散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    P助
    主宰。企画/発案担当。
    え、それって口だけってこと!?(笑)


    大塚晩霜
    デザイン担当。ブログのレイアウトが悪いとすればコイツのせいなんだ。
    週刊とりぶみ


    ナチュレ
    [プロフィール作成中...]


    仁礼小一郎
    沖縄出身ゴールデンルーキー

    某サークル六代目総長

    しがないサラリーマン
    ~順調にジョブチェンジ中!~
    (HP:気分は下克城!!
    See-Saa Night Fever!!


    こさめ
    万緑ソー中、紅一点!? 
    ココロに移りゆく何ごとか


    イシカワ マキ
    長野市在住。



カテゴリー



月別アーカイブ



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト   (--/--/--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



二月の雨   (2006/02/26)
 今年の冬は冷え込みが厳しく、連日の大雪である。古い木造住宅の我が家は、ひときわ寒さがしみ渡る。
 風邪を引いたのか、朝目が覚めると気だるい倦怠感と微熱を感じる。月のものがずいぶん遅れていて気にかかっている。そしてそれを考えながら目が覚める毎日は憂鬱だ。体の不調は、仕事の合間にも頭をよぎる。もしかしたら、という言葉が頭をよぎるが、検査をする勇気が出ず、恋人にもまだ伝えていない。

-おはよう、寒いね
 最近は専らこの言葉で一日が始まる。頭痛がすると言っていつにも増して無愛想な父は、居間から見える庭に目をやりながら、日本茶をすすっている。去年埋めた球根、この寒さで絶えちゃうんじゃないの、と母に言うと、絶えるわけないでしょ、と苦笑い交じりに一蹴された。

 職場へは車で十五分程かかる。日常は慌しいが、ある種、機械的で淡々としている。オフィスの一角に「業務効率化の推進」という紙切れが虚しく貼られていて、「毎週木曜日は定時退社デー」と少し場違いな雰囲気のポスターが隣に貼られている。人員削減による業務負担の増加は著しく、朝から仕事を精力的にこなしてもあっという間に夜になるのだ。昼間のオフィスはどこか雑然としていて、キーボードをたたく音が幾重にも重なって聞こえ、電話の音、業務連絡の声、上司の怒号、様々が織り交ぜられている。耳を澄ませば、この喧騒に呑み込まれノイローゼになるかもしれないと時々思う。月の半分くらいは深夜の残業になることに、何かと口を出してくる上司に辟易しながら、残業するなって言うなら人を増やして下さいよ、と角が立たない程度に言ってみる。

 そんないつも通りの雪が舞う夜、人の減ったオフィスで携帯電話にめずらしく自宅からの着信音が響いた。デスクから離れ、廊下に出て電話に出ると、受話器の向こうには母がいた。
 動揺した母のうわずった声は、病院に来るようにと突然言った。病院の場所を覚束ない説明でし始め、ようやく父が倒れたという事を私に伝えた。昨日より多少高めの気温にもかかわらず窓の外は雪が降っており、下腹部の痛みが鈍い鋭さを際立たせる。母の動揺から察せられる父の死という恐怖が私の中に沸き起こる。
 告げられた病院へ向かう道中、フロントガラスにせまって降る雪は、次第に本降りになってきた。大雪の日になると母は必ず、おばあちゃんが逝った日もこんな大雪だったのよと言うことをふと思い出した。信号で足止めをくいイライラして待ちながら、ひときわ大きく舞う雪を見つめ、もう少し待って、と祈らずにはいられなかった。
 市内の総合病院は、夜とはいえ煌々と明かりが灯っている。まばらにあいている駐車場のできるだけ入口に近い所に車を停め、ドアを開け少し湿っぽい雪の積もった地面へ足を下ろし、空から音もなく落下する雪を見上げ、まだ父を連れていかないで、と願った。物心付く前に亡くなったと聞かされた顔も知らない祖母に願った。

 雪の上を駆けながら、こんな時に何故か思い出すのは、幼い頃、毎週日曜日にスキーに連れていってくれた父のことだった。父の後ろから、ハの字型にしたスキー板に乗って追いかける私。雪山の柔らかい新雪は私に転倒の恐怖心よりも雪上の楽しさを教え、市内を一望できる大パノラマは、幼心にこの街の美しさを刻んだ。

 受付で伝えられた手術室の前に行くと、青ざめた母がようやく私が来たことに安堵したのか、言い様のない表情を向け、父はかなり悪いようだ、と茫然として伝えた。
 私は言葉にならなかった。


 去年、父の事業は頓挫した。技術があろうとなかろうと、このご時世に町工場の経営は苦しい。帳簿とにらみ合っている父の背中や、工場をたたみ、警備員のアルバイトに出て行く父の背中を哀れに感じ、卑屈にも思った。そんな私の心情を知ってか知らずか、商売やってれば、いい時も悪い時もあるのよ、と母が私に言い聞かせるように言った。
 ぶっきらぼうで頑固な父は多くを語らない。頑なに口を閉ざし、弱さも見せまいと気丈に振舞っている。同じ屋根の下で暮らしていてもいつの間にか会話は減っていた。

