散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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    某サークル六代目総長

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クローバ   (2007/01/24)
 不思議な場所を歩いていた。身長の倍くらいの高さがあるガラスケースがいくつも並んでいた。私はそのガラスケースの間を、縫うように歩いていた。なぜだろう、ここはどこなのか、という疑問はわかなかった。いつもの道を歩いているような感覚だった。
 ひとつのガラスケースに目をやる。中には古びた木造家屋が。屋根には大きな看板。左右の端にはチョコレートが描いてある。その間に大きく「クローバ」の文字。ああ、近所の駄菓子屋じゃないか。そこへ幼い頃の私がやってきた。外に置いてある冷凍庫から、あんずアイスの箱を取り出して店の中へ入って行く。なんだよ、ガキのくせに箱買いか。
 隣りのガラスケースを見てみる。こちらもクローバの風景だ。今度は友達と一緒に買いに来ている。
「ねえ、もしかして賞味期限切れたの売ってたりするんじゃないの?」
 その友達はずいぶんときつい質問をしている。店のおばさんはむきになって答える。
「古くなったのは全部私が食べちゃうんだから、店には古い物はないの!」
 納得できるようなできないような答えだが、あの頃そうやってなんとなく丸め込まれたのを憶えている。
 向かいのガラスケースもクローバだ。買いに来る私もずいぶんと大きくなっている。高校の頃だろうか。しかし、店の奥から出てきたおばさんは全然老けていない。若い頃から老け顔だったのだろうけど、10年近く経っていることを考えれば、これは超人的だ。あのおばさん、実はサイボーグだったのだろう。
 別のガラスケースはどうだ。なんと、クローバに車が突っ込んでいる!店の入口は完全に破壊されている。おばさんは無事か。おお、店の脇で「うーん、これは困ったわ」という表情で立っている。さすが、このくらいのことでやられるサイボーグではない。
 他にも、遠足のお菓子を買いに来た時の私や、うまい棒を全種類買ってホクホク顔になっている私、歯医者からの帰り道で、詰め物をしたばかりなのに肉まんを買い食いしている私など、ここのガラスケースにはクローバにまつわる思い出が詰まっていた。ひとつひとつ時間をかけて、じっくりと見てまわった。どれもこれも懐かしい。
 ただ、ひとつだけ、違うものがあった。そのガラスケースはまったくの空っぽだったのだ。これは一体・・・。
 突然鳴り響く電子音のアラーム。混乱する私の視界に飛び込んできたのは見慣れた自分の部屋。携帯電話の目覚しが鳴っている。おぼつかない手つきでアラームを止める。静寂の中、しばし茫然とする。北側の窓からわずかに射し込む西陽。ええと、自分はいま社会人で、今日は夕方から出勤。ああそうか、さっきのは夢か。なんだか頭の中ごちゃごちゃだ。
 軽い食事を済まし、スーツに着替える。そういえば最近はクローバに行ってないな。さすがに三十近くにもなると、子供に混じって駄菓子は買えない。でも、もしかしたら「最近来ないじゃないか」とクローバが催促しているのかもしれない。そんな気がしたから、会社に行く途中で寄ってみることにした。
 店に着くと、日曜日でもないのに閉まっている。ガラズ戸に貼り紙がしてあった。
「このたび店を閉めることになりました。四十年の永きにわたりご愛顧いただきまして、誠にありがとうございました。」
 クローバが、閉店。しばらく動けなかった。店を閉めたなんて・・・。

 駅までの道のり、私は考えていた。いつまでも変わらないものはない。それなのに自分は、今と同じ暮らし、今日と同じ明日がいつまでも続くと勘違いしていた。だから最後に菓子を買ってあげることもできなかった。おばさんにあいさつをすることもできなかった。そうか、だからあんな夢を見たんだな。きっとクローバが、私の夢の中に挨拶に来てくれたんだな。馬鹿げているかもしれないが、そう思ってもいいよね。
 そして、あの空っぽのガラスケースにはきっと、店の前で寂しそうに佇む私の後ろ姿が収められたのだろう。




