散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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リスキー・リング   (2006/04/15)
俺は扉を開けた。
 ギィという音が店内に響く。黒と白に身を包んだメガネの男が、少しだけ頭を下げる。口元がいらっしゃいませ、と動いていたが、声は聞こえない。適当に席を探す。カウンターの一番端に座る。店内は思いのほか暑く、背広を脱ぎたかったがネクタイを緩めるだけで我慢した。
 ブラックルシアンを。
 さっきのメガネの男に声をかける。メガネは事務的な声でかしこまりましたと言い、機械的な動きでグラスを扱う。よく見たらメガネは伊達だ。しかもその面は不細工ときている。このバーテンのルックスだけで女性客の足が遠のくなと思う。この男は好きになれそうにない。
 音楽のことなど分からないが、流れているのはジャズだろう。でかいピアノが置いてあるところを見ると、週末には生演奏でもしているのか。店内を見定めるようにぐるりと一周眺めた所で、店の扉が開く気配がした。おもむろに視線を動かす。
 女が一人入ってくる。知らない女だ。年齢は……二十後半。長い髪。赤いロングドレス。同じ色のルージュ。店内の視線を一瞬奪う。女と目が合う。慌てて視線を逸らす。ピンヒールの固い音が近づいてくる。
「お隣、よろしい?」
 驚いたことに、声をかけて来た。俺は動揺を必死に隠しながら、どうぞ、と応える。回転式の丸い椅子に座る。長いスカートのスリットから見えた肌の白さに驚く。見ると、顔も異常に白く、唇は異常に赤い。あまりに明白な赤と白。歴然とした差が、いらぬ妖艶さを掻き立てる。女はブラッディマリーを頼んだ。不細工の伊達メガネは先ほどよりも遥かに愛想のいい声で返事をする。分かりやすい男だ。
「どうして隣に座るのかって顔しているわね」
 その通りだ。俺は特に容姿に自信があるわけでもない(むしろ、ない)。なぜこの女はこんな男に声をかけたのだろう。
「お邪魔だったかしら? どなたかいらっしゃるの?」
 いや、誰も来ないよ、僕一人だ。
 やっぱりという顔で女は微笑む。伊達メガネが、お待たせいたしましたと女の前に丁寧にグラスを置く。俺の時は確か無言だった。女はありがとう、と言い、グラスを手に取る。
 グラスを傾けたその綺麗な指の先も、真っ赤に色がついている。その指は細く、白く。女性の指をこんな間近で見るのは初めてで、指に官能を感じたのも初めてだ。 
 ああ、聞いてもいいだろう? なぜ僕なんかに声をかけたんだ?
「あなた、誰かと話をしたそうな雰囲気だったもの。一人で静かに飲みに来た男性とは違うって思ったから。ハズレかしら?」
 誰かと話をしたければ一人でこんな所に来るものか。だが、それは彼女が現れる前の話。
 アタリだよ。最近、誰とも話らしい話をしていないからね。
「ふふ、でしょう? それに、私に興味あるんじゃないかな、って思ったのよ、なんて」
 まさにそっちがアタリだ。もし話しかけてきたのが伊達メガネの双子の妹だったりしたら、俺は間違いなく席を立っている。
 アタリ。男はいつだっていい女に惹かれるんだ。
「それ、最高の褒め言葉ね」
 褒めたつもりはないが、彼女にはそう聞こえたらしい。普段女性と話す機会がほとんどない俺は、話し方がわからない。もともと、人と話すことは得意じゃない。しかも、たった十分前に会った美女を目の前にして、何を話せばいいのか、さっぱり分からない。
 申し訳ないけど、僕は話すのが苦手なんだ。
「いいわ。じゃあ、私が聞くからそれに答えて。ここにはよく来るの?」
 そうは見えないだろう。今日が初めてだよ。
「どうしてここに来ようと?」
 たまたま、気まぐれ。
「御自宅は近いの?」
 ここから歩いて十五分ほど。会社の方が遥かに遠い。
「お仕事は何を?」
 別に、普通のサラリーマン。
「恋人は?」
 いたら一人でなんか飲んでないよ。
「一人暮らしなの?」
 安いアパートに独り住まい。
「この指輪の話、聞きたい?」
 はた、と俺の動きが止まる。ずっと、彼女とは目を合わせないで飲んでいる。ただ、グラスの中で揺れるアルコールを見つめてしゃべっていた。しかし、その一言で思わず彼女に向き合う。目が合うよりも先に、彼女の細い指にある指輪に視線がぶつかる。左手の人差し指。美しい指輪だった。ただ、柄も飾りもない、シンプルな指輪だ。女性にはシンプルすぎてつまらないのではないか、と思うくらい飾り気がない。まさに輪っかだ。しかし、そのシルバーの目映いほどの輝きは、目を見張るものがある。もとから、かなり良い素材のものなのか、それとも余程手入れがいいのか。とにかく、その指輪の美しさに驚いた。
 その指輪は?
「聞きたい?」
 意味ありげにもったいぶり、目の前でその人差し指をちらつかせる彼女に少しいらつきながら、俺は応える。