 長い手術時間に耐えられず、すっかり静寂に包まれた薄暗い階上の受付フロアに出ると、先ほどよりも雪が少し小降りになっているのが見えた。下腹部の鈍い痛みは夕方よりも痛みを増している。すっかり癖になってしまった何気なく添える手は、傍から見たら妊婦のそれだろうか。
ふと痛みが鋭くなる。下腹部でうねるような痛みの道筋を感じ、痛みが生きていると感じた。その鈍い痛みに、私は願う。もしも命が宿っているのなら私でなくていい。絶える命があるならば、ここに宿っているのかもしれない命を分けてほしい。父に、もう少し生きてほしい。
 痛みに堪らずしゃがみこんだ時、父の背中が脳裏をよぎった。あの背中はいつの背中だろう、と痛みとの狭間で記憶の糸を辿る。幼い頃、自転車の後ろに乗ってしがみ付いた父の大きな背中か。思春期の頃、朝帰りをした私の頬を無言で叩き、私に背を向けた悲しげな父の背中か。久しぶりの帰省に喜びをにじませていた学生時代の父の背中か。それとも最近あまり会話を交わさなくなった庭を見つめる父の背中だろうか。今この場所で、もう少し父の背中を見させて欲しいと祈ることしかできない自分の非力さを悔やんだ。
 その時、下腹部から何か降りる感覚にとらわれた。痛みが抜けて行くような感覚に包まれ、ふと顔を上げると、窓から見える雪は、いつの間にかみぞれ交じりの雨に変わっていた。

   ***

 公園通りには春の雨が降っている。珍しく定時退社が出来た帰り道は、街灯に反射する濡れた路面が少し眩しく、車の速度を緩める。まばらに残る街の残雪は、すっかり埃や排気ガスで薄汚れてしまい、日に日に体積を縮めている。
 雨は心地よい冷たさを私にもたらしている。そろそろ感じる春の香り。夕暮れの雨は庭土にしみこみ、一年前に家の庭の縁取りに埋めたムスカリの球根に染み渡るのだ。
 春の雨はまだこの街では冷たいが、ほのかな香りが長かった冬との決別を匂わせている。

 あの雪の夜から、2ヶ月はあっという間に過ぎた。
 父は庭先で、少し麻痺の残った左手をさすりながら、心なしか柔和になった顔つきで、最近めっきり暖かくなった庭を見つめ、そろそろ芽吹く球根を心待ちにしている。その背中には、これから芽吹く花の淡い色にも似た、穏やかな春の空気が漂っている。

                           了

スポンサーサイト


恋じゃなくなる日   (2006/02/14)
 慣れた手付きでギアを3速に落とし、ハンドルを右に切る。
 遅々として進まない国道から逃げるように、狭い路地に出た。30キロ速度制限の標識を一瞥し、再び4速へとギアをチェンジする。
 エンジンが激しく音をたてる。
「まったく、本当にお前とでかけるとろくなことにはならないな。2時間もあれば着く、と言ったのはお前だぞ」
 溜め息まじりに運転席の男が口を開く。銀縁のメガネの奥から覗く瞳が、やれやれと言っているようだ。朝9時に出発して、かれこれ4時間は経っている。スムーズに流れていれば2時間程度で到着する予定だったが、国道の渋滞が思わぬタイムロスだ。 
 それに応えた男は、助手席のリクライニングシートを限りなく水平にして、頭の後ろで腕を交差させている。色褪せたジーンズを履き、その長い足を邪魔だと言うようにどっかりと組んでいる。
「ちょっと違うな。オレは『渋滞しなければ』と言ったんだ。嘘はついてない。それに、運転するのはお前だしなァ」
 ふいに、タイヤの擦れる派手な音がして、車が急停止した。
「うわッ」
 短く叫んだ助手席の男は、あやうく体のバランスを崩し、フロントガラスに激突するところだった。
「なんだ? 猫か? ついに人でも轢いたか!?」
「赤だ」
 あわてて体を起こして前を見ると、赤く点灯した信号機の下、停止線ギリギリの所に車は止まっていた。
「……相ッ変わらず、イイ性格だな」
 眉をひそめて再びシートに横になる。
「褒めてもらって嬉しいよ」
 クラッチを切りながら男は薄く笑い、今度はゆっくりとアクセルを踏んだ。
 窓を開けると、ほのかに潮の香りがした。
 目的地まで、あと少し。


