスィテクレマシタノデース。
 イックァイみーワキコクシマシタノドェ、カサウォカエシタノワニネゴノコトデストァ。
デモ、みーガさんきゅうテユタラァ、オトーサーンキューニオコリハジメマシテ。ハジメマシテ、コチラコスォヨロシク。ビクリシマーシタ。





(57)セクシー

 うふぅん。田舎をね、旅行してたのよ。そうよ。そうしたらいきなし雨じゃない。かさはないし、やんなっちゃったわ。でも、あんま気にかけずに歩き続けたの。あはぁん。
 ビショビショになって歩いていると地元のおじいさまが近づいて来て「おねえちゃん。かぜを引くといけない」と言ってご自分のかさをハイッて貸してくれたの。紳士よね。
 でね、もっとぉ。あたしとしたことがうっかりしてて、あぁん。何年もそのかさを借りたままだったのね。こないだようやく決心して返しに行ったの。現地まで直接。いいっ。
 そしたら、びっくりよ。おじいさまにかさを手渡してお礼を言ったら、うふっ。盗んだんでしょって言われたの。ん。もう、気が動転しちゃって、ああ、そのあとのことは、ああん、覚えてないわ。





(58)落語

 毎度おなじみ他愛もないお話でご機嫌をうかがいます。今回は傘泥棒のお話でございます。
 寺町で左官をやってる佐々木源三──同じ長屋に住むヤツらからは源さん源さんと呼ばれてますが、この源三って野郎が仕事の都合で田舎を歩いてますと、ちょうどこう、雨が降ってきました。源三は傘を持っていません。こいつぁ困った、ってんで雨をしのげる軒を源三早足に探しましたが、そこは人家もまばらな山奥だ。探したって到底見つかりっこないっ。立ち止まってもしかたがねぇし、かと言って走ったって雨の強さは変わらない。しかたがねえので源三腹をくくり、ここはこらえて歩き続けました。
 するってえと道の向こうからこう、中田権蔵という名のおじいさんがテクテク歩いてきました。油紙を張ったボロ傘を持っています。
(左を向いて)おう、若ぇの。雨に当たると体にさわるぜ。
(右を向いて)ちげぇねえ。だが、見ねぃ。あっしは傘を持っていやせんで。
(左)おや、おかしな若造だな。どうして持ってねんだ。雨はホレ、じゃんじゃん降ってるじゃあねえか。
(右)いえね。昼まであ、おてんと様はたしかにカンカン照りでした。まさか雨が降るなんざ逆立ちしたって考えつかねえ。
(左)おいおい、逆立ちなんてしても意味はねえよ。濡れはじめるのが頭じゃなくて足からになるだけでい。
(右)ちげぇねえ。だけどねご隠居、こいつあたとえ話ってやつで。
(左)たとえばなし。たとえば、無しってかい。そら雨がねえなら逆立ちしたっていいよ。だが、こうしてたしかに降ってんだ。手が泥でよごれるだけだぜ。それよか、傘を使いねぃ。
(右)ご隠居のおっしゃる通りだ。あっしもそう思う。だけど傘を持ってねんじゃあ、だまって雨をかぶるより仕方ねえでしょ。
(左)おめえさん、なかなか知識だね。わしも試したことがあるが、空に向かって怒鳴っても雨はやまねえやぁ。そりゃ正しい。だからと言って、どうして傘を持ってねえんだ。
(右)いえ、だからね…。降るとは思わなかったから持ってこなかったんで。
(左)こら驚いたね。降るとは思わなかったって、こうして現に雨が降ってるのにか。おめえさん、あほうか。
(右)いやいや、だからね。朝、うちを出るときあ、降るたあ思わなかったんで。
(左)傘を持てねえほど貧乏してんのか。
(右)いやいやそうじゃねえ。
(左)そうかい。それは不憫だあな。しっかたねえ、おめえさんにこの傘やるぜ。
(右)いや、その…。
(左)礼はいらねえよ。貧乏人から銭はせびれねえ。ただ、ちゃんと返しに来てくれりゃいい。あばよ。

 権蔵の頭がぼやけてるから、話がてんで噛みあわねえ。それでも源三は権蔵から傘を借りました。大変でしたな。
 だけど本当に大変だったのは返しに行ったときよ。権蔵のボケはますますひどくなり、おまけに耳まで遠くなっていたってんだから。
(左を向いて)おう、若ぇの。そりゃ、わしの傘じゃねえか。
(右を向いて)そうだ。ご隠居の傘だ。
(左)どうしておめえが持ってる。おめえさん、泥棒か。
(右)ちげぇちげぇ。盗んだんじゃねえ。この傘は借りたんだよ。いつだっけか、ご隠居からな。覚えてねえかい。
(左)覚えちゃいねえ。誰が貸すもんか。
(右)まあまあそう興奮すんなよ。あんたは貸したんだよ。
(左)見てみい。わしは雨だというに、ほれ、傘を持っていない。傘がない。傘がない。傘ない。貸さない。貸してない。貸してないぜよ!
(右)馬鹿を言ってるんじゃないよ。貸したんだよ。あっしあご隠居からこの傘を借りたんだよ。
(左)うそをつけ。盗んだんだろ。
(右)だからよぉ、この傘あ、あんたに借りたんですって。
(左)傘を借りる必要がどこにある。空はまぶしいほどに晴れてるじゃあねえか。
(右)なにも今日借りたわけじゃない。数年前に借りたんでい。
(左)数年前ったって、おめえ、雨が降ってたとは限らねえだろ。
(右)降ってたんだよ。
(左)いいや降ってねえよ。どこを見てるんだおめえ。こんなに明るいじゃあねえか。
(右)この、もうろくじいさん!
(左)え、もう六時半? まだおてんと様が出てらあ。おめえさん、どっかおかしいんじゃないかね。
(右)おかしいのはそっちの方でい。
 ちゃんちゃらおかしいじゃあねえか。どうもお粗末様。ありがとうございました…。





(59)戯曲

<第1幕>
舞台設定  いずことも知れぬ田舎
登場人物  田中めぬ = 旅人、青年
        中田権蔵 = 当地に住む67歳の老人

[第1幕第1場]
   あぜ道に、たったひとり、めぬが立っている。
   空の色は暗く濁っている。(書き割りはベニヤ板で良い)
めぬ  朝は晴れていたのになあ。急に天気が悪くなってきた。おお、見よ、あの分厚い雲を。今にも落ちてきそうではないか。重力に負け、みずからの重みに耐えきれなくなって、どさりと地上に倒れてくるのではあるまいか。
(照明を消す)
めぬ  やあやアめぬよ見ろ。シルク玉のような雲が日の光を完全に隠したぞ。雲による日食。真昼の強い日射しは過去の物となった。世界は暗くなった。しかし大したことではない。(空に手をかざし)ほら、手のひらでも光は遮れる。太陽を手なずけるのは簡単なのだ。
(雨音の効果音。パチンコ玉などで演出する)
めぬ  (頭をおさえて)ああっ! 手のひらは自分の意志で動かせる。が、雲を動かすことは出来ない。雨、雨、雨。雨が落ちてくる。空の下をあまねく水しずくで満たすような雨だ。
(めぬにスポットライト)
めぬ  孤独だ。あたりには雨宿りのできそうな家屋もない。しかるに、この私のありさまはどうだ。ごらんの通り傘を持っていない。だだ濡れだ。水浴びをしてゾンビーのように痩せ細ったインコのようなありさまだ。みじめだ。ああみじめだ。
(通常照明に戻す)
めぬ  しかたがない。歩くしかないのだ。めぬよ気にするな。いくらクヨクヨ気にしたからといって雨がやむわけではないのだ。考えるだけ時間のムダだぞ。

[第1幕第2場]
   同あぜ道。第1場より少し西に移動している。
   背景は黒地。白の斜線で雨を表す。
(権蔵、舞台袖より登場する)
めぬ  やや。あれに見えるは傘を差した老人。かわいそうな私のすがたを見たら、なんと言うだろうか。
権蔵  おやおやお若い人。どうなされた。
めぬ  傘を持たず、雨に打たれているのです。
権蔵  そうでしたか。それはまた豪儀なことだ。あなたはこれから一体どうするのですか。
めぬ  しかたがありません。傘がないのですから。このまま、雨を避けられるところまで歩き続けるか、雨がやむまで耐え忍ばなければいけません。これこそが人生です。
権蔵  それはいけない。あなた風邪を引きますよ。風邪といってバカにしちゃいけない。風邪で命を落とした人は多いのですよ。むかし、石橋湛山という首相がいた。この人は風邪をこじらせて二ヶ月で退陣した。風邪を甘く見ちゃいけない。
めぬ  お言葉はありがたいのですが、こればかりはどうしようもないことなのです。私は冷酷な雨にこの心細き身をさらしたまま人生という悪路を一歩ずつしっかりと踏み越えていかなければなりません。傘を貸してくれる人でもいれば、話は別なのですが。
権蔵  よろしい。私の傘を貸そう。
めぬ  (驚く)いいんですか。
権蔵  ああ。いいよ。(めぬの背後を指で差し示し)私はあの家に住んでいるので、急ぎ足で歩けばあまり濡れずにすむ。いやいや何も言いなさるな。いい若い者が遠慮などするな。礼も言わなくて良い。それではお気をつけてな。(反対方面に去る)
めぬ  なんて優しい方なんだ。ああ、なんて優しい方なんだ。私の頬を伝う温かい水は、雨か、それとも。(目を袖で拭いながら老人の登場した舞台袖に去る)

[第1幕第3場]
   あぜ道から1キロメートルほどの距離にある小川。
   雨はやんでいる。めぬが登場し、せせらぎの前で立ち止まる。
めぬ  雨はやんだ。しかしこの傘は。この傘は私の魂を救った。いつの日にか。いつの日にかきっと返しにくるぞ。あの方に、必ずや。必ずや返すのだ。うおー。(号泣)

    ──幕──

<第2幕>
舞台設定  第1幕と同じ。ただし20年後。
登場人物  田中めぬ = 旅人、中年
        中田権蔵 = 当地に住む87歳の老人

[第2幕第1場]
   第1幕より二十年の歳月が経過している。
   権蔵の屋敷の戸口。めぬが立っている。
めぬ  間はあいてしまったが、あの日の誓いどおり、返しにきたぞ。なに時間など問題ではない。あるかあらぬかそれが問題だ。ごめんください。(戸を強く叩く)
権蔵  (戸を開ける。二十年の歳月によって老け込んでいる)誰じゃ。
めぬ  覚えているでしょうか。二十年前、酷薄なる雨の降りしきる中、あなたに傘を借りた田中めぬと申します。
権蔵  (驚愕する)なに。めぬとな。
めぬ  そうです。あの日お世話になった田中めぬです。覚えていたのですね。
権蔵  (大平正芳元内閣総理大臣の口吻で)あー。うー。
めぬ  (権蔵に傘を見せ)この傘を返しにまいりました。こちらに伺う機会が設けられず、長々とお借りしていて申し訳ありません。あの日のご恩、決して忘れず、こうしてただ今、返しにまいりました。
大平  あー。うー。カサドロ、ボー。
めぬ  どうなさいました。今、なんと。
権蔵  かかか傘泥棒ー!
めぬ  おお、おいたわしや。(涙を流す)あの日のことは、覚えていなかったか。時だ。時が悪いのだ。時間が私たちの友情を腐らせたのだ。ああ人生! 私は人生の容赦ない激流を呪う!

