散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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優しい音   (2007/02/24)
 昼下がり、二階の自宅のキッチンで、かつんかつんと小気味良い音が響いた。正月に向けて黒豆を煮ながら、しいたけと野菜の煮しめや、ぶりの照り焼きを作っている。弟が春に結婚し、正月は年始の挨拶に来ると言う。客呼びに備えて、今年の正月料理は例年よりも下ごしらえに時間をかけた。
 年の瀬押し迫り世間は慌しいが、我が家のキッチンだけはゆっくりと時間が流れている気がする。父は階下の店で夕方の開店に向け、仕込みをしている。今日は良い牡蠣が入ったと言っていた。

 最近有り余る時間を持て余し、昔から趣味だった料理を再び始めた。仕事は辞めていた。連日の激務に体を壊したのは、公園通りの銀杏並木が色づき始めた頃だった。
 かつんかつん、と再びどこか暖かい音が響く。キッチンにはほんのりと黒豆の煮汁の甘い香りが漂っている。

 父が珍しく自宅のキッチンに顔を出し、少し驚いた顔で私を見ると、母さんかと思った、と照れ笑いを隠してすぐに背を向けキッチンを出ていった。一瞬意味が分からなかった。
 母には昔からいろいろな料理を教わった。きんぴらごぼう、かぼちゃの煮しめ、きりぼし大根、野菜と鶏肉の煮物、茶碗蒸し。和食ばかりでつまらない、と十代の頃は反発して、洋食レシピを自分で買ってきてせっせと挑戦していた時期もあった。
 幼い頃から両親の経営する階下の小料理屋は賑やかだった。こじんまりとした小さな料理屋は季節の野菜をふんだんに使った田舎料理を出していた。商売っ気のない両親の元には、自然と近所の学生やサラリーマンの常連が集まった。
 生活は楽ではなかったが、慎ましく家族が暮らせる収入に両親は満足していた。しかし私は昔から安定したサラリーマン家庭が羨ましく、大学に進学し、卒業後は上場企業の専門職に就いた。

 煮物の具の様子を見て、かつんかつんと、鍋の淵でさい箸の汁を払う。ふと、父がキッチンに顔を出し、母かと思った、と言った意味の謎が解けた。
 ああ、そうか。この懐かしい音は母の癖だ。煮崩れはしていないか、火の通りは均等か、母の目は優しく料理を見つめ、鍋の具の様子をさい箸で優しくつつき、最後に鍋の淵でさい箸に付いた汁を払うのだ。その音はいつも小気味良くキッチンに響いていた。かつんかつん、と。
私は料理が好きだった。出来上がる料理のイメージを描きながら、具材の下ごしらえをする。味付けをしながら、少しずつ調整していく。そして出来上がった料理を誰かと一緒に食べる。当たり前のそれがこの上ない楽しみであり、幸せだった。そして私にそれを教えてくれたのは父と母だった。

 一昨年の夏、母は突然の交通事故で他界した。公園通り沿いの自宅兼店舗を改装して半年しか経っていなかった。

 ふと、店のことを考える。父と母が私を育ててくれた店だ。慎ましくも楽しい家庭を築く糧であった店だ。
 すっかり一人きりの仕込みに慣れた父も年を重ねた。母が亡くなったときも、店は閉めない、と言い張った。一人で仕込みをする父の淋しい背中を見るのは忍びなかったが、この店は父と母の城だったのだ。父にとって店を閉めるということは、母との思い出すら無くすことだったのだと、最近になってようやく痛感した。
 コトコトと静かに煮える黒豆の様子を見ながら、母のように、この店を守っていこうかという思いが浮かんでは消え、再び浮かぶのだ。
 かつんかつん、とさい箸に付いた煮汁を鍋の淵で払う。知らず知らずに身についていた母と同じ癖。この音が母のもとにも届くだろうか、と願うように想った。キッチンに優しく、かつんかつん、という小気味良い音が再度響く。それはかつて家の中で響いていた、母が奏でるとても優しい音と同じだった。その音と共に、静かな年明けがゆっくりと近付いている。


                                                    了

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ハート咲ク   (2007/02/15)
今年もやってきたこの季節。
愛に飢えてる老若男女。
でっかいハートを咲かせるために。
さっそくお仕事開始です。



板チョコを細かく刻んで。
湯せんでとろとろになるまで溶かして。
でっかいハートの型に流し込んで。
固まるまで冷やして、型から取り出して。
まだよ。
まだ完成じゃないの。
さあ、ここからが大切な仕上げ!

このでっかい金づちで…。
パッキーン!!

もひとつ。
パッキーン!!

おまけにもひとつ。
パッキーン!!!


