散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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エッセイ ・ 赤い梅漬け   (2007/04/24)
 我が家の食卓に赤い梅漬けが並ぶと、必ず思い出す人がいる。
 一昨年他界した伯母である。短い期間だったが共に暮らし、語らい、笑い、そして旅立った伯母は、昭和ひとケタ生まれの強く優しい女性だった。その伯母が漬けた梅漬けがまだ残っていて、時折食卓に並ぶのである。月命日にふと思い出したり、居間に飾られた写真を見ては思い出したりする。そして梅漬けを食べながら思い出させてくれるとは、いかにも伯母らしい遺し物だと微笑ましく思うのである。
 伯母の逝った日はまさに年の瀬、大晦日だった。伯母は、私たち家族の「何も心配ないからね」という言葉に微かに頷きながら旅立った。生前、何かと心配事が絶えなかった伯母の眠る顔はとても穏やかで、私たち家族は胸をなで下ろしたものだった。

 伯母は小さな小料理屋を営みながら、ひとり慎ましく生きてきた女性である。大学の近くの店だったこともあり、六十年代、七十年代は学生の常連客が多かったとよく聞いた。きっと多くの客を迎え、そして多くの客を見送ったのだろうと思う。赤い梅漬けを味わいながら、伯母も人知れず寂しく見送った別れも多かったろうと、邪推する私である。

 別れの種類は違うが、この春、私にも大きな別れがあった。いつの間にか長い付き合いになっていた友人が、大学を卒業してこの地を離れたのだ。彼にとっては大きな旅立ちであり、そして周りの友人にとっても大きな転機であったように思う。
 人生にはいろいろな別れがあるのだなあ、と今さらながらに実感したのだが、彼との別れは、淋しいとか哀しいという言葉では言い尽くせない、今までに経験したことの無いものだった。
 インターネット上のコミュニケーション全盛時代である。遠く離れていてもバーチャルな世界では常に繋がっている。
 けれど結局人間というのは生身の付き合いでしか、本当の意味で繋がれない性なのだ。そして生身の言葉でしか本当の想いは伝えられない。と同時に「言葉」だけでは伝えきれないというジレンマも私たちは抱えている。そしてそのジレンマを抱える関係こそ、私は貴重な財産だと思う。ネット上に飛び交うお手軽な言葉ではなく、伝えたいけれど伝えきれない迸る想いが、そこには在るのだから。
 彼が最後に私たちに託してくれたものは、最近めっきりもらう機会が減った、一通の手書きの手紙だった。お世辞にも達筆とは言えないその手紙には、彼の真っ直ぐな言葉が綴られていた。

 伯母を亡くした時、こんなにも辛い別れがあるのかと、やりきれない想いが私を覆った。けれど今、酸っぱい梅漬けの味と共に、その哀しさは暖かい思い出として移り変わったように、彼との別れも、この先のお互いの幸せと、変わらない友情へと移ろうのだと確信している。環境も立場も違う私たちを、いついかなる時も、ひとつに繋いでくれるのは、私たちの心に残る、あの時のあの歌なのだと、私は思う。




『 ロング & ワインディング ロード 』

その道は、長く険しい道。
それは決して無くならない、私の道。
この道に立つ私を、どうか見守っていてください。

雨が降りしきり、風吹く夜もあった。
涙がとまらない、どうしようもない夜もあった。
なぜ私はここにいるのだろう、と問い
なぜ私は独りぼっちなのだろう、と問う。
誰か、教えてほしいと、祈りながら涙がとまらなかった。

幾度も取り残され、幾度も泣いた。
幾度も遠回りをし、幾度もこの道を捨てようと思った。

けれど私は再びここに戻ってきた。
ひとりきりでも、この道を歩いていくと心に決めた。
私はこの道を、歩かなければならない。
この道に立つ私を、どうか見守っていてください。


                 (BY ビートルズ)
                  (訳・イノタク・イシカワマキ)

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華吹雪   (2007/04/14)
あれほど見事に咲き誇っていた桜も、いつの間にかその心臓の形をした花びらで、地面を余すところなく埋め尽くすほどに散ってしまいました。
散っていく花びらたちは、枝から地上までという、短い、本当に短い空の舞台に立ちます。

その数秒の晴れ舞台。
最期の晴れ姿。
終わったら、もう桜としての命は絶たれるわけです。
だから、みんな必死なのです。

(見て)
(私を見て)
(これがもう最期だから)
(ほら、綺麗でしょう。あなたの肩に降りさせて)
(私はいつもこの木の下で読んでいた、彼の本の隙間に入りたいの)
(そうね、私はあの女の子の上がいいわ)

桜の花びらたちは、たとえ一秒でも長く、空中にとどまって自分の姿をアピールしています。

くるくる、くるくる。
はらはら、はらはら。

くるくる、くるくる。
はらはら、はらはら。

もうすぐ、ゴールです。
「桜の花びら」という僅かな生涯のゴール。
青空を背景に、人々の笑い声をBGMに、次々に舞い降りてくるその踊り子たちは、ゆっくりと、ふわりと地面に到着しました。
地上を敷き詰める、桜色のじゅうたん絨毯の一部となった、その小さな踊り子(だったもの)たちを、運動靴が踏みしめて行きます。
また、革靴が掻き分けます。また、ほうきに掃き集められます。
既に桜の花弁として用を為さなくなったものたちに、視線を向ける者は一人もいません。

(あんなに美しく踊ったのに)
(あんなに笑顔を増やしたのに)
(あんなに出会いを作ったのに)

それは、屈辱なのでしょうか。
理不尽な結末なのでしょうか。ただ、還る処へと戻っただけなのでしょうか。


───その答えは、誰も知ろうとはしません。



鬼が来たりて餅を食う 【後篇・追記】   (2007/04/13)
【前篇・中篇】はこちら


【後篇】

「宮良くん……。これは……?」
「先生、実は僕も今回帰ってきて驚いたのです。まさかこの島でもこんなことになるなんて……」
私と宮良くんは、聖地へと繋がっているはずの浜にそびえ立つ、リゾートホテルの工事現場を呆然と眺めた。

「まるで流れをせき止める関所のようだ。これではせっかくの祭りが台無しじゃないか」
「祖父から聞いた話では、このリゾート開発は島民の多くが反対したようです。僕の祖父もそうでした。しかし現在の村長は、島の活性化が最も重要だと考えて、反対を押し切り開発を進めたそうです。先代の村長はムークイによって活性化させようとしていたのですが、全く正反対の方針になってしまいましたね……」
「しかしこれでは、祭りはできないんじゃないかね? 鬼をお迎えして、そして最後に送り出す会場であるこの浜がこれでは、儀式を行うのは不可能じゃないか? そもそも工事の邪魔になるだろうし、儀式を行えるのかどうか……」
「そこは村長が認めたそうです。要は反対意見に対して譲歩したということなんでしょう。50年に一度の大祭は、今まで以上に盛大な祭りにしたいと、開発業者も含めて島外の企業からも資金を集めているようですよ」
「なるほど。街中で目に付いていた観光客のような人々は、その関係者なのだね」
「えぇ。それもあるでしょうし、島外で簡単ではありますが観光キャンペーンも行っているようです。確かに少し活気が出ているようにも思えますが、僕にはそれが正しいのかどうか……」
「村長には村長の考えがあるということなのだろうね。しかしだからといって、私としてはこの光景は残念だよ……。ひどく残念だ。願わくば、明日の祭りがうまく行けばいいのだけどね……」
私は、そのリゾート開発の現場を見ると、何故か訳もなく不安に襲われた。こうして、祭りの本番を迎えたのだった。


