散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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妹   (2006/06/24)
 深夜の公園通りは、街灯に照らされた桜並木のシルエットが暗闇の中で規則的に浮かび、歩行者もなく、他に走る車もない。昼間の公園通りと対照的な静けさの中では、自然と私の運転も穏やかになる。真っ直ぐに西へ延びる道はまるでどこまでも続くかのようで、暗闇に吸い込まれていく前方は美しくもあり、幻想的だ。
 しかしその道はT字路。ここから五百メートル先は、ぷつりと途切れることを私は知っている。
―嫌な道ね、とかつて隣に座った妹の美紀は無愛想に言った。どこまでも続くかと錯覚させておいて途切れてしまう道は、束縛を嫌う妹にとっては納得がいかなかったのか。

 妹は高校卒業後に美術系の専門学校へ進み、東京で知り合いのコネだと言って軽々と狭き門を抜け出版会社に入社した。華やかな業界は彼女には向いているように見えた。そして社内恋愛の末あっさりと仕事を辞め結婚、しかし一年後慌しく離婚してしまった。世間体も気にせず、なんのしがらみも無い妹がうらやましくもあり、妬ましくもあった。妹に漂う奔放な雰囲気は彼女の最大の魅力でもあり、それゆえに容姿の美しさや華やかさを際立たせているように見えた。

 生真面目な私と妹との確執は、密かに私の心の底に染み付いていた。その気持ちを知ってか知らずか、妹との距離は年を重ねるごとに隔たりを見せた。生真面目な私の小言に妹自身、辟易していたろう。
 私は両親の希望に添い、地元のいわゆる進学校に進み、地元の大学を出て地元の会社に勤めた。世間的には認められた立場かもしれない。しかし仕事や結婚に対する焦燥感にかられる私の日常は淡々と過ぎるのだ。

 妹が入院したという知らせは突然届いた。燃えるような痛みと共に、血を吐いて倒れたらしい。気丈な母も狼狽して私の勤め先に連絡をよこした。

 病院へ向かう道中、夕方のラッシュに苛立ちながらふと見えた前方のバイクのサイドミラー。その中に、暮れかかった小さな青空が映っていた。ふと幼い頃、車庫に停めてあった父のバイクの上で妹と遊びながら、怪我をさせてしまったことを思い出した。
 瞬間。泣き叫ぶ妹。家の中から飛び出してきた母。妹の頬から血が流れている。赤い鮮血は私の恐怖心を煽り、動揺させた。
 妹の頬には今もうっすらと傷が残っている。その傷が、いつも私の心を締め付けるのだ。邪気の無い美しい笑顔に浮かぶ薄い傷跡。

 病室につくと、眠る妹の顔を母は心配そうに見つめていた。遅くなってしまったことを詫び、様子を聞くと、ストレス性の胃潰瘍で救急車で運ばれたが容体はだいぶ落ち着いたようだ。ストレスなどという言葉とは無縁そうな妹だけに驚いた。離婚や、新しい仕事のプレッシャーが重なったのよ、と母は言った。いろんなことを一人で溜め込んじゃうのよね、あんたとよく似てるから。
 母の予想外の言葉に、私と美紀なんて対照的な姉妹じゃない、と冗談交じりに返した。何言ってるの、と母はすかさず言った。そっくりよ、あんた達は。もう少し仲良くなってちょうだいよ。独り言のように母はしゃべり続けた。美紀に怪我させちゃってからかしらね、あんたたちに距離ができちゃったのは。怪我をさせたのは自分のせいだって、ずいぶん落ち込んだのよ。自分のせいじゃないのに。
 痛いことを言われた気がして、だってあれは私が美紀を落としちゃったのよ、と妹の微かな傷跡を見ながら言った。
 何言ってるの、と母が目を丸くした。美紀がバイクの後ろに乗ったらバランスを崩しちゃったんじゃない。母さん見てたんだから。びっくりしたあんたが大泣きしてそっちの方が大変だったのよ。責任感が強い子だったのね。お父さん、それからバイクには乗らなくなったでしょ。あんたがあんまり落ち込んでるから、父さんバイクを処分したのよ。