見るも無残なカケラたち。
きれいなハートはどこいった。
でもいいの。
もとをたどればでっかいハート。
『愛のカケラ』の完成です。


バラバラの一口大に砕いたチョコのカケラ。
きれいな紙に一つずつ包んで…。
最後にふっと息を吹きかければ。
さぁ、完成。
今年も『愛』を配りに参ります。


  ****


「よいしょっと」
それは、手のひらくらいの女の子。
茶色と赤のワンピース。
腕と足を元気に出して、でっかいでっかい袋を抱えました。
自分の背丈よりも何倍もでっかいその白い袋には、さっき作った、ちっちゃなチョコレートのカケラが入っています。
今日は2月14日。
一年に一回だけのお仕事。
愛を込めて作ったチョコレートを、これから配りに行くのです。
え?
まるでサンタクロースみたいって?
いえいえ、全然違いますよ。
だって、チョコレートをあげる相手は、小さな子どもではないのですから。
「さぁ、今年も行くわよ」
その手のひらサイズの女の子は、そう呟いて、白くてでっかい袋を抱え、愛に飢えた人間たちがざわめく街へと、ひらりと飛んでゆきました。


  ****


「うーん、今年もちっちゃなハートが多いわね」
街をふらっと一周しながら、女の子は言いました。
“ちっちゃなハート”とは、何のことを言っているのでしょう?
女の子の視線をよく見てみましょう。
空から見る人間たち……いろんな人がいます。
会社に行く男の人、自転車に乗るおばあちゃん、手を繋いで歩いてる親子、友だちと話してる女の子……。
みんな、胸の前に何か光っています。
赤いハートです。
ハート型のキラキラしたものが、みんなの胸の前にあります。
あ。
でも待ってください。
よく見ると、みんな、ハートの大きさが違います。
あの人はこぶし大くらい。
この人はドッジボールくらい。
その人は両手で抱えるくらいでっかいハートです。
「さぁ、ハートを咲かせに行きますか。待っててね。愛に飢えてるちっちゃなハートさんたち」
女の子が動き出しました。
小さな体で、速い速い。
目にも止まらぬ速さで、白い袋からチョコレートを出して、次々と配っていきます。
ん?でも全員に配っている……というわけではなさそうです。
どうやら、胸のハートがちっちゃな人たちだけに配っているようですね。
人間たちには、女の子の姿は見えていません。
あの人には机の上。
この人にはカバンの中。
その人にはズボンのポケットの中。
チョコレートを見つけたちっちゃなハートの持ち主は、その『愛のカケラ』をぱくっと口にします。
するとどうなるのでしょう?
あ、今、ちょうど女の子が、起きたばかりの大学生のところへ置いたみたいですね。
ちょっと様子を見てみましょう。
あらあら、この青年、なんとハートが親指大くらいしかありません。
よっぽど愛に飢えているのでしょうね。
さぁ、枕元に置いてある『愛のカケラ』に気づきました。
あくびをしながら包みを開けています。
なんのてらいもなく、『愛のカケラ』を口に放り込みます。
チョコレートの甘ーい香りが広がって、口の中でとろーりと溶けて……。
すると、彼の胸にあった、ちっちゃなハートが、ポンッと音を立てて、一回りでっかくなりました!
これがどうやら、彼女が言う「ハートが咲く」ということみたいですね。
そこに、電話がなりました。
なんと、別れた彼女からのようです。
何の話をしているのかまでは分かりませんが、嬉しそうな彼の顔を見ると、素敵なお話のようです。
なるほど。
手のひらサイズの女の子が『愛のカケラ』と呼ぶこのチョコレートには、ちっちゃくなってしまったハートを少しだけでっかくして、少しだけ愛を取り戻せる。
そんな不思議な力があるみたいです。


  ****


さて、街を一日中ひゅんひゅん飛んで、白くてでっかい袋の中身も、あとわずか…という時。
女の子の動きが止まりました。
「あーあ。消えそうなハートだわね」
視線の先には、30歳くらいのスーツ姿の男性です。
「しかたない、行ってやるか」
茶色と赤のワンピースの裾をひるがえし、女の子がひゅっと動きました。
「ねぇ、おじさん。そんなちっちゃなハートで、誰の愛に飢えてるの?」
突然、空から降ってきたそんな小さな姿に、男の人は目を丸くしました。
どうやら、彼には姿が見えるみたいです。
「え?君は誰?それに僕はまだ30歳だよ、おじさんはやめてくれよ」
ここは、その男の人が住んでいるアパートです。
ぐるっと見渡してみると、一人暮らしのようですが……?
「それは失礼。それにしても今日はハッピーなバレンタインだというのに、あなたのハート、消えそうよ?」
「僕のハート?消えそうって……そうか。実は僕は結婚していてね。今2歳になる男の子がいるんだよ。でも運悪く転勤で、可愛い盛りの時に、この通り単身赴任さ。妻からも最近は連絡もないし。バレンタインなんか、僕には関係ないよ」
「あら!一生独身みたいな顔してるのに、奥さんがいて男の子までいるの。じゃあ私も姿を変えてあげるわ。消えそうなハートの人だけ、特別サービスよ」
手のひらサイズの女の子は、そう言うと、ポポンッと音を立て、あっという間に姿を変えました。
おじさん…いえいえお兄さんの前には、かわいいかわいい5歳くらいの男の子がいます。
「へぇ!君がさっきのちっちゃな女の子かい? 変身までできるのか」
「へへ。すごいだろう?おじちゃんの子どもとどっちがかわいい?」
声や話し方まで、ちっちゃな男の子になっています。
「『お兄さん』。……君も確かに可愛いけれど、やっぱり僕の子の方が何倍もかわいいよ」
「ちぇ。まあ、いいや。ほら、おじちゃん、これあげる」
「『お兄…』ってもういいけど。ん?これは何?」
手のひらサイズの女の子が……おっと、今は普通の男の子ですが――でっかい袋からちっちゃな包みを取り出して、男の人に渡しました。
「いいから、食べてみなよ。『愛のカケラ』さ。ぼくからのプレゼントだよ」
彼はぱくっと口に放り込みました。
チョコレートの甘ーい香りが広がって、口の中でとろーりと溶けて……。
すると、彼の消えそうだった胸のハートが、ポンッと音を立てて、一回りでっかくなりました。
と同時に、玄関のチャイムが鳴りました。
「お届けものでーす」
見ると、その可愛らしい包み紙に、愛しい奥さんと、子どもの名前。
どうやら、さっきの『愛のカケラ』なんて、比べ物にならないくらい、でっかいチョコレートのようですね。
見事に、ハートが咲きました。



