散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    P助
    主宰。企画/発案担当。
    え、それって口だけってこと!?(笑)


    大塚晩霜
    デザイン担当。ブログのレイアウトが悪いとすればコイツのせいなんだ。
    週刊とりぶみ


    ナチュレ
    [プロフィール作成中...]


    仁礼小一郎
    沖縄出身ゴールデンルーキー

    某サークル六代目総長

    しがないサラリーマン
    ~順調にジョブチェンジ中!~
    (HP:気分は下克城!!
    See-Saa Night Fever!!


    こさめ
    万緑ソー中、紅一点!? 
    ココロに移りゆく何ごとか


    イシカワ マキ
    長野市在住。



カテゴリー



月別アーカイブ



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト   (--/--/--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



青緑の君に   (2006/03/24)
「白いヤツはやめよう」
 大学の帰り道、先輩がそう言うから、僕たちは青緑の君を待った。あの頃、東海村の原発で爆発事故があって、白いヤツはその現場ちかくを通っていたから、避ける人達もいた。青緑の君はそんな所に行ったことがない事を、みんな知っていたから、僕たちは青緑の君を待った。謂れなき理由で嫌われ者になってしまった白いヤツに、すこし同情のまなざしを向けながら、僕たちは君が来るのを待っていた。やがて遠くに見えたヘッドライトは、君のおでこのあたりで光っていた。だからすぐに君だと分かった。ひとつに見えたヘッドライトは、やがて二つに分かれた。君は青緑の体を蛍光灯の光にさらして、滑り込んできた。
「よし、これなら大丈夫だよな」
 さっきまで不安がっていた先輩は、君の姿を見るなり安心して、乗り込んでいったよ。
「先輩は気にしすぎです」
 僕はその時そう言ったけど、本当は僕も少し不安だった。しばらくは君がいてくれないと、安心して大学に通うこともできないかもしれない。そう思ったんだ。
 僕たちはシートに腰を下ろした。ちょっとやわらかすぎるんじゃないか。だけど、その優しい座りごこちは、僕にとっては君だけがくれた、他では味わえないものだったね。
 君の名前は常磐線103系電車。大学の頃は、本当にいつもお世話になったね。
 そう、いつだったか、君の柔らかすぎるシートのせいで寝過ごしたことがあった。本当は北千住で降りなきゃいけなかったのに、気付いたら三河島だった。慌てて降りたよ。それで、戻ろうと思ったけど、白いヤツは停まってくれないんだ。ここは昔に悲しい事故のあったところだから、こんなこと大の男が言うと情けないと思われるかもしれないけど、急に心細くなって、ひどく淋しかった。白くて長い鋼鉄の列が走り去っていくのを、ただ見送るだけだった。だから君が来てくれた時、安心した。心底ほっとしたんだ。
 卒業して、常磐線に乗らなくなって、本当の事を言うと、あまり君の事を気にかけなくなっていた。新しい車両が入ってきて、君の仲間が少なくなっている事は知っていたけど、でも、君はまだまだ大丈夫だと思っていたから。
 ある秋の日に、後輩に呼ばれて大学の学園祭に行った時、久しぶりに常磐線に乗ったよ。そしたらね、君の姿を全然見かけなかった。行きも帰りも、乗る事はおろか、見かける事も無かった。その時に初めて、終わりが近い事を実感した。だから僕はあせって、急に君の事を大切に思うようになった。どうしてだろうね。大学の頃は毎日乗ってたのにね。
 気がついたら君は最後の1編成になっていた。仲間を失って、さぞかし孤独だろうと思った。車庫の片隅で、力無く最後の時を待っていることだろうと思っていた。だけど違った。君はいつものように、やたらと長い編成で、ひときわ喧しいモーター音を轟かせて、元気いっぱい走り抜けていたね。快速の停まらない駅で電車を待っている客達に、そのスピードを見せつけていたね。
 最後に一本だけ残ったのは、僕たちに別れの時までの猶予を与えてくれているのだと思った。だけど、君の元気な姿を見ていたら、本当にまだまだやれそうで、かえって名残惜しくなっちゃったよ。
 僕にできる事は、君の勇姿を記録にとどめることと、脳裏に刻み付けることくらいだから、あちこちに行っては君の写真を撮った。そして君の姿を、しっかりと目に焼き付けた。
 去年の夏にはもう廃車という話も出ていたっけ。その後、秋までの命と言われて、とうとう冬も越しちゃったね。本当にがんばってくれたと思う。
 そして君と別れる春が来たよ。君は覚悟するだけの時間を十分に与えてくれたから、僕は悲しんだりしない。ただ君は、全身青緑なんてインパクトのある姿だったから、いなくなるのはやっぱり寂しいよ。
 青緑の君を、僕は忘れない。柏の駅で、仲間たちと一緒に、ただ君だけを待っていた事。三河島の駅で、君だけが頼りだった事。毎日毎日、僕達を運んでくれた事。僕は忘れない。
 青緑の君に、ありがとう。どうか、安らかに。