 私が大学に進学した年、妹は担任の反対を押し切って私と同じ高校に入学した。成績が合格ラインに届いていないので、合格するかどうかは難しいぞと担任には言われ続けていたと、後で母から聞いた。
 お姉ちゃんが目標だったんだから、いつもいつも、と母が思い出すように言った。無理して頑張っちゃうタイプだったのよね、と言葉を繋いだ。そういえばいつも私と同じことをしようとしていた。小学校の自由研究も、中学校の文化祭でのスピーチも、卒業式のピアノ演奏も、いつもいつも私は苦労して引き受けていた役を、妹は器用に私の経験を糧にして引き受けていた。

 美紀はお姉ちゃんが目標なんだから、と母はもう一度言った。私は言葉にならなかった。

 落ち着いた妹と母の様子を見て、私は病院を後にした。ハンドルを握る手に自然と力が入る。私が今まで思い続けてきた記憶。妹の頬の傷。器用な妹。世渡り上手な妹。そんな諸々が私の脳裏をめまぐるしく駆け、そして溶けていった。
 公園通りの静寂に包まれながら、今夜はこの道がどこまでも続くかのように、私には感じられた。突如現れるT字路の交差点で、私はどこか穏やかな気持ちで、思い切りハンドルを切った。

 翌朝、公園通りと国道の開通工事が始まることをニュースで知った。何気なく見た窓の外に、子供の頃絶えたと思っていたクローバーの群生が茂っている。追憶の中では、笑顔溢れる妹と一緒に、四葉のクローバーを探していた。妹のその頬に、もう傷跡は無かった。 

                                             了


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雨、時々ひとり   (2006/06/14)
朝、七時。 
 早朝から、ぱらぱらと降り続く雨をカサで受けながら、出勤のため、駅へ急ぐ。通りに出ると、同じようなかっこうをして、同じ方向へ歩いている人たちが多くいる。
 雨といっても、そう煩わしく感じるほどではない。激しさはないし、季節は五月。梅雨時のじめじめした雨に比べれば、むしろ気持ちがいいくらいだ。春らしくしとしと降る雨は、少し前に芽生え始めた新芽たちに、新しいエネルギーを与えているようでもある。葉にたまる雨の滴が光に反射して、緑がいっそう濃い。
(こういう雨は、嫌いじゃないな)
駅に行くには、狭い路地を通る。古そうなアパートが立ち並ぶその道は、自動車一台がやっと通れるような細さだ。
 毎日通っている道だが、ふと、僅かな違和感に気付いた。気になるそこへ視線を流したその先に、軒下に揺れる白いかたまりを見た。
『西山荘』
 見るからに古ぼけたアパート。おんぼろな表札に、消えそうな字でそう書かれていた。木材で出来たベランダ(そう呼ぶにはあまりにもちゃちな)の柵も、今にも腐れ落ちそうなほど古く、かなり長い間そこにあるのだろう、変色した白いTシャツがハンガーに頼りなげに干されている。
 都会から切り取られた、色あせた一枚の写真のようなその風景の中で、その真新しい白さは不自然なまでに輝いて見えた。
(てるてる坊主……)
 久々に見た。頼りなげに目や口がマジックで書かれたその独特な形は、紛れもないてるてる坊主だ。少し前かがみになったその姿に、幼い頃に同じように作ったそれの懐かしさを思い出した。
(こう雨が続いちゃ作りたくもなるか)
 久し振りに見かけたその小さなものに、ふわりと心が暖かくなり、覚えず口元に笑みが浮かんだ。
(小学生くらいの女の子、いや、形がいびつだし、なんとなくおおざっぱだから男の子かな)
 男は、そんなことを想像しながら、再び、駅へと歩き始める。
 浅野亮一。三十代前半の、普通のサラリーマンである。