「やれやれ、素敵な奥さんで幸せ者ね」
また手のひらサイズに戻った女の子は、もう一度ひゅーんと街を飛んでいきます。
また一つ、『愛のカケラ』が白くでっかい袋からなくなりました。
でも、あと少し残っています。
「まだ、いるわね。消えそうなハートさん」
また、見つけたようです。
今度は一軒家の角の部屋に向かって、ひゅん、と飛んでいきました。
女の子は、窓から部屋に入りました。
さて、ここはどこでしょう?
「ちょっと!まだ夕方よ?寝るには早いんじゃない?」
狭い部屋のすみっこに、薄い布団をしいて、誰か寝ているようです。
突然のちっちゃな女の子の声にびっくりしたのか、ガバッと毛布をはいで、高校生くらいの男の子が顔を出しました。
「え?何?……っていうか誰?」
「『っていうか』あなたのハート、消えそうよ?寝てるくらいなら自分で愛を取り戻しなさいよ」
「消えそうなハート、だって?当たり前だろ。オレ、今日フラれたばっかりなんだぜ?」
「あらあら、こんなハッピーな日にお気の毒。じゃあ特別サービスよ」
手のひらサイズの女の子は、そう言うと、またポポンッと音を立てて、あっという間に姿を変えました。
そこには、三つ編みをした可愛らしい中学生くらいの女の子がちょこんと座っています。
「お前、でっかくもなれるのか。便利でいいな」
「そうよ。どう?可愛いでしょ。フラれたばかりのあなたの為に、可愛い女の子に姿を変えたの」
「まぁ、確かに可愛いけれど、オレ好みじゃないな。っていうかオレ、年下はキョーミないし」
「ま。フラれたばかりでなんてワガママなの。じゃあこれでどう?」
ポポンッ。
再び音を立てて、女の子は姿を変えました。
さっきちょこんと座っていたおさげの中学生が、今度は20代後半くらいの、真っ赤なワンピースを着たのオトナの女の人に変わっています。
ミニのスカートからすらっと伸びる足。
大きく開いた胸元からは、白い谷間がのぞいています。
「これで、どうかしら?これなら文句はないでしょ?」
うっとりした瞳で、男子高校生の顔を覗き込みます。
彼はびっくりした表情で、耳まで真っ赤になって、「はい」とだけ言いました。
「ふふ、大きな口をたたいてた割には照れ屋さんなのね。純な高校生って感じだわ」
くすくすと笑いながら、その女の子……いや、セクシーなオトナの女の人は、白くてでっかい袋から、ちっちゃな包みを一つ取り出しました。
「本当はここまでしないんだけど。反応が可愛かったから、大サービスよ。ほら『愛のカケラ』、食べなさい」
そう言うと、彼女は包みを開け、そのちっちゃな『愛のカケラ』を、赤い爪をした指でつまんで、男子高校生の口の中に放り込みました。
チョコレートの甘ーい香りが広がって、口の中でとろーりと溶けて……。
すると、男子高校生の消えそうだった胸のハートが、ポンッと音を立てて、一回りでっかくなりました。
同時に、メール受信を知らせる短い携帯の着信音。
画面をのぞくと、
【祝!バレンタイン♪かわいそうなキミにに合コンのお知らせ( '∇^*)^☆】
……どうやら、彼的には、これが愛のカタチのようですね。
見事に、ハートが咲きました。