翌日、私は祭りを見届けようと、朝から南東の浜に来ていた。宮良くんはムントゥ役をこなすため、早朝から既に出掛けている。皆で集合して着替え、本番に備えているのだろう。
海は、穏やかに白い波で幾重もの柔らかな曲線を描いている。天気も良い。絶好のお祭り日和だといえるのかもしれない。
そうしているうちに、島民達も集まってきた。老人達の輪の中には宮良くんの祖父の姿も見える。
「それでは、ムークイの大祭を始めます」という村長の挨拶と共に、ムントゥ達の儀式で祭りの幕は上がった。

体中を泥まみれにしたムントゥの一行が、海の中に入りその泥を少しずつ海水に溶かしながら、沖へと向かって進んでいく。琉球に伝わる踊りであるカチャーシーに似た踊りをしながら、肩まで海水に浸かるほどの沖で円を描いたかと思うと、暫くするとその円は分散し、二列になってまるでその列の間に鬼を歩かせているような形で浜に向かって戻ってくる。
そのムントゥを待つ浜では、村民達が独特の祝詞のような歌を歌い上げながら、沖に向かって祈っている。そしてそうした村民達の様子を、遠巻きに観光客達が眺めている。おそらくこれまでのムークイには無い光景が、今年は繰り広げられていた。もちろんその浜の横には、建設中の観光施設が大きく影を落としているのだ。
ムントゥ達が浜に到着すると、観光客から歓声が上がり、ある客はカメラで写真を撮り、またある客はビデオカメラでその光景を撮影していた。私はというと、その光景が奇妙でたまらず、ムントゥの中に宮良くんの姿を探すことも忘れ、考え込んでしまった。「果たしてこのムークイは正しいのだろうか?」と。

ムントゥ達はずぶ濡れのままなおも浜から島内へと進み続けると、その列を取り囲むように島民達も共に行進し、更には観光客までそれに続いた。その行列は島内一の聖域であるウタキへと進路を向け、踊り歌いながらゆっくりと進んでいく。
私もその列に続き歩いていたのだが、何故だか胸騒ぎがし、ふと歩みを止め浜辺を振り返ってみると、突風がビュンと吹いたかと思うと、ほんの一刹那だけ、巨大で黒い幻影を見たような錯覚に襲われた。そしてそれと同時に、工事現場から何かが崩れる音がしたため、列に続いていた工事関係者は慌てて列を離れ、音がした現場へと走っていった。
他の島民達は、突風で足場か何かが倒れたのだろうと特に気にすることもなく、また御嶽への行進を続けた。私自身もその列に戻ったものの、頭の中の不安感は増していき、その不安と先程見た黒い巨大な影が重なり、何とも言えない不気味さを感じたのだった。

儀式の舞台は御嶽へと移り、主役はムントゥからノロへと変わっていた。ムントゥ達はその間に改めて体中に泥を塗りたくり、その後の儀式に備えている。
ノロ役の女の子は確か宮良くんの同級生だったはずだ。この日のために、沖縄本島から戻ってきているという。その女の子は、御嶽の鬼の台座の前で華麗に舞っている。思わず周りの観光客からも歓声が上がった。
ノロが舞っている間に準備を整えたムントゥ達は、再度泥だらけになった体を左右に振りながら、台座の周りで円を描き踊り始めた。そして踊り終えると、その周りを取り囲んでいる島民達一人一人に向かって歩み寄り、ガジュマルの樹でできた杖を大げさに振り上げては、身体についた泥を皆にこすりつけていく。その行事に慣れている島民達は「おまじないだ」とばかりにその汚れを喜び、まだ物心のついていない幼子達は、ムントゥの異形の姿も相まって、恐がり泣き出してしまい、周りの大人達の微笑みを誘っている。
観光客はというと、その儀式に喜んで参加し、服が泥だらけになってもそれを記念にして満足げな客も居れば、自分に泥がつけられる瞬間をカメラに収める客も居て、一張羅の服なのか、頑なに汚れるのを拒否し、逃げまどっている客も居る。そういう客に対してどうすれば良いのか、これまでは島民相手にしか儀式をしたことのないムントゥ役の島民達は、若干とまどっている様子が窺えた。

と、その時であった。「キャーッ」という叫び声がしたかと思うと、その声の叫び主である女性の観光客は、ブランド物と思われる派手なデザインのワンピースに、大きく泥を塗りたくられていた。へなへなと腰が砕けて座り込む女性に、同伴していた男性客が駆け寄る。放心状態の女性客の腰元には、まるで大きな手に捕まれたかのような形で泥にまみれている。皆の視線がその女性に集まっていたその時、今度はノロから悲鳴が上がった。そしてその悲鳴でノロの方向に視線を改めた我々が見た光景は、遙か遠くニライカナイより来訪した、まさしく鬼の神の姿だった。

ノロが台座前の祭壇に供えていた餅は、宙に浮かんだかと思うと、奇妙な音と共に霧散した。

まるで手品のようなその光景は、御嶽に集まった多くの人間が目撃し、そしてその手品には何の種も仕掛けもないことを本能で知った。それはまるで、台座の上に巨大な生き物が、そう、まさに巨大な鬼の神が、自分に対して供えられた餅を、さも当然のごとくに口に運んでいるようだった。その姿は我々人間の目には見えないものの、その場に居た誰もが、この儀式の主賓である鬼の姿を想像し、儀式の詳しい中身を知らない観光客であっても、人間以外の存在が関わった超常現象だとは認識できたはずだ。
あまりのことに、その場は一瞬静まりかえったが、次の瞬間には堰が切れたようにあちこちから悲鳴が上がり、ひとまずは一目散にこの場から逃げようと、多くの人々は必死に走り出していた。私自身も怖いという感情はあったものの、それよりもこの目の前で繰り広げられている事象に引きずり込まれているかのように、その場から抜け出すことは考えられなかった。
おそらく村長であろうか。騒然となった御嶽内を必死に落ち着かせようと声を上げて指示している。しかしながらその声は効力を持たず、より大きな喧噪に飲み込まれていった。
ふと宮良くんのことが気になり、その所在を探すと、ムントゥの被り物を捨てた宮良くんは、泥だらけのまま、ノロ役の女の子に付き添っている。女の子はあの光景を一番近くで目撃したショックからか、立っているのがやっとで、足は震え上がって歩けないでいるようだった。

「宮良くん、大丈夫かね!」
私は彼らの元に駆け寄り、声を掛けた。
「先生! 僕は大丈夫ですが、彼女が……」
宮良くんが支えている女の子は顔面蒼白で、気が動転しているのがわかる。
「ひとまずこの場から離れた方がいい。落ち着いて腰を下ろせるようなところはないかね?」
「それなら南東の浜に向かう途中に、私の親戚が経営している旅館があります。そこならここから近いですし、しばらく休ませてくれると思います」
「よし、彼女をそこへ連れて行こう」
私は宮良くんの反対側に回り、彼女の肩の片方を支えると、三人でその場を離れた。その旅館まで懸命に歩きながら、御嶽の様子を振り返って窺ってみると、島の老人達はいつの間にか泥だらけになっている台座に向かって、皆で懸命に何かを唱えていた。その光景は、台座に鎮座した鬼の神を、まるで崇めているようだった。