 話してくれるのなら、ぜひ。
「いいわ。あなたが後悔しないならね」
 ……後悔だって?
 俺が聞き返すのも当然だろう。指輪の話を聞くのに、後悔するか否かが関わってくるなんてどういう話だ。
「後悔するのが怖いなら、やめておいたほうがいいわ。そんなおもしろい話でもないと思うし」
 ここまで言われて引き下がる人間は、よほど好奇心が貧困なのだろう。そう言われて、じゃあ聞かないよ、とは俺には言えない。
 いや、聞かせてくれよ。後悔はしない。
「そお?じゃあ話すわ」
 瞬間、さっきより少しだけ幼くなった表情にどきりとし、俺はグラスをあおった。
「この指輪はね」
 一呼吸、置く。
「血を吸っているの」
 え? と目で聞くと、微笑で答えた。左の人差し指にはまった、その細い輪っかを目の前でちらつかせながら、唇だけで彼女が笑う。きっと予想通りなんだろう、俺の反応を楽しそうに見つめ、話を続ける。
「この指輪ね。一度はめたら外すまで、血を吸い続けるのよ。ほら、今こうしてしゃべっている間にも吸っているわ。私の血をね。信じる、信じないはあなたの勝手だけど。でも、思わなかった? この女異常に肌が白いなって。思ったでしょう? それも健康的な白さじゃないのよね。なんていうか……不自然な青白さっていうか。もともと肌が白すぎる人ってあまり健康的とは思えないけれど。私のこの色はね、まさに不健康。当たり前よね、血を吸われているんだもの。あ、もちろんこの指輪によ。つまり、私の体は血が全然足りないの。そうね、もう、ひと月になるわ。最初はね、分からなかった、血を吸われているなんて。聞いてはいたけど、そんなの信じられるわけないじゃない? ああ、最初は今みたいにこんなピカピカじゃなかったのよ。むしろかなり曇っていて、全く見栄えがしなかった。それが私の血を吸収し始めて、だんだんと輝きを増すようになったの。ほら、綺麗でしょう? これ、私の血のおかげよ。指輪が生きているの。呼吸しているのよ。指に指輪の鼓動を感じる。熱いわ。でもね、もうそろそろ限界が近づいているような気がするの。ずっと私の血を吸い続けているけど、私の血液もさすがに限りがあるものね。まったく貧血もいいところよ……」
 ま、待ってくれ。
 このまま話を聞いていると、こっちがおかしくなってしまいそうだ。当然ながら、完全には信じられない。しかし、彼女がこれほど凝った作り話を、今日会ったばかりの俺にする理由もわからない。何より、信じられないほどの指輪の輝きと、彼女の青白さが真実を物語っている気がしてならない。
 ちょっと待ってくれ。僕からも質問させてもらってもいいかい?
「いいわよ。なに?」
 君は自殺志願者なのか?
「違うわよ。長生きしたいもの」
 だったら、もしその話が本当だとして、どうして指輪を外さないんだ? このままだと全ての血液を吸われてしまうんじゃないのか?
「外れないのよ。この指輪はね、一度はめたら決して自分の力では外せない。力づくでも絶対に無理」
 でも……まさか産まれた時からつけているわけではないだろう? どうやってそれを手に入れたんだ?
「もちろん、好きでつけているわけじゃないわ。これは、ひと月前に恋人からもらったの。もう別れたけれど」
 その男は指輪のことを知っていたのか?
「知っていたから、私にくれたのよ。思えば、あの男の肌の白さも異常だった。彼も、ギリギリだったのかもしれない」
 じゃあ、その男は外れたんじゃないか。どうやって外したんだ?
「知らないわ。もらった時は血を吸う指輪とは聞かされていないもの」
 と、いうことはその男は自分の血が全て吸い取られるのを恐れて、代わりに君を犠牲にしたということ?
「そうなるわね。私が指輪をつけた瞬間に、『別れて欲しいんだ』、ですもの」
 ひどいな。
「そうね、最低よ。私、本気で彼のこと愛していたのに」
 なぜだか、心臓がきゅっとなる。こんな美人の口から「愛している」などという言葉を聞いたのは初めてで、それがすごく艶かしく感じた。なんだか情けないが、下手に動揺してしまう。
 ふと、思う。(聞いた指輪の話がすべて本当ならば)今、彼女は生死のギリギリの位置に立っているわけで、本来ならばこんなところでアルコールなんか飲んでいる場合じゃないだろう。すぐさま警察なり病院なりに行って事情を話すべきだ。しかし、特に慌てている様な素振りも見せず、彼女は釈然と酒を飲みながら僕とこんな話をしている。
「あれから他にいい男もできないし。散々よ」 
 言葉を含ませてため息をつき、カラン、とグラスの氷を滑らせる。目が合い、笑う。映える唇の赤さ。
「あなた、名前も歳も聞いていないけど、三十前後ってところよね? 思ったより落ち着いていて素敵じゃない」
 もの好きだね。
「なぜ? 私これでも男の趣味は良い方よ」
 もしかしたら、そんな馬鹿げた指輪の話なんかすべてでっちあげで、こうして僕と話すための口実なのか? 一瞬、脳裏をよぎったそんな仮説を、自嘲するように打ち消す。