 今回の作品「青緑の君に」はいかがでしたか。バナークリックへのご協力をお願いいたします。




スポンサーサイト


〒ν八℃   (2006/03/14)
















テレパシーは届きましたか?
もし届きましたら下のバナーをクリックする事でテレパシーを送り返して下さい。よろしくお願いします。

[続きを読む]

究極のおばけ屋敷   (2006/03/14)
(本日の更新は二本立てです。「『テレパシー』だけじゃ手抜きと思われるかも知れない」と思って…。ごめんなさい)

 先日、巨乳の有木さんから「沼間さん! ××ランドのおばけ屋敷、チョー怖いから絶対行って下さい。そしてビビッて下さい。はいチケット」半ば強制的におばけ屋敷潜入を勧められた。ホントにヤな感じの女性です。でも、むちむちボディーなので許します。
 そして今日、俺は××ランドに遊びに来た。たった一人で。
 てっきりデートの誘いだと思っていた。しかしどうも新聞屋から入手したチケットは一枚だけだったらしく、俺一人で行ってビビッて来いとの事。単身で遊園地に乗り込むなんて孤独すぎるから有木さんにも同行をお願いしたが、「いやです」と軽くあしらわれた。ホントに感じの悪い女性です。でもむちむちボディーなので許します。
 今俺はそのおばけ屋敷から出て来た。簡潔に感想を言うと、もう、ね。勘弁してくれと。俺はおばけ屋敷とかホラー映画とか大の苦手。何が苦手って──楽しめないから。
 俺は極度のこわがらな屋さんなのです。こわがり屋さん、ではなく。科学万能主義に毒されているのかも知れないが、心霊関係にちっとも興味が沸かない。そりゃ映画のようなシチュエーションに実際放り出されてみたら「おばけ、キモッ!」くらいには嫌悪感を催すとは思うけど、もしかしたら説教かましてしまうかも知れない。特にああいう怨霊系には。
「俺があなたに何をしましたか。あなたを殺したのは俺ですか。俺を呪い殺そうとしてるみたいですけど、それって逆ギレもいいとこですよ。おまえは通り魔かよ。理不尽きわまりございません! プンプン! もし俺があなたの呪いのせいで殺されて同じ世界の住人になったら、ぜってー百倍返しして差し上げますので覚悟して置いて下さい…」
 とっくに人生終わってるくせに罪もない人間様に迷惑かけるんじゃありませんよ。てなモンです。そんなわけでちっとも怖くなかった。ぜんぜん楽しめませんでした。金輪際、私を心霊スポットに連れ込まないで下さい。時間のムダなのです。
 有木さんからのイヤガラセ任務をこなし、「これからどうすっかな。一人で遊んでてもツマンネーし」などと考えながら、浮かない顔で喫煙所に立っていると、初老の紳士が話しかけてきた。
「君は今、あのおばけ屋敷から出てきたね。どうだった」
 俺はタバコの煙を吐いてから、正直に「つまらなかったです」と言った。俺の言葉を聴いた紳士はニッコリと笑う。その顔には何やら挑戦的な色が。「この若造は強がりを言っている」と思われていたら心外なので自分がおばけ屋敷に全く恐怖を感じない事を説明する。
 紳士は興味津々に俺の話を聴きながら、「このおばけ屋敷は怖くない。私もそう思う」と何度もうなずいた。
「日本一怖いという評判を聞いて視察に来たが、なんてことはない。子どもだましだ」
 俺もそう思う。
「本当のおばけ屋敷はもっと怖い」
 いや、そうは思わない。おばけ屋敷なんか、どこも怖くない。
「私はね、世界一怖いおばけ屋敷を造るのが夢なんだよ」
 なんだか話が変な方向にこじれてきた。
「話だけでも聞いてみないかね」