昼間の雲は太陽の味方のようだ。太陽から照らし出される陽の光の邪魔をしないように、あちこち隙間を作っている。言わば、光の通り道だ。
海岸沿いの小さな駐車場に車を停め、二人の男は外に出た。
「これのどこが、春が近づいて来ているって? この寒さは真冬並だぞ」
 運転席から降りた男は、そう呟きながら青いマフラーを首にかけ直す。ダークグレーの厚手のジャケットに、黒の綿パン。真新しい革靴は、砂浜を嫌う。
「まあ、あったかい方じゃないの」
 いくら太陽が出ているからと言って、すべてが味方してくれるわけでもないらしい。人気のない海辺に向かって歩き出す男の肌を切りつけるように、 最後の冬の風は容赦なく襲う。
風さえなければ良い天気、まさしくそんな気候だ。
 先を歩くメガネの男に少し遅れて、ジーンズの男が助手席から降りた。脱ぎかけだったスニーカーを履き直し、白いパーカーのフードを頭にすっぽりとかぶりながら、──おい、アキ待てよ。と、声をかけた。
 男は聞こえているのかいないのか、そんな声も気にかけず、より近い浜辺を目指し、石の階段を下りていく。
 アキ、本名は『アキマサ』という。短めの黒髪に、銀のメガネというスタイルは、昔から変わっていない。昔、と言っても二人が出会ったのは高校の時だから、せいぜい6、7年前というところだが。
 冷静で、マイペースな所も全く変化なしだ。
「しかし。お前も相変わらずの変人ぶりだな、マサト。この季節にこんな場所をご希望とは。よほど俺と二人きりになりたかったと思われる」
 風に運ばれた砂が覆い尽くす階段を降りきり、アキが足を止めた。 その視線は遠く地平線に注がれており、振り向くことはないが、どうやらマサトを待っているようだ。遅れて階段を降りるマサトが、潮風に飛ばされそうなフードを両手で抑えながら応えた。
「ははっ。まあいいじゃないの。海なんてお前めったに来ないだろ?」
 アキとは対称的に、少し肩にかかる長めの茶髪。少し日に焼けたその顔は、髪形と、ぱっちりとした丸い瞳のせいか、人なつこい大型犬を彷彿とさせる。背丈は、アキよりも少し高い。
 階段を降り、二人は肩を並べて歩き出す。
 マサトがパーカーのポケットから煙草を取り出した。一本抜き出し、口に咥えて火をつけようとするが、風が邪魔をしてなかなかつかない。手で壁を作り、向かい風に背を向けると、ようやく煙が立ち始めた。
 そんなマサトの様子を横目で見ながら、アキが呟く。その両手はジャケットのポケットにすっぽり収まっている。
「……寒いな」
「そんな寒くねーって。お前そんな厚着してるべや」
 ぷかぁと煙を吐き出し、アキのしかめ面を笑い飛ばす。車内禁煙だったため、煙草も実に4時間ぶりだ。見るからに満足そうな表情をしている。
「お前が羨ましいよ。こういう時、子供体温というのは便利だな」
「は。お前こそ、相変わらずの皮肉屋毒舌ぶりでオレは嬉しいよ」
「それは良かった。お前もヘビースモーカーは続行中だな。体に悪いと何度言えば分かるんだ。吸うならちゃんと灰皿のあるところで吸え」
「まぁったく、うるさいな。分かってるさ」
 うっとおしそうにアキの言葉を振り払い、ジーパンのポケットから携帯灰皿を取り出した。白いソフトケース型の物で、その汚れ方を見ると、随分使い込んでありそうだ。
「──まだ、持ってたのか」
 アキが、少し驚いたように言った。
「こんなの新しく自分で買うか」
 それは、何度言っても煙草を手放さず、その上投げ捨ての癖が抜けないマサトのために、アキがくれたものだった。高校生活、最後の冬のことだ。
「感心だな。喫煙家として当然のマナーだ」
 今までマサトの前で何度も繰り返してきた言葉を、また口にする。返事の代わりに、彼は再び煙を吐き出した。
「それと」
 ひと際強い潮風が、また、二人を襲う。顔にかかるマフラーを払いのけながら、アキがもう一言付け加えた。
「風が強い日はターボライターの方がいい」   



