散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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    週刊とりぶみ


    ナチュレ
    [プロフィール作成中...]


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    沖縄出身ゴールデンルーキー

    某サークル六代目総長

    しがないサラリーマン
    ~順調にジョブチェンジ中!~
    (HP:気分は下克城!!
    See-Saa Night Fever!!


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    イシカワ マキ
    長野市在住。



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柔らかな風景   (2006/08/24)
 のどかな街を走る三両編成のローカル線は、少ない乗客に鼓動のような穏やかな振動を与える。とめどなく流れていく車窓の風景を由香はぼんやりと眺めていた。いつもは車で走る公園通り。並行して流れる穏やかな河の流れ。反射する眩しい太陽。川辺を駆ける子供の青い靴。出来たばかりの新興住宅地。生まれも育ちもこの街ではない由香には、この美しい景色もどこか他人行儀に写る。転勤で赴任したこの街は田舎でもなく都会でもない。門前町の佇まいは年々薄れていき、代わりに中心市街地は再開発され、どこにでもあるファミレスやコーヒーショップのフランチャイズ店が増えて行く。

 じくじくと由香の胃の痛みは続いている。胃薬を手放せなくなって久しい。胃の痛みと共に、昨夜、些細な喧嘩で隆に叩かれた左の頬が熱く痛むのだ。腫れた顔では会社にも行けず、ぼんやりと昼頃電車に乗った。何気なく旭駅前で上り電車から下り電車に乗り換え、再び同じ道のりを折り返した。

 隆とは付き合ってそろそろ三年になる。アパートの近くの食堂の店員だった隆は、これといった目標もなく気ままに生活していた。ふと店員同士の会話が聞こえた時、由香の耳に懐かしいイントネーションが響いた。それが隆だった。声をかけるとやはり同郷で、久々に地元の話題で盛り上がった。自然に付き合いが始まり、時間は経ったが、いつからか隆は由香の収入を当てにするように、職を転々としたり無職の時期があるようになっていた。

 降りたことのない少し賑やかな駅でふらりと降り、駅前の小さな商店街を歩いていると、ぎこちない恋人同士とすれ違った。二人の間の中途半端な空間。しかしその空間には恋人同士の華やぎか感じられ、無意識に視線で追いかけてしまう自分に少し自己嫌悪を覚える。隆との会話のない時間、お互い無関心な日常、淡白な夜が由香の脳裏をよぎる。
もう駄目かな、と自然に声に出た。
 歩く足を止め、通り過ぎる風景を見ながら、ぼんやりと高校に入学した頃を思い出していた。親の強い希望で入学した高校は兄も通う地元のいわゆる進学校だった。兄を見習い、兄に追いつくことを両親は常に由香に望んだ。周囲に認められることが由香の目標だった。その頃、図書館に行くといつもある男子生徒がいた。当時急速に開発が進み、緑が減っていく街の風景を彼はいつもぼんやりと見つめていた。授業にも出ず、校内では評判の悪い生徒だったが、由香は彼が嫌いではなかった。放課後暗くなるまで塾に通い、風景など見たことがない由香と彼とはあまりに対照的だった。彼のようになりたい、と思った。もう自分も自由になろう。義務教育を終えたのだから、これからは肩の力を抜いて自由に生きるのだ。これからは好きなことを自分で選ぶのだと決意した。
 進学校の空気には馴染めず、由香は適当に授業に出席し、適当に部活動をこなし、適当に友達づきあいをし、適当な成績で地方の名も無い大学に進学した。両親も担任も失望したが、由香は満足だった。