旅館の一室に女の子を運び、落ち着いたことを確認した私は、再度御嶽へと向かおうと、すぐに旅館の外へと飛び出した。やはりあの不可思議な現象の謎を少しでも知りたいという気持ちを抑えられなかったからだ。私の学者としての気質がそうさせているのだろう。しかしながら私は、御嶽ではなく南東の浜で、その謎の答えの核心に迫ったのだった。

私が旅館の外に出てみると、街路には泥のようなものでつけられた巨大な足跡が、浜へと向かって続いていた。そして旅館の門扉にも、泥がつけられていた。その足跡を見た私は、すぐにあの鬼の神の物であると確信し、急いでその足跡を追って浜へと続く道を進んだ。
しばらく進んだ後、私はムントゥの姿になった島の老人達の一団を目撃した。朝のムントゥ達とは年季の違う見事な鬼招きの踊りを踊っている。まるで鬼の神を浜へと導いているかのようだ。そしておそらくそれは、事実なのだろう。老人達が進んだ道の後には、私が追いかけていた泥の足跡が出来ている。私は巨大な鬼の神が、ムントゥ達の鬼招きの踊りに誘導されて歩んでいる姿を思い浮かべた。その光景は、目の前で繰り広げられている、現実の姿でもあった。

老人達は浜へとついてもそのまま踊りを止めず、沖まで進んでいき、ムークイの儀式の手順通り、杖や面を沖へと流した。その杖や面は沖へと向かってまっすぐに流され、そしてその後には海面に泥で出来た線が続いていた。まるで泥だらけの生物が、泥を絶えず海水へ流しながら沖へ沖へと進んでいるようだった。辺りは夕焼けの暖かな色に包まれており、本来なら祭りのクライマックスを見守るはずのこの浜で、思いも掛けない不可思議な現象のクライマックスを見ることになった。浜に居る私と、沖でムントゥの衣装を脱いだ老人達は、その泥で出来た線が見えなくなるまで、その場に立ちつくし見守った。


その日の夜、私は宮良くんの祖父から再度話を聞いた。ムントゥの老人達の中に、私は宮良くんの祖父の姿を確認していたからだった。老人は私に、事の真相を語ってくれた。
宮良老人が言うには、今回のような出来事は想定の範囲内だったという。昔から語り続けられていたムークイの話の中には、今回のような出来事が起こった際の対処法も含まれていたのだ。しかしながらそうした非科学的な部分は、やがて風化してしまい、その話を知っていたのは島の老人達だけ、つまりあの時とっさにムントゥへと成り代わり、儀式を終わらせたあのムントゥ達がそうだったのだ。だからこそ、皆が混乱し逃げまどう中であっても、儀式を遂行できたのだろう。
宮良老人の話で明らかになったのはそれだけではなかった。この祭りが始まったきっかけこそが、今回のような鬼の来訪だったのだ。だからこそあのような儀式で、毎年必ず鬼を出迎え、持て成し、そしてまたニライカナイへと帰しているのだろう。この島の人々にとって鬼の来訪は年中行事であり、祭りへと昇華することによって無病息災を願う現在の姿へと変貌を遂げたのだ。この島の平和を願う先人達の想いから生まれた祭り、それが「ムークイ」だったのだろう。

翌日、私は島を後にした。前日には沢山居た観光客達は、あの騒ぎで昨日のうちにほとんどが島を離れたようで、島を後にする船にはほとんど人が乗っていなかった。
どんどん小さくなっていく漁港には、手を振る宮良くんの姿があった。その横には元気になった女の子の姿もある。
昨日の出来事の顛末は、あの場に居合わせた老人達との約束により、他の島民達には伏せることとなっていたが、島民達は何とか平静を取り戻しているようだ。もうしばらくすれば、「なんだか不思議な体験だった」ということで結論づけられ、流れ続ける日々の生活の中に埋もれ、色褪せていくことだろう。

もちろん、私にとっては忘れようにも忘れられない出来事だった。何故遙か昔に鬼が島へ現れたのか。何故あの祭りが島に存在しているのか。そして何故、今年になって再び鬼がやって来たのか。その理由は私には推し量ることが出来ない。そしておそらく誰も、推し量ることが出来ないだろう。
古くから伝わる習俗には必ずその理由がある。しかしながらその全てを正しく知ることが出来るとは限らない。それが民俗学であり、私の進んでいる道なのだから。





【追記】

このノートに再び書く機会が訪れるとは。まずそこに対して驚きがあるが、より大きな驚きは、あの出来事に対してある程度角度の高い、自分なりの結論を出せたことだろう。
あの出来事から数ヶ月後、この追記を書いている数日前のことだ。あの島に建設中だったリゾートホテルが、完成間近になり突然崩壊したと、ニュースで伝えられた。そのニュースでは原因不明のこの崩壊は、竜巻の仕業だの地崩れだのと学者達がしきり顔で持論を展開している。

どうやら工事の関係者が皆居なくなった深夜に、大きな音と共がしたかと思うと、ほぼ出来上がっていたはずの建物は、瓦礫の山と化していたという。
ニュースでは工事関係者のインタビューなどに続き、赤土問題などで揺れる沖縄のリゾート開発の是非が論じられていた。その瞬間、私の頭の中ではあの事件の真相に対して急速に論を積み重ね、近づき、そして私なりの結論に至ったのだった。

今回の事件のポイントは、「泥」だったのだ。「泥」とはつまりは「土」である。ムークイには、何故か泥が大きく関連している。鬼の付き人であるムントゥは身体中を泥だらけにし、そして人、家に限らず島中に泥を塗りたくる。そして今年のあの事件でも、泥は至る所で目にした。
鬼が歩いた道には泥で足跡が出来、鬼が座った台座は泥だらけだった。おそらく鬼に捕まれたであろう観光客のワンピースには、泥でくっきりと手形がついていた。そして、鬼が去っていった海面には、泥で出来た線が沖へと向かって伸びていた。
つまり、鬼にとって、少なくともあの島にニライカナイからやってくる鬼にとって、「泥」は重要なファクターであった。おそらく鬼は泥を好み、そして身体は泥で覆われているのだ。島中を泥だらけにするのは、その鬼に対する最大の持て成しであり、だからこそ付き人であるムントゥも全身を泥で覆っているのだ。

数百年前、あの島一帯は大津波に襲われた。その時、海には島を飲み込み、大量の土を海へと流し込んだ。その土が海水と交わり泥となり、鬼が住む異境(そこを島民はニライカナイと呼んだのだろう)へと流れ着き、鬼はその泥に誘われて島へと来訪したのだろう。
鬼は津波で島の中心部へと打ち上げられた大岩の上に腰を下ろし、津波で被害に遭い疲れ果てた島民達の歓迎を受けたのだ。そして鬼が帰った後、島は平和を取り戻した。それが鬼の来訪による御利益だったのかどうかはわからない。しかしそんなことは当時の島民達にはどうでも良く、心の拠り所が必要だったのだ。二度とあのような大災害が起きぬよう、それを信じられるような拠り所が。

こうして鬼の来訪とその歓迎は、島の平和と島民の無病息災を願う行事として定着し、数百年経っても祭りとして伝えられていたのだろう。その間にまた本当に鬼が来てくれることを密かに願い、鬼が来訪した際の対処法も含め、伝承したのだ。

