散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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妹   (2006/06/24)
 深夜の公園通りは、街灯に照らされた桜並木のシルエットが暗闇の中で規則的に浮かび、歩行者もなく、他に走る車もない。昼間の公園通りと対照的な静けさの中では、自然と私の運転も穏やかになる。真っ直ぐに西へ延びる道はまるでどこまでも続くかのようで、暗闇に吸い込まれていく前方は美しくもあり、幻想的だ。
 しかしその道はT字路。ここから五百メートル先は、ぷつりと途切れることを私は知っている。
―嫌な道ね、とかつて隣に座った妹の美紀は無愛想に言った。どこまでも続くかと錯覚させておいて途切れてしまう道は、束縛を嫌う妹にとっては納得がいかなかったのか。

 妹は高校卒業後に美術系の専門学校へ進み、東京で知り合いのコネだと言って軽々と狭き門を抜け出版会社に入社した。華やかな業界は彼女には向いているように見えた。そして社内恋愛の末あっさりと仕事を辞め結婚、しかし一年後慌しく離婚してしまった。世間体も気にせず、なんのしがらみも無い妹がうらやましくもあり、妬ましくもあった。妹に漂う奔放な雰囲気は彼女の最大の魅力でもあり、それゆえに容姿の美しさや華やかさを際立たせているように見えた。

 生真面目な私と妹との確執は、密かに私の心の底に染み付いていた。その気持ちを知ってか知らずか、妹との距離は年を重ねるごとに隔たりを見せた。生真面目な私の小言に妹自身、辟易していたろう。
 私は両親の希望に添い、地元のいわゆる進学校に進み、地元の大学を出て地元の会社に勤めた。世間的には認められた立場かもしれない。しかし仕事や結婚に対する焦燥感にかられる私の日常は淡々と過ぎるのだ。

 妹が入院したという知らせは突然届いた。燃えるような痛みと共に、血を吐いて倒れたらしい。気丈な母も狼狽して私の勤め先に連絡をよこした。

 病院へ向かう道中、夕方のラッシュに苛立ちながらふと見えた前方のバイクのサイドミラー。その中に、暮れかかった小さな青空が映っていた。ふと幼い頃、車庫に停めてあった父のバイクの上で妹と遊びながら、怪我をさせてしまったことを思い出した。
 瞬間。泣き叫ぶ妹。家の中から飛び出してきた母。妹の頬から血が流れている。赤い鮮血は私の恐怖心を煽り、動揺させた。
 妹の頬には今もうっすらと傷が残っている。その傷が、いつも私の心を締め付けるのだ。邪気の無い美しい笑顔に浮かぶ薄い傷跡。

 病室につくと、眠る妹の顔を母は心配そうに見つめていた。遅くなってしまったことを詫び、様子を聞くと、ストレス性の胃潰瘍で救急車で運ばれたが容体はだいぶ落ち着いたようだ。ストレスなどという言葉とは無縁そうな妹だけに驚いた。離婚や、新しい仕事のプレッシャーが重なったのよ、と母は言った。いろんなことを一人で溜め込んじゃうのよね、あんたとよく似てるから。
 母の予想外の言葉に、私と美紀なんて対照的な姉妹じゃない、と冗談交じりに返した。何言ってるの、と母はすかさず言った。そっくりよ、あんた達は。もう少し仲良くなってちょうだいよ。独り言のように母はしゃべり続けた。美紀に怪我させちゃってからかしらね、あんたたちに距離ができちゃったのは。怪我をさせたのは自分のせいだって、ずいぶん落ち込んだのよ。自分のせいじゃないのに。
 痛いことを言われた気がして、だってあれは私が美紀を落としちゃったのよ、と妹の微かな傷跡を見ながら言った。
 何言ってるの、と母が目を丸くした。美紀がバイクの後ろに乗ったらバランスを崩しちゃったんじゃない。母さん見てたんだから。びっくりしたあんたが大泣きしてそっちの方が大変だったのよ。責任感が強い子だったのね。お父さん、それからバイクには乗らなくなったでしょ。あんたがあんまり落ち込んでるから、父さんバイクを処分したのよ。

 私が大学に進学した年、妹は担任の反対を押し切って私と同じ高校に入学した。成績が合格ラインに届いていないので、合格するかどうかは難しいぞと担任には言われ続けていたと、後で母から聞いた。
 お姉ちゃんが目標だったんだから、いつもいつも、と母が思い出すように言った。無理して頑張っちゃうタイプだったのよね、と言葉を繋いだ。そういえばいつも私と同じことをしようとしていた。小学校の自由研究も、中学校の文化祭でのスピーチも、卒業式のピアノ演奏も、いつもいつも私は苦労して引き受けていた役を、妹は器用に私の経験を糧にして引き受けていた。

 美紀はお姉ちゃんが目標なんだから、と母はもう一度言った。私は言葉にならなかった。

 落ち着いた妹と母の様子を見て、私は病院を後にした。ハンドルを握る手に自然と力が入る。私が今まで思い続けてきた記憶。妹の頬の傷。器用な妹。世渡り上手な妹。そんな諸々が私の脳裏をめまぐるしく駆け、そして溶けていった。
 公園通りの静寂に包まれながら、今夜はこの道がどこまでも続くかのように、私には感じられた。突如現れるT字路の交差点で、私はどこか穏やかな気持ちで、思い切りハンドルを切った。

 翌朝、公園通りと国道の開通工事が始まることをニュースで知った。何気なく見た窓の外に、子供の頃絶えたと思っていたクローバーの群生が茂っている。追憶の中では、笑顔溢れる妹と一緒に、四葉のクローバーを探していた。妹のその頬に、もう傷跡は無かった。 

                                             了

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