 新しい詐欺の一種だろうか。それとも宗教の勧誘か。品種改良されたマルチ商法の可能性もある。いずれにせよ、深く関わらない方が良さそうだ。
「君も怖がると思うよ」
 聞き捨てならない。すぐにでも立ち去ろうと思ったが、もうちょっと聞いてやってもいいかな、なんて思う。俺ってなんて優しい青年なんだろう。
「何せ、究極の恐怖を提供するおばけ屋敷だからね。そらもう、とんでもなく怖い。考案した私でさえ背筋が寒くなるもの。君だって、きっとおっかなくなるはずだ」
 断じて、それはない。暗闇から急に驚かされてビックリする事はあるけど──現に目の前のおばけ屋敷でもドキッとした瞬間はあったけど、本気でおびえたりする事は決して無い。俺はおばけ屋敷なんて物は心の底から軽蔑してるから。
「近くに私の家がある。君さえ良ければ図面などで説明してやろうと思うが、どうだろう。遊びに来ないか」
 ほら、危ない。犯罪の香りがしますよ。格調高い薫香が鼻を衝きますよ。ほいほいついていったら体よく幸運の壺とやらを買わされたり監禁されたりしそうだ。
「ふふ、心配かい。決して危ない目には遭わせないよ。一人暮らしで淋しいし、来てくれると非常に嬉しいのだが」
 ついて行く事にした。バカです。まあ、どうせ遊園地に残っていてもしょうがないし、人の夢を聞くというのは面白いものだ。それに、面倒な話を切り出されたらとっと帰れば良いまでの事だし、万が一この御老体に襲われても力でねじふせる自信はある。
 しかし正体不明の人間の家に上がるのはさすがにのんきすぎる。俺は少しずつ彼から情報を引き出した。連れ立って退場門を目指しながら、お互いの素性について明かし合う。
 紳士は名を江村と言った。数年前まで設計事務所の社長を務めていたが、職を退いてこの地に身を置いたらしい。奥さんは数年前に亡くなっていて子どもは全員都会暮らし。孤独な隠居生活だ。俺のような年ごろのあんちゃんと会話できるのはとても嬉しいんだと(さりげなく善い事しているよな、俺)。外見で人を判断してはいけないが、しっかりした服装をしているし、いかがわしい感じはしない。まずまず信用の置けそうな好人物だ。油断はしないが。
 俺と江村はそれぞれの車に乗り込んだ。山のふもとに位置する遊園地を背に、山頂に向かって江村の車は発進する。俺の車も追従する。
 山腹に沿った道路を淡々と走行する。こういう道を通るたびに思うのは、「工事大変だっただろうなあ」という感慨。崖っぷちでの舗装作業だし、カーブもたくさんある。距離も長い。現場作業員の人たちはさぞ苦労した事だろう。しかし、建設の労力に反して、通行量は少ない。圧倒的に少ない。対向車とはほとんどすれ違わない。江村のためだけにあるような道路ではなかろうか。税金の無駄遣いだと思う。
 ひとり道路公団への気炎を吐いていると、やがてすっかり人里を離れ、道路の幅も狭くなってきた。江村の車は速度を落とし、ゆっくりと脇道に進入する。砂利道をしばらく上り、やっと着いた。
 山奥に似つかわしくない大きな邸宅だった。外観も洒落ている。
「私が自分で設計したんだ。予算などは気にせず、自分の好きなようにね」
 さすが設計事務所元社長。幾何学的な造りなのに無機質な感じはしないし、風変わりな外壁なのに突飛な印象を与えない。まるで美術館のようだ。予算を気にせず好き放題アイディアを盛り込んだ結果なのだろう。
「江村さんが設計の仕事で培った技術、その結晶なんですねこのおうちは」
 江村は照れくさそうに微笑んだ。もう、おばけ屋敷の話なんてどうでもいいよ。この趣味の良い建築物を拝められただけで満足だ。