「お姉さん、大丈夫?」
 年配の女性の声で突然現実に連れ戻され、少し驚き振り向いた。自分に声をかけられたのか判断に迷い、あいまいな笑顔とともに会釈した。「泣きそうな顔して。」と言いながら、女性は優しげな表情を由香に向けている。久しく会っていない母と重なって見え、不意に張り詰めていた糸が切れたように、こみ上げてくるものがあった。「ごめんなさい」という言葉が声にならず、代わりに涙が溢れる。女性は少し困惑しながら「大丈夫よ」と静かに繰り返す。
 隆とは別れよう、ともうひとりの由香の声が聞こえた。溢れる涙を抑えることを忘れ、明日、隆に伝えることを決めた。もう一度、昔の自分のように自由の選択をするのだ。
暖かく少し湿った風が由香の濡れた頬を撫でていく。涙目に映る風景はどこまでも優しい。ふと見えた細い路地裏通りに、赤いゼラニウムの花が風に揺れていた。

                                               了


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Warp   (2006/08/14)
3年ぶりに話したって 違和感ないなんて
意外と僕らたいしたもんだ 感心しちゃうよ
見違えるほどに 人が成長するっていうのは
やはり時間がかかるもんだ やんなっちゃうよ

最新のNews 移り変わっても
笑える視点(ポイント)は同じ

ほんの最初の一声で スイッチが入り
時間も距離も あっという間に縮んでゆく
君さえよけりゃ あの時の答えを今言うよ
「きらいなわけないだろ」

忘れ物とりにきただけなのに もう2時間
そういう意味じゃ 少しだけ違和感あるかもね
今ごろCD1枚っていうのも変だし
そんなにじっと見つめるのも いってみれば変

ショートヘアは はじめて見たけど
シャツの色は 今日も白い

ほんの最初の一声で スイッチが入り
オリジナルの香りが 体かけめぐる
しびれながら思わず溜息がもれる 気づいたかい?
「きらいなわけないだろ」

要するに感謝の気持ち忘れて
僕ら 離れ離れになった
もしかしたら 忘れ物ってそれじゃないの?

ほんの最初の一声で スイッチが入り
時間も距離も あっという間に縮んでゆく
涙のあとさえもう 見えないその顔に
急に懐かしくて新しい微笑みが浮かぶ
君さえよけりゃあの時の答えを今言うよ
「いっしょにいてほしい」
「ずっと いっしょにいてほしい」

《Words by B’z「Warp」》






【久しぶり。そういえばまだCD返してもらってなかったよね。今から、行くから。 エリ☆】

 日曜日の午前中。
 けたたましい着信音に邪魔をされ、おぼろげな頭で無意識に開いた薄い携帯電話。くっつきそうになる瞳を無理やりこじ開け、ディスプレイに並べられた小さな文字を追っていく。
 一気に目が覚めた。跳ね上がるようにして、ベッドから起きる。まず、今何をするべきかたっぷり1分考えてから、バスタオルをひっつかんで狭いユニットバスへと駆け込んだ。


「お久しぶり、暑いけど、元気だった?」
 めったに鳴ることがない部屋の乾いたチャイム音のあとに、3年ぶりに聞くその心地よいアルト。
「あぁ。そっちこそ」
 あまりにも普通に話すものだから、自然と僕もつられて挨拶を交わす。
 かつて彼女はこの部屋に何回くらい来たのだろう。大学3年の時から付き合い始め、卒業しお互い就職してから1年足らずで僕たちは終わった。就職と同時に独り暮らしを始めたから、実際この部屋に来たのは数回くらいかもしれない。
 それでも、自然に靴を脱ぎ、自然に上がり、自然に(勝手に)冷蔵庫を開ける彼女を見ると、3年間の空白が嘘のようだ。まるで、昨日の夜普通にさよならしたみたいに。
「これ、さしいれ」
 差し出したビニール袋の中に、ジュースやらアイスやらお菓子やら。アイス、冷凍庫入れとくねと呟く彼女の手には、見事に僕の好みのものばかり。
「お、さんきゅ。…ってなんだよ、甘いのばっかりじゃん」
「文句言うならあげないよ?」
 キュッと唇を尖らせて、下から見上げてくるその顔は、あまりに久しぶりすぎて、思わず言葉を失った。