「――ただいま」
 雨は、亮一が帰宅する時も降っていた。と言っても、ずっと降り続いていたわけではない。雨は昼間には止んでいたのだが、どういうわけか、亮一が帰る間際になって再び降り始めたのだ。まったく、タイミングが悪い。
 靴を脱ぎながら、もう一度ただいま、と声をかけたが、返事はない。雑然としているキッチンを抜け、リビングへ行く。部屋の真ん中に置いてある大きなテーブルの前に、妻と子が座っていた。
「あら、帰ってたの」
 キョトン、とした顔で振り向いた美沙子は、悪びれもなく言った。
「まあ、ね」
 半ば諦め気味に言い放ち、亮一はネクタイを緩める。そこへ、えんぴつを持ったままの娘が寄って来た。
「おとうさん、おかえり」
 亮一の娘の里奈は、先月近所の小学校にあがったばかりだ。
「ただいま、里奈」
 ぱあっと明るい笑顔で迎えてくれた娘の、この顔と、「おかえり」があれば、一日仕事を頑張ったかいがあると、亮一は思う。
「里奈、何してたんだ?」
 聞きながら、亮一は雨に濡れた背広を脱ぐ。
「今ねぇ、おかあさんと、さんすうやってたの」
「さっそく明日、計算の小テストがあるらしいの。今必死に教えてたところよ」
 こないだ入学したばっかりなのにねぇ、と呟きながら、美沙子は再びテーブルに向かった。なるほど、テーブルの上には教科書やらノートやら、文房具類が散乱している。いつもは、亮一が帰宅すると真っ先に駆け寄ってくる里奈も、今日は算数に夢中で後回しにされたらしい。
「そうか。いいなぁ、里奈は。お母さんが優しくて。こんなに体が濡れてるのに、お父さんにはタオルも持ってきてくれないんだぞ」
 娘の頭を撫でながら、妻に聞こえるように言った。
「そこにあるわよ」
 美沙子は、部屋の隅に取り付けてあるクローゼットを指差す。直球の皮肉も、美沙子には通じないらしい。
 洗いたてのバスタオルをつかみ、亮一はバスルームへと消えた。

 シャワーを浴びて、リビングへ戻ると、美沙子と里奈はまだ必死に問題を解いていた。時計を見ると、もう9時近い。里奈もそろそろ眠くなる時間だろう。
 濡れた髪を拭きながら。自分で夕飯の準備をする。準備、と言っても味噌汁に火をかけ、おかずをチンするだけなのだが。
「夕飯もだんだん侘しくなっていくなあ」
 亮一が溜息まじりに一人ごちると、ドアを開け広げたままのリビングから、美沙子の声が飛んできた。
「そういうこと言わないでよ。私だって仕事から帰ってきてすぐ夕飯作って、里奈の勉強見てるんだから。今度の休みには、もっとちゃんとしたのを作るわ」
 美沙子は専業主婦ではない。結婚しても仕事は続けたい、という彼女の希望を、亮一は快く承諾した。ただし、主婦業と両立する、という条件付きで、だ。
「ああ、悪かったよ。おいしく頂いている」
 子どもの前でのめんどうごとを避けるべく、亮一はさらりと言い、ごまかすように味噌汁をすすった。
 家庭は、うまくいっていると思う。仕事から帰れば娘が出迎えてくれるし、手抜きがちではあるものの、一応は妻の手料理も待っている。家族団らんで食卓を囲む、なんて夜はめっきり少なくなってしまったものの(もちろんそれは亮一の帰宅時間が遅いせいもあるのだが)、これでも休日には家族そろって出かけたりもしている。
 不満は、ない。
 頭の中で今の生活を反芻しながら、亮一は、黙々と目の前の料理を口に運ぶ。
「里奈、もう眠い? 終わりにして大丈夫?」
 『大丈夫?』とは、『満点取れるの?』の裏返しだ。もちろん、亮一にはすぐ分かったが、当の里奈がそこまで深く考えているはずがない。すでにえんぴつを置き、眠たそうな目をこすっている。
「だいじょうぶ」
「じゃあ終わりにしようか。明日、頑張ってね」
 ほっとしたようにそれを聞いた里奈は、早々に机の上を片付け、のろのろと寝室へと向かった。
「大丈夫かしら」
 心配そうに後ろ姿を目で追いながら、美沙子が呟く。「大丈夫だろ。睡眠不足の方がよほどかわいそうだ」
「そうだけど……」


 食後のお茶を入れ、亮一はさっきまで里奈が難しい顔をして座っていた場所にごろんと横になった。隣で、美沙子が消しゴムのかすを集め、綺麗にしている。
「そういえば」
 思い出したように、亮一が口を開いた。
「今日、てるてる坊主を見たよ」
「へぇ、最近じゃ珍しいわね」
「気付かなかった? 駅の途中の西山荘」
「あの、古めかしいアパート?」
「そう。そこの二階。作ったばっかりみたいな、真っ白なてるてる坊主だったよ」
「ふうん。気付かなかったわ。雨の日って私、下しか見ないで歩いてるから」
 湯のみを片手に、新聞のテレビ欄を眺めている。美沙子はそれほどの興味は抱かなかったようだ。今朝、亮一が感じたわずかばかりの心の温かさを共有するには、相手が悪かったらしい。それ以上の発言は避け、亮一は言われるままにテレビのリモコンを手に取った。