「やれやれ、合コンで愛を取り戻せるなんてお手軽でいいわね」
また手のひらサイズに戻った女の子は、もう一度ひゅーんと街を飛んでいきます。
また一つ、『愛のカケラ』が白くてでっかい袋からなくなりました。
でも、あと少し残っています。
「まだ、いるわね。消えそうなハートさん」
また、見つけたようです。
今度は、街の端っこにある、ちっちゃなカフェに向かって、ひゅん、と飛んでいきました。
自動ドアをすっと開けて、店内に入り込みます。
街の端っこにあるカフェの、これまた端っこの席に、OLらしき30歳くらいの女の人が座っています。
どうやら一人のようですね。
「おねーさん。なぁ~に冷めたコーヒー片手に、店内のカップルを羨ましそうに見てるのよ」
突然のちっちゃな女の子の声にびっくりしたのか、その女性はコーヒーカップをがちゃんと置いて、目を丸くしました。
「え?あなた誰?それに私、別に羨ましそうに、なんてしてないわよ」
「ま、よく言うわね。さっきからずっと幸せそうなカップルばっかり眺めてるくせに」
「だって……世間はバレンタインで浮かれてるっていうのに、私は彼氏どころか好きな人すらいない。家に帰れば結婚はまだかって親がうるさいし…。今日はずっとここにいるわ」
「あらあら、消えそうなハートはそのためか。じゃあ私も付き合ってあげる」
手のひらサイズの女の子は、そう言うと、またポポンッと音を立てて、あっという間に姿を変えました。
今度は、その目の前にいる女の人と同じような年代で、同じような格好をした女性に姿を変えました。
「きゃ。あなた、でっかくもなれるのね。しかもちゃっかりコーヒー片手に座ってるし」
「そうよ。あなたの年恰好を真似てみたの。私のコーヒーは熱々だけどね」
「でも、なんか懐かしい、こういう感じ。友だちとカフェでおしゃべり、なんてこともすっかりなくなっちゃったから」
「『まあね。このくらいの歳になると、友達はみんな結婚しちゃって、中には子どもまでいたりして。会社はだんだん居づらくなってくるし……』でしょ?」
言いながら、その手のひらサイズの女の子……いや、今はOLでしょうか、湯気のたつコーヒーを一口すすりました。
「何もバレンタインは男性だけのもの、とは限らないわ。あなたの消えそうなハート、私がなんとかしてあげる」
「私のハート、消えそうなの?それはいやだわ。愛が欲しいもの」
「分かってるわよ。ほら、これ。『愛のカケラ』プレゼント」
女の人は渡されたちっちゃな包みを開けて、ぱくっと口の中に放り込みました。
チョコレートの甘ーい香りが広がって、口の中でとろーりと溶けて……。
すると、彼女の消えそうだった胸のハートが、ポンッと音を立てて、一回りでっかくなりました。
同時に、向こうから、ウエイターの格好をした男の人が近寄ってきました。
そして小声で彼女に話しかけます。
「あの、よく、この席に座ってますよね」
どうやら、思いがけないところに愛はあったみたいです。
見事にハートが咲きました。



