散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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回れ回れ回れ!【年末連日掲載祭作品!】   (2005/12/31)
 屈辱だ。
 全くもって屈辱だ。
 いつもであれば、俺は既にこの世にいないはずだ。いつもであれば、俺の背中の光り輝く赤を目ざとく見付けた奴が俺を捕らえ、あの黒い液体をかけ、無遠慮なまでに咀嚼されているはずだ。いつもであれば、俺は既に噛み砕かれ、木っ端微塵となり、奴らの胃液に溶かされているはずだ。それで俺の任務は終了。短い生涯に幕を下ろす。
 ところが。
 今日はどうだ。 俺が生まれ、動く歩道の上に乗せられ、毅然とかまえていても誰一人俺に目を向けない。このまま閑古鳥が鳴き続ければ、この動く歩道をぐるっと一周してしまうのは時間の問題だ。
(俺を見ろ! この俺を!)
(俺は王だ、最高のまぐろだぞ!)
 必死のアピールも虚しく、俺はとうとう屈辱的な〝動く歩道一周完走〟という愚行に至ってしまった。客がいるテーブル席から隔たれた厨房に待っていたのは、数分前に俺を生んだ、まだ若い男。互いに望んでいなかった、最悪の〝再会〟。
「あっ! てめぇこの野郎! 何でしっかり食われて来ねぇんだ!」
 奴は、まだ「生きている」俺を見るなり、想像通りの罵声を浴びせた。
「それはこっちが聞きたい。今日の客は見る目がないな」
 極めて俺は冷静だ。腐っても鯛ならぬ、腐ってもまぐろ、だ。寿司ネタの頂点に君臨する王たる者が、こんな奴ごときに感情的になってたまるものか。
「客が悪いっていうのか!? 飲食店にとって客は神と同じだ! てめぇみてえな役立たずにとやかく言う資格はねえっ!」
 またか。「客は神」。こいつの口ぐせだ。まあ分からんでもないが、俺にとって客とは、俺が生まれ、食われ、生を放棄するまでという、任務を全うするための道具でしかない。奴らは、俺の命を奪った、とでも思っているのだろうが、俺は自分のために奴らを利用しているだけに過ぎない。まあ、今はそんなことどうでもいい。
「さっさともう一周行って食われて来やがれっ!」
「相変わらずお前は頭に血が上っているな。そんな沸騰した頭で上手い寿司なぞ握れるのか?」
 俺はしゃべりながらも流れていく。この大地は止まることを知らない。
「……んだと、このやろッ! 客だけじゃなくてこのオレ様までも愚弄する気か!?」
「ふん。あまり熱くなると握った寿司まで温くなるぞ」
「……てめぇ」
 奴は今までよりさらに顔を赤くし、俺を睨みつけた。あと数センチで第二周目に突入、という所を、俺はさっと皿ごと持ち上げられた。同時に俺の身もキュッと引き締まった。まずい。
「このオレ様にそんな口利いていいと思ってんのか? てめえをこのまま生ゴミ行きにしてもいいんだぜ?」
 奴は、俺を(正確には皿を)自分の目線と同じ高さまで持ち上げ、舐め回すような視線をぶつけてきた。
「オレ様には逆らわない方がいいんじゃないのか?」
 こうなってしまうと、こっちは不利だ。 不本意ながら、おとなしくなる。
「分かった。もう何も言わん。だからおろせ」
 ここは従順になるのが賢明だ。どっちにしろ、鮮度が命の俺の寿命は長くない。だったら、ゴミ箱なんかではなく、いつもの戦場で死を遂げたい。
「気合い入れてけよ! 三周目なんざないと思え!」
 無事に、元の動く歩道の上に降ろされた俺は、二周目というプレッシャーと戦う覚悟をし、奴に別れを告げた。
行くしかない。
 客の入りは上々。普段と変わらぬなかなかの盛況ぶりだ。だから余計に俺が捕らわれない理由がない。道は進む。数秒に一人、目の前を通過していく。視線は向けられるものの、手を伸ばしてくる奴は、未だいない。
 ふと目を向けると、俺の隣に乗っていた皿がいつの間にか消えている。客に取られ、その任務を全うしたのだ。……なぜ、俺はまだここにいる。
 その時。
「ああ、今日は我々は不況だねえ。特に君なんかはいい迷惑だろう」
 前を走っていた皿に、俺は声をかけられた。最近仲良くなったエビの奴である。
「なぜだ? 特に俺が、とはどういう意味だ?」
 奴の発した言葉の意味が理解できず、聞き返す。
「あれ? まさか君知らなかったのかい? あれだよ、あれ」
 そう言って、奴が指さしたそこには。
〝本日大特価! 中トロ一皿一〇〇円!〟
(なんだとッ!?)
 衝撃を受けたものの、頭のいい俺はすぐに理解した。 
(……なるほどな、そういうことか)
 どうりで俺はダメ日なわけだ。そういうことか。いくら寿司ネタの王だからと言って、安さには勝てまい。中トロか。あいつとはケンカで負けたことがないが、今日ばかりは俺の負けだ。完敗だ。今ごろアイツは優越感でいっぱいだろう。
 だが。
 俺は、俺に負けるわけにはいかない。
 他のやつがどうであれ、俺の死に場所はここだ。
 必ず、任務を全うしてみせる。
 生ゴミなんかにされてなるものか。
 俺は最後の精力を振り絞って、孤軍奮闘、必死に己をアピールする。
(この光り輝く赤を見ろ!)
(つやつやの新鮮なネタだ!)
(まぐろだ、まぐろなのだ!)
(想像しろ! ふっくらしたシャリと、弾けるばかりのあのまぐろの旨みを!)
(想像しろ! 程よい醤油の味と、香り高いわさびの絶妙なハーモニーを!)
(想像しろ! この俺(まぐろ)を!)
 その時。
 見慣れない、小さな手が俺に向かって伸びてきた。子供だった。まだ10歳にも満たないだろう、その男の子は、他の皿など見向きもしないで、一心不乱に俺を掴もうとしている。彼の背丈で皿を取るには、この動く歩道は高すぎる。
──頑張れ。
 気付くと俺は、彼を応援していた。
──そうだ、腕を伸ばせ。
 もたもたしていると、すぐ通り過ぎてしまう。 歩道は、無情にも動き続けるのだ。
 あとほんの少しで彼の届く範囲から去ろうという時。俺は、ふっと、宙に浮いた。
 掴んだのだ。
 よくやった。これで俺は任務を全うして生涯に幕を閉じられる。少年、感謝する……。
 安堵しきっていたその瞬間。
 隣から、母親と思しき人物の、鋭い声が耳に入った。
「あらしんちゃん、それサビ抜きじゃないわよ、やめときなさい」
(なにィーーーーーッッッィ!!)
 まさに空前絶後の悲劇。子供の手から皿を奪い取った母親は、そのまま何事もなかったかのように再び動く歩道の上へと俺を乗せると、
「こっちにしときなさい」
 と、後から流れてきたサビ抜きの中トロを、子供の前へと差し出した。
 もはやこれまで。
 二周目が終わるまで、あとほんのわずか。
 プライドも鮮度も、なにもかもずたずたに傷つけられた俺は、奮闘虚しく、再びあの男がいる厨房へと吸い込まれていった。
 果たして、俺が三周目に突入したか否かは、特筆すべきことではないだろう。