 それから、しばらく雨が降り続いた。
てるてる坊主は、変わらずそこにいた。晴れの日を願っているだろうに、どうやら効果はないらしい。笑っているような雨の音に負けまいと、じっと空を見つめている。
初めて、そこでてるてる坊主を見た日から、三日目。
出勤途中、亮一は、ふと、あることに気付いた。
(昨日と、顔が違う)
それは、わずかな違いだった。マジックの線でできた顔は、昨日とは明らかに表情が違っていた。
(毎日、新しいものに替えられている?)
(そういえば、いつも真っ白だ)
 それは、毎日違うてるてる坊主だった。てっきり最初に雨が降った日から、ずっと同じものが吊るされていると思っていた亮一は、その几帳面さに感心した。
(よほど、晴れてほしいのかな)
 せっせと作り、また取り替えるという作業に、亮一はほほえましさを感じずにはいられなかった。

 それから、亮一は必ずそれを確認するようになった。
 雨が降っている朝には、ゆっくりとその道の前を通る。
(また、新しいやつだ)
(今日のはちょっと不恰好だな)
(お、今日は口が赤い)
 見るたびに新しく、その表情はくるくると変わり、いろんな顔を見せてくれるその真っ白なてるてる坊主に、いつの間にか亮一は楽しみを見出していた。昨日とは違う、新しさ。一日限りの、その表情。
 満足はしているものの、変化のない自分の生活に、真新しいてるてる坊主は、新鮮だった。昨日の雨の音と、匂いを吸い込んだ、昨日までのてるてる坊主。次の日になれば、またまっさらなてるてる坊主。一日一日を素直に生きて、真摯に受け止めている。
 はっきりとした自覚はないが、亮一の心にも、変化が起き始めたようだった。

 その日、亮一は起きた時から、なんだか体がおかしかった。少し熱っぽく、喉が痛い。間違いなく風邪で、寝てれば治るだろうとは思うが、今仕事を休むわけにはいかない。会社に無理を言って、午前中だけ休みをもらい、病院に行くことにした。
いつもよりはるかにゆっくり起きて、病院へ行くため、九時くらいに家を出た。病院は、駅の向こうである。歩く道は、いつもと同じだ。
 雨は、変わらず降っている。
(今日も、あるかな)
 西山荘の前。いつもの確認。
(あれ)
 思わず、亮一は立ち止まった。
 普段より少し赤い顔をした亮一は、そこに、人影を見た。
 高く腕を上げて、必死な様子の、老婆の姿を。
(てるてる坊主を、吊るそうとしている)
 背の低い、老婆の手には、真っ白なてるてる坊主があった。
(あのひと、だったのか)
 子どもの仕業だとばかり思っていた亮一は、意外な事実に仰天した。まさか、あんな高齢の女性が、毎日新しいてるてる坊主を作っては吊るしているなんて、思いもしなかった。その老婆は、決して満足気ではなかった。むしろ、どことなく不安そうな、頼りない表情をしていた。
 多少気にとられながらも、無事にそれが吊るされるのを見届けてから、カサを持ち直した亮一は、再び歩き出した。
 老婆の、寂しそうな顔を、脳裏に浮べながら。

 翌日から、雨は止んだ。と言っても、春らしい気候は戻っては来ず、むしろ梅雨に一歩近づいたような、一日中曇っている、なんとなくすっきりしない天候になった。
 その間、例の西山荘にてるてる坊主は見えなかった。さすがに、雨が降ってなければ、吊るしはしない、ということだろうか。しかし、カラッと晴れてくれないところを見ると、てるてる坊主も効果がないものだ。
 すでに日課となってしまっていた、てるてる坊主確認ができなくなった亮一は、どことなく手持ち無沙汰な毎日に逆戻りとなった。
 しかし、それもたった三日のことだった。
 また、雨の日が続く。


(あれ)
 気付いたのは、再び雨が降って二日後のことだった。
 亮一が知る限り、今まで、一日たりとも続けて同じてるてる坊主は吊るされていなかった。それが今日は。
(確か、昨日と同じだ)
 昨日のは、赤い口で、にっこりとした表情だったから、よく覚えている。今日も朝から雨が降っていると言うのに、てるてる坊主が変わっていない。
(そろそろ、あきらめ始めたのかな)
 なんとなく残念な面持ちで、亮一は肩を落としたが、その時は、そのくらいにしか思っていなかった。
 