「部屋。あんまり、変わってないね。もっと汚くしてるかと思ってた」
 部屋の真ん中に、小さなテーブルが一つ。それを間に挟むようにして、僕たちは座っている。エリはキョロキョロと部屋を見渡し、そんな感想をもらした。
「お前が来るまでのちょー短い時間で、必死に掃除したんです。時間が足りなくて、まだ散らかってるけど」
「なるほどねぇ。でも、ああゆうものは真っ先に片付けるべきなんじゃないの?」
 え、と思って振り向く。にやりとした顔でエリが指差したその先は。
「げ、お前先に言えよ」
 うっかり、机上の片付けを忘れていた。慌てて“ああゆうモノ”たちをまとめ、机の引き出しの奥深くに入れる。昨日堪能した、桃色のDVD。
「好みは変わってないみたいね。ロングヘアのお嬢様系」
「うるせーよ」
 くすくすと、彼女が笑う。

――髪、どうしたの。 
 今日、エリを初めて見た時に、思わず声に出しそうになった。少なくとも僕が知るエリは、背中まである色素の薄い長い髪だった。いつもこの時期になるとアップにして、後れ毛をピンでまとめていた。それが、今、目の前にいる彼女は。
「エリ、ショートにしたんだな。初めて見た」
 僕のその言葉に笑顔を止め、少し驚いたような顔をして、彼女は控えめに「うん」、とうなづいた。
「夏らしくていいじゃん、涼しげで。似合ってる」
 その、白いシャツも。
 最後の言葉は口にしなかった。ショートヘアは初めて見たけど、シャツの色は今日も白い。エリに、一番似合う色。

 別れてから3年の間、僕たちは一切連絡をとらなかった。電話はもちろん、メールでさえも。お互いさよならを告げたあの夏の日から、別々の道を歩いてきた。そのつもりだ。でも、なんだろう。どうしてだろう。今、こうしてエリと話している。普通に。3年ぶりに話したって、違和感ないなんて、意外と僕らたいしたもんだ、感心してしまう。
「……で、CDだっけ」
「え?ああ、うん…」
「ちょっと待ってて。確か…まだあるはず」
「ねぇ、その前にお茶くらい出して」
 遠慮がない彼女の言葉。3年前ならここでケンカになるところだ。でも、今日は。
「はいはい。オレンジでいいですか、お嬢様」
「いいでーす」 
 手を挙げて、にっこり。くそう、不覚にも、可愛いと思ってしまう。

 オレンジジュースを二つ、グラスに入れてテーブルへ。コースターを敷き、一つを彼女の前へ置く。「ありがとう」と言いかけた彼女の口元が、ふいに違う言葉へと変わる。
「……まだ、持ってたんだ」
 懐かしさと驚きと、その目に映る微かな喜び。その揺れる瞳の色は、安心感とも見てとれた。僕はジュースを一口飲み干し、エリが持つそのグラスと同じ柄のグラスをゆっくりとテーブルに置いた。いつだったか、一緒に買ったおそろいのコースターと、ペアグラス。
「わざと割るわけにもいかないからな」
 上手に嘘を付く術(すべ)は、社会人になってから学んだ。そっけなく口をついて出た言葉は、「捨てられるわけないだろ」の裏返し。今、この場で出していいものか、少し迷ったけれど、彼女の態度があまりに自然で、僕も自然に二つのグラスを手にとっていた。
 エリは、懐かしそうにじっとグラスを見つめている。
「…で、CDだっけ。ちょっと待ってて」
「あ、いいの、そんな急がなくても。それより、仕事はどう?」
 立ち上がろうとした僕の腕を取って、少し強めに引き寄せる。そんな彼女の動作に抗えるわけもなく。僕はおとなしく定位置に戻った。