〒 〒 〒 〒

 まず俺は一通り邸内を案内してもらった。全ての部屋に様々な趣向が凝らしてある。取り分け、ガラス張りの屋根裏部屋が気に入った。針金入りの強化ガラスではなく透明のガラスを使っているのだから驚きだ。割れたりしないのだろうか。建築学に暗い俺でも、この屋根が高度な技術によって支えられている事は容易に想像できる。
「気に入ったかい」
「そりゃあ、もう! すごいですよ! こんな家、住んでみたいな~」
 お世辞ではない。本当に素晴らしい邸宅だ。技術的にも美術的にも高水準。俺はアホのように各部屋をグルグル眺め回す。江村は江村で、出来の悪い息子を温かく見守る佇まいで嬉しそうに俺を見つめる。
 最後に、立方体型の質素な部屋に招かれた。明かり取りの天窓に照らされた閉鎖的な部屋だ。中央に住宅模型の載った台が据えられ、その台を両脇から挟むように二対のソファーが置かれている。
「まあ、座りたまえ」
 俺は上座に腰を掛け、模型の向こうの江村と対峙した。
「この家って、この家ですよね」
 俺は模型をまじまじと観察しながら言葉足らずの質問をした。
「そうだよ。実際の施行に取り掛かる前に試作した模型だ。屋根を取り外して各部屋を覗く事も出来る」
「へええ、すごいなあ」
 あまりにも子どもっぽい無邪気さで驚く俺であった。屋根を取り外したかったが、壊すといけないので触るのは控えた。
「そろそろ、私が考える究極のおばけ屋敷について話そうか」
 俺は模型から江村の顔に視線を移した。「馬鹿げた夢だ」というのが遊園地での第一印象。しかし実は相当すごい建築士という事がこの家に来て解った。これは期待が持てそうだ。
「子どものころ、わからない事は恐怖だった。得体の知れない物、たとえば闇、たとえばオバケ、そういった、自分の知らない物が怖かった。自分の知識に無い存在。自分の理解を超えた現象、そういう物が恐れの対象だった」
 俺は黙ってうなずいた。
「この種の恐怖は自然科学を学ぶ事で解決される。知識は闇にうごめく得体の知れない者どもを明るみの下に引きずり出し、正体を教えてくれた。大人は夜を怖がらない。闇を恐れない。そこから“ありもしない何か”が飛び出してくる可能性など無い事を知っている。何があるかわからない不慣れな土地などでは多少の不安を催すが、自室で就寝中に幽霊が訪問してくるなんて超常現象が起るはずは無いと理解している。知は、見えない物に対する恐怖を拭い去ってくれたのだ」
 心霊現象を馬鹿にしくさっている俺にはこの理論が身に染みて解る。
「しかし知は新たな恐怖を引き起こす。これが私の考える究極の恐怖の図式だ。たとえば、高い所から落ちたら死ぬということを人は大人になるにつれ知る。すると軽度の高所恐怖症となる。虫には無数の病原菌が付着している事を知る。すると、虫に触りたくなくなる」
 なるほど。確かに虫が怖くなった。子どものころはカブトムシが大好きだったけど、今ではデカいゴキブリ程度にしか思えない。
「知は見えない物に対する恐怖を克服させてくれたが、新たな畏怖の対象を眼前に突き付ける。これが私の考える、究極の恐怖だ。究極の恐怖」
 江村は力強く「究極の恐怖」を繰り返した。
「君がもし、この部屋が毒ガス室だと知ったら、きっと恐怖するだろう」
 江村は意味ありげに微笑んだ。そうして立ち上がった。なんだこの展開。
「ようこそ、究極のおばけ屋敷へ。沼間くん。君は、私の作った“世界で最も恐ろしいおばけ屋敷”に遊びに来た初めてのお客さんだ」
 江村は部屋の入り口まで静かに歩み、ドアに鍵をかけ、赤いボタンを押した。
「壁を見たまえ。小さな穴がたくさん開いているのが確認できるか。あそこから無臭の毒ガスが出始めている。即効性の毒ではないが、三十分も吸い続ければ充分致死量だ」
 何の冗談だろう。ブラックジョークにしてもキツ過ぎる。
「馬鹿馬鹿しい。帰ります」
 俺は決然として席を立ち掛けた。すると江村が「それは怖くなったんだと解釈して良いのかな。逃げるのかい。日本一怖いという評判のおばけ屋敷にも全く動じなかった君だ。ある程度耐えられると思ったがね」挑戦的な言辞で引き留める。
「別に怖くはないです。ただ、馬鹿馬鹿しいと思ったまでです。帰ります。こんな風に試されて不愉快だ」