 ところが、てるてる坊主が替えられなかったのは、その日だけではなかった。
 翌日も、その翌日も。吊るされたてるてる坊主は、赤い口の、にっこりとした表情そのままだった。
 日が経つにつれ、そのてるてる坊主は、雨水を吸い、冷たい風にあたり、徐々に薄汚れていく。
(おかしいな)
 亮一はさすがに訝った。あれほど、連日続けて新しいものに替えられていたてるてる坊主が、急にそのままになったなんて。薄汚れていくそれを、何もしないで放置しているなんて。
(まさか)
 

 亮一の危惧は的中した。
 てるてる坊主が替えられなくなって一週間後、西山荘でひっそりとした通夜が行われた。
 誰の通夜か、なんて、言わずとも知れたことだった。
 一方的な関心だけで、特につながりのない亮一が出席することはもちろんなかったが、西山荘の前でたむろする黒い礼服を着た人たちを見ただけで、彼は全てを悟った。
 決して大規模ではない、むしろ身内だけで行われているような、閑散とした通夜だったが、それでも例のてるてる坊主はそこにあった。作りたてではなく、日が経ってすっかりボロボロになってしまってはいたが、紛れもない、てるてる坊主。
 通夜の日は、ここ最近で一番の快晴だった。


「前に、あなたが言っていた西山荘のてるてる坊主って、あのおばあさんが作ってたのね」
 その日の夜、洗い物をし終えた美沙子が、低めの声で亮一に話し掛けてきた。娘の里奈は、一人離れてテレビに夢中だ。実は亮一も、そのことを話そうと思っていただけに、美沙子の方からその話題が振られるとは、少し驚いた。
「私、今日お通夜に行った金木さんから聞いたんだけど、あのおばあさん、もう何十年も前に、旦那さんに先立たれて、数年前にも、お孫さんを亡くしてるらしいの」
「え」
美沙子の意外な言葉に、亮一は読んでいた雑誌を閉じ、身を乗り出した。
「孫までか? なんで」
「金木さんは事故だろうって言ってたけれど……、それがね」
 そこでいったん言葉を切った美沙子を急かすように、亮一は先を促す。
「それが、なに」
「二人とも、亡くなった日に、雨が降っていたらしいのよ」
――つながった。
 そうか、それでか。
 てるてる坊主を作り続けていた理由。
 雨の日が嫌いな理由。
 早く晴れて欲しいという切実な願い。
「そう、だったんだ」
 思い出す。日々新しくなる真っ白なてるてる坊主のことを。今日も替えられてるかな、今日はどんな表情。
 雨の日の、少しの楽しみ。
 毎日の、少しの変化。
 あの真っさらなてるてる坊主に託された、一つの願い。
 その願いは、決して叶ったとは言えないけれど。
 それでも。
「今日の通夜だけは、すっきり快晴、だったわけか」
「皮肉なものね。亡くなってから晴れるなんて」
 そんなものだろう、と亮一は思った。
 人の願いなんて、願っているだけで叶うものか。
 まして、てるてる坊主なんて、子どもだまし。
「里奈」
 そう思いながら、亮一は里奈を呼んだ。そろそろテレビに飽き始めていた娘は、笑顔で走り寄ってくる。
「なぁに? おとうさん」
「里奈、てるてる坊主って作ったことあるか? お父さんと一緒に作ろうか」
「てるてるぼうず? でも今日はすっごいいいお天気だったよ」
 小首をかしげながら、里奈は聞く。
「いいんだ。作ろう。美沙子、白い布とかあるかな?」
「はいはい、今持ってくるわね」
 