 それから、僕たちは色んな話をした。仕事のこと。学生時代のこと。共通の友達のこと。最新のニュースのこと。付き合っていた時のことも、少し。最初は、違和感なしに普通に話せる僕たちに自分で感心していたものだが、こう長く話していると、やはりなんだか違和感が生まれてくる。それは、話し方だとか、相手の反応だとか、そういうものじゃない。ただ忘れものを取りにきただけなのに、もう2時間が経っている。その、少しばかりの違和感。 
 あの頃と話題が変わっても、最新のニュースが変わっても、自分をとりまく環境が変わっても、笑える視点(ポイント)は同じ。そんなことがなんだかとてつもなく嬉しかった。
「変わらないね」
 ふと、エリが呟いた。
「やっぱり、変わってない」
 僕の顔をじっくりと見つめながら、ゆっくりとした口調で噛み締めるように言う。
「な…んだよ。お互い様だろ。3年しか経ってないんだ。そんなに急に変わらないよ」
「3年しか?」
 あどけない顔でますますじぃっと見つめてくる彼女の視線に耐え切れず、僕はごまかすようにぬるくなったジュースをすすった。
「そう。この歳になれば見違えるほど成長するってのはもっともっと時間がかかるもんだろう」
 ――無言。何も言わず、彼女はただ僕を見ている。
 僕は沈黙を恐れ、今朝メールをもらったときからずっと抱いていた疑問をつい口にしていた。
「何で、今ごろCD一枚?」
 突然のその質問に、少しムッとした表情を見せ、ようやく僕から視線を外した。あ、と思ったその瞬間、エリはものすごい速さで僕の隣に移動し、ガバッと僕の背中に両腕を回してきた。驚きのせいで言葉を発する余裕もなく、彼女の重さでバランスをくずす。そのまま後ろに倒れこんだ形になった僕は、反射的に彼女の腰に手を回していた。
「……分からないの?」
 僕の耳元で、僅かな怒気と、緊張と、そして確かな愛しさが交じった彼女の声が響く。
 一言。
 その、ほんの最初の一声でスイッチが入った。
 彼女の重み。香り。ぬくもり。それは、離れていた3年もの間、どれだけ焦がれたものたちだろう。考えるより先に、体が動いた。ゆっくりと、腕を背中に回す。その小さな体を包み込む。今はもう、あの頃の長い髪はないけれど。柔らかい茶色の髪は僕が撫でたものではないけれど。でも。変わっていない、あの時の彼女が、今、ここにいる。
 3年離れていたなんて、嘘みたいだ。時間なんて、距離なんて、こうして会って触れてしまえば関係ない。あっという間に縮んでいく。今、間違いなく、彼女は僕の腕の中にいる。
 3年前、僕たちは、お互い嫌いになって別れたわけじゃない。別れ話なんて、必要なかった。
(どうして、そういつも勝手なの)
 あの頃は自分しか見えていなかった。
(言ってくれなきゃ分からないんだよ…)
 隣にいるのが当たり前に思っていた。
(私に、どうして欲しいの?)
 素直に、なれなかった。
 
 彼女が僕にしてくれること。
 彼女が僕のためにくれる言葉。
 彼女が、隣にいてくれること。
 その「奇跡」は、いつしか「当然」に変わっていた。彼女を失ってから、初めて気付いた自分の傲慢さ。嫌悪と恥ずかしさで吐き気がした。 
 『傍にいてくれて、ありがとう』――言えなかったコトバ。
 もしかしたら、君の忘れ物って、これかもしれない。
(―――――の?)
 どうしても答えられなかった、君の質問。君さえよければ、あの時の答えを今、言うよ。
 腕に力をこめる。ギュッと抱きしめる。
「ん……」
「ごめん、もう少し」
 僕の肩が少し濡れている。今はそんな涙さえ愛しくて。
 彼女の香りが僕の全身を駆け巡り、思わず溜息がもれる。君に気付かれないように、そっと。
「エリ」
 名前を呼んだ。ただ、それだけのことなのに、愛しさが溢れてくる。僕の声に反応するように、エリの体がピクリと動く。
「いいよ、そのままで」
 自分でもびっくりするくらいの、優しい声だった。一度だけ、ふわりとその髪をなでて、耳元に囁く。
「ここに、戻ってきてくれて、ありがとう」
「いつも傍にいてくれて、ありがとう」
「俺のこと、想っていてくれてありがとう」
 エリの目を見ながらだったら、とても言えそうにない言葉。顔から火が出るほど恥ずかしい言葉の羅列だったけど、僕が今、どうしても言いたいこと。言わなくちゃいけないこと。
 そして、もう一つ。
「――エリのこと」
 一度、言葉を切る。意を決して。
「きらいなわけないだろ」
 言った途端にエリはパッと体を離し、まんまるの大きな瞳でまっすぐに僕を見つめてきた。
 まだ少し濡れているその瞳は、3年前とまったく変わらず、僕を映している。
 そして、今度はエリの方から、その言葉と存在を確かめるように強く、僕を抱きしめた。





