散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
プロフィール

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    週刊とりぶみ


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    [プロフィール作成中...]


    仁礼小一郎
    沖縄出身ゴールデンルーキー

    某サークル六代目総長

    しがないサラリーマン
    ~順調にジョブチェンジ中!~
    (HP:気分は下克城!!
    See-Saa Night Fever!!


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    万緑ソー中、紅一点!? 
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    イシカワ マキ
    長野市在住。



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   (2007/08/31)
2005年
9月4日 終わりのない世界 P助
9月14日 エミリーとカレーライス 大塚晩霜
9月24日 ネームプレート ナチュレ
10月4日 はじまり 【前篇】 仁礼小一郎
10月8日 はじまり 【後篇】 仁礼小一郎
10月14日 23:00 こさめ
10月24日 無題 イシカワ マキ
10月27日 夜の風 イシカワ マキ
11月4日 適正 P助
11月14日 F-A-M-I-L-Y 大塚晩霜
11月24日 お前にくれてやる ナチュレ
12月4日 君はまるで子猫のように、寝息を立てているね。 仁礼小一郎
12月14日 永訣の白帝城 こさめ
12月24日 白い轍 イシカワ マキ
12月29日 カレンダー P助
12月29日 野菜の山 大塚晩霜
12月31日 惜別鶴 仁礼小一郎
12月31日 回れ回れ回れ! こさめ
2006年
1月4日 ペットボトル P助
1月14日 阿蘭陀Language 大塚晩霜
1月24日 ドラいぜん ナチュレ
2月4日 舞台『ウイルスさんと粘膜さん』 仁礼小一郎
2月14日 恋じゃなくなる日 こさめ
2月26日 二月の雨 イシカワ マキ
3月4日 摩天楼 P助
3月14日 究極のおばけ屋敷 大塚晩霜
3月14日 〒ν八℃ 大塚晩霜
3月24日 青緑の君に ナチュレ
4月4日 Hard Luck Japanese Man 仁礼小一郎
4月15日 リスキー・リング こさめ
4月24日 春の雨垂れ イシカワ マキ
5月4日 テガホン P助
5月14日 16小説交響詩 大塚晩霜
5月24日 電車の撮りかた教えま ナチュレ
6月4日 四畳半の情熱 仁礼小一郎
6月14日 雨、時々ひとり こさめ
6月24日 イシカワ マキ
7月4日 カウント P助
7月14日 文体練習 大塚晩霜
7月24日 夏のはじまりに ナチュレ
8月4日 シンデタマルカ! 仁礼小一郎
8月14日 Warp こさめ
8月24日 柔らかな風景 イシカワ マキ
9月5日 愛は世界を救わない P助
9月14日 『小松軍曹と佐藤兵長』他一篇 大塚晩霜
9月24日 パーツショップ ナチュレ
10月4日 『ボイサー養成マニュアル』 仁礼小一郎
10月14日 空っぽの明日 こさめ
10月24日 夏の終わり イシカワ マキ
11月4日 七百年の平和 P助
11月14日 トリストラムに恋をして 大塚晩霜
11月24日 ねむり ナチュレ
12月4日 『戦場の挽歌 ~荒野の二人~』 仁礼小一郎
12月15日 I’m in love? こさめ
12月25日 放物線 イシカワ マキ
2007年
1月5日 祝祭 P助
1月14日 文体練習おまけ 大塚晩霜
1月24日 クローバ ナチュレ
2月5日 鬼が来たりて餅を食う 【前篇・中篇】 仁礼小一郎
2月15日 ハート咲ク こさめ
2月24日 優しい音 イシカワ マキ
3月4日 ミラクル艦長 P助
3月14日 鈍色の昼 大塚晩霜
3月24日 バトルみかん 【前編】 ナチュレ
4月1日 バトルみかん 【後編】 ナチュレ
4月13日 鬼が来たりて餅を食う 【後篇・追記】 仁礼小一郎
4月14日 華吹雪 こさめ
4月24日 エッセイ ・ 赤い梅漬け イシカワ マキ
5月4日 最後の一葉 P助
5月14日 ツタンカーメンの呪い 大塚晩霜
6月6日 舞台『VOICER』 仁礼小一郎
6月23日 眩暈 イシカワ マキ
7月4日 博士と助手と前世と来世 P助
7月14日 駄作★☆☆☆☆ エンドクレジット 大塚晩霜
8月6日 フューチャー・エレクトリカル・フィナーレ 【前篇】 仁礼小一郎
8月13日 フューチャー・エレクトリカル・フィナーレ 【後篇】 仁礼小一郎
8月16日 SAFTY LOVE こさめ
8月24日 藍染め イシカワ マキ

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藍染め   (2007/08/24)
 厳しい残暑が続いている。最近は「暑いですね。」が隣近所と交わす合言葉になっている。六十五の誕生日を昨日独りで迎えた。