 翌日、浅野家のベランダに、初めててるてる坊主が吊るされた。
 その日は、初夏を思わせる、眩しいほどの快晴だった。



四畳半の情熱   (2006/06/04)
「あぁ…、超能力があったらなぁ…」
四畳半の部屋の中、白黒のテレビでユリ・ゲラーの特別番組を見ながら、つい愚痴ってしまう。
外は既に暖かな季節となっているというのに、出しっぱなしで湿っぽいコタツの周りでいびきをかいている仲間達に目を向け、一つ溜め息をついた。狭っ苦しい部屋の中に大の男が4人も居れば、足の踏み場など無い。
コタツの上で空になった日本酒の一升瓶を眺めていると、学生運動、所謂安保闘争のニュースに燃えていたのが嘘のように思えてくる。安田講堂は数年前に落ち、沖縄は返還され、有り余る力はその標的を失い、日々を堕落させていった。
革命だなんだと熱中し、先駆者達に続けと意気込んで進学した大学には、既にその狂乱と熱狂は無く、反体制の同士となるはずだった仲間達、コタツの周りで酔っぱらって寝ているヤツラは、ひたすら酒と、まだ少しだけ反体制の香りを残していたフォークに傾倒していったのだ。
オレは、テレビの横で少し埃っぽくなっているフォークギターを手に取り、最近出たばかりのウィークエンドの新曲を奏で、口ずさんだ。

「あなたがいつか話してくれた 岬を僕はたずねて来た
二人で行くと約束したが いまではそれもかなわないこと…」


ちょうどサビを唄うところに差し掛かったところで、部屋の奥で寝ていたSが目を覚ました。
「なんだ、起きてたのか」
「あぁ…。起こしてすまん」
Sは、ボサボサになった髪を更にボサボサに掻き上げながら、上体を起こしてオレの方を向いた。
「『岬めぐり』か。良い歌だな…」
「あぁ。何だかこの曲を聴くと、切なくなるんだよな。曲調は“かぐや姫”なんかと違って暗くないのにさ」
「その気持ち、分かる気がするよ、オレにも」

Sに急かされ、オレは歌の続きを奏でる。その音色に合わせて、オレとSはサビを唄う。

「岬めぐりのバスが走る 窓に広がる青い海よ
悲しみ深く胸に沈めたら この旅終えて街に帰ろう」


歌い終えて、オレもSも、互いに微妙な笑顔を浮かべ、無言で見つめ合った。オレはギターを元の場所に戻し、天井を見上げながら煙草に火を付けた。煙を天井のシミに向かい吹きかける。灰が床に落ち、慌てて傍らのトイレットペーパーで拾い上げようとしたオレの手を、Sが制した。
「止めとけ、紙は高騰するんだから」
「そうだったな、すまん…」
前年から始まっていたオイルショックは収まる気配が無く、遂には生活必需品である紙まで高騰するのだと、街中で噂されていた。「節約は美徳」なんて言葉が、合い言葉になっていた。

「まるで戦時中みたいだよな…」
Sは灰皿から煙草を拾い上げ、シケモクをしながら苦笑いを浮かべていた。
「『欲しがりません、勝つまでは』、か…」
「結局その戦争に負けて、今の日本がある、と」
「今更節約なんて始めたところで、何になるんだか」
オレは最後の一息を天井に吐いて、煙草を消した。いつの間にかテレビはニュース番組に変わっていて、数ヶ月前にフィリピンから戻ってきていた小野田少尉の近況が映し出されていた。その表情は、この数ヶ月でかなり変わっていた。発見された当初の厳しさと鋭さは、和やかな笑顔へと置き換わった。戦争から平和へ、その変化こそが日本人を甘くしているに違いない。だからこそ闘争が必要なのだ。

こうして何ごともなく日々を過ごすのにも、もう飽きた。思い描いていた学生生活とは余りにもかけ離れている。生まれてくるのがあと数年早ければ、あの日本中の若者を巻き込んだ狂乱の中に居る事が出来たのに、と考えてしまうと親を呪いたくなる。そうしてその想いがまた、何もない日々をますます色褪せて映し出しているに違いない。

「なぁ?」と、Sが突然オレに尋ねてきた。
「このまま生きてて、楽しいのかな…?」

Sはオレなどと違い、明確な思想を持って闘争に参加しようとしていた。大学で出会った当初のSは、いつでもその思想を熱く語り、そんな時のSの表情は、まるでフィリピンの山中から出てきたばかりで、鋭かった頃の小野田少尉のようだった。しかし今のSの表情には、残念ながらその鋭さは無い。
Sは良く「入る大学を間違えた」とオレに愚痴っていた。確かにうちの大学は、他に比べるとあまりにすんなりと平和慣れしてしまったように思える。数年前の先輩達の行動など、誰の記憶にも残っていないのでは無いだろうか。それほど、大学自体が安穏とした雰囲気に包まれていた。そしてそんな雰囲気に残念ながら飲み込まれてしまったのが、オレでありSであった。