そして今年、ちょうど50年に一度の大祭の年に、鬼はやって来た。それは、リゾート開発というこれまでの島には無かった存在が原因だった。開発によって海へと流れ出た土が、鬼を島へと再度招き入れたのだろう。果たして、鬼は島に来訪し、そして去っていった。
その時、老人達が扮したムントゥはある儀式を行っていた。それは、島中の家々に泥をつけて回るという儀式だった。事件のあった夜、宮良老人は私にそう語っている。「1軒1軒、全ての家に泥をつけるようにと、伝えられていたのでそれを忠実に実行した」と。
しかしながら、泥をつけたくてもつけられない場所が一つだけ存在した。それは、その当時から工事中で、部外者は近づくことが出来なかったリゾートホテルであった。そう、あの時に唯一泥つけの儀式を行わなかったリゾートホテルが、今回謎の崩壊に遭った。

それを祟りと呼んで良いのかは分からない。しかしあの日島に来訪した鬼が関わっていることは間違いない。そしてそれは、あの老人達も気づいていることだろう。だからこそ、来年以降もあの祭りを、あの儀式を長く続けていけるよう、子孫達に伝承をしていくはずだ。

「ムークイ」、その不思議な年中行事が、来年も、それ以降も、あの島では続いていくに違いない。


バトルみかん 【後編】   (2007/04/01)
 僕は静かに目を閉じた。4組のみんなの声が、耳の奥に響いた気がした。脳裏に蘇るのは、みんなのはじけるような笑顔。そして、脇本暗殺作戦の成功を祝福する声。
 「やったな山田!」
 僕は力無く返事をした。
 「ああ・・・」
 その声は、やけに静まり返った教室に反響するだけだった。
 腐ったみかんを見つめる。僕はまだ、戦えるだろうのか・・・。