    ──幕──

権蔵  傘ドロボー!





(60)兵語調

 敬礼! 申し上げます。自分は田園地帯を南下中、通り雨に遭遇したのであります。猛烈な勢いではありましたが、頓着せず行軍を続けました。
 すると当地の人間でありましょう、一人の老人が我が一個小隊に近づき、雨具を自分に献じようとしたのであります。雨に打たれると感冒に罹患するとて、頻りに自らの傘を寄こそうとしたのであります。銃後としての自負があったのでありましょう、己れも軍に協力したかったのだと推察いたします。
 自分はこの老人に対し、鉄兜で凌ぐからそれには及ばん、構うな、と、取り合わなかったのでありますが、是非に是非にとしつこいのでその訣を問い質すと、自分が老人の息子に似ているからとの理由でありました。
 自分はこの老人の邪な思惑を瞬時に察しました。きっと凱旋時には恩着せがましい見返りを望むつもりであります。報酬の要求、もしくはわしの傘のおかげで戦果を挙げたと吹聴、あるいは我が子になってくれ、など、何かしらの利益を期待する意図であります。さもなくば、自分に傘盗人の嫌疑を掛けるつもりだったのでありましょう。間違いございません。
 斯くの如き事情によりその場で射殺いたしました。以上であります!





(61)双括型

 サラリーローンの債務者が、債務を不当に支払わず、踏み倒す行為が、今、問題となっている。この問題について、私は、融資の契約が法律の範囲内ならば、債務者の方に非があると考えている。借りたものは返すのが道義である。しかし、私自身、貸借に関する苦い経験があるので、債務者の気持ちもわからなくもないのだ。こんな経験である。
 ある日、天気が良いので近くの山に出かけたら、たちまちのうちに雨が降ってきた。弱い雨だったのであまり気にかけず散策は続けた。散策の途中、前から歩いてきた親切なお年寄りに「そこのあなた。傘を持っていないのですか。風邪を引いてしまいますよ」と言われ、傘を借りた。近いうちに必ずお返しすると約束したが、その後そちら方面にはあまり足が向かず、結局傘を返しに行ったのは数年後になってしまった。そうしたら、激怒したお年寄りから「おまえは傘泥棒だ」と言われてしまった。
 この事例からも推察できるとおり、人から借りたものはなるべく早く返した方がいい。利子が膨れ上がるのは、債務者の責に追うところが多い。しかし、私を怒鳴ったお年寄りのような、理解も慈悲もない債権者がいることも確かだ。債務者それぞれの苦悩・事情を鑑み、個々に適した対応をしていくことが、これからの金融業界には求められていくだろう。





(62)箴言

影が濃くなることはない。あれは、光の量が少なくなっているのだ。

折れた傘でも傘は傘。

朝から雨が降っているのに傘を盗むやつはいない。





(63)手紙

 謹啓。入梅の候、不安定な空模様が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。菊西様に於けましては鋭気ますます壮ん、あるいは鬱陶しい梅雨空など吹き飛ばしてしまうほどの壮健ぶりかと存じ上げます。
 さて、先日の雨傘の件につきまして、今一度お礼を申し上げると共に、菊西様からの信用を挽回したく、お手紙を差し上げました。
 小生は四年前に宇部村を訪れた際、雲脚の速い雨垂れに頭上を襲われましたが、傘がないためにほとほと難渋しておりました。
 その時でございます。小生は菊西様と初めてお会い致しました。濡れ鼠のような小生をお憐れみ下すったのでしょう、菊西様は温かいお言葉を掛けて下さいました。お若い人、風邪を引きますよ、という労いの語は今でも我が心に焼き付いております。
 そうして菊西様、貴方様は勿体なくもご自身の傘を小生に授けて下さいました。それがあの傘でございます。あの傘は菊西様より直接賜った御傘なのでございます。柴榑雨の残酷に降りしきる中で戴いたあのご厚意に、小生はどれほど救われた事でしょう。感謝しても感謝し切れません。本当にありがとうございました。
 宇部村に足を向ける機会がなかなか作れず、御傘のご返却が甚だしく遅延した事は重々反省しております。申し訳ございません。しかし、先日お渡しした傘は決して菊西様から盗んだ御傘ではございません。正式なお許しを得て拝借した傘でございます。──拝借、で言葉が悪ければ、お借りした、と改めます。小生は菊西様に感謝こそすれ、決して害意などは抱いておりません。どうかお腹立ちをお鎮め下さい。
 それでは。体調を崩しやすい季節です。風邪などお召しにならぬようご自愛ください。頓首。
佐々木源三

菊西和孝様座下





(64)批評

 「田舎でにわか雨に降られた男が老人から傘を借り、その数年後に返却しようとしたら傘泥棒と言われた」というのが『文体練習』の概要である。はっきりと言おう。この作品には読む価値すら無い。ストーリーはたったそれだけであり、その陳腐な物語が形を変えて延々と百回繰り返される。百回もだ。これをイヤガラセと言わずして何と言おう。体罰か。いいや、拷問と言っても差し支えない。文学的滋味に乏しい文章を百回も読ませられる恐怖を想像してもらいたい。何頁読み進めても眼前に広がる舞台は荒涼たる田舎である。正直、わたしはこの本を読むのが苦痛でならなかった。たまらなく退屈で、耐え難くつまらなかった。
 文学的な価値は皆無であっても、その実験的な試みを評価することはできるか。答えは、否。この『文体練習』は作者自身が冒頭の「まえがき」で明かしているように、レーモン・クノー(『地下鉄のザジ』が有名)の同名の作品の猿真似なのだ。つまらない上に、他人のアイディアの焼き直しであり、これほど後ろ向きな本もそう多くあるまい。読むのは人生の浪費である。きっぱりと断言できる。どの頁を開いても必ず雨が降っているのだから許せない。この憎むべきマンネリズム。これで倦怠感に苛まれない人はよっぽど神経が鈍いのだろう。
 ただ、それぞれの文体が似通うことなく多様性を保持している点はひとまずの成功を収めたといってよかろう。これは作者の技量というよりは日本語が秘めた可能性による収穫であるといってよい。この作者でなくても、多少日本語に通じている者ならば、誰にでも出来る芸当だと言える。私だって、充分な余暇さえあれば同じ文章を百種類並べる。「おじいさんに傘を借りた。」「おじいちゃんがかさを貸してくれた。」「じいじからカサをあずかった。」いくらでも書ける。日本語表現の豊饒のゆえである。
 ただ、この作者は、日本語表現の豊饒に助けられている反面、語彙の少なさに悩まされている感もある。英語や漢語に比べて語彙数が圧倒的に不足しているやまとことば。ある程度の量の流入語に頼らねば多様性を産み出せない言語、それが日本語。言い換えが利かないのである。本書においてもその脆弱さは見事に露見している。たとえば、傘を借りてから数年が経過する描写では、「それから数年後」「数年経った」「数年ぶりに」「それから幾年」「幾星霜の後」「再来年後」「月日は流れ」「光陰は矢の如く過ぎ去る」などの言い換えを苦心惨憺たるゴマカシによって駆使しているが、これとて百もの文体に充分対応できるものではない。その点から鑑みても、今回の酔狂とも言える試みは、全くもって徒労であったと断じざるを得ないのである。
 正に器用には書いている。が、畢竟それだけだ。必読の書としてはとてもお勧めはできない。第1番の文体「礎」に軽く目を通せばそれで充分だ。どの文体も、老人が「傘泥棒」と激昂して終わる、事件の起伏に乏しい駄文なのだから。





(65)ビジネス文書

平成18年6月16日

ヒットマンサービス構成員 各位
大逆豊田障事株式会社
会長 永野光政


傘返却のお願い


拝啓
 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

 さて、さっそくですが、特別任務を依頼します。

 数年前、佐賀県東松浦郡に出張中、わたしは一人の老人から傘を借りました。わたしに代わって、この老人に傘を返してください。
 なお、老人は他人を窃盗犯と思い込む癖がありますので、充分お気をつけください。

 可及的速やかな任務の遂行を期待します。何とぞよろしくお願い申し上げます。
敬具



1.目標人物  山木五十三(添付写真参照のこと)
2.場所     日本国佐賀県東松浦郡北波多村(添付地図参照のこと)
3.期限     依頼状到着から72時間以内
4.支払方法  事実確認ののち、受け渡し場所を指定
以上






(66)候文

 余ハ人跡稀ナル地ニテ突發的豪雨ニ襲レ候雨烟ノ泡沫ニ身ヲ濕ラセ乍歩キ候
 通掛カリシ老人申候所若人寒冒避ケムト欲セバ此傘ヲ使フ可ク候トテ自ラノ傘ヲ余ニ授ケ候斯クテ余ハ雨具ヲ賜候ハゞ大事是無候御休神被下度候
 數年經チ候余ハ傘返却ノ爲彼地ヲ再訪セシ候所老人ヨリ盗賊ノ嫌疑ヲ蒙リ候