 お世辞にも綺麗とは言えない浜辺で、二人は立ち止まった。会うのは実に、高校の卒業式以来で、4年ぶりにもなる。それでもお互い「久し振り」の言葉は出てこない。
 言葉、なんて面倒くさい以外に言いようがないものだ。頭の中で選んだ単語を繋げ合わせて文章にし、感情を加えて唇にのせる。そんなことをしなくても、気持ちが伝わればいいのに、と思う人間は大勢いるだろう。だが、実際それが現実になったら人間は果たして誰を信じることができるだろう。
 マサトが砂浜にあぐらをかく。靴やジーンズの隙間に入り込む砂のことなど、考えてもいないようだ。
「しっかし、人がいないなあ。……オレも海なんてそんなに来ないけど、猫一匹くらいいてもいんじゃねぇ?」
「それで?」
「え?」
 上から降ってきた声に思わず反応し、アキを窺う。
「真顔で聞き返すな。こうしてお前から誘うなんて、何か話があるんだろう?」
 話の切り出し方も全く変わっていない。マサトが情景描写を始めたら、本題が別にあると思っていい。言わずともいい話に最後まで付きやってやるほど、親切とは言えないアキであった。
「……ああ、そうだな」
 お前が相手だもんな、……そんな、苦笑い。
 二人の視線は互いの瞳ではなく、飽くことなく繰り返している、行ったり来たりの白波。広い海には赤いブイが所々に浮かんでいる。思い出したように、ごく稀に白い鳥たちが止まっては、羽を休めていた。
「オレ、さ」
 一呼吸。
 決して話を急かしはしない。
「──結婚するんだ」
 アキは動じない。視線は沖、両手は変わらずジャケットのポケットだ。ゆうに1分は間を開け、やがて重そうに口を開いた。
「……相手は?」 
 そんな当たり前と言えば当たり前の質問に、マサトは痛そうに顔をしかめる。別に、名前を言うだけだ。やましいことなど、ためらうことなど何もない。
 マサトは口を開こうとした、しかし。
「はは。ちょっと、意地が悪かったかな」
 自嘲を含んだアキの笑い声に、開いた唇は言葉を失う。代わりに、微かな吐息を一つ。
「だいぶ、な」
 おそらく、思うことは互いに同じ。それをどう言葉にしたものか。していいものか。想いだけが頭を駆け巡り、文章にまとめることができない。
 遠くで子供の叫ぶ声がした。いつの間に来ていたのか、小さな女の子がひとり、父親らしき男の側で、はしゃぐように浜辺を駆けている。だいぶここからは距離があり、会話までは聞こえない。防寒のため、だいぶ着込んでいる女の子が、なんだかもこもこしていて、可愛かった。
 風は、弱まる気配を見せない。依然として、彼らの体を打ち付けている。耳にも、赤みが増してきた。
 長い沈黙のあとで、突然、マサトが吐き出すように叫んだ。
「……結婚してくれって言った時に、アイツから聞いた。オレは知らなかったんだよ」
 覚悟は、していた。
「アヤがお前に抱かれてたなんてな!」
 今日、マサトから電話があった時から、気付いていたのだ。話を切り出しやすいようにしてやったのも、わざとだった。驚きはしない。当然の、呵責の言葉。黙っていた負い目よりも、マサトに知られたことへの安心感の方が、なぜか勝っている気がする。
「……悪かった」
 全く、意味のない謝罪の言葉。そう分かっていても、言わずにはいられない。意を決し、アキは言葉を続ける。
「二年前に、一度、会いに行ったんだ。たいした用じゃなかった。サッチっていただろう、高校から仲良かった。……住所聞いて、待ち伏せた」
 マサトは口を挟もうとはせず、ただ黙って聞いている。その目には力が入り、顔が紅潮していくのが分かる。
「そんなつもりはなかった。ただ、成り行きで彼女とはそうなってしまったんだ。それでも、俺は後悔していない」
「『後悔していない』……?」
「その時、彼女は何も言わなかった。お前と付き合っているなんて、一言も言わなかったんだ」
 マサトの表情が少し変わった。アキの言うことを頭で反芻しながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「……でも、お前は知ってただろう? アヤとオレのことは、サッチから聞いてたはずだ」
「そうだな。俺はお前の女だと知っていて、彼女とした(・・)んだ」
「なんで……っ」
「どうしてだろうな。もちろん、衝動的に行動したわけじゃない。俺は冷静だった」
「お前がいつも冷静なんてことは、良く知ってるさ……」
 言葉が続かなかった。マサトは今、言うべき言葉が分からない。何を言えば、いいのだろう。まったく、言葉なんて面倒だ。アキが行為を肯定したのは確かで、自分とアヤが結婚することもまた、変わることのない事実なのだ。
「俺は、お前たちが別れることを期待していたのかもしれないな」
「なんだと?」
 思いがけないアキの言葉に、マサトは目を剥いた。淡々と語るアキとは反対に、高揚した気持ちがまた、湧いてくる。
「別に、アヤが好きだから別れさせたかった、とかそういうんじゃない。俺が原因でお前たちが別れて、そのあとのお前の反応を見たかったのかもしれない」
「お前、訳(わっけ)わかんねぇよ。なんのためにそんなことすんだよっ……」
「さぁな。俺にも良くわからない。だけど、あんなことがあっても、お前たちは別れることはなかった。なんだか、思惑通りに行かない反面、やはり安心したよ」
「わかんねぇよ……。オレはアヤからそのことを聞いた時、めっちゃくちゃに腹が立った。アヤにも、お前にもな。会ったら絶対に一発殴ろうと思ってた」
「……殴っても、構わない」
「アヤは、高校の時、お前が好きだったんだよ」
 その時初めて、アキのポーカーフェイスが崩れた。視線を落とし、マサトを上から見つめる。
「オレは知っていた。だから、アヤがオレを受け入れてくれたときは正直驚いた。やったとは思ったけど、ずっと気になってたんだ。オレと一緒にいるときでも、アヤはお前のこと考えているんじゃないかって、な」
 マサトの声は、意外にも落ち着いていた。自分でも驚くほど、すんなりと言葉が出てきた。まるで、今までずっと推敲していた書き込みだらけの草稿を、今この場で清書しているような。
「アヤは、抵抗しなかっただろう? ずっとお前を想っていたんだもんな、念願叶ったり、ってとこだろ」
 マサトは笑った。ほんの少し自虐的に、皮肉めいた言葉で。頭にかぶったフードのせいで、アキからはマサトの表情が見えない。今、彼はどんな顔をしているのか。
「プロポーズした時に、オレは玉砕覚悟で聞いた。アキのことはいいのか、ってな。アヤはオレが気付いていることは知らなくて、驚いてたよ。……でも、はっきり言ってくれた。結婚相手、オレで絶対に後悔はしないって」
 それは、アキに言っているというより、マサトの独白のようだった。語りかけている感じはしない。アヤのことを、アキのことを、一つ一つ思い出しながら台詞にする。
 彼(マサト)は、穏やかだった。
「あー。もう、いい。もう、いいや。お前の性格なんて、オレが一番良く知ってる。これから先、お前との関係が壊れることなんて想像もつかねぇ。もう、いいんだよ」
 急に、マサトの声色が変わった。考えるのが面倒だ、とでも言うように、何かを吹っ切ったのだ。でもそれは決して、投げ遣りではない。
 フード越しに彼を見つめ、アキが名を呼ぶ。
「マサト」
「オレは過去を踏み台にして未来を生きる。誰が何しようが関係ない。アヤは、オレが必ず幸せにするさ」
 建て前ではなく、心からそう思った。過去に何があろうと、これからの未来は変わらない。
「マサト、……悪かった」
「ああ、もう謝るんじゃねーよ」
 お前が本気で俺たちを別れさせようなんて、思うわけないんだからよ。
 最後の言葉は口には出さなかった。
 マサトが立ち上がる。ジーンズを軽くはらって、かぶっていたフードを取った。
「しっかし、あーどうするよ。結婚初夜に『やっぱりアタシ、アキが好きなの!』とか言われたら」
 大きく伸びをしながら、ひとり言のように叫んだ。フードを取ったせいか、幾分風が気持ち良い。
「ふん……、その時こそ、一発殴りに来い」
 唇の端を持ち上げて、アキが微笑む。冗談めかして口にした、かなり本気の言葉。ギリギリの境界線。
「は……ははっ、そうだな、そうするか」
 本気の冗談に、本気で応えた。マサトも、腹から笑った。 
 二人は、再び歩き出す。
 午後の日差しは、冷たい頬に心地良い。昼時を過ぎて、街も少しは動きやすくなっているだろう。この浜辺にも、人が来るに違いない。
 元来た階段を上がったところで、マサトが口を開く。
「最後に聞かせろ」
 アキが振り返り、彼の目を見据える。眼鏡の奥の瞳は、曇っていない。
「お前は、アヤをどう思っていたんだ?」
 僅かに瞳を震わせたアキだったが、それを隠すように、車にキーを差し込んだ。回しながら、呟く。
「……靴の砂をはたいてから乗れよ。車を砂まみれにするな」
 マサトは笑って、ああ、と一言うなずいた。 