脇本暗殺作戦が成功した4組では一之瀬からの指示が飛んでいた。
 「俺達の最大の脅威であった脇本は倒した。ここからは積極的に打って出るぞ。2階は5組に任せて、俺達は植草を救出に行くぞ!男子はみんな出撃だ。女子も体力に自信があるものは付いて来い!」
 植草はこの暗殺作戦の功労者だ。ぜひ助け出したい。その思いは皆同じだ、何人かの女子が部隊に加わった。
 「ただし、山ちん、岡ちん、二人は大変な作戦をこなした後だから、救出には行かなくていい。」
 「ちょっと待てよ、僕も行くよ。」
 彼とは生死を共にした仲間なのだ、戦友なのだ。是非とも行きたい。
 「いや、それよりもやってもらいたい事があるんだ。1組がどうなっているのかを知りたい。どうも静かすぎる。すまないが屋上を偵察してくれないか。」
 「いや、でも・・・」
 「頼むよ、ここは仲間を信じてくれ。それに、みんなにも手柄をあげさせてくれよ。」
 それを言われると、何も言い返せなかった。みんなのことを考えてる、一之瀬の方が正しいとも思えてきた。
 クラスの大半は植草救出部隊として編成され、僕と岡ちんは中央階段を使って屋上を目指した。4組の守りは西正に任された。浦瀬はすでに5組に戻っており、2階の制圧部隊を出撃させんとしていた。
 ここまでは思い通りの展開だった。2階の制圧はほぼ確実、1階も植草救出だけでなく、そのまま制圧できるかもしれないのだ。給食室を押さえれば長期戦にも耐えられる。屋上の1組も、5組と挟み撃ちにすれば問題はないだろう。こうなると考えるべきは、いつ5組と手を切るか、ただそれだけだ。
 「なあ岡ちん、5組を裏切るタイミングって結構難しくないか。」
 僕は岡部に疑問をぶつけてみた。
 「とりあえずは1組を叩いてから、と言いたいけど、それは向こうも考えてることだからなあ。」
 そうなのだ、だから1組を全滅させてからでは遅い。かと言って、単独で1組と戦えば苦戦は必至だろう。1組には、新型なわとび「ニュースキッパー」という兵器がある。「当たっても痛くない」という売り文句を信じて買ってはみたものの、当たるとやっぱり痛いという、肉体・精神の両面でダメージを受けてしまう代物だ。これを三重跳びの達人、嘉堂が華麗に操ってくるのだから、かなり手強い。ましてや僕たちは、3組との戦いでそれなりに消耗している。1組と正面から事を構えるのは得策とは言えない。それは5組も同じ事だ。
 屋上への出口は特に封鎖されてはいなかった。辺りを警戒しながら屋上の様子を窺ってみる。1組は西階段周辺に陣取り、縄跳びの訓練にいそしんでいる。見たところ、クラス全員が揃っているようだ。2組との交戦はまだ無いのだろう。
 岡ちんが言う。
 「なんか、ほのぼのしてるな。とても戦争中とは思えないよ。」
 確かに彼の言うとおり、1組の連中はまるでいつもの休み時間のように、縄跳びを楽しんでいるように見えた。
 「あいつら余裕だな。2組ともやりあってねえみたいだし。」
 「これは5組と手を組まなかったら、とてもじゃないけど勝てない相手だな。むしろ、1組と同盟したいよ。」
 出口からわずかに顔を出して様子を窺う。すると、10人程の兵士が西階段を降りていくのが見えた。脇本戦死の報が届いての動きだろうか。
 「岡ちん!1組が動いた。10人ばかし階段を降りたぞ。」
 「2組の制圧に向かったか。」
 いや、それは無い。2組とて戦力は十分にある状態だ、もっと大勢で行かなければならないだろう。もしや、これは・・・。身を乗り出して東階段を見た。すると、一瞬だが人影が見えた。おそらくは5組の警備兵だ。
 「なあ、岡ちん。お前がさっき言った事だけど・・・。」
 「ん?5組と組んでて良かったって・・・。」
 「違う!その後だ。」
 「ああ、1組と同盟したいって話か。」
 「今、5組の奴が東階段にいた。」
 「偵察か?」
 「それならいいんだけど、もし5組と1組が裏でつながってるとしたら。」
 「何、まさか!」
 「だって、僕たちは屋上の警備は全くやってなかったんだぜ。5組は東階段を自由に使える。1組との交渉も可能だ。今もなにかの合図を出したんだとしたら。」
 「救出部隊が危ない!」
 僕たちは猛ダッシュで階段を駆け降りた。
 「西正!1階に援軍を!」
 「どうした山ちん。」
 「やばいよ、5組が1組とつながってやがる!今、1組の連中が階段を降りた。一之瀬たちが狙われてる!」
 「何だと!くそっあいつら早くも裏切りやがって!おいみんな!今から救出部隊の救出に行くぞ!」
 救出部隊救出作戦。なんと滑稽な任務なのだろう。だが、ここで主力がやられれば4組は終わりだ。西正が叫ぶ。
 「山ちん!みかんを持っていけ!」
 最終兵器である腐れみかんを早くも投入とは。なんてことだ。
 みかんは教室の片隅でビニール袋に包まれて、静かに発酵が進んでいた。袋を開ける。慌てていたため、腐臭をもろに吸い込み、死にそうになった。これの直撃を食らったら即死だ、間違い無い。
 突撃の号令とともに、4組全員が中央階段を駆け下りた。一之瀬、植草、無事でいてくれ。
 1階から悲鳴が聞こえた。戦いはすでに始まっている。やはり5組は裏切ったのだ。
 「浦瀬!おめえって奴は!」
 「ハッハー!3組なんかいつでも潰せるからな!まずお前らから先にやった方がいいと思ってよ!」
 「てめえら!」
 一之瀬の声だ。間に合うか。
 「一之瀬!生きてるか!」
 「西正!」
 「くそ、もう来やがったか!だが大した数じゃねえ、まとめてやっちまえ!」
 一之瀬の部隊は西側からのニュースキッパー部隊にかなりやられていた。さらに5組の予想外の裏切りもあって、多数の死者を出していた。奴らは女子にも容赦無く関節技を掛けていた。血も涙も無い連中だ。僕たちは5組の部隊のど真ん中に突撃した。腐れみかんを力いっぱい投げた。卑怯な裏切り者どもに、憎しみを込めて投げつけてやった。一之瀬の部隊もカンチョー攻撃、電気あんまなどの攻撃を繰り出して必死に防戦した。
 背後からは1組が執拗な攻撃を仕掛けてくる。
 「食らえ!三重跳び!」
 「ほーっほっほっほっほ、女王様とお呼び。」
 何だ、あのクレイジーなドS女は!天本か!
 1組の攻撃力は予想以上だった。我ら4組の部隊は混戦の中で次々と倒れて行った。
 「横瀬!青柳!君津ぅ!」
 コブラツイストで、四の字固めで、ニュースキッパーの連打で次々と死んで行った。僕はもう、気がおかしくなりそうで、とにかく相手の顔めがけて、たとえ女の子であろうと、ただただみかんを投げた。
 「きゃあ!ひどい!」
 相手は憎しみの眼差しを僕に向けながら死んでいく。それでも僕はみんなを助けたい一心で、みかんを投げ続けた。悲鳴がフロアに響き渡る。
 「痛い痛い!ギブギブギブ!」
 誰かが関節技で死んだ。
 「うげぇ臭え。」
 にぎりっぺで死んだのだな。
 「うううええううういいいあああ!」
 電気あんまで逝ったのだな。
 だれもがみな、敵を憎み、ひたすら戦い、殺した。全ての者の心に鬼が宿っていた。もう、どうにもならなかった。
 「撤退!撤退だ!」
 一之瀬の声が飛ぶ。しかしこの状況、撤退すらままならない。
 「ここは俺に任せて、お前らは逃げろ!」
 「無茶だ!一之瀬!」
 「いいから行け!お前らは生きろ!そして4組から優勝者を出せ!」
 「一之瀬ぇ!」
 「うおおおおおおぉぉ!」
 一之瀬は一人、ろくに武器も持たずに5組に突撃して行った。
 「くそお!撤退だ、撤退しろぉ!」
 僕たちは必死になって階段を駆け上がった。後ろをふり向かずに、ひたすら登った。教室にたどり着いたとき、生き残っていたのはわずかに6人。僕と岡ちん、西正、植草、渡瀬、相川。たったのこれだけだった。
 「くそ、くそお!」
 相川が泣きながら床を叩いた。僕たち4組は優勝候補だったはずだ。それなのに、どのクラスよりも早く全滅の危機に瀕しているのだ。それを思うと、僕も泣きたくなった。
 「どうすんだよこれから・・・。」
 渡瀬がつぶやいた。
 誰も答える事はできなかった。僕たちがこれからどうなるか、これからどうしたら良いのか、そんなことは誰にもわからなかった。
 突然、相川がすっくと立ち上がった。
 「相川、どうした。」
 「トイレだよ。」
 いきなり声も無く立ち上がるから、驚いてしまった。
 それにしても、これからどうすれば良いのだろう。たったの6人では戦いようがない。5組も1組も、かなりの損害を出したとはいえ、主力は依然として健在だ。2組にいたってはほぼ無傷の状態。壊滅間近の3組でさえ、今の4組よりはマシなのかもしれない。わずかに可能性があるのは、2組との同盟だ。現時点で最も戦力があるわけだし、これまで直接の交戦がなかったのは2組だけだ。そして2組には幼稚園からの幼なじみである三鷹がいる。彼を通じて交渉すれば、2組を味方に付けられるかもしれない。4組に残された希望は、もはやそれしかないと思われた。
 「うごおおぉ!」
 突然、トイレからうめき声が聞こえた。相川の声だ。
 「相川!」
 僕は反射的にトイレに飛び込もうとしたが、西正がとっさに制した。
 「落ち着け。きっと中に伏兵がいる。」
 「まさか。」
 「全員を救出に駆り出したからな、ここの守りがいなかったのを考えなかった。しくじったぜ。」
 なんてことだ、僕たちがやろうとした事を、敵に先にやられるなんて。
 「ようし!トイレの中にいる奴、いるのは分かってるんだ、あきらめて出て来い。出てこなかったら、トイレの花子さんを呼んじまうぞ!」
 西正の勧告に観念したのか、ゆっくりとドアが開いた。僕たち5人は身構えた。出てきたのは、2組の三鷹だった。
 「三鷹ぁ、てめえか!」
 悔しかった。相川がやられた事も、やったのが三鷹だった事も、2組との同盟の目が無くなった事も。
 彼は生乾きの雑巾をぶら下げていた。その悪臭で相川を殺したのか。
 「三鷹、てめてよくも!」
 「落ち着け山田。」
 西正はリーダーを失った4組を、なんとか立て直そうと、冷静な態度を貫いた。
 「三鷹、観念しろ。お前はもうだめだ。だが、2組の戦力と今後の作戦をしゃべれば降伏を受け入れてやる。それが嫌なら、きっつい死に方することになるぜ。」
 三鷹は雑巾を持ったままこちらをじっと見ていた。やがて意を決して歩み出すと、雑巾を振り回して猛然と突っ込んできた。
 「勝つのは俺達だあああ!」
 彼の表情は追いつめられた野獣そのものだった。僕たちは一瞬、気圧された。しかし西正も植草も距離をとって、うまく雑巾をかわしていた。
 「うわあ!うわあぁ!」
 じりじりと距離をつめていき、一斉に飛びかかって取り押さえた。三鷹は観念したのか、抵抗をやめ、おとなしくなった。
 「さて、三鷹。今ならまだ間に合う。2組の情勢をしゃべる気はないか?」
 そうだ、まだ間に合う、2組との同盟も。
 「全滅寸前の人達に話してどうなるわけ?」
 三鷹は挑発的な態度を崩さなかった。
 「ちっ、植草、やれ。」
 西正が冷たい口調で指示を出した。植草はひとつうなずくと、三鷹の顔面にケツを突き出した。にぎりではなく、ダイレクト放屁で処刑しようというのだ。
 「植草、待ってくれ。」
 僕はとっさに止めた。それは三鷹の命乞いをするためではなく、2組との同盟の話をするためでもなかった。
 「僕がやる。」
 周りは驚いていた。僕と三鷹が昔からの友達なのはみんな知っていたからだ。僕は三鷹の持っていた雑巾を拾い上げた。
 「山ちん。」
 「みたかっち。僕は悲しいよ。お前にこうして、止めを刺さなきゃいけないなんて。」
 僕は彼の背後に回り、雑巾を顔面に巻き付けて思いっきり引っ張った。
 「んー、むー、んふー。」
 彼は僕の腕の中で必死に最後の抵抗をした。その手応えが伝わるたび、僕は腕に力を込めた。
 「どうだ、相川の気持ちが分かったか!」
 やがて静かになったかと思うと、彼の体は力無く折れた。そして、動かなくなった。
 僕はこの手で、親友を殺したのだ。ひざを落として、ただ、「うう、うう」とあえいだ。涙が止まらなかった。
 西正が僕の肩をぽんと叩いて言った。
 「教室に戻ろう。」
 僕たち5人は、教室の床に座りこんだ。
 戦いが始まってどれくらい経ったのだろう。一瞬の出来事だったようにも感じられるし、ひどく長かったようにも思える。
 「戦いは終わってないぞ、武器を持て。」
 西正は僕にみかんを手渡した。腐れみかんの最後の一個だ。僕はそのみかんを見つめ、つぶやいた。
 「いつからこんなことになったんだろう。」
 女の子にも、昔からの親友にも手を下した。一体いつから、僕の心に悪魔が巣食ったのだろう。
 三鷹を殺した時か。
 5組に裏切られた時か。
 プレイスタリオン3が欲しいと思った時かもしれない。
 「いつからこんなことに・・・。」
 僕は静かに目を閉じた。4組のみんなの声が、耳の奥に響いた気がした。
 「だいたい何なんだよ!」
 渡瀬が叫んだ。
 突然の事に、みな体をびくっと震わせたが、答える者はだれもいなかった。けれどもその声は、僕の心の中で何度も反響した。