「カフェで出会うなんて、ちょっとステキじゃない」
また手のひらサイズに戻った女の子は、もう一度ひゅーんと街を飛んでいきます。
また一つ、『愛のカケラ』が白くてでっかい袋からなくなりました。
おや?
その袋の中をよーく覗き込んでみると……残る『愛のカケラ』はあと一つとなりました。
「あと一つ!もうすぐ今年のお仕事も終わりだわ。さぁ誰にあげようかな?」
ビルの屋上の手すりにちょんと乗っかって、街全体をぐるっと見渡しました。
「よし、決めた!あの人にしよう」
そう言うと、また消えそうなハートの持ち主のところへと、ひゅん、と飛んでいきました。
辺りはもう暗くなる時間です。
街中にも人が少しずつ減り、家路に着く人たちが増えてきました。
最後の一人も、そんな人のようです。
暗くて狭い路地裏に、スーツでとぼとぼ歩く寂しそうな後ろ姿を見つけました。
「おじさん、だいぶお疲れのようね。もう、いい大人だってのに、そんな背中丸めて歩いててどうするのよ。」
突然のちっちゃな女の子の声にびっくりしたのか、その50歳くらいのおじさんは足をとめて、目を丸くしました。
「え?いきなり何だ?君は?」
「これから家に帰るんでしょ?もうちょっと楽しそうにしなさいよ。ハートも今までの人の中で一番見えにくいわ」
「ハートが見えにくい?……ああ、そうかもしれないなぁ。今の私には愛なんて無縁だから」
「寂しいこと言うわね。その歳じゃ家族もいるでしょ?子どもだって」
「いるさ。口もきいてくれない高校生の娘がね」
「女子高生か。難しい年頃だものね。しかたない、じゃあ特別にこんなのはどう?」
そう言うと、その手のひらサイズの女の子は、ポポンッと音を立てて、あっという間に姿を変えました。
そして、そのおじさんの前に現れた姿はというと……。
「どう?ぴっちぴちの女子高生よ。おじさんのムスメっていうのも、こんな感じ?」
「おっと。君はでっかくもなれるんだな。見事な変身っぷりだ。でも、うちの娘はそんな純粋でいい子そうな高校生じゃないよ」
なるほど、確かに目の前に現れた女子高生は、制服もきちっと着ているし、髪の毛も上品な黒だし、スカートの丈も、きちんと膝まであります。
「ふぅん、ってことはギャルちっくな感じか。そりゃお父さん苦労しそうだわ。もう一回変身し直してもいいけど、他の人に変な目で見られそうだから、ここではやめとくわ」
「うん、そうしてくれ。外でまであんなのは見たくないよ」
「ずいぶんな言いようね。ま、いいわ。はい、これあげる。『愛のカケラ』よ」
「『愛のカケラ』?なんだいそれ」
目の前の女子高生から差し出された、ちっちゃな包み。
「いいから食べてみてよ。少しだけ愛が手に入って、ハートがでっかくなるわよ」
「『愛が手に入る』?あぁ、今日はバレンタインか。チョコだったら私はけっこうだよ。今さら愛なんて欲しくないんだ」
「なんですって?愛がいらないって言うの?」
「ああ、そうだ。もう疲れたんだよ。娘だけじゃなくて、妻ともどんどん疎遠になっていく。家族とはほとんど口をきいていない。『愛』のおかげで余計な会話が増えるより、私は今の生活でいいんだよ」
そのおじさんはそこまで言うと、また同じようにとぼとぼと、歩き始めました。
女の子は焦りました。
おじさんの後に続きます。
「ちょ、ちょっと待ってよ。この『愛のカケラ』をあなたが受け取ってくれないと、私は今年の仕事が終わらないのよ」
「じゃあ他の人にやってくれ。私より『愛』に飢えている人たちなんて、他にいっぱいいるだろう」
「んもう!それじゃ私の気が済まないわ。私からの『愛のカケラ』を受け取らないなんてあなたが初めてよ。どうしても受け取ってもらうから」
女の子は道をふさぐように、ぐいっとおじさんの前に出ました。
おじさんはふぅっとため息をつきました。
「君はさっきから『愛のカケラ』と言っているが、一つ聞いていいかい?なぜ『カケラ』なんだ?どうやら君は私みたいにハートがちっちゃな人たちに『愛』を配っているようだけど、そんな意味のないこと。だったらそんな『カケラ』じゃなくて、きちんとしたハートの形のチョコレートを配ればいだろう。どうせだったら完全な『愛』をくれないか」
そこまで聞いた女の子、少し顔つきが変わりました。
両の拳がぐーになっています。
「『意味のない』ですって?あなたこそ何も分かってないわ。『愛』で作った完全なハート型のチョコレートを私が与えてしまったら、本当の『愛』は誰から与えられるの?『愛』は絶対に身近にあるものよ。みんなそれに気づいてないだけ。私がわざわざ『カケラ』をあげるのは、それに気づいて欲しいからよ。『カケラ』は単なるきっかけにすぎないわ」
「ふうん。なるほど。でも私はやっぱりいらないよ。今さら『愛』なんて必要ないからね。それに私にきっかけをくれても、きっと身近に『愛』なんてないよ」
「ウソよ、そんなの。『愛』がないなんて人、いるわけがないわ」
「どうしてそんなこと、言い切れるんだい?」
「だって」
そこで女の子は、一度言葉を切りました。
そして、彼の胸を指差し、強い口調で続けます。
「だって、あなたのハート、まだ光ってるもの」
おじさんははっとしたように、その女の子の指先を見ます。
見えないはずの赤いハート。
ここにあるはずの、光るハート。
「すっごくちっちゃいけれど。すっごく弱々しいけれど。ハートがある以上、『愛』はあるのよ。そしてそれをでっかくできるかどうかは、その人次第なの。このままだとおじさんのハート、本当にいつか消えてなくなってしまいそう」
女の子の、必死で真っ直ぐな言葉が伝わったのでしょうか。
おじさんの表情も、少し明るくなりました。
さっきまでは微塵も見られなかった笑顔が、ちらりと見えるようになったのです。
「……ありがとう。私も歳をとったものだ。人の言葉が素直に聞けなくなっている。娘と同じ年頃の君に諭されるとは、思っても見なかったよ」
女の子の本当の年齢は、もっとずっとずっと、おじさんよりずーーーーっと上だけれど、それは言いませんでした。
「それ」
さっきからずっと差し出されていたちっちゃな『愛のカケラ』を、おじさんが見つめました。
「食べてくれるのね?」
嬉しそうに女の子が言いました。
「うん、でも一つお願いがあるんだ。この『愛のカケラ』、『愛』じゃなくて、『勇気のカケラ』に変えられるかい?」
それは、とても意外なお願いでした。
でも、そのおじさんの顔がすごく優しくて、女の子は首を縦に振りました。
「……できるわ。でも、『愛のカケラ』よりも、もっともっとちっちゃなカケラになるけど、それでもいい?」
「もちろんだよ。ありがとう」
「でもどうして『勇気』なの?『愛』でいいじゃない」
「君が言ったじゃないか。『愛』がない人なんていない。それに気づいてないだけなんだって。だから私は家族の『愛』を確かめてみようと思う。今日、思い切って話しかけてみるよ。でも、それには少しだけ『勇気』が必要だ。私の『愛』のために、ちょっとだけ手助けを頼むよ」
「分かったわ。じゃあ」
女の子はうなずくと、手にしていた『愛のカケラ』に、強く息を吹きかけました。
すると、ポポポンッと音がして、中のチョコレートが、少しだけ姿を変えました。
見ると、ちっちゃなアーモンドのカケラが上にちょこんと乗っています。
「チョコレートには、何も入ってないわ。ただのチョコレートよ。そのアーモンドのカケラが、『勇気のカケラ』」
もう一度、女の子は両手を差し出しました。
ちっちゃな手のひらに、ちっちゃなチョコレートが乗っています。
そのちっちゃなカケラを、おじさんはぱくっと口の中に放りこみました。
「ありがとう」
おじさんはそれだけ言うと、また、元の道をまっすぐ歩き出しました。
出会う前のような、丸い背中ではありません。
明日になれば、消えそうだった赤いハートも、きっと、見違えるほど、でっかく光っていることでしょう。
『愛』がない、なんて人はいないのですから。


  ****


女の子は、また手のひらサイズに戻って、空になった白くでっかい袋を抱えて、高く高く飛んで行きました。
どこに行ったのかは、わかりません。
でも、きっとまた来年、この街に現れるはずです。
ちっちゃな『愛のカケラ』を配りに。
そして、でっかいハートを咲かせるために。





今年、あなたの元に、『愛のカケラ』は届きましたか?