     ☆☆☆☆



「――メールアドレス」
 サンダルをひっかけた玄関先の帰り際に、ぽつりとエリが言った。え、と僕が聞き返す。
「ずっと変えないでいてくれてありがとう。メールするの、これでもけっこう……、緊張したんだよ」
 涙のあとはもう見えない。にこっとしたエリのその顔に、懐かしくて、でも今までとは違う、新しい笑顔を見た。その愛しさに我慢できなくて、僕はもう一度抱き寄せてぎゅっとした。

 今日、最後に贈る、君への言葉。
「エリ」
 あの時のように、もう、嘘はつかない。

「いっしょにいてほしい」
 そう。 

「これからも、ずっと」


 小さくうなづいた、僕の愛しい人。
 部屋の真ん中にあるテーブルには、空になったおそろいのグラスが二つと、今日彼女に返すはずだった、古いアルバムが一枚、ある。


シンデタマルカ!   (2006/08/04)
 乗客約五百人を乗せた航空機が、上空でトラブルに巻き込まれた。突然の機体の揺れに乗客は驚き、そして恐怖に包まれた。始めの内は、動揺した乗客を必死に落ち着かせようとしていたスチュワーデス達も、このトラブルがただ事で無いことに気付いた後は、床にへなへなと座り込む者もいた。すると、機長からの機内アナウンスが流れた。

「みなさ~ん! この飛行機は落ちますヨ、ひひひっ。上空一万メートルからマッサカサマ! 誰も助からない、み~んな死んじゃいますヨ~! ひひひっ」

 機長は既に頭の回路が吹っ飛んでいた。一番先に機体の状況を知るのは機長であり、一番先に死ぬという現実を突きつけられるのも機長である。並の人間にこの状況が耐えられるわけがない。

 その機長からのアナウンスで、機内はますます騒然となった。そもそもトラブルが解消したとしても、機長があの状態では助かるわけがない。機内には絶望感だけが漂っていた。品の良い紳士は頭を掻きむしって歯ぎしりをし、金髪でタトゥーの入った若者は、歯をガクガクさせながら身体を震わせていた。スチュワーデスも座り込みヒステリックに泣き叫んだ。何も知らない赤ん坊でさえも周りの状況に驚いて大声で泣きだした。しかし、その赤ん坊をなだめるはずの母親はショックで既に気絶していて、失禁したのか座席からは水のようなものが流れだしていた。

 老夫婦は二人して手を合わせ、今更効果のあるわけがないお経を延々と唱え続けた。手帳に熱心に何かを書き殴っている者もいた。その行為が無意味だとも気付かずに。気の狂った者ももちろん居て、意味不明な言葉を喚き散らしていた。その方がある意味幸せなのかもしれない。死の恐怖を感じずにすむのだから。

 若いカップルは、手を握りしめて二人して目を瞑っている。新婚夫婦は抱きしめ合い、死ぬ時は一緒だよ、などとヌカシテイル! 死んだ後に、二人一緒に地獄にでも行くというのか。