(67)濃縮小説

第1章
 小学3年生の小林くん。小柄だが運動神経は良い。彼の学校生活。

第2章
 夏休みを利用して家族3人で山に旅行。
 虫とりあみを持って山林をかけ回っていたところ、地元の小学生たちと遭遇、口論となる。
 運動神経はよいが、からだが小柄なうえ、相手が多人数だったので負けてしまう小林くん。
 納得がいかないので正々堂々とした勝負を要求。相手もこれを承諾し、翌日川で会うことを約束する。

第3章
 翌日。小林くんが川に向かう途中、雨が降る。傘を持っていない小林くんを見たおとしよりが傘を貸してくれる。
 小林くんが川に着くと、そこには昨日の連中のほかに三十人ほどの小学生がいる。ビビリながら怒る小林くん。
 リーダー格の少年が歩み出て、一対一の勝負を約束。男女三十人ほどの小学生たちは立会人であった。

第4章
 リーダー格の少年の素性。クラスメートとの日常。

第5章
 勝負の方法はケンカではなく、川を利用した走りはばとび。川岸からふみきって川に飛び込む。遠くに飛んだ方が勝ち。単純明快なルール。
 川は遠くなればなるほど深くなっている。運動神経はよいものの、ゆいいつ泳ぎだけが不得意な小林くんは少しちゅうちょする。

第6章
 小林くんの葛藤。小林くんは成人していて、会社の成績のことで悩んでいる。

第7章
 小林くんは勝負を受けて立つ。同じクラスの聖子ちゃんの顔が視界にうかぶ。「途中であきらめる人ってキライ。」ウォークラリーの時に聖子ちゃんから言われたセリフが聞こえる。幻聴。

第8章
 小林くんも相手も同時にスタートして同時に飛び込む。わずかの差で小林くんの勝利に思えたが、予告もなく小林くんは泳ぎはじめる。ぜったいに負けたくなかったため、すこしでも距離を伸ばそうとしたのだ。
 相手は小林くんの様子を見て取り、勝負の延長に応じ、華麗に泳ぎはじめる。一方の小林くんは川底を走るようにして泳ぐ。息つぎのためにときどき岩を強く蹴って浮くが、次第におぼれはじめる。おぼれながらも必死にもがき、すこしでも遠くへ到達しようと泳ぎつづける。
 いつのまにか、30人をこすギャラリーから「がんばれ」コールがまきおこる。

第9章
 出棺。

第10章
 海の底のように重く暗い小林くんの家庭。両親は沈みきっている。母は泣きじゃくり、父は愕然と頭を垂れている。

第11章
 小林くんに傘を貸したおとしよりの家。だれかが怒られている。その小言の文句は、「うちの孫はおまえを救うために死んだ」うんぬん。その他さまざまな罵詈雑言。

第12章
 会社の屋上から夕焼けを見つめ、ためいきを吐く小林くん。
 工業コンビナートの沿岸、河口付近に浮かんでいる傘とくつ。





(68)マダム

 あーら奥さんお聞きになった? たいへんよ大変。合木さんトコのぼっちゃん、拓哉くんといったかしら。ああ待って。悪邪くん? まあどっちでもいいざます。その悪邪くんがね、ケーサツにしょっぴかれていくかも知れないんですって。いえね、大きな声じゃ言えませんけどね、あたしも蛇野さんの奥さんに聞いた話ざますから。蛇野さんからの又聞きざますよ。まだ決まったってわけじゃないざますよ?
 悪邪くんね、何年か前に、お田舎で雨に降られた時にね、地元のおじいちゃんから傘をかっぱらったらしいざますのよ。そうなのよ。ほんとよぉ。本人は向こうから自主的に貸してくれたって言い張ってるらしいんざますけどね。どうざますかねぇ。信用できないわよねぇ。いえね、私の意見じゃないんざますけどね、ホラ、あの合木さんの息子じゃないの。だから、近所の奥様方は、みなさん、ちょっと、ねぇ。でも、まだ、悪邪くんの有罪が決まったわけじゃないざますから早合点はしなさらないで。
 ああ。あれよ。どうして事件が発覚したかっていうと、その傘を持って歩いてる所をそのおじいちゃんに見つかっちゃって。通報されたそうなのよ。そうなのよ~こわいざますわね~。そうよ。本人は返しに来たって主張してたみたいざますけど…。傘1本返しにわざわざお田舎まで足を運ぶ? しかも何年も時間が経ってるんざますよ。ウソに決まってるわよね。強突くよね~。
 あ、この話は私と奥さんだけのナイショよ。他の人にはしゃべっちゃダメ。奥さんは信用できる人ざますから特別に教えてあげましたの。ふたりだけの秘密ざますよ。それじゃ、失礼します。ホホ。





(69)万葉仮名

以奈加止川世无乃安女幾仁世寸安留久美知由久呂宇之无於和加以比止加世遠比幾末寸世加左遠加利留曽礼加良寸宇祢无己部无幾也久寸留太女仁左以保宇加左止呂保宇止之加良礼留





(70)2ちゃん語

DQNばかりの県。雨キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
傘ナシでつが、なにか? 気にせずマターリ。

ちょwwwwwじじい来たwwwwしかも話しかけてきたキモス(禿藁
「そこの厨房>>1。風邪ケテーイの悪寒m9(^Д^)プギャー!! 」
ネタにマジレスカコワルイ。漏れは反論した(゜Д゜)ゴルァ
「ウルセーヨ。ヌッコロスゾ。おまいの持ってる傘キボンヌ。ととーとうp汁!」
「すまそ」
傘借りますた。ありが㌧。
じじい萌え~。じいたん(;´Д`)ハァハァ

数年ぬるぽ。
返すためにまた来たらなんかキレられたんです。もうアホかと。
「悲惨な傘泥棒を晒しageるスレはここでつか?
通報しますた。逝ってヨシ」
タイーホ。もうだめぽorz。鬱打氏脳。





(71)相撲取り

 おいどんは、ハァ・ハァ、地方巡業中、待ったなしの、ハァ・ハァ・、雨に降られたでごわす。雨宿りも、ハァ、できんので、ハァ、そのままどすこいでごわす。
 すり足をしてたら、ハッハッ、ご年輩の方が。ハァー。
「取的、かぜを引きますよ。ハァ、このカサを、ハァ・ハァ、使ってやってらっしゃい」
 手刀を切って、ハッハァ、頂戴したでごわす。金星をごっつぁんです。
 入幕してからの地方巡業で、ハァハァ、仕切り直しの、ハー、訪問をする機会があったでごわす。フー。
 恩人から借りたカサは、ハーハー、ノコッタノコッタ、ハッハァ、残しておいたので、ハァ、返そうと思ったで、ハ、ごわす。
 そうしたら、他人の憤怒してカサを盗った、ハァ・ハァ、と言われたでごわす。





(72)擬古文

 見え渡りける景色。青空、稜線、山岳、山裾、山麓、雑木林、田圃、畑、畦道、蒲公英、いとのどかなり。
 吾人田舎をば訪ねたるに風雲急を告ぐ雨の降りぬ。すさまじきもの、積乱雲の濃く垂れ込めたる。しかあれど無頓着に歩き侍り。
 道ぞ行く老いたる人の来けるに、風邪引くまじとて、傘貸すなどうれし。情篤きもの、道行く老人。唐傘、胡麻塩頭、紺絣、草履、いとをかし。
 春夏秋冬。諸行無常。巡るは季節、時代、世代、都、恋。三つ四つ春こそ巡れ、傘返さむとて、邸宅に参ず。
 わろきもの、汚名挽回・名誉返上。泥縄の栄に預かりけるこそあはれなり。





(73)漢文

 楚人入會稽山。雨不知機而忽降。以沛然之雨且惜不得而行。
 老翁來於道而曰、
「小子、汝可得疾。」
以與己傘。
 明年楚人欲返傘再訪山。翁者狂矣。乃呼之狗盗。





(74)江戸弁

 俺っちが田舎を歩いてっと急に雨が降ってきやがったと思いねぃ。ま、こちとら江戸っ子、気にせず歩き続けたんだがね。
 そしたらしみったれた年寄りが「おう若ぇ衆。ちったぁ用心しねぃ。風邪しくぜ」と言って、傘を貸してくれたんでい。地獄に仏たこのことよ。
 それから数年経ったが、このまんま義理人情を欠いちゃお天道様に顔向けができねぇ。遅れても別段悪かねぇと思い、傘を返すためにまた訪れたんでい。
 そしたらてめぇ、ぢぢいは俺っちを泥棒呼ばわり、あげくのはてにおっぽり出すじゃねぇか。こいつぁぶったまげたね。違いやす違いやすつっても聞きゃしねぇ。しでえ話だあね。べらんめー。





(75)しりとり

 農道。雲堤。いきなり。涼雨。雨中。雲霞。傘。差し傘。探し……。
「しまった!」
 嘆声。家、縁側、忘れた。
 ただし、仕方ない、今、まだ、だけど、どうにか、傘、差さずとも、もうすぐ、群青、雲散霧消。ウキウキ。気にせず、ずっと、徒歩、欲す。
 すると、遠くの、農家、から、来駕。骸骨・艶なし・死に顔、翁。
「なあ、あんた。頼む。無理、罹病、生む。無為、いけない。要るか」
 傘。差し出す。
「すまない。いらない」
 言えど。
「どうしても。持ってけ」
 けったいな、慰め。面倒だ。黙って、手に、握る。誄詞。しようがなし。借用。
 雲霓。
 幾年、した。たまたま、また、田圃道、地域、来た。
「頼む。昔、新古、蝙蝠傘、授けられた。頼む」
 無邪気、木戸、ドコドコ、小突く。クソじじい、いた。体育の日、ひさびさ、再会。
「イヨ。寄れ。礼、言う。雨下、傘、提げ、元気。今日、紆余曲折、ついに、匂やか、返す」
 すると、唐突、角目立つ。
「つまり、理解。いつか、傘、サッと、盗った、態度、泥棒!」
 ウソ!?
 相互・誤解。いらつく。くそ。そんな。なめんな。生意気。貴様。
 まあいい。意固地・ジジイ。引導、受けよ。夜露死苦!
 食らえ、延髄斬り。リャア!
 アーメン。