「怖くないのなら、もう少し居たっていいじゃないか。私はご覧の通り寂しい老人だ。若い人が遊びに来てくれるのは嬉しくってねえ。もうちょっと話し相手になってくれよ」
 俺はムッとした表情で腰を下ろす。釈然としないが、ここで帰ってしまうのは敵前逃亡だ。コケにされてたまるか。
「そうそう。見せてくれ、君の肝っ玉を。まだ君は怖がってなんかいないよな。この程度の脅しで震え上がるような男じゃないよな」
 江村は屈託のない表情で破顔しつつ、ソファーの下から防毒マスクを取り出して頭からかぶる。おいおい、マジかよ。やめてくれよ。
「知るというのは恐ろしい物だ。わかるかね。これが究極の恐怖だ。作り物の幽霊が飛び出すおばけ屋敷にギャーギャーわめくような子どもにはこの種の恐怖は理解できないだろう。子どもの論理はこうさ。何も見えないし何も臭わない。部屋に変化は無い。だから死なない。ってね。子どもたちには、死がヒタヒタと迫って来ているとは到底思えない。それは、知らないからだ。毒ガスに害があるという事を知らないからだ。無知は幸せだよ」
 このサイコ野郎にどう対処して良いものか。俺は考えあぐねて口をつぐんだ。江村は模型の屋根を外し、立方体の空間を指す。
「この部屋が、我々の居る部屋。見て。外壁からこう、管が伸びているだろう。この管から毒ガスが一分間に十立方メートルの割合で注入されるんだ。排気は天窓を開いて行なう…」
 江村の言葉を遮るように、俺は大声を出した。
「こんなの、おばけ屋敷とは関係ないじゃないですか。単なる脅しですよ」
「いいや、究極のおばけ屋敷だよ。子どもだましのおばけ屋敷は幽霊が見えるけど、ここでは見えない悪霊が精神を蝕むんだ。見えない物を実感するという恐怖。原理は一緒だ。どうだい、怖いかい」
「別に、怖くなんか、ないですよ」
「予告しよう。君は私からマスクを奪おうとするだろう。果たして死の恐怖に打ち勝てるかな。知らなければ、ちっとも怖くなかっただろうね。恐怖を感じぬまま、何がなんだかわからぬまま、死ねただろうにね。しかしもう安心してはいられない。なぜなら君は知ってしまったのだから」
 突然の処刑宣告か。が、決して恐怖感は無い。これは一種のテストだろう。そうだ。そうに違いない。
「冗談だと思っているだろう。しかし段々と息苦しさを感じてきてるんじゃないか。息苦しさを感じると同時に現実感が芽生え、それで徐々に恐怖へと転化していくのではあるまいか。死への恐怖は本能的な物。そう簡単に克服できる物ではない。どうだい、少し怖くなってきたかい」
 動悸が早くなっているのを感じた。確実に焦り始めている。この野郎、本気なのか。仮に今マスクを江村の顔から剥ぎ取ったところで、これが冗談だとしたら俺は不様な醜態をさらす事となる。負けだ。負けを認めることになる。簡単に人を殺せるはずはない。きっと冗談に決まっている。
 と、意識の中では自己説得できても、身体は意志に反して小刻みに震え始める。江村には気づかれていないほど小さな震えだ。止まらない。江村の自信に満ちた余裕の沈黙が憎らしい。俺は試されている。追い詰められ、おのれの運命を知ってしまった人間がどのような行動に出るか、やつは好奇に満ちた目で観察している。
 死に向けて心の準備期間を与えられる死刑囚でさえ、牢内で震えが止まらなくなるという。まして俺は、突然の死を眼前に突き付けられて、それを告知された。心の準備など出来ようはずもないし、考えれば考えるほど困惑するばかりだ。まだ実感は無い。しかし死への恐怖には易々と打ち勝てはしない。知識は俺に猜疑を与えた。
「どうせ冗談でしょう」
 俺は震え声を必死に制し、落ち着いた声でそう言った。多少おどけた調子も交え、江村の口から「ああ。引っかからなかったね」という種明かしの言葉が出て来るのを期待した。愛想を寄せ、悪い冗談をやめるよう彼に促した。しかし彼は何も言わない。防毒マスクに覆われているので表情も読めない。俺は一気に落ち込んでしまった。こいつマジかも知んない。暗闇に突き落とされたような絶望的な感情が襲ってくる。ずうんと重くなる心は否が応にも恐怖を助長する。