届いていない人、なぜかって?

それはきっと、あなたの身近に『愛』があるからですよ。


鬼が来たりて餅を食う 【前篇・中篇】   (2007/02/05)
【前篇】

節分での豆まきという行事は、日本ならではの行事だと言える。そもそも“鬼”という存在は、日本と海外(というか中国)とでは扱いも存在意義も違うわけで、その“鬼”を追い払い、新しく始まる一年(暦上では立春の前日、つまり春に変わる前日に豆まきは行われる。春夏秋冬が新しく始まる前日、という位置付けなのだ)の無病息災を願うための豆まきは、日本独特と言っても過言ではないだろう。
「鬼は~外~! 福は~内~!」という掛け声はあまりにも有名で、かつ「撒いた豆を自分の歳の数より一つ多く食べると身体が丈夫になり風邪をひかない」といった習わしも伝えられている。子供にとっては夢中になる行事の一つであり、誰でも幼き頃に興奮しながら鬼の面を被った大人(多くの場合は幼稚園や小学校の先生や親戚のおじさんが多かった)を追い掛け、豆をぶつけた思い出があるのではないだろうか。

近年では、これまでの節分で恒例だった福豆などといった豆類の他、「恵方巻」なる寿司も登場し、店頭を賑わせているが、この「恵方巻」、実は一地方(一説には大阪の商人?)のみのものだったものを、某大手のコンビニが全国展開し、現在のように人気が出たという。
伝統行事も今では商品戦略によって左右されるというのも、よくよく考えてみると面白くもあり、寂しくもある。

さて、2月3日には全国各地で節分祭が催されており、大きな神社などでは芸能人やスポーツ選手、国会議員など有名人をゲストに迎え、イベント化されているが、筆者が一昨年に偶然遭遇した筑波のお祭りも、強烈な印象を筆者に与えた。


その日、偶然にも筑波の友人を訪ねた筆者は、「ちょっくら山に登るか!」と軽い気持ちでその友人と共につくば山への登頂を開始。男体山、女体山などの名所を見学し、山を下りていたのであるが、その際に通りがかった神社にて、節分祭が催されることを知り、せっかくだから参加してみようと、開催時刻まで境内で待つことにした。

開始時刻が近づくにつれ、境内には所狭しと地元の住民が集まってきた。神社が似合う老夫婦もいれば、動物園などに居そうなファミリー(小さい子供が父親に肩車をしてもらっているような、典型的な家族連れ)、およそ神社には不釣り合いな地元のヤンキーの姿も見える。その光景に、我々も興奮しつつ始まりの時刻を今か今かと待っていたのだが、ふと友人があることに気付いた。
何故か皆、ビニール袋や段ボール箱といったものを手に携えているのである。それこそ老夫婦からヤンキーまで、皆手にしているではないか。いったい何故?

訳の分からぬ我々二人をまるで取り囲むかのように、周囲の人垣はどんどん増え、そして開始時刻も刻一刻と近づいていく。そして遂に開始時刻を迎え、神社の壇上にはつくば市の市長及び市議会議員、神主、地元のゲストなど10名近くの人々が紋付き袴で位置に着いている。
司会のおじさんの掛け声と共に、遂に祭りが始まった。そしてその刹那、我々は皆が手に持つ意味を知ったのだった。

「それでははじめ!」

開始の合図が会場にこだますると、壇上の人々(以下、便宜上“豆撒き人”と記す)が境内の人混みに向かって物を投げ込み始めた。
「鬼は外、福は内」なんて掛け声をしていたのもつかの間、境内の観客からの「こっちに投げて!」「市長、こっちこっち!」などという声に触発されたのか、豆撒き人達は声のする方に向かって懸命に物を投げ入れる。そしてその投げ入れられた物を、観客は手にしたビニール袋や段ボール箱を上空にかざし、玉入れの容量でうまくキャッチしていく。
肩車をした子供を使い、より高いところを位置取りした父親は、周りから「卑怯だぞ」と罵倒され、開始前までは涼しい顔で佇んでいた化粧がバッチリ決まったお嬢さんは、髪を振り乱しておばさん達と取り合いをしている。おばさんも負けじと奇声を発しながら奪い合う。さながら漫画のバーゲンのワンシーンのようであるが、場所は神社の境内で、上から降ってくる物は、カップラーメンやら駄菓子やら餅やら、ワンコイン出せばどこでも買えるような物ばかり。

それなのに周りの人々ときたら、あたかも小判をばらまく鼠小僧に群がる町民のように、必死になって取り合っている。

あまりの光景に呆然とした筆者に、杖をついた老人が倒れかかってきた。必死に抱きかかえ救出する筆者。まさかライブのモッシュで培った救出法を、神社の境内でしかも老人に対して使うことになるとは。人生いつ何が役に立つかなんてわからないものだ。そう感慨に耽る間もなく、せっかく救出された老人は、またも人混みの中へ、自らの意志で飛び込んでいった。