*【誄詞(るいし)】=故人の業績を讃える言葉。弔辞。
*【雲霓(うんげい)】=雲と虹。雨後のこと。





(76)二人称

 田舎を歩いて下さい。どうぞお願いします。そうです、そこのあなたです。今これを読んでいるあなたです。この文章の主人公はあなたです。あなたが主人公です。比喩でも何でもないですよ。「あなた」という名前の虚構的存在でもありませんよ。あなたが実際に行動を起こして下さい。そうしないと始まりません。よろしいですか。この文章を携えて最寄りの田舎まで直行して下さい。命令です。
 で、突然雨が降ってきます。降ってくることになっています。降っていなかったら寝るなり何なりして時間をつぶして下さい。雨が降ってくるまで生存維持のための活動を除く一切の行動を禁止します。だめです。
 雨、降ってきましたか。降ってきてないのに読み続けていたらダメですよ。ちゃんと物語に沿った行動をしてくれないと困ってしまいます。作者を困らせないで下さい。お願いします。
 雨が降ってきました。よろしいですね。まちがいないですね。そうしたら、傘を差さず、気にしないように歩いて下さい。次のステップへ進みます。
 次のステップで、あなたは道行く老人とバッタリ出会います。バッタリと出会うことになっています。出会えなかった場合は出会えるまでウロウロして下さい。その間に雨がやんでしまったら、二段落目の「で、突然雨が降ってきます」まで戻って下さい。よろしいですね。
 運良く会えたらこのメッセージボードを相手に掲げて下さい。
「これを声に出して読んで下さい→お若い人。かぜを引きますよ」
 順調に声を出してくれたら結構ですが、そうでなかったら脅迫してでも読ませて下さい。
 無事にメッセージボードを読んでもらったら傘を借ります。貸してくれるよう頼み込んで下さい。貸してくれない場合、強奪しても構いません。その場合でも「傘を借りた」ってことにしておいてあげます。
 おやおや。すごい。ここまで読み進めたということは、うまく物語を進行させられているということですね。すばらしい。ん? もしかして、ただ読んでるだけじゃないでしょうね。実際に行動して下さいよ。ちゃんと、「田舎に行って、雨に降られて、老人に会って、メッセージボードを読んでもらって、傘を借りた」のでなければダメですよ。まさかそんなはずはないと思いますが、のんきに座って読んでいやがったらブッ殺しますよ。失礼だ? あなたの方が失礼ですよ。作者にウソをつく登場人物なんて古今東西探しても見つかりやしませんよ。ふざけんなよ。帰れ帰れ!
 はい。これだけ言っておけば契約違反をしていたバカどもは怒って去ったことでしょう。まだ読み進めているあなたは従順に主人公を勤め上げているあなただ。おつかれさまでした。ここから数年間、お休みをあげます。今日この日から1年以上経ったら、また次の行から読んで下さい。
 おひさしぶり! 数年ぶりですね。その数年が何年になるのかはあなたの復帰時期次第ですが、それにしてもいやはや何ともおなつかしい。残りあとわずか。もうちょっと頑張って下さいよ。
 ん、まさか続けて読んでるってことはないですよね? 数年間しっかり休養せず、そのまま読み続けてるんじゃあないでしょうね。あなたを信じたい。が、どうだろう。本当に作者の支持通り動いているかチェックさせていただきますよ。
 ……。
 こ、この嘘つき! てめー田舎にすら行ってねーじゃねーか! ただ読んでただけか、クソッタレ! だまされた。あーだまされた。あなたは最低だ。いや、あなたなんて言葉はもったいない。てめーはウンコだよ。ウンコ。何言われても文句は言えないよなあ契約違反してるんだからよお。この、ウンコ! 傘泥棒! おまえは傘泥棒だ!





(77)切支丹

 今はもお昔、「かるたひるす」と申す異国の「ぜんちょ(異教徒)」が、「せんと・もんたに」山に漂浪してござった。たれか「るしへる」に願をかけつろうか、地をはげしく打つ大雨の来たる、「いんへるの(地獄)」のごとしとも申そうず。「かるたひるす」は処すべき策も知らず、身をかたぶけて早足に参ってござる。
 四つ辻に来たりて、天魔波旬かとも疑わしげなる老夫の寄るに、
「さては罪深き若衆。ごへんが業を憐み玉うた『でうす(天主)』様が、おんなげきの涙をば注ぎ玉うよぞ。斯ようなるままにては、ごへんの上に死の到来するは必然の定。さりとて、救いの道が閉ざされているわけでもござらん。己の咎を『こひさん(懺悔)』にて浄め、只管打坐『でうす』様を信じ奉るのぢゃ。専心に陀羅尼誦し玉え。おんあるじ、『ぜす・きりしと』の御名の許に。」
 感化されつらん「かるたひるす」がその場にひれふし、のす、のす、とて「おらっしょ(経)」を唱えたらば、掌のうちにて「こんたつ(念珠)」をひねくっておった老夫、「くるす(十字)」を宙に切って、いずこよりか一張りの南蛮傘を出したでござる。と時を同じうして「かるたひるす」に「はうすちも(洗礼)」を授け、煙のごとく消え申そうず。さては「あんじょ(天使)」の御加護に与ったとて、その日より耶蘇教に帰依した「かるたひるす」は、しかしその傘が重き「くるす」であるとは夢にも知らぬ。
 四春が去んぬりて、「かるたひるす」は「せんと・もんたに」におわす老夫の「えけれしや(寺院)」を訪ないたり。「いるまん(同門衆)」のともがらの立ち居ならぶ中に、南蛮傘を持ちて謁すれど、そこなるはまぼろしの「えけれしや」にして、数刻前まではただの荒れ地ぢゃ。「かるたひるす」は老夫の妖術にかどわかされておったのでござる。老婦は「あんじょ」にあらず、その真は「ぢゃぼ(悪魔)」の化け身でござった。
 さりとは知らぬ「かるたひるす」は、身構える隙もあらず、呪詛の言をまともに浴び、涙ながら「びるぜん・さんたまりあ(処女マリヤ)」の御名をさけびつつ、「まるちり(殉教)」とあいなった。
 悲しむべきは「かるたひるす」のその後でござる。「はうすちも」を受けたといえど、そは「ぢゃぼ」の仕業にて、伴天連の行にあらずんば、「はらいそ(天国)」の「ぐろおりや(栄光)」に沐するは許されじ。斯くて「かるたひるす」の魂は「でうす」様のおんさばきの日まで地上を永くさまよったのでござる。
 これが「べれん」に古くから伝わる「かるたひるす・あぼくりは(黙示)」の始末でござる。





(78)対立総合型

 旅の途中、前ぶれもなく雨が降ってきた。傘を持っていなかった私は身体が濡れるのも構わず歩き続けた。すると、通りすがりの老人が「お若い人。風邪を引きますよ」と言って傘を差し延べてくれた。ありがたい。私は老人に深々と頭を下げ、傘を受け取ってその場をあとにした。
 しかし、どうしてあの老人は傘を貸してくれたのだろう。老人は傘を二本持っていたわけではない。一本しか持っていなかった。他人に貸してしまったら自分が濡れてしまうのではないか。それなのに、そんな大事な傘を、私に貸してくれた。なぜだろう。何か裏があるように思えてならない。感謝の気持ちは不審の念に変化する。私の心には、長いあいだ老人に対する疑惑が残った。
 だが、私の心配は的外れだった。老人は何も企んではいなかった。傘を返すため数年ぶりにこの地を訪れ、老人から傘泥棒と糾弾され、全てを諒解した。老人は傘を差し延べただけで、渡そうと思ったわけではなかったのである。私は勝手な解釈で老人の傘を奪ってしまったのだ。





(79)ヤナセ語

 殺め好きの菖蒲月に勝負続きで寝コん出田工冂巾が異内中で雨居遷早に降らり旅。帰任せず有る喜つづける。
 痩せ翁な負けるな百合雫これニヤリ。
「おかまヨ。キスとか卑猥をぜひ」
 つれこみはかねになる。皮膚見よ忌むなや茲と胃に刺しごろし吐く汁。一二三四五六七八九十。ワシツ43。テエハナセ。16243。X8597。シミの数オカズえて痛ら尾割った。穴が血慰安でも中った。傘お貸されて割かれた。
 趨勢気分の%の月と日が夜空昼空を飛び交っ互。ヨしキはft4を帰すため二旅否異中を足音ズレータ。
 貸さ奴魯坊と敷かられる。





(80)サイケ

 極彩色の光線に彩られたペロペロキャンディーの山並み。黒い綿飴からズガンと打ち落とされてくるのは虹色の雨。雨。あめ。アメ。アハハ。アハハハハハハ。
 灰色の太陽を身にまとってペカペカ輝く木彫りのじいさま。
「お若い人お若いお若い人お若い人人人風邪をお若い人風邪をお若い風邪風邪をお若い人引き風邪を風邪風邪お若い引きますよ風邪風邪を人お若い人お若いますよ風邪を引きお若」
 高層ビルほどもあるマジックマッシュルームを緑色の紫煙たなびく宇宙のサンタクロースにおっ立ててじいさま自分の中の自分に貸してくれるのはとてもいいことだと思う。給食のわかめごはんが楽しみです。
 それから目まぐるしい光線が目玉の中で爆ばく爆発する超新星はまぶたの裏に跳ねっ返って原色のお茶をスパナでロックして青いトラが所々に血まみれの臓物を嘔吐するのです。ですと思う。ブロンズ像からイモムシに転職したじいさまに魔法のマジカル魔法のパウダーを貸してくれてありがとするためまたもや曼陀羅また来てトライアングルおこぜがイタチをおいしそうに噛んでいましたのでエッフェル塔ほどの長さになった自分の足を陸蒸気のようにシュッシュッポッポおどろおどろしく驚かしてまた来たのでありましたでした。ます。
 変声期を通り過ぎた傘ドロボーというじいさまの声は山々にこだましてイチゴとなり、溲瓶に詰めた水馬を舐めながら甘い香りと薬の味で豆腐のハゲ茶瓶がたまらなくお風呂でした。