 くそっ。このままではこいつの思うがままだ。落ち着け。落ち着くんだ。俺は苦し紛れに頭の中で羊を数える事にした。なんでこんな時にという感じだが、とっさの際の事だからそれしか思い付かない。それほどまでに俺の心は混乱し始めている。余裕は全く無くなった。
 平静を失い始めた俺を江村が嘲ったように感じた。俺はカッとなった。怒りをぶちまけてやろうと思った。しかしすんでの所でぐっとこらえた。怒ってはいけない。それこそやつの思う壺だ。しかしこいつの言ってる事が真実だとしたらどうする。つまらない意地を張ってこんな所で死ぬのか。
 俺が口を閉ざして頭の中で考えを巡らせていると、江村が防毒マスクの下のボソボソ声で喋り始めた。
「人を殺しても何とも思わない。地獄が存在しない事を知っているからだ。私は罪悪感に対する引け目を完全に超越している。ここでもし君が死んでも、人跡稀な土地だもの、誰にも気づかれずに済む。司法の追求の煩わしさもない。私は君が死んでも何とも思わない。それは君にもわかっているはずだ」
 平然と言ってのける。そうだ。さっき会ったばかりでほぼ面識はないといっていいし、このような辺鄙な場所ではうまく死体を隠してしまえば発見される可能性は薄い。
「汗をかき始めたね」
 ハッとした。妙な脂汗が額に滲んでいる。
「毒ガスの影響かな」
 俺の心が動揺している事については敢えて触れず、知識の増補だけを心がける。いやらしい男だ。
 俺はこの男に服従するしかないのか。毒ガスが本当かどうかは不確かだが、確実に恐怖心は強まってきている。江村の、どっしりとした余裕。末期ガンの患者をしようかたなく見守る家族のような、無感情なまなざし。
 もう、ダメだ。限界だ。言う。言うぞ。
「そのマスクを…」
 と言いかけて、俺の自尊心がすんでの所で言葉を堰き止めた。
「そのマスクを? なんだね?」
「いや…。なんでも、ない…」
 江村はあくまで冷静だ。俺の身体は目に見えて震え始めた。ちきしょう。絶対ウソだよ、試されてるんだよ。それでも、身体の震えが、止まらない。なんだよ、なんだよもう!
 壁一面にプツプツと空いた穴を一瞥する。空気が流れているようには感じられない。毒ガスが出てるなんて絶対ウソなんだよ。それでも、やっぱり、ああ! 知るというのは、時として残酷だ。知らぬが仏というのは真理だ。知らぬまま仏になる方がまだマシだ。
「そのマスクを…」俺はもう一度繰り返した。「取れ」
 江村は一瞬考え込むように黙ったが、殺したくなるほど落ち着いた口調で言った。
「寄こせ、と言うのかと思ったが。取るだけでいいのかい。君に渡さなくても?」
「ああ! 別に毒ガスを吸わないようにしたいんじゃない。あんただけがマスクをかぶっているのは、フェアじゃないからだ!」
 俺の声は江村の声とは対照的に荒々しかった。もう、体面など関係ない。多少かっこ悪くても、最早こんな声しか出せないんだから仕方ない。
 江村はキョトンとした声で答えた。
「なぜ」
 忌々しい!
「フェアじゃないと言っているんだ! 公平じゃない!」
「ふむ。私は別に、ガマンくらべをしているわけではないよ。マスクを外したら私まで死んでしまう。だから外さないまでの事だ」
 こいつ、本気だ。本気で俺が死んでもいいと思ってやがる。
「君はあれだろ。どうせ毒ガスなんか出てないと思ってるんだろ。じゃあ、いいじゃないか。私がマスクをかぶっていようと脱いでいようと、関係ないだろう。問題は、君がマスクをかぶるか、かぶらないかだ。どうだね。もう限界かね」
 なんだかすごく気分が悪くなってきた。おそらく本当に毒ガスが出ているのだろう。死んでしまっては元も子も無い。ひざまずくしか、ない。ギブアップだ。
 俺が降参の意志を表明しようとしたその瞬間、絶妙のタイミングで江村が言葉を継ぐ。
「恐怖に屈するかね。究極の恐怖には、いかに君といえども勝てなかったかね。負けを認めるかい。ぶざまな負けを」
 いくら陵辱的な言葉をぶつけられても、それでも、限界だ。もう耐えられない。
「降参です。助けて下さい」
 江村は残念そうな、また嬉しそうでもある苦笑いをしながらマスクを脱いだ。
「なんだよ意外と根性ないなぁ。毒ガスなんか出てないのに」
 極度の緊張状態が一気に緩んだ俺はその場にブッ倒れて意識を失った。もう、どっちでも良かった。知識ってのは、罪なもんだ。