ある意味「阿鼻叫喚」のような光景を目の当たりにし、我々は呆然と立ちつくすものの、後からは人の波が途切れることなく押し寄せる。とそこへ議員の投げたチャルメララーメンの袋がふわふわとまるで舞い落ちるかの如く飛んでくる。ふと気付くと、伸ばした手でラーメンを掴んでいた。反射神経と言うべきか、周りに影響されて必死になってしまったと言うべきか、かくして筆者も一つめの成果物を手にすると、何故かその後も駄菓子や餅を取ることが出来、なんだかんだで終了時には友人と合わせ5つほどの食料品を獲得していた。

「止め~!」という司会の言葉が会場に響くと、周りの人々はようやく我に返ったかのように一瞬動きを止めると、すぐに楽しげな顔を浮かべた。それまでの必死な顔(人によっては鬼のような形相だった)がまるで嘘のようだ。そしてついさっきまで押し合いへし合い、喧嘩の如く振る舞っていた隣人達と、「いやぁ今年も楽しかったわねぇ」と和気藹々と会話をしている。
そうなのだ、地元の人々にとっては、このイベントこそ“お祭り”なのだ。年に一度、地元の人々が一体化して皆で楽しむ。そんなイベントだったのだ。

そう理解した我々は、「よそ者は早めにおいとまするか」と思い立ち、足早にその場を立ち去って山を下りたのだが、あのある意味想像を絶する光景と、物を獲得した瞬間の周りからの殺気だった目線(老人のガン飛ばしを初めて経験した)は、未だ忘れられず、今でも節分で豆撒きをしている光景がテレビなどで放送されていると、その出来事を思い出すのだった。
体験してみたい方は是非、節分の日につくば山の神社へ足を運んで欲しいものだ。


このように、場所によっては節分の豆撒きがイベント化していたりする。特殊な祭りという点では、例えば埼玉にある鬼鎮神社など鬼にまつわる場所だと「鬼は外」ではなく「鬼は内」という掛け声になり、浅草や祇園などでは「お化け」と呼ばれるコスプレが披露される。その場所、その場所で様々な楽しみ方、過ごし方が出来るのも、豆撒きのユニークな点なのかもしれない。

とここまで、「節分の豆撒き」という題材で筆者の経験談も含め、つらつらと書いてきたが、最も興味深い文献が手元にある。
それは、筆者の恩師でもある、民俗学者・蓮見礼次先生が沖縄のとある地方における風習・風俗と、それにまつわる事件を書き綴ったノートだった。


【中篇】

私がその島を訪れるきっかけとなったのは、私の講義を受講している学生・宮良くんの興味深い話だった。宮良くんは、節分にまつわる日本の習俗についての講義の後、地元の島で行われる節分の祭り(宮良くんは「儀礼」という言葉を使ったのであるが)について話してくれたのだ。その話を聞き興味を覚えた私は、今年その祭りに参加するために島へ戻るという宮良くんの言葉に甘え、その島を訪れることにしたのだった。

宮古島と石垣島のちょうど真ん中辺りに位置するその島に着いたのは、2月2日のことであった。フェリーで小さな漁港に降り立つと、宮良くんが私を出迎えてくれた。節分祭は明日ではあるが、その前に島のことを調査しようと、私は一日早くこの島を訪れたのだ。さっそく私は宮良くんに連れられ、宮良くんの実家へお邪魔した。今晩は宮良くんとそのご家族のご厚意で、宿泊させていただくことになっていた。

そして私は、件の祭りに詳しいという宮良くんの祖父から話を聞くことにしたのだった。

齢90歳を数えるというそのご老人の話は、私にとって非常に興味深いものだった。そもそも沖縄の習俗として「節分」というものは無いので、その節分祭があるだけでも興味深いものだが、祭りの中身やその言い伝えから推測するに、沖縄の島々の習俗を紐解く上で重要な手がかりがあるのではないかという気がしてきたのだ。その話とは、このような内容であった。


立春の前日に、「節分祭」を行う。ムークイと呼ばれるその「節分祭」は、ニライカナイ(沖縄の方言で桃源郷のこと)へと続くと言われる島の南東の浜より、鬼の付き人役(=ムントゥと呼ばれる)が列を作り、目に見えぬ鬼の神を手招きする踊りを踊りながら島の中心部にある御嶽(ウタキ。沖縄の聖域)まで行進する。島民はそのムントゥの行列の横について歩き、島民のほとんどはその一行と行動を共にする。ムントゥは体中を藁で覆い、その藁に泥を塗りたくり、顔には異形の面を被ってガジュマルの樹で拵えた杖を持つ。
中心部の御嶽まで進んだ後、ムントゥ達は浜から招いた鬼の神を大岩の上に座らせ、その周りを円を描きながら踊る。踊りを終えたムントゥは、御嶽に集まった島民達を、手に持った杖で一人ずつ小突き、そして身体の泥を塗りつけながらまた踊り続ける。
その一連の流れが終われば、ノロ(神女)役が大岩の台座に月桃の葉で蒸した餅を捧げ、舞いを披露し、その後は島民で歌を歌い締めくくる。これがムークイの中心となる一連の儀式である。
この儀式が終われば、ムントゥは島内を歩き回り、家々の家門に泥をつけていく。時には家畜や作物をも泥で汚しながら、島内を一周し、来た場所である南東の浜まで戻り、最後は進めるところまで沖に向かって歩きながらムントゥ達は身につけている藁と面、杖を海へと流す。その頃になると夕刻で、真っ赤な夕日を背にしながら沖へと流した品々が見えなくなるまで島民は見送り、最後に鬼に供えた餅を皆で食べ、祭りを終える。
この祭りムークイは島の平和と豊年、無病息災を願い毎年行われるもので、中でも50年に一度は大祭を行い、島を挙げて行うと決められているという