(81)キュビズム

 田舎(関東平野の北部に位置する栃木県日光市[2006年3月20日、今市市、日光市、藤原町、足尾町、栗山村が合併した]の室瀬[ゆるやかな丘{カタクリが群生している}が広がる]である)。突然の(それは一瞬間[一回まばたきをしている時間]ではなく、漸次的[時間の経過にともなってその度合いを増していく]であったので、この表現は[より正確ではない/もっと正しい表現があった]かも知れない)(この時の降水量は一時間に80mmであった/五十分後にやんだ)。気にせず(雨に対して注意[雨が身体{主人公〔日本人男15歳〕}の一部{おもに顔}に当たっても、いちいちそれ{雨が当たったこと}に対して感想を持たない]を払わず)歩く(動作の主体は主人公[合木拓哉/日本人男15歳/栃木県宇都宮市在住])
 (丘にはハイキングコースが定められていて、この道の上に主人公と後述[後で{詳述〔今あなたが読んでいるくだくだしい説明書き〕を除いて本文だけを基準〔考えのよりどころ〕にして考えると、3文字あと}述べる]する老人は乗っていた)行く(歩行による/主人公の方へ時速4キロメートル[1時間に4000メートル移動する速度。式は距離÷時間]で近づいてきていたのだ)老人(勢多宗二朗/日本人男66歳/栃木県日光市在住)
(←この記号は、この時点より発話[ここでは老人が主体]が始まることを意味する。会話の終了は」の記号によって示される)お若い(年齢が発話の主体[老人]より低い/接頭語「お」の効果によってこの形容詞は丁寧[雑ではない]になっている=老人の言葉づかいの[正しさ/あたたかさ]を示唆)(主人公)。かぜ(雨によって体調を崩すとかかる病気であるから、老人は雨に濡れた主人公を心配していることが読み取れる)を引きますよ(前出の「かぜ」を引くことを予言)(←会話の終了を示す)
(老人の傘[1500円/坂本洋品店で購入])(主人公が)借りる(傘の所有者が老人から主人公に移った[ただし、所有権は老人に残る])
それから
(それ[老人が主人公に傘を貸した{「借りた」の反義語}日]よりも幾ばくか時間が経過して)数年後(1年365日かける数年[数年={変数〔どの数字が当てはまるかはわからない〕/変数が10以上になる場合は「十数年後」もしくは「数十年後」と表記するはずなので、ここでは1~9}]の積<365日[8760時間]・730年[17520時間]・1095日[26280時間]・1460日[35040時間]・1825日[43800時間]・2190日[52560時間]・2555日[61320時間]・2920日[70080時間]・3285日[78840時間]のいずれかの時間[間に閏年を挟む場合はそれぞれ1日足す]>が経過したことを示す)
 返却(主人公が老人から借りた傘を老人に対して)するために(その他の目的はない)再訪(日光市への二度目の訪問)
 傘泥棒(発話の主体は老人/主人公へのニックネームか)としかられる(発話の主体は老人/怒りを主人公へ表明)





(82)毒舌

 文明未開の糞ド田舎。あれ、ここってニッポン? 秘境じゃないの?? あまりにも文明がみすぼらしすぎて原始時代にタイムスリップしたかと思っちまったよビンボー村。ここに棲息してる土人の連中、ひょっとしてあの胸糞の悪くなる汚臭を放つこえだめの中身を匙ですくってうまそうに飲んでんじゃねぇのか。あ。この雨。これって、噂のスコール? ここは熱帯雨林ですか村長殿。ジャングルかよ。責任者出て来いハナクソまみれ。まあ、なにせド田舎だから雨が降るのも仕方ないのかも知れないが。
 お。ミイラみたいな老躯が歩いてくる。おっす尿毒症、てめーが責任者か。なに。風邪を引きますだと。バカタレそりゃ誰のせいだてめーのせいじゃねぇか。ぶっとばされてぇか。そのシワクチャの皮、熱湯で戻してふやかして、ベリベリ肉から引きちぎって、乾燥させて包帯にして、血だらけになったてめーの身体にグルグル巻き付けてやっか? このうすらぼけの出しゃばりたわけ。ナマ言ってっと叩きのめしてゴキブリの撒き餌にしちまうぞ。いいから傘よこせ。ほら。てめーの薄汚い安物の傘をよ。このオレ様がしかたなく使ってやっからありがたく思うんだな。なんだその顔は。何が不服だ。言ってみろ。ああん? 言ってみろってんだよ。てめぇ。この。いぼがえるのドタマにチン毛を生やらかしてデベソで和えたみたいなツラしやがって。いいな鼻汁。傘は偉大なるこの俺様がご親切にももらってってやっからお礼を言うんだ。さあ、ありがとうと言うんだ。痰壺マナコの抜け殻じじいめ。そうだ。そうだそうだ。よしよし。そんなに言うんなら仕方ねえから、間男の臭いプンプンするセンス皆無の傘、借りてってやらぁ。
 あ? 数年前のことを覚えてるかって? ジジイから傘をかっぱらった時のことか。なに、返すために再訪? するかバカタレ。誰がするか。死なすぞ。あん? 毒舌は良いが悪漢気取りはよせだぁ? 汚れた金のために夜な夜な男のイチモツくわえこんでるその口で何言うか。口臭のキツイおまえが俺様に指図するなんて五百光年早いんだよ淫売毒婦。体臭もキツイ、目鼻立ちもキツイ、母親のつらがまえも娘によく似てキツイ、ああイヤだイヤだ。そんなゲロ袋を引き取ってやったんだ毎日百万回俺様を拝め。日本脳炎の金玉きちがいめ。俺様は人でなしのしかばねオヤジを尋問にかけて、ヤツが盗んだ傘を押収しただけだ。傘泥棒は向こうだぜ。





(83)老人

 その日は山の天気らしく急に雨が降ってのう。前日ツバメが低く飛んでおったから、用心のために傘を持って出て正解だったわい。呵々。
 家の近くまで戻って来た時に、傘も差さず歩く青年を見かけてな。さだめしお困りだろうからと思ってわしの傘を差し上げたんじゃ。とても喜んでいるようじゃった。しっかりとお礼の言える、礼儀正しい青年でのう。あの日のことは、今でもよう覚えておるよ。
 ところで昼めしはまだかの。何、もう食った。嘘を言え。何。あれ、もう4時かい。おかしいのう。食った覚えはないんだが。
 まあよい。それでな、今日はな、うちに変な男が来た。傘を持っていてな。見るとわしの傘じゃ。盗んだんじゃ。あの時の青年とは正反対のとんでもない輩よ。さんざん叱りつけて奪い返してやったわい。





(84)暴走族

 威奈華出窮弐霊隠餓鵬淋。曇舞、魚浮怨。
 浪塵餓地下夜裏「余蘊愚。風氷苦是」屠幽。華裟狩侘。雨是慧。
 趨念誤、俺覇琥宇脊威死、華裟火壊死弐鬼侘。夜露死苦。
 堕餓怒露墓雨屠癇血害裟霊他。恕鵜屠烏惰夜。悪望魅怒悪裏弐死手夜屡。家紋。

(※ 訳)
 田舎で急にRainがFallin'。ドンマイWalk on。
 老人が近寄り「Young。カゼ引くゼ」と言う。傘借りた。ウゼエ。
 数年後、俺は更生し、傘返しに来た。よろしく。
 だが泥棒と勘違いされた。上等だよ。お望み通りにしてやる。Come on。




(85)宇宙人

 チキウ * タンケン シテイタ / ↑ ~ H2O - オチテキタ / ガイ - ×ト ハンダン シテ タンケン * ツヅケタ /
 チキウヂン & シニゾコナイ & ♂ - アラワレタ
「※※※※※※ / ※※※※※※※※」
 コトバ & イミ - ヨク ワカランガ トニカク スゴイ ジシン ダ / オオキナ キノコ * ワレワレ * ワタシテ イナクナッタ / リカイ フノウ
 2 チキウ タンケン / チキウヂン ~ ゲット シタ キノコ イラナイ モドス
「※※※※※※」
 イミ フメイ





(86)取扱説明書

△注意
! 電波の届かない場所でお使いください。
! 直射日光を避けてご利用ください。晴れてきた場合はただちに使用を中止してください。
! 雨・雷・雪・霙・霰・雹・雲・霧・霞・靄・露・霜・電・震・霹靂・霊・風水・風水害などの天災およびお客様の故意または過失・誤用・忘却により生じた損害に関して、当社は一切の責任を負いません。

△警告
! ほこりや土気の多い場所でお年寄りにお気軽にお問い合わせください。会話・変形・退色の原因となります。
! 会話の取り扱いには十分に注意してください。誤って飲み込むとのどにつまって窒息・失禁・液漏れなどの事故につながるおそれがあります。
「! はじめてお使いになる方へ。水にぬれたまま使用しないでください。風邪・発熱・感電・破裂の原因となります。」
! レンタルした傘は分解・改造・修理はしないでください。破裂・爆発・放射能汚染の原因となります。また、ご使用になるまでは開封しないでください。開封するときは周囲の安全を確認してください。安全を確認せずに使用すると、転倒・殴打・過失致死などの事故につながるおそれがあります。周りの方の迷惑にならないように注意してください。また、開封後は消費期限に関わらずなるべく早く使いきってください。

△危険
! 補償期間はレンタル日から2年とさせていただきます。あらかじめご了承ください。
! 使い終わった傘は自治体の指導に従って分別してください。
! 急激な温度の変化、乱暴な取りあつかい、高所から落とすなど、強い衝撃を与えないで下さい。発狂・発火・火災の原因となります。





(87)誤植

 否か出の出来心出会る。タワシは息也の雨にフラレて締まった。デモ気偽ず或る居た。
 未知育魯迅との遭難。漏示n箱憂いた。「お馬鹿化と。枷を31来ますよ」私鋸Too心拍しテクレター野だ。葬して傘お貸りた。
 それ烏烏年後。変客する溜めに蓋旅音ズレた。駄菓子菓子禍サドロボ烏年刈られろ。





(88)書きとり

里里里里里里里里里里
急急急急急急急急急急
雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨
寛寛寛寛寛寛寛寛寛寛
歩歩歩歩歩歩歩歩歩歩

現現現現現現現現現現
翁翁翁翁翁翁翁翁翁翁
曰曰曰曰曰曰曰曰曰曰
童童童童童童童童童童
罹罹罹罹罹罹罹罹罹罹
病病病病病病病病病病
貸貸貸貸貸貸貸貸貸貸
傘傘傘傘傘傘傘傘傘傘
借借借借借借借借借借