 だいたい何なんだ、この戦いは。
 だいたい何なんだ、僕たちは。

 教室は静まり返っていた。だれも動く事ができず、ただ、じっとしていた。僕は、流れ行く雲を見ていた。何も考えられなかった。ただ、僕たちはもうだめなんだろうなと、なんとなく思っていた。1組と5組がなだれ込んでくれば、とてもじゃないが持ちこたえられない。待てよ、そう言えば奴ら全然攻めてこないじゃないか。少し冷静になって考えてみれば、僕たちがこうして教室で感傷に浸っていられること自体おかしい。1組5組連合の戦闘力からすれば、僕たちはとっくに全滅しているはずだ。それなのに、彼らは来ない。
 「なあ、なんであいつら来ないんだろう。」
 考えていた事が、つい口に出てしまった。
 「言われてみりゃそうだ。とっくに来ててもおかしくないのに。」
 「もしかしてあいつら仲間割れしたか。」
 「うまくいけば2組も巻き込んでるかもしれないな。」
 僕の一言がきっかけになって、みんなが俄然やる気になった。
 「よし、俺が様子を見てこよう。」
 渡瀬が偵察をかって出た。
 「おい、無茶するな。」
 「大丈夫だ、様子を見に行くだけだ。」
 そう言うと渡瀬は、僕たちが止めるのも聞かずに中央階段を下って行った。
 「あいつまでやられたら、4組は終わりだ。」
 「だけどうまく行けば、ほとんどのクラスが壊滅状態になってるかもしれない。」
 「いずれにせよ、もう俺達に退路はないんだ。」
 そうだ、もう戦うしかないのだ。とりあえず今は渡瀬からの良い報せを待つしかない。
 待っている間の時間は長かった。やはり渡瀬もやられたのか、そんな心配が心をよぎり始めた頃だった。中央階段を駆け上がる足音、とっさに身構える。教室に飛び込んできたのは、少し興奮気味の渡瀬だった。
 「どうだった?」
 「1階は大乱戦になってる!隙間から覗いただけだから詳しくはわからないが、2組の連中もいたぞ!」
 「よっしゃ!」
 植草はガッツポーズを見せた。
 「どうする西正。」
 西正はここでひとつの決断をした。
 「よし、ここまで来たらもうイチかバチかだ。1組、2組、5組の最前線に奇襲をかけ、一気にケリを付ける。そして、この教室を出た瞬間から、俺達はクラス内の戦闘を解禁する。ここから先は全員が敵だ。己の力だけで生き延びろ。」
 ついにこの時が来たのか。情け無用の仁義なき戦いだ。
 「植草、俺は一之瀬の仇をとりに行くぜ。」
 「よし、俺も行く。」
 「渡瀬、お前は?」
 「俺は西階段から1階に下りて、奴らの逃げ道を塞ぐ。その後はお前らとバトルだ。」
 「へっ、そんときは俺の怖さ見せてやるぜ。山田、岡部お前らはどうする。」
 岡ちんと顔を見合わせた。勝てる望みが少しだけ出てきていたのはわかっていた。しかし、具体的なプランは何も無かった。ただ、ずっと心に引っかかっていた事があったから、それを正直に言った。
 「今日の給食の献立は、春雨スープと揚げパンなんだ。」
 「それがどうした。」
 植草は軽くずっこけていた。だけど、僕は大真面目だった。
 「だって、あの二つは給食のゴールデンコンビだぜ。だから、なんとか給食室を押さえたいと思ってる。」
 「そうか、だが俺達はもう長期戦にするつもりはない。とっとと終わらせて、プレスタ3も給食も俺がいただくぜ。」
 西正はそう言うとニヤリと笑った。そうか、西正もプレスタ3を狙っているのか。
 「さあ、それじゃ行くか。次に会った時、俺達は敵同士だ。死んでも恨みっこ無しだぜ。」
 「おう!」
 僕たちは一斉に声を上げた。次に会う時は敵同士、なのに何故か、そこには妙な一体感があった。
 まず、西正と植草が教室を出た。東階段から1階に降り、敵を片っ端から倒すつもりのようだ。
 「じゃあな。」
 その一言を残して渡瀬が教室を出た。西階段を降りて同じく1階を急襲する気だ。
 「僕らはどうする?」
 岡ちんがそう問いかける。もうすぐ、僕たちも敵同士になるかもしれないのに、どこかのほほんとしている。それも岡ちんのいいところか。
 「ワンテンポ置いて、東階段から一階に降りる。西正と植草が生きていれば彼らと戦う。もしやられていたら、敵の数によっては一旦引き返して、別ルートから給食室へ潜入して、長期戦に持ち込む。僕たちだって、もうイチかバチかなんだ。」
 岡ちんも覚悟を決めたらしく、うん、とうなずいた。
 「プレスタ3は僕のものだ。」
 この男も狙いは同じか。
 僕は最後のみかんを手に、慎重に進んだ。岡ちんは先程の生乾き雑巾を手にしている。ひとまず東階段に到着。下からは何の音も聞こえなかった。戦場から遠くて音がしないのか、それともすでに戦闘は終わったのか。植草たちと鉢合わせになる可能性もあるから、十分に警戒しながら降りて行った。
 1階に到着。校舎はL字型に折れているから、中央階段付近まで行くには、角を曲がらなければならない。ここから見える範囲では戦闘はないようだ。角までは音を立てず、速やかに進んだ。そっと覗き込む。中央階段付近に、おびただしい数の死体が積み重なっているのが分かる。1・2・5組の大乱戦は本当にあったのだ。しかし、動いている物体は一切無かった。誰かが息を潜めているのだろうか。植草たちは、僕が1階の給食室狙いである事を知っている。ならば、彼らが敵を全て倒し、僕たちを待ち伏せているという可能性が一番高い。
 「岡ちん。どうやら植草たちが勝ったらしい。もはやあいつらは敵だ。見つけたら容赦無く雑巾をかぶせろよ!」
 岡ちんに念を押した。中央階段付近までは距離がある、教室の中に伏兵が無い事を確認しながら、慎重に慎重に進んで行った。教室三つ分くらい行ったところに二つの死体があった。顔が確認できるところまで近づいてみる。ひとつは西正だった。もうひとつは植草だった。
 どういうことだ!僕の頭は完全に混乱した。他のクラスの連中はみなやられている。しかし、あの二人も死んでいるとは。
 「う・・うう・・・」
 植草はまだ生きていた。しかし、大量に鼻血を出していた。この出血ではもう助からない。
 「植草、僕だ、山田だ。」
 「う・・・」
 何かを伝えようとしていた。耳を顔に近づける。
 「の・・・う・・さ・・・・・」
 そこまで言うと、頭をがくりと落とした。「のうさ」とは一体。よく見ると、西正も鼻血を出して倒れている。こんな死に方は見たことがない。
 「山ちん、これはどういう事だ。」
 「僕にもわからん。だけど、ひとつだけハッキリしている事は、もう倒すべき敵の数は少ないということだ。給食室までの道のりもなんとかなりそうだ。春雨スープで体力回復と行こうじゃないか。」
 状況は今一つわからないが、とりあえず目に見える敵はいないのだから前進あるのみだ。と同時に目標がハッキリしない以上、長期戦に備えるのが当然だろう。
 ところで渡瀬はどうしたのだろうか、このままなら正面から出会うはずだが。そして植草の先程の言葉、「のうさ」とは。
 すると前方から、かすかに女の黄色い声が聞こえてきた。
 「岡ちん、聞こえたか。女の声だ。」
 「ああ、聞こえた。」
 まだ、女子の戦力が残っているクラスがあったのか。
 「きゃー、きゃー、待ってー。」
 今度はハッキリ聞こえた。声は複数だ。僕たちは手近な教室に身を隠した。
 「きゃーきゃー渡瀬くーん、待ってー!」
 渡瀬だと、渡瀬が女に追われているのか、どういうことだ。なぜ追われている、そして、彼の脚力でなぜ逃げ切れないのだ。
 「来るな!おまえら来るんじゃねえ!」
 渡瀬は僕たちの潜む教室の脇を通り抜けた。何故か前屈みで逃げている。
 「きゃーきゃー渡瀬くーん!」
 そして謎の声の主が一団となって通り過ぎた。僕は自分の目を疑った。
 声の主は美女で名高い2組の女子だった。5人くらいいた。そして、なぜだかはわからいが、いや最初から狙っていたのか、彼女たちブルマ姿で戦ってる!
 「ブ、ブルマだとぉー!」
 渡瀬はあっという間に囲まれてしまい、もみくちゃにされた。
 「うお、うおう、やめろぉ、そんなとこ触るなあ!」