「なぁ、どうなんだろう?」と、Sは再度聞いてきた。オレはSの目を真剣に見つめ直し、答えた。
「このまま生きてりゃ、そりゃつまらないだろうな」
「そう思うか?」
「あぁ、そう思う。今のオレ達は、情熱の行き場を失っているんだよ。そんなんじゃ、楽しいわけがない」
「そうか…。じゃあどうすりゃいい? 情熱は、オレ達にまだ残っているのか?」
Sの問いかけに、オレは考える。情熱は、オレ達にまだ残っているのだろうか? まだコタツで眠り込んでいる二人は? オレは? そしてSは? 情熱は、果たしてオレ達にまだ残っているのだろうか? オレは、それをはっきりさせなければならないと悟った。それこそが、今後生きていく上で重要な事だと悟った。情熱がまだあるのなら動くしかないし、もう無いのならそのことを自覚して生きていかなければならない。とにかく、明らかにしたかったのだ。

「バリ封、やろう」と、オレは一言、自分でも予想外の言葉を発した。もちろん、Sは驚きながらオレの方を見ている。「バリ封、やろう」と、オレはもう一度言った。自分自身にも言い聞かせるように。



バリケード封鎖を敢行し、大学の講堂を占拠したオレ達は、一時の興奮が既に冷め、意地だけで占拠を続行していた。そもそも掲げる思想を準備していなかったバリ封は、さほど大学側に影響を与えられることなく、数日後には潰された。オレ達は全員逮捕されたが、革マル派でも中核派でも何でもなく、セクトに属さないオレ達に構っている程警察は暇でないのか、さっさと釈放された。大学は退学になった。そしてオレ達は、それっきりバラバラになった。

それから暫く経って、オレの四畳半の部屋に、Sがふらりとやって来た。まだ出されたままのコタツを眺め、「相変わらずだな」と苦笑いしたSは、ギターを手に取り、井上陽水の『心もよう』を奏でた。その音色に合わせて、オレとSはサビを唄った。

「さみしさだけを手紙につめて ふるさとに住むあなたに送る
あなたにとって見飽きた文字が 季節の中で埋もれてしまう」


歌い終えたオレ達は、互いに無言になった。点けっぱなしになっていたテレビが、ワールドカップの決勝戦の模様を伝えていた。“ドイツの皇帝”ベッケンバウアー率いる西ドイツが、“空飛ぶオランダ人”クライフ率いるオランダを下し、見事優勝に輝いたのだ。オレはそのニュースを見て、バリ封を決意したあの日の事を思い出していた。オレはあの日、ユリ・ゲラーの番組を見て、超能力を欲した。その超能力でオレは、ワールドカップを見たいと願ったのだった。元サッカー部だった兄から聞いただけの、断片的な情報の中でも、ワールドカップは実に魅力的に思えたのだ。

「見たかったな、ワールドカップ…」
オレがそういうと、Sが意外そうな顔をした。
「ワールドカップ? サッカーか。釜本ぐらいしか知らないな」
「ワールドカップ、凄いらしいぞ。世界中が母国を応援して熱狂するらしい」
「国を挙げて熱狂か。正にナショナリズムだな」
「そんな意識、今の日本には無いよな…。でもオレは思うんだよ。そのサッカーに傾ける情熱があれば、学生運動なんてそれほど酷くならなかったんじゃないかって」
「まぁ、少なくともオレ達はバリ封なんてしなくて済んだよな」
オレとSは、顔を見合わせて笑った。
Sは、暫く部屋に居て、帰っていった。帰り際に、地元へ帰る事を告げられた。「どんな顔して帰ればいいんだか…」と冗談とも取れるような口振りで話したSは、「でも後悔はしてないよ」と言い、笑いながら去っていった。そしてその後二度と、会う事はなかった。


オレはと言うと、その後とある出版社に潜り込んだ後、フリーのライターとして活躍するようになった。世紀の決戦と評された、1974年ワールドカップ西ドイツ大会の決勝を見逃してしまった悔しさからなのか、サッカーというスポーツと、そのスポーツが持つ熱狂と狂乱に惹かれるようになり、仕事もその関係の執筆が多くなっていった。
そして32年後の2006年、日本に3度目の熱狂と狂乱が、すぐそこまで迫っている。愛国心溢れる若者達は、サポーターとして今回も熱い声援を送る事だろう。オレ達の時代には無かった、4年に一度の、情熱のはけ口として。



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