後後後後後後後後後後
返返返返返返返返返返
訪訪訪訪訪訪訪訪訪訪

疑疑疑疑疑疑疑疑疑疑
盗盗盗盗盗盗盗盗盗盗





(89)遺書

 人を信用することができなくなりました。世の中が、すっかりいやになりました。これ以上、生きていく自信はありません。
 その理由というのは、桜木村に住んでいる、花山与兵衛という男のせいです。おれが自殺するのは、花山に対する復讐の意味も、すくなからずこめられていると思って下さい。
 おれと花山が初めて出会ったのは数年前でした。急な雨にふられたとき、花山がかさをかしてくれたのです。そのときは、なんていい人だろう、と、思い、感激してしまいましたが、とんでもありませんでした。
 先日、かさを返しにいったところ、理由もなくひどいことばで中傷されたうえ、かさの代金として法外な金額を要求されました。その卑劣な行為の勢いは脅迫に近い物があり、意味も分からず動転してしまったおれは、つい、花山の要求に屈してしまったのです。
 自宅に戻ってきてから、激しい屈辱感と自己嫌悪と恥ずかしさと、それに、花山へのうらみも重なって、とてもじゃありませんが、これ以上、生きていたくないと思うようになりました。突然のことでご迷惑をおかけします。先立つ不幸をおゆるし下さい。





(90)俳句

村時雨爺の傘借り着る濡れ衣





(91)言論統制

【時局に鑑み、以下の語の使用を禁止する。
また、それに類する言葉も同様に禁止する】
 ・「田舎」→地方への差別である
 ・「気」→知的障害者への配慮に欠けている
 ・「歩く」→足の不自由な人への配慮に欠けている
 ・「老人」→老人への差別である
 ・「若い」→老人への差別である。また、青年への批判である
 ・「かぜ」→病人への差別である
 ・「引く」→礫死者の遺族への配慮に欠けている
 ・「かさ」→傘を買えない下層階級への嫌味である
 ・「それから」→夏目漱石の小説だから著作権法違反である
 ・「年」→女性へのセクシュアル・ハラスメントである
 ・「する」→性的なニュアンスが感じられるので適切ではない
 ・「泥棒」→職業への差別、もしくは加害者の人権侵害である
 ・時間の経過を表す表現→老人にとって好ましくない
 ・怒りや悲しみを表す単語→平和を乱す反社会的表現である
 ・色を表す単語→人種差別である
 ・その他一切の放送禁止用語・差別語・悪口を禁ずる

産業廃棄物不法投棄場。突然の雨。天下泰平匍匐前進。
 道行く仏様
「お発情期の人。桶屋の商機を招きますよ」
雨を防ぐ、ゴキブリには買えない道具を借りる。
 新しい法律が施行された。返却のために再訪。
税務署と呼ばれる。

(※ 以上の文体は行き過ぎた言葉狩りを諷刺したものであり、特定の個人・団体・社会への悪意は一切含まれていません)





(92)早口言葉

 なかなか冷ややかな田舎。少々早朝に超唐突の少雨が相当数降った。しかしすがすがしい驟雨が集合数分後すぐに終了しようと推測するよ。
 従順な常人そうな老人がお憐れみ下さり上品に忠告通達中
「老若男女中の若の嫡男よ。どう農道のどの迂路を入念に縫うても濡れる」
 唐傘拝借重ね重ね感謝三唱あたたかかった。
 瞬時瞬間一日千秋数年過ぎた。返す傘ピョコ2ピョプビュポ。
老若男女中の老の長男顕著盗難と柔和に悠々言うような仁王。





(93)ゲームブック

ゆうしゃの能力
LV  1
HP 13
MP  1
攻撃力 5
防御力 1
素早さ 3
運   4

アイテム欄(手に入れたらチェック)
□ 銅の剣
□ 木の盾
□ 薬草
□ カサ
□ ベンツ
□ 消しゴム



 ピクニックに出かけよう。カサを持って行きますか?
はい→12
いいえ→17


 どの呪文をとなえますか?
ファイア→16
ヒーリング→11
オメガ→21
トヨタ→14
オカチメンコ→7


 老人はおかしくなっているのでカサを返そうとしても受け取らない。
「カサどろぼう!」
たたかう→4
説得する→19


 ゆうしゃのこうげき! かいしんのいちげき! 老人に2ポイントのダメージ! 老人をたおした!→10


「おいこら。こんなもんで勇者様が喜ぶとでも思ったか。もっとイイ物よこせ」
「ひっ、ひぃ! それしかありません!」
「ウソをつけ。おまえの家はどこだ。タンスの中に何か入ってるはずだ。それをこちらに渡せ」
 勇者は老人の家のタンスを調べた! ベンツを手に入れた!(アイテム欄にチェック)→10


 カンザスに帰ってきた。エムおばさんが洗濯物を大急ぎで取り込んでいる。雨はやみそうにない。
「もう出かけないわ。やっぱりわが家が一番よ。」
 GAMEOVER。


 ゆうしゃはオカチメンコをとなえた! しかし、MPがたりない!→8


 老人があらわれた! どうする?
たたかう→4
まほう→2
はなす→18
しらべる→20
にげる→25


 カサを手に入れた!(アイテム欄にチェック)
「ありがとう、おじいさん」→24

10
 近くの住民に通報された。
 警察官が現れた。警察官のこうげき! つうこんのいちげき! ゆうしゃは999のダメージ! ゆうしゃはしんだ。
 GAMEOVER。

11
 ゆうしゃはヒーリングをとなえた! しかし、MPがたりない!→8

12
 いやになるほど晴れた。この邪魔なカサの存在がにくらしい。
持っていく→23
捨てる→26

13
 ゆうしゃは老人の家をたずねた。しばらく見なかったうちに、老人はおかしくなっていた。
「カサどろぼう!」
 老人が襲ってきた。
たたかう→4
カサを返す→3

14
 ゆうしゃはトヨタをとなえた! しかし、MPがたりない!→8

15
 老人と別れた勇者はカゼをひきはじめた。(HPマイナス9)
 このままでは死んでしまう。どうする?
老人ともう1度会う→13
急いで家に帰る→6

16
 ゆうしゃはファイアをとなえた! しかし、MPがたりない!→8

17
 急に雨が降ってきた。しまった。カサを持ってくれば良かった。
急いで引き返す→6
気にせず歩く→8

18
 ゆうしゃは老人に話しかけた! しかし、かわされてしまった!
 老人のこうげき! 老人はゆうしゃに話しかけた!
「勇者殿。カゼを引きますよ。これを持っていきなさい」
 どうやらカサをくれるようだ。受け取りますか?
はい→9
いいえ→22
もっと良い物を要求する→5

19
 老人はおかしくなっているので説得に応じない。
たたかう→4
カサを返す→3

20
 ゆうしゃは足下を調べた。しかし何も見つからなかった。→8

21
 ゆうしゃはオメガをとなえた! しかし、MPがたりない!→8

22
「いえ、けっこうです。さようなら」
 ゆうしゃは老人と別れた。→15

23
「何あの人。こんなに晴れているのにカサ持ってる。うすきみが悪いわ」
みんなにジロジロ見られてはずかしかった。
 GAMEOVER。

24
 老人から借りたカサのおかげでゆうしゃはピクニックを無事に成功させた。その後、悪の大魔王をカサでたおした。
エンディングへ→27
カサを返すために老人を訪れる→13

25
 ゆうしゃは逃げ出した!→15

26
 カサをへし折って叩き捨てた。2の経験値を得た。→17

27
 ゆうしゃの活躍によって世界に平和が訪れた。
 GAMEOVER。





(94)クイズ

第1問。同一内容を99の異なる文体で繰り返し表現した、レーモン・クノーの奇書の名前は?
第2問。「Iターン」とは、都会からどこへ行くこと?
第3問。小田和正の大ヒット曲、「ラブストーリーは…」さあ、何。
第4問。薄田泣菫『草の親しみ』で、矢のような銀線を描いて落ちてくるのは?
第5問。「ドンマイ」の意味は?
第6問。お遍路さんの移動手段って?
第7問。ブルース・リー主演『ドラゴンへの…』何?
第8問。吉本の女性漫才コンビ「今いくよくるよ」のやせてる方は?
第9問。野球投手が使う滑り止めの小袋は何バッグ?
第10問。「死ぬ確率が老人に比べると少し低い状態」って?
第11問。ラテン語のホモ・サピエンス。日本語で言うと?
第12問。第五十五代内閣総理大臣・石橋湛山が退陣した理由は?
第13問。万葉仮名「遠比幾末寸世」の読み方は?
第14問。名作絵本「おじさんのかさ」は、おじさんの何の話?
第15問。サラリーローンって、利用者がお金をどうする所?
第16問。夏目漱石の小説、前期三部作の2作目の題名は?
第17問。オリンピック、次回は何年後に開催?
第18問。英語のRevisit。日本語で言うと?
第19問。ルパン3世の職業は?
第20問。漫画『サザエさん』の登場人物・磯野カツオは、父や姉と顔を会わせるたびにこの状態です。(あれは児童虐待です。絶対にやめましょう)





(95)尊大

 朕は下界を行幸なさっておぢゃった。したらば雨の奴めが畏れ多くも朕の竜顔に降りかかりくさりよってからにコノたわけ。しかし朕はご寛容であらせられたのでそのままお歩きになられた。
 老いぼれの下郎めが地面に平伏し、
「偉大なる殿下様。お風邪をお召し遊ばされませぬよう畏れながら御願い申し上げ奉ります」
と奏上しつつ庶民の傘を捧げ奉るので仕方なく受け取ってやった。有り難く存ずるが良い。
 それから幾年でおぢゃる。下郎に褒美を遣わそうと朕は思し召し、穢土を再び僥倖し給うて下さった。朕は傘泥棒なる尊号を声高に唱えられ、讃えられ奉られた。