 冬の終わり、春の訪れ。
 そんな乾いた風が、二人の体に吹き付ける。
 春に程近い日差しのおかげで、車内は暖かかった。
 海岸を後にし、エンジン音をたてて車は走り出す。
 
 春はもう、すぐそこに。


舞台『ウイルスさんと粘膜さん』   (2006/02/04)
設定・人の体内。体内に侵入しようとするウイルスと、それをあくまで「職務」として防ぐ免疫力の話。

 舞台中央に机と椅子。そこに守衛(粘膜・以下「シ」)が気怠そうに座っている。時折あくびを噛み殺したり、自分の肩を叩いたりしている。
 とそこへ、周りをキョロキョロしながらウイルス28号(以下「ウ」)が入ってくる。守衛、ウイルス28号には気づかないが、28号は守衛に気づき、少しぎょっとする。そして守衛から隠れるようにして携帯電話を取り出し、誰かと話し始める。

ウ 「もしもしぃ、あっお疲れ様です28号ですぅ。すいません、ボスいらっしゃいます? はい、お願いします」
(暫しの間)
ウ 「あ、ウイルス28号ですけど。お疲れ様です。今ですね、くしゃみに乗って鼻の穴から体内に侵入するところなんですけど。はい、そうです、人間の。それでですね、これから侵入してさっさと体に菌を感染させたいところなんですがねぇ、ちょっと厄介で。えぇ、そうなんですよ、例の予防対策でしたっけ? 入り口に守衛が居て中に入れないんです。え? ちょっとお待ち下さい」

 28号、守衛の様子を覗き見る。守衛、まだ気づかず一人暇つぶしをしている。

ウ 「あ~、守衛はやる気ないんでセキュリティはかなり甘いんですがね、とはいえまだ僕この仕事始めたばかりで自信ないんですよ…。え? はい、わかりました、ちょっとやってみます。ではまた後で連絡するんで」

 28号、携帯を切り一つ深呼吸。少し思案し、意を決して守衛の方へと向かう。

ウ 「あぁ、どうもどうも。いつもご苦労様です…」
シ 「あ、これはこれは。どうぞどうぞ」

 守衛、全く気にせず28号を通す。28号、内心嬉しがりながら守衛の前を通り抜け、急ぎ立ち去ろうとするも、途中で見えない壁にぶつかり派手に転ぶ。(SE・ぶつかる音)

ウ 「いてっ!」
シ 「はて、どうかされました? おやまあセキュリティドアに引っかかったんですな」
ウ 「(身体をさすりながら)いてて…。なんだ、どうなってるんだ?」
シ 「おや、まだご存じなかったですか? 実はつい先日なんですがね、こちらの体は予防接種を受けてセキュリティを強化したんですよ。なので入り口で認証をしないと入れないんです。あれ、ご連絡無かったですか?」
ウ 「えっ…。え、ええ、まあ。実は私、久々にこちらに来るもんで。連絡来てないんですよ…」
シ 「あら、そうなんですかぁ。あ、もしかしてあれですか? 新陳代謝で間違って体内に出ちゃったとか!」
ウ 「えぇ、まあそんなとこです」
シ 「あはは、あれって大変らしいですねぇ。汗と一緒なら全身が塩っぽくなるだけで済むそうですが、お尻からになっちゃうとねぇ。もう臭いがきつくて。それにミの方になっちゃうと全身にそれが付着してそりゃあもう…」
ウ 「き、汚いなぁ。その話はいいんですけどね、こちらのセキュリティの解除方法を教えてくれませんかね? そうしないと僕入れないんで」
シ 「解除の仕方ですか? それはパスワードかもしくは…(親指を突き出して)これをピッと認証するんですけど。このご様子だとどちらも登録されてませんよねぇ?」
ウ 「え? ええ、まあ。困ったなぁ。何とか入れてもらうこと出来ませんかね?」
シ 「いやぁ、私にゃそんな権限ないんでね、それはできないんですよ」
ウ 「そこを何とかお願いしますよ! 中に入らないと僕仕事が出来ないんですよ!」
シ 「そりゃあわかりますが、どうにもねぇ。弱りましたねぇ」