 趣味が高じて生業となった染色を始めて十年。アトリエと呼べるほどのものではないが、アトリエ代わりの小部屋はエアコンもなく日中は居るのも辛い。早朝と、夕方涼しくなったころの作業は、暑さが残るものの、どこか心地よさもある。

 絹の紬に染める藍色。
 真っ白い紬に太いはけで染料を置く。
 その度に、少し躊躇する私。
 この純白に、黒にも見える藍の染料を置いてしまう葛藤。
 その葛藤を振り切り、思い切り染料をのせる。
 水で洗い、乾かし、再び染料を置く。
 繰り返し繰り返し、十年が経った頃には、部屋の中も自分の着るものも、自分の染める色でうまった。

 アトリエを見学にくる人との談笑が、私の日常を穏やかにしてくれるのだ。顔なじみのご近所の同年代の女性とは、お互い独り暮らし通し、すっかり打ち解けている。いざという時は助け合いましょうねと折に触れて話している。

 そんな代わり映えのないある日の昼下がり、電話の着信音がアトリエに響いた。受話器越しの声の後ろには絶え間ない喧騒がある。瞬間、無意識に身構えた自分がいた。

 「小池夏美さんのお身内の方ですか?」

 三十半ばになる娘の夏美が家を出て十回目の晩夏である。

 隣町の総合病院からの電話だった。交通事故に合い、病院に搬送されているという。頭が真っ白になり、言葉を失った。今は亡き夫が居てくれたら、とすぐに考えた。

 夏美は十年前、長い入院生活の後、何も言わずに家を出た。時折届く手紙に近況が書かれており、ひとりで暮らしたい、そっとしておいて欲しい、と必ず書いてあった。夏美の心の傷を思うと、母として無力な自分をふがいなく思わずにはいられなかった。そのうちに夏美からの手紙も途絶え、私から出す郵便も宛先不明で戻るようになり、夏美の消息は途絶えたのだ。

 「大丈夫ですか?」
 電話口の声にはっと我に帰り、震える声で「すぐに伺います」と言うのが精一杯だった。

 ふと気付くと、いつの間にか涙が溢れていた。

 十二年前のあの日がフラッシュバックする。
 夏美の運転で、家族三人で出掛けた小旅行の帰り道。対向車がセンターラインを超えて私たちの車に激しい衝撃を与えた。
 暗闇と、激しい痛み。
 後部座席の私の顔に降りかかったものが夫の鮮血だと理解するのに、だいぶ長い時間がかかった。

 外の闇と車内の闇は、私には藍色に見えた。
 夫の鮮血も、闇の中では藍色に見えた。

 その藍色を、私は今でもよく夢に見る。

 夏美に謝らなければ、という想いと、会いたいという想いが交錯し、頬を伝う涙も拭わず、家を出る準備をした。今度会った時に渡そうと思っていた藍染のスカーフを箪笥から出し、バッグに詰めた。

 夫が亡くなった街に、夏美は住んでいたのかと思うと、熱いものを抑えることができなかった。
 キーボックスから車のキーを取ったとき、キーンと目の冷めるような金属音が響き、ドアを開けると少し冷たい風が私の前髪を揺らした。

 隣町までは車で一時間半。娘に、私は会いに行こう。


                                    了


SAFTY LOVE   (2007/08/16)
21のBirthday 二人きりになって
君を祝うのは 一人じゃないみたい
吐息のメインディッシュ 楽しむ前に
済ませて来たの どこかでオードブル

僕のこと 大好きだという
言葉にウソは 見当たらない
独りにされるのが かなり苦手な
臆病な君が選んだシステムは

Safty love どんな時でもalright
次の恋が 保障されてる
(You're)Tasty Girl 君だけを抱きたい
この僕がそばにいるのに

スィートルームでは 無邪気にはしゃいでる
ミモザ片手の 愛しい君は
手渡した花束と僕に
くりかえしKissをくれるけど
もしもの時のために だれかをKeep Back
淋しがりやな君のコンセプトだね

Safty love どんな時でもalright
次の恋が 保障されてる
(You're)Tasty Girl 君だけを抱きたい
この僕がそばにいるのに

(In)Safty love わがまま娘してなさい
次の恋も逃げてゆくよ
(You're)Tasty Girl 君だけ夢見たまま
そのうち そばにいてやんない









「さあ、入って」
慣れた手つきでドアを開け、女を招き入れる。
言われるままに足を踏み入れた彼女は、その部屋の中を見るなり、歓喜の表情を浮べた。
僕はドアをゆっくりと閉め、オートロックがかかったことを確認する。
「すっごーい……」
きらきらと輝く瞳に映るのは、窓一面に広がる夜景。
「すごい、この部屋。もしかしてスィートルームってやつ?」
窓際に小走りで近寄り、興奮気味に口を開く。白いワンピースの裾ががふらりと揺れる。視線はまだ窓の外。
「さあ、どうかな?」
仕事帰り。
重いブリーフケースをリビングのソファに置き、上着の内ポケットから煙草を取り出す。彼女が少しむっとした表情を見せたのは、期待してた言葉とは違う答えが返ってきたから、だけではなさそうだ。
「さっそく一本?」
「まあ、いいじゃないか。誕生日なんだから」
「誕生日なのは、あたし」
苦笑いをし、咥えた一本に火を点ける。
ジッポの音が静かな部屋によく響いた。