 植草が遺した言葉「のうさ」とは「悩殺」の事だったのか。
 渡瀬はもうだめだ。鼻血ブーの出血多量であの世行きだ。いかにスポーツ万能の渡瀬でも、己のモスラの幼虫が当社比1.5倍の状態では逃げる事はできまい。つかまったが最後、鼻血を出すまでエロ攻撃だ。
 この世の中にそんな殺し方があったとは。おのれ2組の美女軍団め!そんな卑劣な手まで使ってくるとは!
 「ねえ、死んだ?」
 「死んだ死んだ、鼻血出してカッコ悪い!」
 「ようし、これで4組全滅かな?」
 「あと、山田と岡部がいなかったっけ?」
 「そっか、じゃあさっさと始末しちゃおう♪」
 平然と恐ろしい会話を交わしながら、再び教室の前を通り過ぎた。おそらくはあの調子で、1組の縄跳び軍団と5組のプロレス軍団を壊滅させたのだろう。そっと顔を出して様子を窺う。学年一の美女といわれる山名さんの姿もあった。僕はその後ろ姿をずーっと見ていた。山名さんにだったら、殺されてもいいかも。
 気づくとすぐ背後で岡ちんが鼻の下を伸ばしている。
 「おい、岡ちん、何でれーっとしてんだよ。」
 「べ、別にぃ。」
 どうせ僕と同じ事を考えていたのだろう。
 「岡ちん、2組が手段を選ばずに来たぞ。彼女たちが僕たちを標的にしている以上、ここは一度退却してどこかに身を隠した方が良いんじゃないか。」
 「いや、こうなったら一瞬の隙をついて給食室に飛び込んだ方が良いと思う。」
 「それは危険すぎる。」
 「だけど、あの美女軍団はもはや無敵だよ。彼女たちが給食室で待ち伏せしていたらしょうがない。でもひょっとしたら誰もいないかもしれないじゃないか。」
 「おい、もしかして、あいつらのエロ攻撃で昇天したいとか思ってんじゃないだろうな。もう勝負をあきらめたのかよ!」
 「そうじゃないよ、だけどここで逃げたってどうにもならない。そういうお前は、あいつらを倒す作戦でもあるのかよ!」
 「そりゃ、出会ったらその瞬間終わりだとは思うけどさ。それでも希望はなくしたくないよ。最後まであきらめたくない。」
 「じゃあ、お前は逃げろよ。俺は行くぜ。」
 「勝手にしろ!」
 と言ったものの、二人とも立ち上がろうとはしなかった。
 「早く行けよ!」
 「お前こそ早く行けよ!」
 「僕は・・・ちょっと今は立てないんだよ。」
 「実は僕も。」
 その、なんというか、男の事情というか、座っているけどたっているというか。僕は思わず吹き出した。つられて岡ちんも笑い出した。そのうち大笑いになった。どこに敵が潜んでいるかわからないのに、そんなことは構わず、僕たちは笑い続けた。戦争を、一瞬だけど忘れた。
 僕はナニがおさまった頃合いを見て、教室を出た。
 「じゃあ、岡ちん。幸運を祈るぜ。」
 「ああ、山ちんも。」
 とりあえずは東階段の方に戻り、東側のトイレにこもる事にした。ここは意表をついて女子トイレに入った方が見つかりにくくて良いだろう。個室に入りしゃがみ込むと、大きなため息を吐いた。
 これからどうすればいいのだろう。敵はほぼ壊滅状態なのに、あんなイカサマにも等しい攻撃を繰り出してくるとは。山名さんのブルマ姿など、見た瞬間に前屈みの戦闘不能状態になってしまうだろう。見ただけで戦闘不能だぜ、どうやって戦えばいいんだ。
 なんだか今になって、岡ちんの方が正しい気がしてきた。どうせ勝てないなら、山名さんの体育着に包まれて絶命できれば本望だ。もしかするとそれはプレスタ3以上の価値があるのではないか。それに可能性が低いとはいえ、給食室がガラ空きというのも、無い話ではない。こんなところにこもっていても、もうどうしようもないのではないか。僕は個室を出た。壁には芳香スプレーが取り付けてある。脇本はもういないのだ。こんなものを持っていても、何もならないだろうな。
 「山ちん、山ちん。」
 僕を呼ぶ声がする。岡ちんか。
 「山ちん、どこだ。」
 僕はトイレを出て手を振る。
 「ここだ、ここ。」
 「山ちん、聞いてくれ、給食室がガラ空きだ。」
 「本当か!」
 「ああ、本当だ。それを山ちんに伝えたくて。」
 「わざわざ来てくれたのか。」
 「うん、いっしょに春雨スープ食おうよ。」
 岡ちん、なんてやつだ。僕は岡ちんの意見を拒否して、勝手にしろ、とまで言ったのだ。そんな僕に、いっしょに食おうと言ってくれるのだ。岡ちんの友情に涙が出そうになった。
 僕たちは小走りで、給食室を目指した。
 「うおおおお、本当に誰もいない!」
 僕は大はしゃぎで部屋に飛び込んだ。
 「やった、うずらの卵も取り放題だ。揚げパンも好きなだけ食える!なあ岡ちん。」
 振り返ると、岡ちんの姿が無い。
 「あれ、岡ちん、どこいった。」
 「やーばだー、おべえよくここばで生きてこれただ。」
 なんだ、この鼻詰まりの声は。
 「だれだ、出て来い!」
 「俺だよ。」
 背後から現われたのは3組の遊佐見だった。給食室の物陰からも3組の連中が現れた。なぜかみな鼻栓をしている。
 「遊佐見!お前がなぜここに。なぜ3組が生きてる。」
 「ははは、あばいぜおばえら。脇本を倒したくらいで勝った気にだって調子にどってるかららぜ。俺達2階で結構平和に過ごしてたんだぜ。お前らぼ、5組ぼ、俺達の事をいつでも潰せると思って油断しただ!」
 「2組は、2組はどうしたんだ。」
 「ああ、ブルマ軍団か。うちは女子ぼけっこう生き残っててら、女相手に悩殺は無理だからら、楽勝らったぜ。」
 なんてことだ、どうせ死ぬなら山名さんの胸の中で、と思っていたのに。
 「でも、なんで僕の居場所がわかったんだ。」
 「それはこういうことざ!」
 3組連中の背後から現われたのは、岡部だった。
 「岡ちん、おまえまさか!」
 「あいつが全部しゃべってくれたぜ。」
 「岡ちん、お前って奴は信じてたのに!」
 「だってさ、しょうがないよ。給食室は完全に制圧されててさ、降伏して仲間をおびき寄せたら、給食食わせてくれるって言うからさ。だって、春雨スープと揚げパンはゴールデンコンビだぜ、だからしょうがないよ」
 「ぐぬぬぬ、岡部てめえ!」
 「はははは、悲しいだ、友達に裏切られてよ。でぼこれが戦争だからら。」
 岡部が幸せそうな顔で、春雨スープをすすっている。僕の中に、怒りと憎しみが込み上げてきた。3組の連中も岡部もみんな殺してやる。
 「どうだ、お前ぼ降伏すれば給食を食わせてやるよ。」
 僕は腐れみかんを手で握り潰した。
 「あれ、降伏する気無いびたいだな。じゃあ、これを使うか。」
 遊佐見は箱の中から、体育着を取り出した。と同時に、鼻を突き刺す刺激臭。もうそれが、だれの体育着なのかはすぐにわかった。
 「脇本の体育着だ。あいつが倒された時は正直ビビったよ。だけどさ、よくよく考えてみれば、必要だのは脇本じゃだくて、脇本の臭いだぼんだ。あいつのワキガはすげえぜ、完全に服に臭いが移ってるぼんだ。」
 僕も正直、ここまで凄いとは思わなかった。これじゃ脇本暗殺作戦など、全くの無意味だったのだ。あの命懸けの行為はなんだったんだ。あの、4組の歓喜はなんだったというんだ。
 「さーて、能書はころへんりして、そろそろ死んでぼらうか。」
 僕の戦いはここまでなのか、だが、ただやられはしない。
 「・・・・・には死を。」
 「ああ、何だって。」
 「裏切り者には死を!」
 僕は腐れみかんを、岡部の眉間めがけて、怒りと憎しみを込めて投げた。みかんが彼の顔面に命中し、破裂したのが見えた。だがその直後、僕の視界を白いものが遮った。前から後ろから、脇本の体育着が迫ってくる。やがてそれは僕の顔面に押し付けられた。1枚だけじゃない、2枚、3枚と脇の部分が僕の顔に重ねられていった。呼吸のたびに鼻を刺激するそのにおいは、くさいを通り越して、痛かった。やがてその刺激は脳に達した。もう死ぬんだ。それがはっきりわかった。遠のく意識の中で見たものは、だた白、体育着の白。山名さんの体育着なら天国にも行けただろう。だが、脇本のなら生きているうちに地獄を味わう事ができる。もう、体は動かない。