 守衛と28号が絡んでいるところへ、「白血球」というプラカードを首からぶら下げた白血球(以下「ハ」)が陽気に歌を歌いながらやってくる。そして守衛へ挨拶。

ハ 「おや、今日もご苦労様」
シ 「あぁ、これはどうも。どうぞどうぞ」

 白血球、ノーチェックで守衛と28号の前を悠々と通り過ぎ、セキュリティドアの前へ。とそこへ、携帯電話に着信があり、しょうがなくその電話に出る白血球。

ウ 「い、今の誰?」
シ 「おや、ご存じないですか? 白血球さんですよ。リンパ腺所属のエリートさんですよ?」
ウ 「あいつが敵かぁ…。あ、いやいや。そうそう、白血球さんですよね、思い出しましたよ。ちょっと頼んでみようかな。すいませ~ん、白血球さん!」
ハ 「ん? 何か用かね? というか君は誰だね?」
ウ 「ぼ、僕ですか? やだなぁ忘れないで下さいよ、えぇと、僕は…そう、横隔膜所属のヘモグロビンです!」
ハ 「横隔膜? あの部署はシャックリにしか役立たないお荷物部署じゃないか。体内の最前線で守っている私からすれば、まぁ君のことを知らなくても当然かな」
ウ 「そ、そうですよね、僕の部署はしょせんマイナーですから。まぁそれはおいといて、僕のことをお忘れかもしれませんけど、実は今セキュリティドアを抜けられなくて困ってるんですよ。同じ体内のよしみってことで、今回だけ一緒に入れてもらえ
ませんかね?」
ハ 「それはできないなぁ。何せ私は体内の健康を守る身だからね。君がいくらうちの所属だからって、それを証明するものが無いことには入れられないに決まっているじゃないか。セキュリティだよセキュリティ! 今じゃ常識じゃないかね? というか君、所属証も持っていないじゃないか。(観客の方を指指しながら)見てみろ、君以外全員ちゃんと首からさげてるじゃないか! 君だけだよ、してないのは。こんなんじゃまず無理だね!」

 28号、首から何もかけてないことを気まずそうにしている。守衛、白血球の言い分をうなずきながら聞いている。

ハ 「というわけで、私は忙しいのでもう行くよ。ま、君もせいぜい体内に入れるように
   頑張ってくれたまえ。ではまた」

SE・ピッ&セキュリティドア開閉音
 白血球、親指でピッとしてドアを突破し笑いながら奥へはける。それを見届け悔しそうにしている28号に守衛が話しかける。

シ 「残念でしたねぇ」
ウ 「ちっ、あのエリート野郎。中に入ったら真っ先に殺ってやる…」
シ 「え?」
ウ 「え、いやいや、こっちの話ですよ。でもエリートだからってあんな言い方無いと思いません? ひどいよなぁ」
シ 「まぁ白血球さんの言い方もきつかったとは思いますけどねぇ。でもこのご時世、しょうがないと思いますよ。今やどこもかしこもセキュリティセキュリティって、騒いでるじゃないですか。やれここが危ないとか、やれこうすると予防効果があるだとか、もう色々言われて、何を信じていいんだか、何をやればいいんだか…。正直、嫌になってきちゃいますよ」
ウ 「ほんとそうですよ。こっちも仕事がやりにくいったらありゃしない…。あ、いやね、ちょっとの間外に出てただけで、体内には戻れないんですから」
シ 「すいませんね、まぁそういうことなんで、やはり私にゃ中に入れられないんです」
ウ 「どうしても…ダメですか?」
シ 「えぇ、ほんとすみませんねぇ」
ウ 「はい、わかりました! では僕出直して来ますよ。ちゃんとセキュリティロックを解除出来るように、中の人に連絡なり取ってみますんで。お手数お掛けしました」
シ 「そうですか。では私はこちらにいつも居りますので、中に入れるようになったらその時はまたこちらに来て下さいね。はい、これ。守衛室の連絡先です。お待ちしてますので…」
ウ 「ありがとうございます。それでは、僕はこれで」

 28号、守衛に挨拶し、はける。守衛、椅子に座り直しまた暇つぶしを始める。28号、急ぎまた携帯を取り出し電話。

ウ 「あぁ、ボスですか。28号です。あの~、実はですね、先ほどの件なんですけど…やっぱ僕には無理だったんじゃないかと。え? いや、守衛はいいんですが、何せセキュリティロックがかかっていてドアを突破出来ないんですよ。はい、例の予防接種ですよ。色々手は尽くしたんですがねぇ、ちょっと…。いや、別に僕ぁさぼってるわけじゃないですって。ちゃんとやってますよ。いや、ですから…。えっ? そんな! 中に入れなかったら首だなんて、ちょっと、無理ですって。ボス! ボス…! って、切っちゃった。どうしよう…? どうにか中に入らないと、首になっちゃうよ。あぁ、やだなぁ。でもどうにかしないとしょうがないしなぁ…」

 28号、守衛をもう一度覗き見る。守衛、まだ暇つぶし中。

ウ 「しょうがない、僕には後がないんだ、どんな手を使っても中に入らないと…。よ~し!」

 28号、何かを決意し、一旦はける。暫くした後、野球帽をかぶってやってくる。

ウ 「オーライ、オーライ、オー… あっ! 風に乗って打球が伸びるぞ~ あぶなー
   い!」

SE・ガラスの割れる音

シ 「ば、ばっかもーん! 誰じゃ!」
ウ 「す、すいません! 向こうで野球をやっていて、それで…。あの、ボールを取りたいんですけど、中に…入れてもらえませんか?」
シ 「ダメじゃダメじゃ! 中に入りたいんなら、ガラスを弁償してもらってからじゃ!」
ウ 「ちぇっ!」