 血気盛んな若者二人が、近くの席の女性に襲いかかった。死ぬならいっそ女を犯してやる、目には狂気が滲み出ている。襲われた女性は悲鳴をあげながら助けを求め、必死に逃げようと試みる。しかし周りの客は知らん顔。この状態でヒトダスケして何になるというのだ。

 

 正に機内は阿鼻叫喚、生き地獄と化していた。そして機体は、小刻みに揺れながら徐々に失速していった。機内で流れる一秒一秒は、乗客にとってひたすら長く感じられた。そしてその時がいつまでも続くかのようだった。

…その時である。今までずっと目を閉じて微動だにしなかったサラリーマンが立ち上がり、機内中に響き渡るような大声で叫んだ。

「死んでたまるかっ!」

 機内中の人間が、ビクっとしてその男に注目した。そして男は再び叫んだ。

「死んでたまるかっ!」

 単身赴任からの数年ぶりの帰宅、浮かぶのは妻の顔…、今夜をどれだけ待ち侘びたことか…。

「し、死んでたまるかっ!」

 男に触発され、今度は中年の男性が叫んだ。翌日は娘の結婚式。二十年以上も苦労して育ててきた、娘としての最後の夜、その娘の部屋を天井から覗けないとは。この性癖を引きずって生きてきた意味が無くなるじゃないか…。

「死んでたまるかっっ!」

 続いてサングラスに柄シャツという、バカンス帰りのような格好の男性が叫んだ。何年もかけて計画し実行した、クダラナイ妻の保険金殺人。誰にも気付かれない完全犯罪をやり遂げたというのに。この金を使いまくらないまま死ねねぇよ…。あの世で妻が、不敵な笑みで待っている。

「死んでたまるかぁ!」

 制服を着けた、男子学生が叫んだ。ノート一杯に書き綴った、クラスメイトの娘への鬱屈した愛の賛歌、自宅のパソコンに貯め込んだアダルト画像、近所で盗んでは机の引き出しの奥に貯め込んだ、女性用下着。あんなものを残したままでは、死んでも死にきれない…。

「死んで…たまるか…」

 中学生くらいの女の子が呟いた。一人もカレシを作らないまま死ぬなんて、エンコーのオヤジ以外に男を知らないなんて、女として悲しすぎます…。

「死んでたまるくゎぁっっ!」

 入れ歯を吐き出しながら、金持ちそうな老人が叫んだ。せっかく手にした若くグラマラスな嫁。これまでの苦労を忘れてバイアグラ生活を楽しもうとした矢先というのに。死んでもこの嫁の肉体はワシのもんじゃ~っ!

「死んでたまるか~~!!」

 老人の隣の嫁が、前に突き出た胸を揺らしながら立ち上がり絶叫した。アタシのこの身体で手に入れたカネモチノオクサンと言う地位。隣のエロオヤジが死ぬのを待って、遺産で若い男を買い漁ろうとしていたのに、ここで死んだらアタシはただの笑い者じゃない! ザケンジャナイワヨ!

「死んでたまるか!」

 メガネをかけたイカニモという感じのアニメオタクが叫んだ。今夜はずっと見続けてきたアニメの最終回、ヒロインの×××ちゃんのサイゴノユウシを見ないまま死にたくない…。×××ちゃん萌え~~!

「死んでたまるか!」「死んでたまるかっ!」「死んでたまるかっっ!!」「死んでたまるくゎぁっっ!」

 乗客たちは立ち上がり、皆叫んだ。いつの間にか全員で「シンデタマルカ!」の大合唱になっていた。皆狂ったように叫び続けた。そして次の瞬間、機体は急激に失速し、マッサカサマに下へ下へと落ちていった……。

 

 ソシテ、クソヤロウドモハ、ジゴクヘオチタノデス。



新作で「窓際族の憂鬱」というものを書いていたのですが、間に合わずに数年前に書いた作品を掲載させていただきました。
もしこの週末で書き終えられれば、14日に差し替えさせていただきます。

この作品は如何でしたでしょうか? まだ死にたくない方は↓をクリック!





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