彼女と出会ったのは、半年前。
僕にとっては、仕事にも慣れ、安定した時期だった。だからこそ、退屈で、安穏と過ごしていたのかもしれない。変わらない毎日を繰り返していた自分にとって、彼女はあまりにも若くて、刺激的だった。
とうに三十路を超えている僕から見れば、十以上も年下の彼女はまさにコドモだったのに。
いつから、こんな関係になったのだろう。
はじめは好奇心だった。
ハタチという若さで、社会に飛び込んできた彼女。何を聞いても新鮮で、そして、眩しかった。
出会って2か月で、交際を始めた。他に男がいることには気付いていた。しかし何も言わなかった。
ひと回り以上年齢が違う相手に、どちらも本気になるはずがなかった。
期間限定の、お遊びの恋。



「シャワー、浴びてくるね。お風呂も広い」
部屋の中を散々見て回り、ひとしきり無邪気にはしゃいだ彼女は、当然のようにバスルームへと消えた。
僕は行っておいで、と声をかけ、大きなガラスの灰皿にトン、と灰を落とす。右手に煙草を挟んだままで、改めて外を見渡した。見事な夜景。
彼女には曖昧な答えを返したが、ここは紛れもないスィートルームだ。
50平米以上もある広さのリビング。薄暗い部屋のあちこちにある間接照明。そして、隣の寝室にはキングサイズのダブルベッド。“お風呂も広い”らしい。
ぐるりと部屋を回ったあと、受話器を取り、9をプッシュした。
バスルームでは、まだシャワーの音が聞こえる。
「もしもし。頼んでおいたものを」
それだけ告げると、受話器を置き、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。



「すっごく気持ちよかったよ!お風呂からでも夜景が見えるんだね」
バスローブ一枚を羽織り、わずかに濡れた髪をアップにして、彼女が出てきた。薄化粧が、少し幼い。
「あとで一緒に入ろうか」
「うん」
笑いながら、リビングの窓際の椅子に腰掛ける。
「何か飲みたいな」
「はいはい、お姫様。ただいま」
言うと同時に部屋のチャイムが鳴る。
若いベルボーイが運んできたのは、きれいなオレンジ色したカクテルと、両手いっぱいの花束。
テーブルのセッティングを済まし、二人分のグラスを置いたベルボーイは、「ごゆっくり」と言い残し、部屋から出て行った。
「はい、まずはこれ。どうぞ」
「キレイ。すごい、こんなに大きい花束久しぶり」
“初めて”と言わないところが彼女らしい。
両手で持たないと抱えきれないくらいの花束をしっかりと抱き、花の中に顔をうずめる。カクテルと同じ、オレンジ色をした花に唇を寄せ、香りをかぐ。その仕草がまるでキスをしているようで、思わず見とれてしまった。
「じゃあ次。それ置いてこっちおいで」
僕たちは向き合って席に着いた。テーブルには、二つのグラスと、オードブル。
「これ、ミモザ?」
彼女が顔を輝かせて聞く。
「うん、君の好きなオレンジ色」
グラスを持ち、ゆっくりと持ち上げる。
「21歳おめでとう」
傾けたグラス同士が軽くぶつかり、カチンと鳴る。
二人はにっこりと笑い、夜の始まりを告げる音を聞いた。