今回の作品はいかかでしたか?
コメントもお待ちしております。



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文体練習おまけ   (2007/01/14)
文体練習』自注

       と

本家『文体練習』との比較

      です。

 いずれも本編脱稿後に書いてそのままお蔵入りにしていましたが、今さらながら掲載します。
[続きを読む]

祝祭<P助>   (2007/01/05)
廃墟と化した街並みは、これ以上、どれほどの黒い雨に打たれてもその姿を変えることはないだろう。
空には低く灰色の雲がたれこめ、何時やむとも知れない雨は、砕けたアスファルトの地面に汚れた水たまりを作っている。

さほど驚くこともない、いつもの風景だ。
もう五十年も前、世界は滅びた。
都市も自然も、ビルも花も失われてしまった。
夢も希望も、神も奇跡もない。
あるのはただ、残骸となったコンクリートに見えない放射能だけ。
世界中にどれだけの人間が、………いや、どれだけの生物が生き残っているだろうか。

あの陰惨な戦争の爪痕は未だに消えはしない。
各国に落とされた核爆弾は人々から子孫を残すという機能を奪い、細菌兵器によって汚染された水は人々に得体の知れない病気をもたらした。
為すすべもなく死んでゆく、人、動物、植物……。
それまで戦争を楽しんでいた人々が、自分たちの愚かさに気付いたときにはもう遅かった。
既に彼等の目前にも死が迫っていたのだ。
戦争からは生き残っていた人々も、戦争の残した毒によって、ほとんど死んでしまった。

しかし、戦争から十年ほどが過ぎたある日、人々は皆自分たちの目を疑った。
それまで決して晴れることの無かった灰色の雲が、一日だけ、すっきりと晴れ渡ったのだ。
人々はその太陽の姿に喚起し、狂ったように祈りを捧げた。
人々は思った。いや、思いたかった。
これは奇跡の前触れに違いないと。

太陽は一日でまた雲の中に隠れてしまったが、それからは毎年その一日だけ、太陽が顔を見せるようになった。
生き残っていた人々はその日を祭りとし、必死に人類存亡を願った。
しかし。
その願いは叶わぬまま、一人また一人と死んでゆく。

そうして祈りを捧げながら四十年。
ここは廃墟と化した街の、とある教会。
私はもう立つ気力もなくベッドに横たわっている。
一体、毎年現れるあの太陽は何を表しているのだろうか。
おそらく人類はおろか、もう数年もたてば、地球上の全ての生物が死滅するだろう。
私は、教会の窓から天を仰いだ。
すると、今まで空を覆っていた灰色の雲が、瞬く間に晴れていく。
そうか、今日は祭りの日だ。

私は最後の気力を振り絞り、教会を出る。
暖かい日の光が私の体全体に降り注ぐ。なんと心地よいのだろう。
しかしすぐに私はあたりの異変に気がついた。
祭りの日だというのに、他の人間が出てこないのだ。
そうか……。もう、私一人になってしまったか。
私は最後の人類になってしまった。
ついに、願いは成就しなかった。
私の体から全ての力が抜けていくのが分かった。
どさりと、地面に倒れ込む。
人類の歴史ももう、これでおしまいか…。
だが祭りの日に終わるのなら悪くない。

その時、私の閉じようとする瞳は、最後にあるものをとらえた。
砕けたアスファルトから垣間見える土の大地、そしてそこには…青々とした小さな双葉が開いていた。
その瞬間、私は全てを理解した。
母なる地球を汚した人間。
私達が滅びたのは、戦争のせいではない。
地球を自分たちだけのものと誤解し、大いなる罪を重ね続けた人間。
その罪を償わなければならなかったのだ。
人類が、母の肥料となることで…。
滅びと再生。
年に一度の太陽は人間などにではなく、地球と、そこに芽生える新しい生命への…祝祭だったのだ。

霞んだ目に映る緑色の命は、優しい風にゆっくりとそよいでいた。






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あけましておめでとうございます。
アップロードが遅くなり申し訳ありませんでした。
すっかり忘れていたとかいやそんなことはもがもがが。。。。。。

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今年もちりぶみを是非よろしくお願い致します^^

テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学



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