 28号、残念そうにはける。次に、舞台袖から携帯電話を取り出し、掛ける。すると守衛室の電話が鳴る。

SE・電話のベル

シ 「はい、もしもし…」
ウ 「あ、じいちゃん? オレだよオレ!」
シ 「オレって言われても…。あ、もしかしてリョウかい?」
ウ 「そう、リョウだよオレ! じいちゃん、大変なんだよ!」
シ 「どうしたんだい? 何か困ったことでもあったのかい?」
ウ 「実はオレ、車で人をはねちゃって、今すぐに慰謝料を払わなきゃいけないんだよ!そうしないとオレ、警察に訴えられちゃうよ! 助けて、じいちゃん!」
ウ 「そ、それは大変じゃないか! で、ワシは何をすればいいんだい?」
ウ 「うん、じゃあね、入り口のセキュリティドアを解除すればいいから!」
シ 「え、それでいいのかい? それで助かるんだね?」
ウ 「うん、それで大丈夫、じいちゃんほんとありがとう! それじゃあね」

 28号、電話を切り、小さくガッツポーズ。早速ドアの前へ向かおうとしたところで、守衛の孫(リョウ。以下「リ」)台本を持ったままぼんやりと歩いてくる。

シ 「あっ、リョウじゃないかい!」
リ 「あれ、じいちゃん」
シ 「ドア、解除しといたよ。大丈夫なのかい?」
リ 「えっ、何が? 何かあったの?」
シ 「何かって…人をはねたんだろ? 警察とか大丈夫なのかい?」
リ 「何の話してるのさ? あのね、僕は今、初の舞台で緊張して、台詞を忘れちゃわないように懸命に覚えてるの。だから邪魔しないでよ。もう行くからね!」
シ 「って、リョウ、待ちなさいって。怪我をした人様はどうなったんだい?」
リ 「(ぶつぶつ言いながら)親父と息子、向き合って掛け声。タッパーズの去私眈々! あ、そうかこういうことか! 去私眈々! ぶつぶつ…」
シ 「ちょ、ちょっと!」

 リョウ、ぶつぶついいながら退場。守衛、それを訳も分からず見送る。そしてその様子を気まずそうに眺める28号。

ウ 「あ、あの…。今のがリョウさん?」
シ 「えぇ、そうですが、アナタ誰?」
ウ 「し、失礼しました…」

 28号、客席の客より所属証を借り、首からかける。そして眼鏡を掛けて守衛の元へ。

ウ 「あぁ、どうもどうも」
シ 「はて、どちら様でしたかな?」
ウ 「私、こういうものです」(首のカードを見せる)
シ 「ん? タッパーズの去私眈々…新宿ゴールデン街劇場? なんですこれ?」
ウ 「いや、ここですよ! ほら、GUEST!」
シ 「あ、ほんとですねぇ。で、どうされました?」
ウ 「はい、私別の体から来たものなんですが、こちらの体に呼ばれまして…」
シ 「あぁ、ご面会の方ですか?」
ウ 「そうですそうです。なのでちょっと中に入れてくれませんかね?」
シ 「そうしますと、一度取り次がないといけないので…」
ウ 「え、そうなんですか? 面倒だなぁ…」
シ 「ちなみに誰にご面会で?」
ウ 「え、え~と…。では白血球さん、で」
シ 「少々お待ち下さい…。(受話器を取り話す)あ、もしもし。こちら守衛室ですが。あ、どうも。実は今、白血球さんにご面会の方が来てるんですが。えぇ。 あの、お
   名前は?」
ウ 「はい? 名前ですか? え~と…。長州小力です。『いや切れてないっすよ』」
シ 「そんな小デブは知らん、と仰ってますが…」
ウ 「小デブって…。知ってるじゃないか!」
シ 「知らんものは知らん、人違いだと仰ってますが…」
ウ 「じゃああれですあれ。私の名前は藤井隆です。『体の一部がホットホット!』」
シ 「そんな乙葉の旦那は知らん、と仰ってますが…」
ウ 「だから知ってるじゃないか! 通してくれよ!」
シ 「オレの青春、乙葉を返せ、と仰ってますが…」
ウ 「なんだよ~、乙葉ファンかよ! じゃああれですあれ、私の名前はレイザー
   ラモンです。フォー!(&腰振り)」
シ 「そんなハードゲイ、略してハゲなんて知らん、と仰ってますが…」
ウ 「いやだから知ってるでしょ! それにハードゲイの略はハゲじゃないし!」
シ 「あいつ絶対将来はげる、(長井秀和風に)間違いない、と仰ってますが…」
ウ 「いや長井秀和はいいから、通してくださいよ!」
シ 「うるさい、もう切るぞ、と仰ってますが…」
ウ 「あ~、うそですうそです。そうだ! 私の名前は…」
シ 「あぁっ、切れた」
ウ 「…『いや切れてないっすよ』」
シ 「えっ? 切れましたよ?」
ウ 「……。くっそ~…」

 28号、頭を抱えながら舞台袖へ退散。

ウ 「あ~、こんなんじゃいつまで経っても中に入れない! こうなったらもう無理矢理にでも入るしかないんだ! くそ~!」

 28号、結局最後にサングラスをかけ、強盗スタイルで突撃。

ウ 「おい、痛い目に遭いたくなかったらセキュリティロックを解除しろ!」
シ 「はっ、はい?」
ウ 「痛い目に遭いたくなかったらセキュリティロックを解除しろ!」
シ 「何ですかあなたは?」
ウ 「見て分かるだろ、強盗だよ。セキュリティロックを解除しろって言ってるんだ!」
シ 「いやですよ、乱暴は…」
ウ 「じゃあさっさとそこを開けるんだ!」
シ 「そうは言われてもですね…」
ウ 「さぁ、早く!」
シ 「や、やめて下さいよぉ、ちょ、ちょっと!」