 もう一杯、いくかい?
「そうね、お願いしようかしら」
 さっきと同じ、ブラッディマリー。関心のないふりをしてちらちらと彼女をうかがっていた伊達メガネが、待ってましたとばかりに近寄ってくる。俺の方は完全に視界に入ってないらしい。つくづく嫌な奴だ。
「あなたは?」
 僕はいいよ。もともと強くないし。
 しばらくして、グラスが置かれた。赤と、少しの黒。そんな色をしている。
「血の色よね。少しは補充できるかしら」
 トマトの栄養分と、色だけはね。
 俺の言葉に、彼女がくすくすと楽しそうに笑う。とても、美しく魅力的な笑顔。命をも奪われるかもしれない今の状況で、強く、一生懸命生きているという気がする。彼女の、連絡先が知りたい。──そう思った瞬間。
 するり、と。
 彼女がおもむろに指輪を外す。
 ぎょっ、と。
 俺は驚いて目を見開く。
 二本の白い指と、赤い爪に挟まれた一つの指輪。
 なんだ。外れるじゃないか、やっぱり作り話だったんだろう? すごいな、良く考えたものだ。
 彼女は答えず。
「あなたの手に、触れてもいい?」
 安心していた。彼女の指からなんのためらいもなく指輪が外れるのを見て、すっかり作り話だと信じきった俺は、彼女の手が指に触れ、指輪を俺の薬指にはめるのを、黙ってみていた。洗練された、だが機械みたいな動き。白く細い彼女の指の感覚が、俺の肌に伝わる。手や指の間は敏感、というけど本当だと思う。誰かにこうして手に触れられるのは初めてだ。彼女の肌の温かさが直に分かる。もっと、いつまでもその温度に触れていたかった。
 ──しかし。
「……これで、やっと助かったわ」
 え?
「ごめんなさい、悪く思わないでね。お話できて楽しかった」
 何を言っているんだ?
「心配はいらないわ。最低でもひと月以内に、あなたに本気で、心から興味を持ってくれる女性を捜せばいいの。そうね、愛してるって言わせられたら完璧ね」
 待ってくれ。
「ふふ、まさかあなたがここまで私に惹かれるとは思わなかったわ。隠していたつもりみたいだったけど、君のことがもっと知りたいって、顔にはっきり書いてあったわよ?それほど邪(よこしま)な気持ちからじゃなかったみたいだけど。割と純粋なのね。でもそのおかげで指輪が外れたんだもの、感謝するわ」
 ……君が話したことは全て本当だって言うのか?
「それはこれからあなたが自分で確認することよ。もしかしたら嘘かもしれない。私も最初は、絶対に嘘だと思ったもの」
 まさか。
 まさか。
 まさか。
 ──外れない。指輪は外れなかった。きついわけでもない。それは、俺の指のサイズぴったりに仕立てたように、見事なまでにフィットしている。たった今、彼女がすんなりと俺の指にはめてくれたのを、俺はこの目で見ている。あれほどゆるやかにはまったのに、今は少し動かそうとしても揺らぎもしない。びくともしない。自分の顔がだんだん青ざめていくのが分かる。血の気が引いていくとはこういうことを言うのだろう。彼女がほんの数分前までつけていた指輪が、今は俺の薬指に在る(・・)。
 僕は……これから血を吸われていくのか?
「それもあと一、二週間もしたら嫌でも分かるわよ。よほどの鈍感じゃなければね」
 どうしたらいいんだ。
「言ったでしょう。女をおとせたら外れる。でも、遊びじゃなくて本気であなたに惹かれなきゃダメ」
 僕は、君に本気で……?
「あら、分かっているんじゃなくて? 指輪が外れたのが何よりの証拠」
 女は、グラスの残りを一気に飲み干すと、ゆっくりと席を立った。ふわりと空気が動き、強めなフレグランスが鼻につく。
「ごちそうさま。本当に感謝するわ」
 俺の頬に唇を寄せ、わざとらしいキスの音をたてる。
「とりあえず、口説き文句の一つでもマスターすることね」
 そう言い残し、女は歩き出す。俺は右手でグラスを握り締め、左手の指輪を痛いほど見つめながら、女の背中に呼びかける。
 一つ、教えてくれ。
 なぜ、次のターゲットを僕に?
「さあ? たまたま、気まぐれよ」

 
 ゆっくりと扉が閉まる。
 暑かった店内が、今は真冬のように寒い。
 
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この記事に対するコメント

After Story
「お連れ様の分まで合わせまして、合計三万と二千四百円になります」

 
 ……高っ!
 あの女、どれだけ飲み食いしやがった……!

 体だけでなく、懐もすっかり寒くなった男は、ふらふらになりながら、店のドアを開けた。


 来た時と同じ、扉の音が響いた。


【2006/04/15 21:33】 URL | こさめ #-

↑おまけ…
おまけをつけてみました。
合わせて読んで頂けると嬉しいです。
【2006/04/15 21:34】 URL | こさめ #-


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