摩天楼(P助)   (2006/03/04)
小さなビルの上。
僕は、その街を眺めている。

彼は、明日を夢見て路上でギターを掻き鳴らす。
彼女は、お気に入りの服を着て闊歩する。

男は、肩をいからせ擦れ違うもの全てを威嚇する。
女は、その店の中では女王と呼ばれる。

少年は、紫煙を燻らす。
少女は、色とりどりの服を思う様買い漁る。

青年は、毎日寸分違わぬ時刻に出社し、毎日寸分違わぬ時刻に退社する。

鳥は、捨てられたご馳走を漁る。

虫は、人目を避けて強かに生き抜く。

木は、何か無機質に見える。

道は、走り行くものたちを支え続ける。

ビルは、ただ静かにそれを眺める。
街は、今日も動いている。

これは、人々の息遣いだ。
それは、長い輪廻の断片だ。


僕は、この街が好きだ。


夜空に高層ビルの光が生える。
この街ではこれが星の代わりだ。

大地には、申し訳程度に小さな草木が植えられている。
それでも、この街には必要な潤いだ。

人々は、多種多様な生活を送っている
だが、この街の元では平等だ。

全てを見下ろすバベルの塔たちが崩れ落ちる時、僕らは何を思うのだろうか。

街はただ静かに僕らを見守っている。
ビルはただ静かにその時を待っている。

喧噪と雑踏が渦巻く、愛すべき街。
僕はまた、大好きなこの街を眺める。

少し温んだ風が、摩天楼を通り抜けていった。



◆2ヶ月のごぶさたでした。P助です。
今回の作品、いかがでしたでしょうか。
よろしければ、下記バナーのクリックお願い致します。


P助

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学



«  | ホーム |  »


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。