――乾杯から、おそらく2時間は経っている。
テーブルの上のメインディッシュはきれいに平らげられ、デザートがほんのわずか残っていた。手に持っていたミモザのカクテルグラスはいつの間にかワイングラスへと姿を変え、場所もリビングのソファに移動している。
すぐ前にあるプラズマテレビからは、見たことのない洋画が流れていた。
うっすらピンク色の顔をした彼女は、ワイシャツ姿の僕の右腕をしっかり掴んで離さない。
「大丈夫か?」
「へいき、へいき」
そう言いながら僕の首に両手を回す。
そしてキス。さっきから、これの繰り返しだ。
彼女は気付いているのかいないのか、この2時間で5回以上、携帯電話の着信を知らせるために彼女のカバンが振動した。電話だかメールだか知らないが、きっと他の男たちからの「おめでとう」だろう。
だが別になんとも思わない。
他に何人いようが、今、こうして彼女は一緒にいる。
彼女が生まれた日に、二人きりで。
確かな、この愛しい気持ち。
「ネクタイがじゃま。とって」
黒とグレーのストライプのネクタイをギュッと掴みながら、彼女が大きな瞳で見つめてきた。
「はい、はい」
おとなしく従い、ネクタイをほどく。シャツのボタンを一つ外すと、目の前には彼女の満面の笑顔。
「んー大好き」
そしてキス。
僕のことを大好きだと言う言葉にウソは見当たらない。彼女の素直なキモチだろう。
でも。
「ずっと一緒にいてね」
鎖骨下にうっすら浮かぶ、覚えのないキスマーク。
どうしても見え隠れする、彼女のコンセプト。
「独りはキライなの」
淋しがりやで、臆病。
もしもの時のためにキープしている、誰かの影。
この僕がそばにいるのに。
彼女を祝うのは僕一人じゃない。
右手で彼女の頭を撫でながら、左手でグラスに残っていた赤ワインを一口含んだ。
「あたしも、もっと飲む」
「ダメ」
「飲む」
そう言うと、僕の腕からするりとすり抜け、空のグラスにさらにワインを満たす。
「わがまま娘」
「いーの」
彼女はぷいとそっぽを向き、そのままふらふらとベッドルームへ移動する。サイドテーブルにグラスを置き、両手を広げてもまだ余る大きなベッドに仰向けに転がった。
その姿を見ながら、僕は残っていたワインを一気に飲み干した。

保障されている次の恋、か。
だとしたら今ここにいる僕はなに。
すぐ替えのきく使い捨ての恋人か。
本気にならない、なるはずがない、期間限定の恋。
寂しさを紛らわすための、利用手段。
そう、分かっていたのに。
そのはず、だったのに。
「ねぇ」
ベッドから僕を呼ぶ、彼女の声。
おもむろに腰をあげ、シャツの袖のボタンを外しながらゆっくりと彼女に近づく。
左手にしていたシルバーの時計を外し、彼女のグラスの横に置く。
ベッドに腰掛けると、ギシ、とスプリングがはずむ音がした。
「ねぇ」
もう一度、呼ぶ声。
何かを求める、甘い声。
「その前に」
両手を広げる彼女を制し、じっとその潤んだ瞳を見つめる。
「ひとつ質問」
またわずかにすねた表情を見せ、彼女が首をかしげる。
「なに?」
不思議そうに僕を見上げる彼女。
僕は彼女の右手首をつかみ、いきなり覆い被さった。
口を薄く開け、目を丸くしている愛しい君。
おかまいなしに、言葉を紡ぐ。
「俺の次に準備している男は、どんなやつ?」
一瞬だけ。
彼女はおびえた顔をし、しかしそれはすぐに微笑へと変わった。
もう、酔いの気配は見えない。
強い力を帯びたその目で。
「――ワインが飲めない人」
数秒間、視線が絡まる。
唇を耳元に近づけ、彼女をくるむバスローブの紐を右手でほどきながら、僕も笑顔で言葉を返す。
「そろそろ、彼の出番かもよ」
「うそ。だってあなたがいるもの」
「さて、いつまでかな」
「ずっと。絶対に」
言いながら彼女は、空いた左手で僕のベルトに手をかける。
唇を重ねた。

こんなこと、続けていたら次の恋も必ず逃げていく。
そのうち誰もいなくなる。
君だけ、夢の中のお姫様のまま。

でも。
その時は、また、僕を呼べばいい。
君だけを抱きたい、なんて言えないけれど。


唇を重ねる。
繰り返すごとに深く。

――吐息のフルコースはこれから。


フューチャー・エレクトリカル・フィナーレ 【後篇】   (2007/08/13)
「ようこそお越し下さいました、お久しぶりです!」

年季の入ったドアを開けると、彼らにとって懐かしい顔がそこにはあったのだろう、途端にノスタルジックな雰囲気が漂い始めた。
男性二人に女性二人のその団体客は、早速カウンターの真ん中の席を横一列に陣取り、マスターとの会話を楽しんでいる。
「いやぁ、良い店だねぇ、ほんとに」
女性の一人が感嘆の声を上げた。
「だからオレが言ったっしょ? 細部までこだわってるって。前から誘ってるのに、全然来ようとしないんだから」
男性の一人は、手馴れた手つきで店のマッチを手に取り、早速紫煙を燻らせている。
「とりあえず、一杯目はビールでいいですか?」というマスターの問いに、OKサインを出したのもその男性だ。
「あれ、そういえばまだ来てないみたいだね」と店内を見渡しながら言ったのは、もう一人の男性。
「ちょっと遅れて来るみたいですよ。仕事が忙しいみたいで」と控えめに言ったのがもう一人の女性。
男女2組ずつのその団体客は、どうやらカップルなどでは無いようだ。会話を聞く限り友人同士という印象を受ける。それはマスターとの関係もそうなのだろう。