 28号、守衛に掴みかかる。守衛、必死に抵抗。暫くもみ合った後、はずみで28号のサングラスが外れ、正体がばれる。

ウ 「あっ…」
シ 「あなたは…さっきの…」

 28号と守衛、無言で見つめ合う。暫くした後、28号、目線と共に肩を落とし、諦めて帰りかける。

シ 「待ってください…」
ウ 「!」
シ 「待って下さいヘモグロビンさん…。いや、ウイルスさん」
ウ 「えっ…! 何故僕がウイルスだって…?」
シ 「それくらい私でも気づきますよ。あなたがウイルスだったってことくらい、一番始めに来たときから気づいてましたよ。今時、横隔膜所属であんなに仕事に真剣に取り組んでいる細胞なんて、ありませんからね。おそらくウイルスなんだろうなってわかっていました…。そんなに入りたいんだったら、さぁどうぞお入り下さい」
ウ 「で、でも…。いいんですか?」
シ 「私ぁねぇ、別に好きでこんな仕事をやってるわけじゃないんです。他にめぼしい仕事が無いんでしょうがなくやってるんですよ。それに…いくら私が真剣に職務に励んだって、いくら私が懸命に体の健康を守ろうとしたって、結局は体の主の心がけ一つで全くの無駄になるんです。私は以前の職場で、それを嫌と言うほど思い知らされましたよ…」
ウ 「何か病気でも、されたんですか…?」
シ 「えぇ、淋病でした…。いくら私が鼻の中で懸命に頑張っていたって、体の主が何も考えずに不純異性行為を繰り返せば、性病の一つや二つ、感染しますよ…。その時私は思ったんです。この仕事は真剣にやっても報われる仕事じゃないんだな、と。それからですよ、私が仕事に対してやりがいを無くし、ただただ楽をして仕事をこなすようになったのは…」
ウ 「そうだったんですか…。だからあんなにやる気がなかったように見えたんですね」
シ 「えぇ、そうですよ。もし予防接種なんてやっていなかったら、あなたも軽々と侵入できたでしょうに、色々大変でしたねぇ。そもそも、こんなセキュリティ対策に一体どんな意味があるのでしょう。先ほどもあなたに愚痴ってしまいましたが、世の中セキュリティセキュリティって馬鹿の一つ覚えみたいに…。本当に大切なのは、本当に効果のあるセキュリティなのは、もっと根本的なことなんですよ。規則正しく生活して、昔ながらの食生活で、日々健康を心がけて生きていく…。そう、全ては心がけ次第なんですよ。この体の主も、残念ながらその心がけが足りなかった…。だからあなたがここにやって来たんです」
ウ 「確かに…。僕がこの体に乗り込んできたのも、そもそもはこの体の主が寝るのをそっちのけでゲームセンターで今時ダンスダンスレボリューションをプレイして、汗だくになりながら『サタデーナイトフィーバー』状態でノリノリだったからです…。もしもこの体の主がゲームセンターで汗だくになったまま、寒い夜道を歩いて帰らなかったなら、僕はこの体に来ることはなかった…。心がけが足りなかった、そういうことですね」
シ 「そうですよ、だから私はあなたをこの先に通しても、何も罪悪感を感じないんです。そう、結局はこの体も、前の体と同じだったってことですから。さぁ、どうぞお通り下さい…」
ウ 「ありがとうございます…。このご恩、忘れません。では」

 28号、守衛に礼をした後、セキュリティロックを解除してもらい中へ。(SE・開閉音)そして舞台からはける。

SE・サイレン音
(以下、録音)

「くせ者じゃ~出会え出会え~!」
ハ 「む、何やつ? お、おぬしは!」
ウ 「さっきはよくも馬鹿にしてくれたな。これでもくらえ!」
ハ 「おぬし、謀ったな! く、一生の不覚なり…無念…」
ウ 「白血球、討ち取ったり~!」
「もう壊滅じゃ、城に火を放て! むざむざくせ者を逃がしてはならん!」
火の燃える音とサイレンが大きくなり、フェードアウト


 28号、ぼろぼろになりながら出てきて守衛の前へ。

シ 「終わったんですね…」
ウ 「えぇ、おかげさまで。ここはもう持ちません。あなたも早く逃げた方が良いですよ。ここはもうすぐ灼熱のように熱くなる…そうなると手遅れだ」
シ 「そうですか…。どうやらあなたは恐ろしいウイルスだったようですね」
ウ 「えぇ。黙っていてすいません」
シ 「いや、いいんですよ。私は気にしていませんから。次の働き場所を探すだけですか
   らね…」
ウ 「そうですか」
シ 「また次へ、行かれるんですか?」
ウ 「えぇ、そろそろ迎えが来るんで…。どうも、ありがとうございました」
シ 「またどこかで会えるといいですね。その時は…易々とは通しませんよ」
ウ 「えぇ、楽しみにしています…。それでは、また」

SE・くしゃみの音。「はっはっはっくしょん!」  

暗転


テーマ:創作シナリオ - ジャンル:小説・文学



«  | ホーム |  »


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。