(96)辞書

あめ【雨】 空気中の水分が凝固して地上に降り注ぐ水滴。「田舎。突然の─。」
あるく【歩く】(自五) 両足を交互に前方へと放り出して移動する行為。「気にせず─」
いく【行く】(自五) 他の場所に移動する・している動作。「道─老人」
いなか【田舎】 人類によってシステム化された都会よりは地球太古の姿を比較的豊富に残しているのどかな地域。 
いも【芋】 「田舎者」の蔑称。
(接頭語) ①あとに続く後を丁寧にする効果がある。「─若い人。かぜを引きますよ」
かさ【傘】 落下してくる雨を防ぐ道具。普段は閉じておいて、使用する時にキノコ型に開く。「─を借りる」
かぜ ①発熱・発汗・鼻水・咳・痰・喉の痛み・頭痛などを引き起こす病気。通常「風邪」と字を当てるが、「感冒(ウイルス性)」「寒冒(体調不良)」とも書く。 ②大気の揺れによって生じる空気の動き。
かりる【借りる】(他上一) ①他人の所有物を一時的に預からせてもらう行為。
【気】 ①自我の表面上に上ってきている意識。知覚。 ②ビームを出す際に練るエネルギー。(関連→ため)
【後】 時間があとのこと。「それから数年─」
さいほう【再訪】 何らかの目的があって目的地をもう一度訪れる行為。「返却するために─」
しかる(他五) 不正や間違いを指摘し、改めさせる・悔い改めさせるために相手の人格を攻撃・破壊する行為。主に口頭での攻撃だが、まれに手が出る場合もある。
(助動詞) →れる
すう【数】 何かを数えたり、度合いを測るために用いられる。名詞の前に接続する場合、名詞を不特定な数にする。(例:百式→モビルスーツ/数式→モビルスーツではないかも知れない)
する(他サ) 何かの動作を行ないつつある動作。名詞の後に接続する場合は名詞を動詞化する。(例:動詞化する)
それから(接続詞) ①それ+から。それのあとで。 ②夏目漱石の小説。前期三部作の二。
ため ①直前の語を目的・目標にする。(例:卍がため) ②必殺技を出す目的でエネルギーを溜める行為。また、その状態。
(接尾語) →ず
とつぜん【突然】 予兆のような前触れもなくいきなり何かが起きる様子。
どろぼう【泥棒】 他人の所有物を許可なく不当に運び去り、自分の所有物にしてしまう人。また、その行為。ルパン三世などが有名。「傘─としかられる。」
(格助詞) →を
ねん【年】 ①地球が太陽の周りを一周する時間。約365日。 ②年齢。
ばんそう【晩霜】 ①四月二十五日前後に降りる霜。おそじも。 ②四月二十五日前後に降臨する芋。おそまつ。
ひく【引く】(他五) 何かを自分の方へ移動させる行為。(例:人に向けて弓を引く)
ひと【人】 数百年前から登場した哺乳類。遺伝子の数がハエの約2倍あり、知能も約2倍。
ぶんたい【文体】 文章が持つ・(が含む)雰囲気。表現形式。
へんきゃく【返却】 借りていた物品などを、正当な所有権を有する者に返還する行為。
ます(助動詞) ①(主として動詞を)丁寧語に変身させてしまう。
みち【道】 (人などが)楽に移動できるよう、人間によって自然が恣意的に蹂躙された帯状の地面。
(終助詞) →に
れる(助動詞) →よ
れんしゅう【練習】 ある一定の動作を繰り返すことによってその技術を修練しようとする行為。
ろうじん【老人】 生まれたての赤ん坊より死が間近に迫っている状態の人間。
わかい【若い】(形容詞) 死ぬ確率が老人に比べると少し低い状態。また、成熟していない状態。
(格助詞) →と





(97)重複

 都会から離れた地方の田舎で突然の降雨がいきなり降った。無視して気にせず歩いて歩行した。
 往来の道を進んで進行する年老いた老人男性がいわく、
「お若い若者よ。風邪を引いて病気になって頭痛が痛くなるぞ」と言ったのは言うまでもなく言った年配の高齢者が言ったのだった。
 被り笠ではない差し傘の傘を借りて借用した。
 その後不肖ボクは自分の家である自宅の自分の部屋である自室で自分は自分が今日この日実際に見たり聞いたりして経験した体験を『文体練習』と命名し、少しずつ少量ごとに何度も繰り返ししつこく書き溜め始めた。考察を考えてみればこの本書『文体練習』という本からして全体がすべて重文となっており、その無用で不必要な無駄さ加減においては重文だ。大いなる無意味を成し遂げたという点をこそ評価してもらいたい。
 そしてそれからそのあと数年経過を経た数年後。オジーからボクが借りた傘をボクからオジーに返すためもう一度再訪した。
 傘を盗んだ傘泥棒として叱られた。





(98)晩霜








(99)あとがき

 私は夢を見た──朦朧とした靄に煙る田舎の景色、近くには小川が流れている。その地で、夕立に襲われた。そこへ通りがかったお年寄りが傘を貸して下さった──本書に書かれた内容は私の見た夢(後年に泥棒と言われたのは虚構)が基になっている。そんな取り留めのない夢を、百種類の文章表現で蘇らせてみた。
 本家のクノーは百篇作るのに数年かかったそうだが、日本語なら一ヶ月で編めると私は信じていた。毎日少しずつ書き綴り、予定通り一ヶ月以内での目標達成。これもひとえに日本語の形式の豊かさのおかげである。作者が無能にも関わらず、様々な文体が次々に仕上がった。もっと文章力の達者な人ならばおそらく三百篇はいけるはずである。
 こう書くと気楽な作業だったように思われるかも知れないが、中には完成に膨大な時間のかかった文体もある。「目次」「緒実」「年表」「英漢字」などだ。その理由を説明させていただく。
 第四番「目次」。これが一番時間が掛かった。なぜと思われるかも知れないが、実はこれも立派に文体のひとつなのである。折り句(アクロスティック)という技法を用いてある。各項初めの一音を拾っていくと、「いまはもおむかしにいなかですげえあめしぶきぽちぽち/だけどもちあわせねえからここはこらえろ/ほもじじいにかさかりてせせらぎへ/そしてひびそのままにすぎ/かえしにきたやさきどろぼうとごかい/はげはげくそじじばあか」となるのだ。この言葉遊びを盛り込むため、起承転結型・二者対象型・二重否定型・並列型・連鎖型・飛躍型などの文章形式、暗合・オノマトペ・教科書・講演・戦記・漸層法・電報・電話・ナンセンス・幇間・マンガなどの文体をボツにしたりもした。
 第三十番「緒実」。『瓦斯事件』『五七五事件』に続く「自称名探偵緒実充三の事件簿シリーズ」の第三弾。一回限りの企画のつもりだったが、気づけば三作目である。だいぶ慣れたがやっぱり書くのには時間が要る。作品中で緒実が言っているように、「名探偵気取りの緒実充三」から始まり「わかりました。やります」で終わるこの文章の、頭から数えて13文字目(ど田舎の「ど」)、13文字目(そのうちの「う」)、13文字目(しかたないの「し」)、13文字目(歩いての「て」)を順々に拾っていくと、真相が浮かび上がる仕組みだ。実際に拾い読みしていくのはとても面倒な作業だから、ここに真相を書いておく。【どうして老人は彼をどろぼうと呼んだのか。それは、「今日訪ねてきた者に向かってどろぼうと言えば幸せになれる」と、占い番組で聞いていたからである。】
 第三十四番「年表」。数字部分は物語世界の時刻であり、現実世界の西暦でもある。実際の世界史に照らし合わせて構成した(フン族の侵攻を除く)。正直大変だった。
 第四十三番「英漢字」。アルファベットに似ている漢字の蒐集から始めたのだが、Vの字に相当する漢字が見つけられなくてイライラした。結局、本文ではVの字を使わなかったので問題なかったけど。あ、ご存じかとは思いますがこの文体は「In a car→インナカー→田舎」のように綴られております。ちなみに「英漢字(ええかんじ)」は書道家の國重友美さんの登録商標。全くの別物ですが、謝っておきます。すみません。
 正確に書けたのか心もとない文体もある。第六十七番「濃縮小説」はジェームズ・グレーアム・バラードが提唱した「Condensed Novel」を参考にしたが、「濃縮小説」という名前に感銘を受けただけであり、肝心の作品は未読なのでこれで模倣できているかは謎だ(絶対できていないだろう)。第七十九番「ヤナセ語」は、翻訳不可能と言われていたジェイムス・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を世界で初めて翻訳した柳瀬尚紀氏の「ジョイス語」対応の文体であるが、この本も手元に置いていないので自信がない。第四十番「反復型」は厳密には「二者対象型」かも知れず、同じく第七十八番「対立総合型」も「二重否定型」のような気がする。全ての文体に対して細心の注意を払ったつもりだったが、こうして振り返ってみると至らない点も多く、ちょっと残念だ。
 また、習得するのが大変そうだったからあきらめた文体や、書けるけどメンドクサイから手をつけなかった文体もある。前者は琉球語などで、後者は泉鏡花・交響詩などである。
 一方、第三者から見ると「これは書くの苦労しただろ」と思える文体が、実はすんなり仕上がっていたりもする。たとえば回文。見るからに大変そうで、自分も起稿前は「これはきついだろうな」と後回しにしていたが、就寝前に携帯電話をイジっていたらいつのまにか仕上がっていた。同様に、モンタージュしりとりも偶然が重なって簡単にでけた。うまい具合に事が進んだものでこれには大いに助けられた。
 そのほか、候文とか万葉仮名とか擬古文とか漢文とか大変そうだが、これは読む方が大変なのであって、書く分には意外と問題はない。その理由は、繰り返しになるが、「日本語の形式の豊かさのおかげ」なのである。
 最後に。一番の反省点を挙げて、この「あとがき」を締めようと思う。凡例で定めた「場所・時間の限定はしない。底本に明記されてない情報を無制限に追加して構わないことにする」というルールはマズかった気がする。これでは時代も語り手も選び放題であり、ちょっとぐらい内容が別物になっても構わないことになってしまう。語り手の性質(職業・性別・人種など)の差異に頼る部分が多かったのもこのルールに甘えたせいであったし、反則の感は否めない。クノーは(原著に当たっていないのでよくわからないが)このような安易な手法に逃げ込んではいないはずだ。普通に考えたら私の反則負けである。
 クノーが私同様の反則をしていないか確かめるため、また、文体練習百篇成就のごほうびとして、本家本元の『文体練習』をこれから買いに行こうと思う。