「さぁ、用意はできましたよ。まだ全員は揃ってませんが、一先ず乾杯しましょうか」
マスターがビールグラスを5つ持って、4人の前に並べた。そしてグラスの1つは自分で持ち、早くも乾杯をしようと準備している。
じゃあ、という合図と共に、4人の客とマスターは、「久しぶりの再会に!」と言葉を添えてグラスを高々と掲げ、乾杯を行うと、早速それぞれの話に花を咲かせ始めている。

一組の男女は、カウンターで酒を片手に語らい合っている。
「いやぁ、こうして美味しいビールを皆で飲めるなんて、良い時代になったもんだね」
「そうね、なかなか忙しくてお互い会えないですもんね。こうした場所で飲めるなんて、嬉しいわ」
「良く言うよ~。前誘っても断ったくせに」
「あら、ごめんなさい。その時ちょうど忙しかったのよ」
「ほんとかぁ~?」
「まぁまぁ。こうして今日飲めたんだから、良いじゃない、良いじゃない」

もう一組の男女は、ラックの展示物に夢中のようだ。
「おっ、これはもしや! な、懐かしいっ!」
「何ですか、このペットボトル?」
「ほら、中を見てみなよ」
「うわぁ、複雑なミニチュアですねぇ。よくできてる」
「このペットボトルは、地球を表しているわけよ。ほらここに大地があって、水もある」
「なるほど、コロニーみたいなものですね」
「そうそう、着想はそこから来てたんだけどね」

マスターは、店に掛かってきた電話に対応している。
「えぇ、そこまで辿り着いてもらえれば、あとはずっと進んでいただくと“Prose”っていうネオンが見えて来ますので。特に操作なども必要ないんで大丈夫だとは思いますけど、もしまた分からなくなったら連絡下さい。皆さんもうお揃いなんで、お越しを待ってますよ」

しばらくすると、もう一人の男性が店内に姿を見せた。遅いと周りに野次られながら、カウンターの端へと腰掛ける。
「悪い悪い、だいぶ迷ってしまって。何せ初めてだからさ」と謝るその男性の前にもビールが届くと、二度目の乾杯の声が店内に響き渡った。

「さぁ、全員が揃ったところで改めてお礼を。本日は当店にお越しいただき、ありがとうございます。少しの時間ですが、せっかく久しぶりに皆で会えたわけなので、心行くまでお楽しみ下さいませ」
マスターが、5人に増えた団体客にスピーチをすると、拍手が沸き上がる。「よっ、マスター!」と声を上げたのは、またもや紫煙を燻らせている男性だ。マスターはその声に笑顔を浮かべながら、スピーチを続ける。

「この店をオープンして早くも3年になります。ご存知の通りこのご時勢ですから、誰でも簡単にこうしてお店を開けるようになりましたが、なかなかどうして。店を続けるのはそれなりに労力が掛かるわけです。そう、まるで一昔前のホームページ運営みたいなものですね。でもまぁこうして皆さんの再会の場として機能したのであれば、今まで続けてきた甲斐があるというものです」
マスターは満足げな表情を浮かべながら、自分の言葉に頷いている。
「20周年の記念日をこの場で過ごせるというこの喜びに応えるために、今日は様々な仕掛けをご用意しました。既に手にとっている方もいると思いますが、店内を見渡していただいて、是非ご覧になってお楽しみ下さい」
マスターは急に小声になって囁く。
「ほら、こうして我々以外の客の顔ぶれも、ちょっとしたサプライズですよ」

マスターのスピーチが終わり、5人の客は思い思いに店内を歩き回り始めた。展示物を手にとって感慨深げに眺めたり、他の客の会話に聞き耳を立てたり、大胆にも客同士の会話の輪の中に入り、楽しそうに談笑したり。そんな楽しげな5人を満足そうに眺めているのは、本日の仕掛け人であるマスターだった。

マスターはバーの片隅にある書籍コーナーから、エメラルドグリーンの書籍を手に取ると、パラパラとめくった。書籍の中には70作品以上の散文が掲載されていて、出典元の作品の所々にはマークがあった。
在りし日の記憶が、マスターの頭の中に甦って来る。その記憶を頼りに、マスターはこの日の催しを企画し、実行したのだった。

十数年前のあの日、実現することを夢見ながら書いたあの小説の光景が、目の前に繰り広げられている。2年もの間、6人のメンバーで持ち寄った作品の登場人物たちが、小説を飛び出し動き回る。そんな中に、作者であるメンバー全員が集まる・・・。そうした夢物語は、十数年もの間に進歩し続けたネット環境が実現してくれた。人間がバーチャルな世界にまで実生活を持ち込めるようになった現在、その世界の中では、現実の時間の束縛は受けるものの、実世界と同じような生活を営むことができるのだ。
3年前、その男は今日のこの日を夢見て世界の片隅にバーを開いた。そして今日、ついにこの日を迎えた。店内には作品内の登場人物を客として存在させ、所縁の物を展示させた。その仕掛けを、集まってくれたメンバー達は懐かしそうに楽しんでくれている。

