散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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永訣の白帝城   (2005/12/14)
(見えぬ。死とはまず、光を失うことだったのか)
(眠るようでも、ある)
(だが、願わくば今少し――)


 中国三国時代、蜀。章武三年四月。
 おぼろげな意識の中、劉備玄徳はそこに桃の花を見た。
 見事なまでの満開の花。己が地を踏むその場所は、辺り一面が桃色で覆われ、天を仰ぐと幾千もの花弁の隙間から日光が煌々と差し込んでいた。
(呼んでいる、声)
 見ると、空を舞う花弁の向こうに、二つの男の影があった。出会った時のまま、全く衰えを見せていない二人の姿を訝ることもなく、玄徳は夢中でその名を呼んだ。
(雲長、益徳。酒盛りをしよう)
 若い二人は反応を示さない。ただ、こちらを向いて笑みを浮べる。もう一度、呼びかけようとした』時、関羽雲長がその長い髭を春の微風に揺らしながら、ゆっくりと手を差し伸べた。こっちへ来い、と。穏やかに。だが強く。張飛益徳が横で頷いている。そうだ、早く来い、長兄。
(そうか。ここはあの桃園の誓いをした場所。初めて二人に出会い、壮大な野望を抱いて心行くまで語り合ったあの日。生まれた日は違えども、死す時は同じ日を、と)
 暖かい風が導くように前を横切り、こころなしか桃色に染まったその頬を優しく撫でていく。劉備は促されるまま、一歩前に進み出た。そして、また一歩。少しずつ、少しずつ。確実にその距離は短くなっていく。姿が見えてきた。影ではない、屈強な体。生涯、命をかけて共に戦場を駆け抜けた二人の姿が。
 関羽が手を伸ばす。劉備が応える。手が触れる。
 刹那。

「陛下」
 劉備はまさに閉じようとしていたその重い瞼を、再び億劫そうに持ち上げた。永久のまどろみの際から覚醒した蜀の皇帝は、少しの間思考が働かず、呼吸を整えながらゆっくりと夢を見ていたことを認識した。
「――丞相。もう少しで義弟(おとうと)たちのところへ逝けたものを」
 わずか自嘲気味に劉備は口元に頼りない笑みを浮かべ、自分を呼ぶその声の主にゆっくりと視線を向けた。
「お気を確かに、陛下」
 蜀の丞相。諸葛亮孔明。
 約十六年前、主君劉備玄徳自ら孔明の草廬まで赴き、三顧の礼をもって自軍に迎え入れた稀代の天才軍師。その計り知れぬ才能が故、“臥龍”―臥せる龍―の異名をも持つ彼が今、若き日に誓ったあの忠誠を、目の前の男に賭けた己の野望を、胸の内で何度も噛み締めている。いつの日だったか、劉備から賜った白羽扇が今日はやけに重い。
「孔明」
 劉備はかつてそう呼んでいたように、丞相の字を口にした。自然と、その名前が出た。孔明は久しぶりにその名を聞いた。自国、蜀の中でそう呼べることができた人物はただ一人だった。官職が上がるにつれ、許されなくなった呼び名だった。だが、今は。
 懐かしい響きに誘われたように、孔明も無意識のうちに、「殿」と口にしていた。
 胸の奥から焼いた鉄のようなものが込み上げてくる。それは姿を変え、双眸から血の涙として溢れてくる。頬に一筋つたうその熱いものを拭おうともせず、孔明はただ拝哭していた。
「孔明、私はもうすぐ死ぬ」
「何を弱気な」
「聞け。私は漢の再興を願って挙兵し、皆と共に雌雄を決してきた。だがその漢も既に滅び、私の野望も朽ちた。愚かだったのかもしれない。人の上に立つような器ではなかったのではないか。そう思う」
「そんな、そんなことはありませぬ、殿。この孔明、決して」
 孔明の言葉を遮るように、劉備が大きく咳き込んだ。医師が駆け寄る。
 それでも、劉備は調息をしながら語った。聞きとることが困難なほど細い声で。白帝城が滂沱の嵐に包まれる。皆がおそらく、これから間もなく起こりうるであろう悲劇に、直面せねばならぬ現実に、胸が張り裂けんばかりであった。皇帝を包む純白の薄い布が涙に反射し、眩しい。
「孔明。言おう。私が今改めて、幸福だったと思えることは、」
――そなたを得たことだ。
 孔明が息を飲む。その仲の良さから水魚の交わりと囁かれた二人である。
「殿。私も殿に忠誠を誓ったからこそ、今、ここに在ることが出来るのです」
 涙で視界がぼやける。孔明は皇帝の青白い顔を、その双眸を真っ直ぐに見つめ、懸命にその名を呼んだ。
「嬉しいことを、言ってくれる」
 すう、と体の中で何かが静かに消滅していく。しかし音をたてて壊れていくようでもある。かつては頑健なその肉体で戦場を駆け抜けた一代の英雄が、多数の刀痕から血を滲ませ、今まさに亡骸になろうとしていた。

 一足先にこの世から去って行った英雄たちの声がする。
(真の英傑は君と余だけだ)
曹操孟徳。
(最後は、力のある者が残る)
呂布奉先。
(風が、要る。東南の風が)
周瑜公瑾。

 みな、恐ろしい男たちであった。
 一度は手を結びながら生きた時代があった。そこには心が共鳴しあうものはなかったが、天下に背き、浅薄な通年に背き、いつか必ずや、この戦乱の世をおのが思うままにしてみせるという野望を共に抱いていた。崖っぷちから這い上がってきた。そんな自信と誇りが真紅の気となり、全身を駆け巡って世に乱出していた。
 時には濁流に呑まれながら。
 蟻地獄の中をもがき苦しみながら。

――もうすぐ、私もそこへ逝く。

灯火の命のひとかけらを、言葉に変える。

――蜀を、頼む。


それが、最期のことば、だった。

孔明はこの時、生涯ただ一度、慟哭した。
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