2005年7月4日  マリエンバードで  大塚晩霜






(100)解説

 何から書けば良いのだろう。まさかこの私なんぞが、敬愛する大塚晩霜氏の作品を、それも私の一番のお気に入り『文体練習』の解説を依頼されるとは。まさに夢のようである。筆が渋るのも無理はない。本来ならば私と大塚作品の出会いを長々と書きたいところだが、紙数も限られている。個人体験を熱っぽく語るのは断腸の想いで我慢し、おいおい始めていくことにしよう。
 ──田舎で雨に降られた際に老人から借りた傘を、数年経ってから返そうとしたらなぜか泥棒と非難された。
 本書に書かれている内容はこれだけである。これだけの内容を実に百通りのヴァリエーションで再構築する。それは作者本人が言うほどたやすい作業ではなかろう。しかし彼はいとも軽々と成し遂げた。
 思うに、多重人格作家を気取る彼にとって、この文章群は「文体練習」の産物というよりも「文体確認」の残滓なのではないか。そういう気がするのだ。
 たとえば、「尊大」「実況」「ブリッコ」「西洋人」「万葉仮名」などの文体は、以前彼が書いた『フラットランダーズの犬』という実験小説に散見される。「吾輩」「関西弁」「女性」は『動物十科』に多かれ少なかれ使用されている。同様に、「あいうえお作文」は『飽き捨てのアルバム』、「ローマ字」は『Eclipse』、「回文」は『車回車』、「モンタージュ」は『阿蘭陀Language』、「擬古文」は『海賊版学問のすゝめ』、「二人称」は『二人称小説』、「誤植」は『実践倫理学レポート』、「ゲームブック」は『魔王楽壇の宮殿の笛吹き』、…といった具合に、ほとんどの文体が『文体練習』以前の作品群において完成されているのである。彼にとって新たに鍛錬を要した文体などなかったのではあるまいか。そんな余裕さえ感じさせるのだ。
 また、各文体への辛辣な批評性も注目に値する。彼は文体をただ模写模倣しているだけではない。一部の文体に対しては、文体それ自体をグロテスクなまでに異形化させて冷やかしているのだ。
 たとえば「現代純文学」と「ポエム」における空虚な修辞の連発が好例である。当の作者本人はこの文体に関して「直しも無しでベラーッと書き殴っただけ」「たぶん、ちからを入れてないという意味では十指には入る」と証言している。そこには現代純文学とポエムの文体への強い嫌悪が感じられるではないか。
 悲惨な誇張をされた文体は他にもたくさんある。英語を盛り込めばカッコイイと思ってる頭の悪い「歌詞」や、カリカチュアライズされた「お嬢様」「いなかっぺ」「管理職」「相撲取り」その他の人々。自分の不満を生徒に押し付ける「教師」。「DJ」のカラッポなおしゃべり。威勢が良いだけで、言ってることは支離滅裂な「演説」。正常な日本語になっていない「翻訳」。批評家への強烈な悪意すら感じられる「批評」。そして、本の著者をひたすらヨイショし、この人はすごいですよー、この作品はすごいですよー、うすらボケまなこで手放しの賞賛に終始する「解説」。そう、この100個目の文体「解説」も、巷に溢れる便所紙相当の「解説」のモノマネなのです。
 何が「何から書けば良いのだろう」だ。バカ。何から書けば良いか考えてから書き始めろ。何が「敬愛する大塚晩霜氏」だ。貴様は。それしか言えないのか。毎回毎回。貴様は解説文を載せてくれる作家なら誰でも敬愛するのだな。たとえ相手がどうしようもない阿呆であっても。こ。この。「私の一番のお気に入り」だと。読めと言われたから仕事として読んだ唯一の作品だからだろうが。この。くそ。何が「筆が渋るのも無理はない」だ抜け抜けと。書くことがないから書けないのだろう。「紙数も限られている。」そうだ。限られているんだ。限られているのに「何から書けば良いのだろう」とは呆れたモンだ。あきらかに字数稼ぎじゃないか。「個人体験を熱っぽく語るのは断腸の想いで我慢し」てくれたのには感謝する。そんなモン、解説でも何でもないっ。──だけどねみなさん。聞きたくもない「個人体験」をウソッパチの「熱っぽ」さでダラダラと綴り、肝心の作品については最後の二三行で「この作品はそんな大塚晩霜さんの円熟を示す力作なのだ。個人的には『兵語調』が気に入っている」で済ますアホだっているんですよ。バカが。くそ。な、何が「彼にとって新たに鍛錬を要した文体などなかったのではあるまいか。そんな余裕さえ感じさせるのだ」だよこのバカチンが。大変だったよ、切支丹物の習得とか。勝手な想像でおだてあげるんじゃねぇ!
 …少々取り乱した。いずれにせよ、不謹慎なまでのパロディー精神と非建設的なまでの諷刺態度には、日本語テロリストとしての彼の素顔が見え隠れするように思えるのである。野放しにしておいたら危険だ。国は今すぐに彼を国語紊乱罪で逮捕せよ。
 この作品はそんな大塚晩霜さんの円熟を示す力作なのだ。個人的には『兵語調』が気に入っている。
笹池薬麻呂(評論家)
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この記事に対するコメント


こんばんは。
新しい記事があったので、よらせてもらいました!
頭ぐるぐるになりました!
すごいなぁ!
日本語ってすごい。それを表現しきっているのも、すごいです。
表現、については常に悩んでいるのに、結局いつも同じ感じになってしまう。それって、駄目ですね(^^;)
とても、勉強になりました!
【2006/07/14 21:39】 URL | らんらら #-

無駄無駄無駄無駄ァーッ
 らんららさん、貴重なコメントをありがとうございます。非常に貴重です。非常に。
 無駄な労力に無駄なこだわり。そして、内容と釣り合わない無駄な文量(30字以内に要約できる話なのに60000字超!2000倍無駄!)。狂気の沙汰とも言えるくらいの無駄の数々。はっきり言ってヒドイ作品です。無駄作品、略して駄作。──私自身はその過剰なまでのバカバカしさが気に入っていたりしますが。
 しかし、決して評価はされないだろうと悲観していました。なぜなら量が多すぎます。おすぎです! おすぎです。おすぎなのです…。
 そんなわけでおそらくらんららさんのコメントが最初で最後の讃辞となるでしょう。惨事です。心からの謝辞を申し上げます。ありがとうございました。そして、すみませんでした。

※ らんららさんの他にも、飛ばさずに最後まで読み切ったヨって方は、「いちおう読んだ」でも「読んだけどつまらなかった」でも構いませんから、どうか一言コメントをお寄せ下さい。僭越ながらその労をねぎらわせていただきます。
【2006/07/15 22:38】 URL | 大塚晩霜 #-


いつも携帯から拝見させてもらっておりますが今回の作品は表示されなくて まだ読んでません
ですのでパソコン開く機会があれば読みたいと思います
【2006/07/16 19:57】 URL | ピーコです! #yl2HcnkM

多すピー
 「コイツ、頭おかしいんじゃねぇのか?」ってくらいの文量でしたので、携帯のブラウザーには耐え切れないようです。私の携帯も読み込みませんでした。わかってました。わかっていながら強行的にアップしてしまいました。
 言わなくて良いことを白状してしまうと、この作品は他のブログでちまちまと書き溜めていたものです。ちりぶみ用の新作が書けなかったので、溜まりに溜まったブツを一挙にまとめて放出しました。言ってみりゃ便秘あけの一ヶ月ぶんの糞です。あ、失礼。ウンコです。
 そういったわけで、ウンコですので、表示されなかったのは幸せだったのかも知れません。
 だけど。
 この、ピーコ! だまされたと思って読みなさい! これはもう、すっごいウンコ。ウンコで感動したのは初めて! 泣きました(泣)

P.S. パソコンを開く機会が永久に訪れないことをお祈り致します。本当にすみませんでした。
【2006/07/17 00:07】 URL | 大塚晩霜 #-

相変わらず面白い。
天才大塚晩霜の真骨頂ですね。
非常に愉快極まりないです。

個人的にはポルノと歌詞が気に入っている。
【2006/07/17 11:32】 URL | ロビタ #-

百面相変わらず顔面蒼白
 そんな。天才だなんて。は、はずかしぃ…。(オトメの表情で)
 ──ああ、「天才画家・和田義彦」の方の天才ですか。そりゃ、どうもありがとうございます。(ツバをドビッシュー吐きながら)

 さて。「ポルノと歌詞が気に入っている」だなんて、とてもポルノグラフィティーですね。そんなロビタさんには「お嬢様」「緒実」「ヤナセ語」「落語」「憲法」の各文体(お・ち・ヤ・ら・け)を捧げたいと思います。本当に、本当にありがとうございます。結婚して下さい。

 個人的には『たとえ豊かでなくとも笑いのたえない家庭』が気に入っている。
(ロビタさんが男性だった場合、本年度の花嫁募集は強制的に終了させていただきます)
【2006/07/17 22:24】 URL | 大塚晩霜 #-

仕事にならない
くらい集中して読むこと小1時間、
(いやもっとかかった。)
すごーい試みで、とても面白かったですよ☆
これは文庫にして読みたいですね!
つーか目痛っ(>_<)
【2006/07/19 12:58】 URL | arty #-

心からおわび申しあげます
 artyさん。まずは素直に謝ります。ごめんなさい。これは明らかにインターネット向けの作品ではありません。読者の健康をちっとも考えていない有害図書です。パロディ精神よりもパロマイズムがあふれています。
 自社の利益のためなら、地域住民クソくらえ、川や海にヘドロを垂れ流し、大気に毒ガスをまき散らす、そんな公害企業といっしょです。この作品は公害です。公害指定です。
 今から読んでみようかと考えているそこのあなた。悪いことは言いません。読んではいけません。お目目とおつむに悪影響!!
 「遅いよ。もう読み終わったあとだよ」っていう目のショボくれてるそこのあなた。すみません。ホントすみません。
 さらに、問題は健康面だけにとどまりません。artyさんの仕事の時間をそこねてしまったのは許されがたい重罪。ホントすみません。平謝りです。でも、そこはほら、仕事中に読んだartyさんもアレだっつぅことで…。
 ──謝ってばかりでお礼を忘れていました。ありがとうございます。このような、クソ長い作ひ…い、いえ、その、失礼しました、ウンコ長い作品を最後まで、しかも集中してお読み下さり、感謝の念に堪えません。次回こそはもう少しまともな物を書こうと思いますのでこれからもどぞよろしくお願いします。個人的には「本当にありがとうございます」が気に入っている。
【2006/07/19 22:54】 URL | 大塚晩霜 #-


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