男は、書籍の終わり頃に掲載されている作品『フューチャー・エレクトリカル・フィナーレ』に目を落とし、一気に読み終えると、書籍を閉じて元の場所に戻し、改めて店内を見渡した。気の知れた仲間、皆で創り出した人々に品々。それらが、今、この店内で交わり合っている。それは、男にとって至福の時であった。正に2年に及ぶ活動の集大成だと感じた。

活動の終焉を迎えていた時、男は実生活での変化によって活動の限界を感じていた。そしてそれはおそらく、参加メンバーの全員が少なからず感じていたに違いない。しかしそれでも、それぞれ別々の生活を営みながら活動を続けた2年間は、男にとって、参加メンバーにとって、有意義な期間だったと、今でも感じているに違いない。だからこそ今、この瞬間も、こんなにも満ち足りた表情を浮かべているのだろう。
男は、マスターと呼ばれるその男は、コップに残った生ビールを一気に飲み干すと、もう一度皆に向かって乾杯を促した。

「皆さん、宴もたけなわではございますが、明日は金曜日ということでなかなか長居は難しいと思います。なので最後にもう一度皆で乾杯をして、一先ずお開きということで!」
マスターは皆にドリンクを配ると、声高々に声を上げた。
「20周年おめでとうございます! これからも皆お元気で! 乾杯!!」

6つのグラスが空中でコツンと乾いた音を立てて店内に響き渡ると、同時に店内の時計が日付が変わったことを知らせ、20周年記念日である2025年9月4日は過ぎ去った。
しかし、バー“Prose”の店内からは、まだまだ盛り上がりは冷めることなく、その宴が永遠に続くかの如く、いつまでも笑い声が聞こえてくるのだった。

  (終)
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フューチャー・エレクトリカル・フィナーレ 【前篇】   (2007/08/06)
大通りから一本奥へ入った横路地を少し歩くと、懐かしい色に輝くネオンがあった。そのネオンに誘われ、まるで光に吸い寄せられる蛾のように、ふらふらと、しかしあたかもそこに向かうのが当然かのように、男はネオンの下の階段をゆっくりと下りていった。今朝から降っていた雨でまだ湿っている、歴史を感じさせるような石造りの階段を下りきり、黒光りのする扉に手をかけ、男はゆっくりとその扉を開く。

ギイィィィッ・・・

まるで何年もの間開かれたことのなかったかのようなドアの軋む音と共に、そのバーの入り口の扉は開いた。開いた視界には、最適な明るさに保たれた店内が見える。左側には奥にかけてカウンターの座席が並び、右側の短い通路にはテーブル席がいくつか見える。客もそれなりには居るようだ。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか? どうぞお好きな場所へお座り下さい・・・」
カウンター越しから、マスターとおぼしき男性が声をかけてきた。少々禿げ上がった髪と短く整えている口髭には白髪が交じっていて、その男性が歩んできた時の長さを感じさせる。口調は穏やかで、客商売にありがちな押しつけがましさもなく、スマートだ。おそらく客商売の経験が豊富なのだろう、言葉遣いにも手慣れた感覚があった。

男はそのマスターの言葉に従い、カウンターのちょうど真ん中の席へと腰を下ろした。この場所からは店内至るところを眺めることができるようだ。男はマスターに「とりあえず」という言葉と共に生ビールを頼み、注文の品が届くまでの間に店内を見回している。

シックな色調で統一された店内は、オシャレすぎず、かといって安すぎず、ほどよい雰囲気を醸し出していた。こういった雰囲気は人を落ち着かせる。男は、仕事の疲れを少しでも癒そうとこのバーへ立ち寄ったのだが、その面ではチョイスは間違ってはいないだろう。男の品定めをするような目にも、暫くすると安堵の色が浮かんだ。

「お待たせいたしました、生ビールでございます」
マスターからビールを受け取った男は、まずは一口ビールを口に運ぶ。細かな泡で口の周りを少々白く色づけながら、男は引き続き店内を見回しているようだ。カウンター奥の鏡越しに見える若い男女のカップル、年齢に若干差があるような男女の二人組、会社帰りのサラリーマン二人組は肩を叩き合いながら話が盛り上がっていて、一番奥のテーブルに座る母娘はお互いの傘を見せ合いながら笑顔で話をしている。
男の横のカウンター席では、何故か金髪の女性が、バーの雰囲気にそぐわないようなカレーを懸命に口に運んでおり、奥のカウンターに腰掛ける外国人のカップルは、喧嘩でもしているのかそっぽを向く女性に男性が懸命に取り入っている。