宮良老人の話によれば、ちょうど今年が50年に一度の大祭であり、そのためにわざわざ宮良くんも帰省させ、祭りに参加させるのだという。
老人の記憶では物心がついたころからムークイは行われており、戦時中に一度中止した以外は毎年必ず行ってきたといい、年に一度、島を上げての行事となるため、過疎化が進むこの島にも、一時的に活気が戻るのが、現在のムークイの意義でもあると、老人は宮良くんの顔を見ながらしみじみと語ってくれた。

「先生、やはりこの祭りは特殊なものなのでしょうか?」
宮良くんの問いに、私はうなずく。老人との会話を終え、私は宮良くんに島を案内して貰っていた。
「私が思うに、この島の習俗はかなり特殊なのではないだろうか。老人から聞いた内容を踏まえると、この島の周りにある島々、宮古島や石垣島の祭りの影響も受けていると言えるし、『節分祭』という考え方自体は本州の考え方だと言える。この祭りがいったいいつ、どのようにして始まったのか、非常に興味ぶかいところだよ」
「宮古島と石垣島の影響といいますと、アカマタなどの来訪神やパーントゥなどでしょうか?」
「そうだねえ、アカマタ、クロマタ、シロマタといえば西表島に訪れる来訪神だけれど、異形の面を被り村々を回るというのは共通しているね。石垣島にもマユンガナスと呼ばれるニライカナイからやってくる神がいて、面は被っていないけれど大きな杖を持っている。宮古島のパーントゥは仮面を被って泥を塗り、シイノキカズラを体中に巻き付けて化けるのだから、ムントゥと瓜二つと言っていいんじゃないだろうか。家や通行人に泥を付けて「役祓い」とするのも、共通していると言えるね。ただ一つ異質なのが、“鬼”という存在の扱いなんだ」

我々は、祭りで鬼を招き入れる御嶽に到着した。御嶽の側には、巨大な岩がその存在感を示している。おそらくその岩は、数百年前にこの一帯を襲った「明和の大津波」で島の中心部まで打ち上げられたのだろう。「明和の大津波」では、この周辺の島々のほとんどは、津波に飲み込まれ、当時大勢の被害者が出たというのは、琉球の歴史の中の一頁である。
岩は風化し、崩れ落ちるかのような部分もあるものの、その大きさから見れば微々たる物で、碁石状の形の上に、座した鬼の姿を容易に想像させるような神々しさも持ち合わせていた。ムークイではこの岩と御嶽の周りを島民で囲み、舞いや餅を捧げるのだろう。

その岩を眺めながらも、私と宮良くんは会話を続ける。
「確か、沖縄には鬼を神として崇める習俗は無いんでしたね」
「そうなんだ。沖縄に、というよりも日本全部を見渡してみてもほとんど無いからね。昔から日本人にとって“鬼”という存在は、忌み嫌う存在だというのが定説なんだ。沖縄でも鬼にまつわる民話は残されているものの、神として崇めるどころか、神の使いとしてもその存在はないし、逆に人を食う恐ろしい存在として伝えられているからね。今でも本島に慣習として残っている“ムーチー(鬼餅)”の逸話がそうだよ」
「そういえばムーチーとの共通項もムークイにはありますね。“鬼”と“餅”の組み合わせで、供える餅も月桃の葉で蒸していますし」
「そう、この島は近隣の宮古、八重山地方どころか、沖縄本島の習俗をも影響として受けているんだ。そこがやはり私には異質に思えるんだよ」
「僕は幼い頃からこの祭りを見て育ったもので、特異性にはなかなか気付かなかったのですが、先生の講義で沖縄には節分祭が無いと知り、興味を持ったのです。ちょうど祖父からの頼みでもあったので、思い切って今年の祭りに参加することにしたものの、いざ参加するとなるとなかなか難しいものですね」
「宮良くんは確かムントゥとして参加するんだったね。ムントゥはこの祭りの重要な役割を担っているわけだから、有意義なことだと思うよ」
「そうですね、これまで簡単ながらも指導を受けましたし、本番は明日ですから、良い経験だと思って楽しみたいものです」

御嶽と大岩を後にした我々は、ニライカナイへと続くと伝えられている南東の浜へと向かった。しかしそこで私は、残念な光景を目の当たりにしたのだった。それは、一人の民俗学者として、決して容認できぬような光景だった。

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学



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