散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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夜の風   (2005/10/27)
 公園通りの銀杏並木が色付き始め、朝夕はめっきり寒い。もう少しすると、遠くに見える山々もうっすらと雪化粧をするだろう。公園通りは見通しの良い直線を描いている。周囲には新興住宅地が建ち、在来線の駅舎が取り残されたように古さを際立たせている。新興住宅地に合わせて、近郊大型店舗が点在している。数年前までは山のふもとの畑ばかりの土地だったが、週末にもなれば中心市街地よりも賑わう町になってしまった。この公園通りを抜け細い急カーブを左に曲がると、まだ緑の生い茂る山の景色が残り、その先のさらに細い道を右に入っていくと、比較的新しい外観の病院がぽつんと姿を現す。聡美は最初にこの病院に来たとき、なんて淋しい場所なのかと途方にくれたものだった。公園通りの明るさとは対照的に、この山の中の病院のか細い灯りは病人を抱える者にとって殊更こたえた。


 母の入院は唐突に主治医から告げられた。聡美が口をはさむ余地などなく、この病院を告げられた。もう長くはないでしょうとその主治医は静かに言い、それはまるでドラマのワンシーンのようで、こういう時はどのような反応をすればいいのだろうかと他人事にように考えた。これからどうなるのだろうか、この後どうなるのだろうか、今日はどうやって帰ろう、主治医は母を見放したのか、明日の仕事のこと、母の容体、思考回路は止まっているのに、支離滅裂に考えることが次から次へと外部から侵入し、聡美の思考を侵していった。
 かろうじて聞けたことはひとつだけだった。
 ―最期は苦しみますか。
 主治医は聡美と改めて向かい合い、口を真一文字に結んでから一呼吸おき、そちらの病院の方が心安らかに過ごせると思いますよ、とだけ言った。


 日常は淡々と過ぎる。幼い頃から働きづめで聡美を育てた少々ヒステリックな母も、今年還暦を迎える。
 母とはずっと二人で生活してきた。父はもう死んだと母は言い続けているが、高校時代に近所の顔馴染みの女性が、お父さんは東京で暮らしているらしいわねと口を滑らせた。しまった、という顔をして逃げるように女性はその場を立ち去り、家に帰り母に問えばやはりヒステリックに父はもう死んだの一点張りで、余程聡美に会わせたくないのだと悟り、それ以来聞くのは止めた。


 山のように積まれた靴箱から、今日履いていく靴を選び一日が始まるのが聡美の日課だ。短大時代、毎月靴を一足買った。来る月も来る月もバイト代で靴を買う。靴を買うためにバイトをしていたようなものだった。半年ほどは母も黙って見ていたが、そのうちに訝しがり、病的よ、あんた、と冗談交じりに言うようになった。 確かに聡美の靴への執着は病的だ、と自覚はしている。持っている靴はローヒールからハイヒールまで様々で、バックストラップやTストラップ、オープントゥ、セパレートパンプスも有ればミュールやブーツも当然有る。リボンの飾りが付いているものや、ステッチのデザインが入ったもの、素材もラム革からスウェード、ツイードもある。病的だわホント、と苦笑いしながら今朝も積まれたフェミニンな靴たちの眠る靴箱を見上げる。
 月に一度、持っている靴、総勢56足を全てメンテナンスする。クリームを塗り、丁寧に拭いていくのだ。ひたすら無心になって、ひたすら靴を磨く時間が聡美には極上の時間だ。 
 その光景をすでに見慣れた母は昨年末の大喧嘩以来、触らぬ神にたたり無しと言わんばかりに何も言わなくなった。昨年、母が一足勝手に履いていたことが発覚したとき、聡美は母に激怒したのだ。父へ対する母のヒステリックな態度とは比にならない程の興奮状態の聡美を、母は止めることができなかった。
 

 入院生活はあっという間に1ヶ月を経過した。
 母は日ごとに弱って行くが、幸いにも病院の居心地が良く、かつての主治医が言った通り、この環境は患者や身内には心安らかな場所だ。母を養うためにも仕事を辞めるわけにはいかないので、病院に来られるのは専ら日曜日だが、業務に追われ消化できずにいる有給休暇を近々まとめてとろうかと考えている。
週の半ば、会社帰りの道沿いのスーパーでいつものように買い物を済ませ家路につく。キャベツ98円、木綿豆腐98円、ニンジン102円、鱒切り身100円、本日の目玉国産大豆納豆68円。
 病人を抱えていようがいまいが、日常は淡々と過ぎていく。誰もいない狭い家に帰るのは憂鬱だ。しんと静まり返った室内にスーパーの買い物袋のビニールの音が虚しく響いている。
 突然、普段あまり鳴ることのない携帯電話の着信音がけたたましく響く。病院からだ。聡美は母の死期が近いことを悟った。
 
 携帯電話を手にした一瞬、窓を閉め切った室内に、感じるはずのない冷たい風が頬をきった。目頭が熱くなり、視界がぼやけた。携帯電話を握る手に自然と力がこもる。その瞬間、遠い日の涙を流した記憶が蘇る。


 幼い聡美。暗い道。疲れた足取り。乾いた喉。心細い夜風の音。公園と道の境のわずかな段差に足をとられ転倒した。ひざの痛みとかさかさになった手のひら。誰もいない町。取り残されたような恐怖。転んだ弾みで涙が次から次へと溢れ出た。口の中に塩辛い涙が入り込み、さらに乾く喉。―お母さんお母さん、と声にならない声で叫んでいた夜。誰かが後ろから追いかけてくるような感覚に襲われ、たまらず走り出した。住宅街の家々はどの家も大きくそびえていて、誰も聡美には門を開かない。ここには来てはいけなかったんだと懸命に走った。
 その時、ふいに誰かに腕をつかまれた。恐怖で声も出せずに、両手で顔を覆った。全身に震えがきた。
 ―聡美!と呼ばれた気がして、おそるおそる指の間からのぞいたその先にいたのは、母だった。
 安堵を感じる間も無く、ぴしゃりと頬を叩かれた。痛さで再び涙が溢れた。
 ―どこに行ってたの!心配したじゃないの!靴はどうしたの、靴は!
 ぴしゃり、ぴしゃりと続けざまに何度も叩かれた。母も泣いている。私も泣きながら靴を履いていないことにようやく気づいたのだ。
 ―どこに行ってたの!あんたがいなきゃ困るのよ、お母さんは!
と、苦しいほど抱きしめられ、母は何度も何度も言い続けたあの夜。


 ―すぐに来て下さい、という看護士の電話を切り、聡美は狭い玄関の横に高く積まれた靴箱の中から、昨年の今頃、母がこっそり履いていたあの靴の箱を一番下から抜き取った。丁寧に箱に収められた、シックな黒のバックストラップの靴を出し、今しがた置いたばかりのベージュのバッグを手に取り、キーボックスに掛けられた車の鍵をいつもより乱暴に外し、靴に足をいれ、夜風の冷たい外へ飛び出した。ピンヒールの音が、幼い頃迷った夜の町に響いていた。       了

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この記事に対するコメント

拝見させて頂きました^^
最愛の母との別れを宣告された主人公の日々。
残酷に過ぎ行く中でどうすることもできない彼女の感情が、とても巧に表現されていたと思います。
靴というアイテムに託された『想い』も良かったです^^

ただ、全体は三人称で書かれているのに、一人称が見えかくれするところがやや気になりました。
作者マキさんの感情移入が強い表れかと思いますが、それならば一人称で書かれても良かったかなと思いました。
次回作も頑張ってくださいね^^
【2005/11/10 23:00】 URL | ロビタ #gPxiGQPc


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