よく分からない客層だ、と思いながらも男は生ビールを飲み干し、二杯目のドリンクを注文しようとドリンクメニューに目を落とした。メニューにはカクテルはもちろんのこと、バーボンやスコッチ、焼酎、日本酒に泡盛まで揃っていた。何にするか決めあぐねていた男に、マスターが話しかける。

「何にするかお悩みですか?」
男は、何かお薦めのカクテルがないか、尋ねる。
「そうですね……。カクテルといっても様々ですからね。甘みが欲しいのならブラックルシアン、酸味が欲しいのならブラッディメアリーといったところでしょうか。お客様の気分に合わせてお作りすることもできますよ」
男がブラッディメアリーを注文すると、マスターは微笑みながらカウンターの奥でグラスに氷を注ぎ込み、そこにウォッカとトマトジュースを流し入れながら、軽くステアした。
「お客さん、ブラッディメアリーに関するこんな噂話があるんです。ちょっぴりヒンヤリとする、この暑い季節にピッタリの話なんですが、興味はございますか?」
興味を覚えた男は、マスターに話の続きを促した。マスターはグラスにカットしたレモンを添えると、男の前に差し出しながら話を始めた。
「ご覧の通り、ブラッディメアリーは真っ赤なカクテルです。カクテルの名前も血からの連想で名付けられたんですが、この噂話はバーが舞台になっています。そう、お客さんが座っている、こうしたバーのカウンターがね」
マスターはニヤリと笑うと、カウンター上にディスプレイされた指輪を手に取り、話を続けた。マスターの話は血を吸う指輪の話で、もちろん本当の話とは思えないような内容だったが、男にとっては酒を楽しむ肴として、少なくともカウンターで一人暇を持て余すこともなく、心地良い時間を男に提供してくれた。

「もし良ければ、店内を歩きながら眺めてみて下さい。この指輪の他にも、一癖ある品々をディスプレイしてますので、楽しんでいただけるかもしれませんよ」
そうマスターに提案され、男は店内を再度見渡してみた。すると、先ほどは客にばかり気を取られ気づかなかったものの、壁にはディスプレイラックが備え付けられていて、そこには確かに何やら奇妙なものが、今更ながら存在感を示している。

男は興味を覚えて席を立ち、一番身近なラックにちょこんと乗っている、ペットボトル型の置物を手に取ってみた。「ペットボトル型」ではなくペットボトルそのものだったことに気づいた男は、その中身を凝視した。ペットボトルの中には、精巧なミニチュアで作られた樹木や池、そして驚いたことに生き物のミニチュアまで入っている。そうしたミニチュア達がうまく絡まり合い、空間内であたかも生き物たちが生活しているような、そんな気にさせる。よく見かける帆船入りのウイスキーボトルよりも新鮮で、暫し男はペットボトルに見入ってしまった。

ペットボトルを元の場所に置き、次の場所へと移動する。折り紙で作られた大小様々、色とりどりの折り鶴がある。一般的な「バー」という場所には不釣り合いな展示品だ。その横には小さなブックスタンドと共に、いくつかの書籍が並んでいた。男は『100人の小隊を間違いなく点呼する方法』というHowTo本の横にあった、エメラルドグリーン色の装丁がされた質素な本を手に取り、中身が小説だったことを確認すると、また元の場所に戻した。さすがにバーで小説を読む気にはなれなかったのだろう。

男は、その後も店内のディスプレイを見て回ったが、そうしているとカウンターからは聞き取れなかったお客同士の会話も聞こえてきて、いつしか男の関心はディスプレイよりもその会話に傾いていった。ディスプレイを手に取り眺めているふりをしながら、その回りの会話に耳を傾ける。

年の差がある男女は、男性が懸命に女性に対してうんちくの披露をしているようだった。カメラの操作法がどうだとか、臨時特急は絶好の被写体だとか、そうした話をしているが、知識の無い男にはその半分も話が理解できなかった。
店の奥の母娘は、二人してそれぞれの夫の話をしている。娘が結婚するとこうした会話が繰り広げられているのかと思うと、男は我が身に置き換えて考えてみたのか、少し苦笑いを浮かべた。母と娘は二人とも胸に白いバラのブローチをしていたのが、仲の良い親子だということを男に印象づけた。
若い男女のカップルは、テーブルの上にリクエストカードを置き、二人でどうしようかと相談したあげく、どうやら曲が決まったらしい。その曲名を書いてマスターに渡すと、これまで店内に流れていたJAZZに変わって、これまで何度も耳にしてきた独特の声と滑らかなギターの音色が辺りを満たした。曲名まではわからないが、おそらくB'zの曲だろう。その曲を二人は聞きながら、満足そうに見つめ合っている。

