散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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二月の雨   (2006/02/26)
 今年の冬は冷え込みが厳しく、連日の大雪である。古い木造住宅の我が家は、ひときわ寒さがしみ渡る。
 風邪を引いたのか、朝目が覚めると気だるい倦怠感と微熱を感じる。月のものがずいぶん遅れていて気にかかっている。そしてそれを考えながら目が覚める毎日は憂鬱だ。体の不調は、仕事の合間にも頭をよぎる。もしかしたら、という言葉が頭をよぎるが、検査をする勇気が出ず、恋人にもまだ伝えていない。

-おはよう、寒いね
 最近は専らこの言葉で一日が始まる。頭痛がすると言っていつにも増して無愛想な父は、居間から見える庭に目をやりながら、日本茶をすすっている。去年埋めた球根、この寒さで絶えちゃうんじゃないの、と母に言うと、絶えるわけないでしょ、と苦笑い交じりに一蹴された。

 職場へは車で十五分程かかる。日常は慌しいが、ある種、機械的で淡々としている。オフィスの一角に「業務効率化の推進」という紙切れが虚しく貼られていて、「毎週木曜日は定時退社デー」と少し場違いな雰囲気のポスターが隣に貼られている。人員削減による業務負担の増加は著しく、朝から仕事を精力的にこなしてもあっという間に夜になるのだ。昼間のオフィスはどこか雑然としていて、キーボードをたたく音が幾重にも重なって聞こえ、電話の音、業務連絡の声、上司の怒号、様々が織り交ぜられている。耳を澄ませば、この喧騒に呑み込まれノイローゼになるかもしれないと時々思う。月の半分くらいは深夜の残業になることに、何かと口を出してくる上司に辟易しながら、残業するなって言うなら人を増やして下さいよ、と角が立たない程度に言ってみる。

 そんないつも通りの雪が舞う夜、人の減ったオフィスで携帯電話にめずらしく自宅からの着信音が響いた。デスクから離れ、廊下に出て電話に出ると、受話器の向こうには母がいた。
 動揺した母のうわずった声は、病院に来るようにと突然言った。病院の場所を覚束ない説明でし始め、ようやく父が倒れたという事を私に伝えた。昨日より多少高めの気温にもかかわらず窓の外は雪が降っており、下腹部の痛みが鈍い鋭さを際立たせる。母の動揺から察せられる父の死という恐怖が私の中に沸き起こる。
 告げられた病院へ向かう道中、フロントガラスにせまって降る雪は、次第に本降りになってきた。大雪の日になると母は必ず、おばあちゃんが逝った日もこんな大雪だったのよと言うことをふと思い出した。信号で足止めをくいイライラして待ちながら、ひときわ大きく舞う雪を見つめ、もう少し待って、と祈らずにはいられなかった。
 市内の総合病院は、夜とはいえ煌々と明かりが灯っている。まばらにあいている駐車場のできるだけ入口に近い所に車を停め、ドアを開け少し湿っぽい雪の積もった地面へ足を下ろし、空から音もなく落下する雪を見上げ、まだ父を連れていかないで、と願った。物心付く前に亡くなったと聞かされた顔も知らない祖母に願った。

 雪の上を駆けながら、こんな時に何故か思い出すのは、幼い頃、毎週日曜日にスキーに連れていってくれた父のことだった。父の後ろから、ハの字型にしたスキー板に乗って追いかける私。雪山の柔らかい新雪は私に転倒の恐怖心よりも雪上の楽しさを教え、市内を一望できる大パノラマは、幼心にこの街の美しさを刻んだ。

 受付で伝えられた手術室の前に行くと、青ざめた母がようやく私が来たことに安堵したのか、言い様のない表情を向け、父はかなり悪いようだ、と茫然として伝えた。
 私は言葉にならなかった。


 去年、父の事業は頓挫した。技術があろうとなかろうと、このご時世に町工場の経営は苦しい。帳簿とにらみ合っている父の背中や、工場をたたみ、警備員のアルバイトに出て行く父の背中を哀れに感じ、卑屈にも思った。そんな私の心情を知ってか知らずか、商売やってれば、いい時も悪い時もあるのよ、と母が私に言い聞かせるように言った。
 ぶっきらぼうで頑固な父は多くを語らない。頑なに口を閉ざし、弱さも見せまいと気丈に振舞っている。同じ屋根の下で暮らしていてもいつの間にか会話は減っていた。

 長い手術時間に耐えられず、すっかり静寂に包まれた薄暗い階上の受付フロアに出ると、先ほどよりも雪が少し小降りになっているのが見えた。下腹部の鈍い痛みは夕方よりも痛みを増している。すっかり癖になってしまった何気なく添える手は、傍から見たら妊婦のそれだろうか。
ふと痛みが鋭くなる。下腹部でうねるような痛みの道筋を感じ、痛みが生きていると感じた。その鈍い痛みに、私は願う。もしも命が宿っているのなら私でなくていい。絶える命があるならば、ここに宿っているのかもしれない命を分けてほしい。父に、もう少し生きてほしい。
 痛みに堪らずしゃがみこんだ時、父の背中が脳裏をよぎった。あの背中はいつの背中だろう、と痛みとの狭間で記憶の糸を辿る。幼い頃、自転車の後ろに乗ってしがみ付いた父の大きな背中か。思春期の頃、朝帰りをした私の頬を無言で叩き、私に背を向けた悲しげな父の背中か。久しぶりの帰省に喜びをにじませていた学生時代の父の背中か。それとも最近あまり会話を交わさなくなった庭を見つめる父の背中だろうか。今この場所で、もう少し父の背中を見させて欲しいと祈ることしかできない自分の非力さを悔やんだ。
 その時、下腹部から何か降りる感覚にとらわれた。痛みが抜けて行くような感覚に包まれ、ふと顔を上げると、窓から見える雪は、いつの間にかみぞれ交じりの雨に変わっていた。

   ***

 公園通りには春の雨が降っている。珍しく定時退社が出来た帰り道は、街灯に反射する濡れた路面が少し眩しく、車の速度を緩める。まばらに残る街の残雪は、すっかり埃や排気ガスで薄汚れてしまい、日に日に体積を縮めている。
 雨は心地よい冷たさを私にもたらしている。そろそろ感じる春の香り。夕暮れの雨は庭土にしみこみ、一年前に家の庭の縁取りに埋めたムスカリの球根に染み渡るのだ。
 春の雨はまだこの街では冷たいが、ほのかな香りが長かった冬との決別を匂わせている。

 あの雪の夜から、2ヶ月はあっという間に過ぎた。
 父は庭先で、少し麻痺の残った左手をさすりながら、心なしか柔和になった顔つきで、最近めっきり暖かくなった庭を見つめ、そろそろ芽吹く球根を心待ちにしている。その背中には、これから芽吹く花の淡い色にも似た、穏やかな春の空気が漂っている。

                           了
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この記事に対するコメント


初めまして! ブログランキングから遊びに来ました
 
素敵な良いブログですね^^ クリポチしてきます♪
【2006/03/03 21:37】 URL | take #-


ようこそおいでくださいました。
よろしければ、過去作品も見てみてくださいね^^
気に入って頂ける作家がいたら幸いです~
【2006/03/07 19:07】 URL | P助 #tZDc9YLU


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