 ワキガの体育着をかぶせられて悶死。それが僕の最期として記録された。

終戦
 あれから僕たちは何事も無かったかのように、学校へ通っている。いつものように授業を受け、いつものように少し退屈な毎日を過ごしていた。
 優勝したのは遊佐見だった。プレスタ3を手に入れた彼は満足そうだった。だが、その過程でクラスの友達との死闘があり、裏切りがあった。だから、せっかくプレスタ3を持っていても、一緒に遊ぶ友達もういないという。彼は一体、何を得たというのだろう。
 そして、それは僕も同じだった。昔からの親友を処刑し、クラスで一番の仲良しを腐臭まみれにしたのだ。もう、友達と呼べる存在はいなかった。僕だけじゃない。誰もが友達の鬼の形相を見た。裏切りにも遭った。だれもが、人を信じられなくなっていた。そして遊佐見以外は、だれもがみじめな死を体験したのだ。もう、クラスの雰囲気は戻らなかった。
 僕たちはもうすぐ卒業してしまう。多くのものを失ったまま。これでいいのか。このままでいいのか。僕はあれから岡部に一度も話かけていない。だけど、全てを失ったまま卒業するのだけはいやだった。僕は彼に歩み寄る。
 「なあ、岡ちん。」
 あだ名で呼ぶのにこんなに勇気が必要なのは初めてだった。
 「なに。」
 向こうもどこかぎこちない。
 「あのさ、今日、学校終わったら遊ばない?」
 岡ちんはしばらく沈黙していた。わずかにこちらを見ると。
 「いいよ。」
 とだけ言った。それ以上はお互い何も話せなかった。
 家に帰って、彼が来るのを待った。僕は仲直りしたかったが、でも、なんて言おう。その答えが出ないうちに、ドアチャイムが鳴った。岡ちんだった。
 「なあ、たまにはキャッチボールでもしないか。」
 岡ちんは不思議そうな顔でこちらを見た。僕が彼をキャッチボールに誘ったのは初めてだった。
 僕たちはグローブをはめて、近くの河川敷まで歩いた。適当な場所を見つけて、ボールを投げ始めた。仲直りの言葉は見つからなかった。ただ、彼の胸元をめがけてボールを投げた。彼も同じようにそうした。ボールがどれだけ行き交っても、二人とも声を発する事はなかった。
 陽はだいぶ傾いてきた。そろそろ帰らないといけない。でも、このままでは終われない。僕は勇気を振り絞って、声を出した。
 「あのさ・・・。」
 岡ちんは何も言わず、ただ次の言葉を待っていた。
 「僕と、もう一度、友達にならないか。」
 岡ちんはしばらく黙っていた。そして僕にボールを投げかえして言った。
 「何を言ってるんだ。」
 岡ちんは続けた。
 「山ちんと、友達じゃなかった事あったっけ。」
 僕は涙があふれそうになった。
 「何だよ、泣いてるのか?」
 「へっ、冗談じゃない。」
 僕は空を見上げてごまかした。そしてボールを力いっぱい投げた。空高く舞い上がったボールは、西日を浴びて、みずみずしいみかんの色に染まった。








今回の作品はいかかでしたか?
4のつく日を大幅に遅れてしまって申し訳ありませんでした。
コメントお待ちしております。






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