男が続いてサラリーマンの二人組の会話に耳を傾けようと席に近づくと、いきなりそのサラリーマンの一人に絡まれた。

「なぁ、腐ったミカンとワキガって、どっちが臭いと思う?」

何とも突拍子のない質問を投げかけられた男は、よく分からぬまま聞き返した。
「いやね、こいつは小学校の頃からの親友なんだけど、譲らなくてね。お互いその臭いを体験しちゃったもんだから、思い入れもあるわけさ。でもよく考えたら普通の人はどっちも嗅いだことないもんな。悪いね、急に話しかけて」
サラリーマン達はそう言うとお互い顔を見合わせて、また大声で笑った。男はその隙に何事もなかったかのように、しかしながら慌てて自分の席へと戻った。本当になんだか分からない店だ、と男は一人呟いた。


二杯目のブラッディメアリーを頼むと、男はマスターに灰皿が無いか尋ねた。マスターは失礼しましたと詫びながら、灰皿と、その店のマッチを持ってきてくれた。
年季を感じさせるようなレトロな作りのマッチの表面には、このバーの名前なのだろう、“Prose”と印字されていた。そのマッチで煙草に火を点し、フゥーッと一息天井に向かって吐いた。

横に座っていた金髪の女性は、カレーを既に食べ終え、マスターにリクエストカードを渡していた。ちょうど若いカップルがリクエストした曲が終わり、マスターは店内にあるメッセージボードに書かれていた『I'm in love?』という字を消すと、新たな曲名をそこに記した。流れてきた曲は、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』だった。食後のモーツァルトとは、それこそバーが不釣り合いだ、と男は思った。

男が煙草をちょうど吸い終えた時、カウンターの一番奥に座っていた男女が慌ただしく席を立った。先ほどからの喧嘩がいよいよ本格化したのだろうと、男は推理したが、案の定男性は明らかに不機嫌な女性に対して謝りながら引き留めている。
「待てって、誤解だって! ほら、せっかく素敵なバーに居るんだから、もっと楽しもうじゃないか! だってほら、僕らが愛し合わないと世界に平和が訪れないんだから!」
「そんなの知らないわ! だって私は幸せじゃないんだから、平和なんか来るもんですか。もう帰る!」
「ちょっと待てって、リンダ!」
慌てて男性はカードで精算を済ませると、ドアから出て行った女性を追いかけて出て行った。


「いつの世も、男女の仲は大変ですねぇ」と、マスターが苦笑いしながら二人が居た席のグラスを片付けている。全くだ、と男は同意した。そしてそういえば、とマスターにリクエストカードのことを尋ねた。マスターの説明では、この店では客からのリクエスト曲をBGMで流してくれるサービスを行っているらしい。リクエスト曲があれば是非、というマスターの言葉に甘え、男は曲名をカードに書いてマスターに渡した。
その時、男の携帯電話が鳴った。男は周りに申し訳なさそうに席を立つと、化粧室前でその電話に出た。
「はいもしもし? あぁ、なんだ君か。どうしたんだ? うん? 先生はまだ家に帰る前だけど? 何、今から?」
男は時計に目をやると、しょうがないなぁといった感じで後頭部を掻きながら会話を続けた。
「わかった、今から行ってやるからもう暫く待ってろ。わかったな?」

そう言って男は電話を切り、マスターに「お会計! カードで。」と頼んだ。
カード読み取り機をマスターから手渡された男は、「カードをお入れいただき、暗証番号を入力して下さい」という音声アナウンスに従い、カードと暗証番号を入れ、精算を済ませた。「ご利用ありがとうございました」という機械のスピーカーから流れる生音声を聞きながら、男はマスターに詫びた。
「曲をリクエストしたのに、急に帰ることになってしまってすいません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。この曲は私も好きな曲ですからね。失礼ですが先生をされていらっしゃるのですか?」
「いえ、先生といってもしがない講師ですよ、職業訓練校の。ほら、これですよ」と言って、男は言葉を繰り返している機械のスピーカーを指さした。
「あぁ、なるほど。その職業でしたか。では次回ご来店の際にはそのお話でも、お聴かせ下さい。またお待ちしていますので……」

マスターの申し出を快諾した男は、グラスの残りを一気に飲み干すと、来たときと同じように店の扉を開き、店を出て階段を登った。
途中、数人の団体とすれ違うと、階段を登り切った時に、階段の下から「ようこそお越し下さいました、お久しぶりです!」というマスターの明るい声と、男が最後にリクエストしたKISSの『Hard Luck Japanese Man』のメロディーが、風に乗って男の耳にまで届いたかと思うと、「ギイィィィッ・・・」という扉の閉まる音と共に、聞こえなくなった。
そうして男が自らの生徒が待つ公園へと足早に向かうと、バー“Prose”のネオンは男の背にネオンの懐かしげな明かりを照らし、そして次第にそのネオンの明かりも、まるで幻だったかの様に周りの街灯の明るさにかき消されていった。

(続く)



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