  ──任務完了、ならず。

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惜別鶴 【年末連日掲載祭作品!】   (2005/12/31)
 四国のとある田舎町へと向かうフェリーに乗った私は、十年振りに訪ねる故郷の姿を思い出していた。私は二十年程前に大学進学のため上京し、大学を卒業後も東京に留まりごく普通の会社に就職。そして社内恋愛の末に結婚し、今では子供二人、小さいながらも家庭を持って生活している。そんな私の元に故郷の母親から便りが届いたのは、寒さが身に堪え始めた霜月のある日のことであった。今年の年賀状以来に見る母の字で書かれたその便りには、父が倒れ、もう先が長くないということが記されていた。

 フェリーの甲板の上に立ち、海の上に一直線に引かれた船の後を眺めながら、私は父との記憶に思いを馳せていた。決して仲が良かったとは言えず、とはいえ仲が悪かったとも言えないごく普通の親子であった関係は、特別私を感傷的にはさせなかったものの、やはり人並みには父の容態を気遣わせ、そしてまた母の現在の心境も気遣わせた。

 両親に関していえば、私の目から見るととても仲の良い夫婦だったように思えた。決して都会とは呼べないような地元の田舎町で教師をしていた父は、赴任して暫くして母と出会った。母の弟が父の教え子で、弟の保護者代わりをしていた母と知り合い、結婚に至ったのだ。親の反対を押し切った末での結婚だったんだよ、と良く母が微笑みながら語りかけてくれていたことを、幼心に今でも覚えている。
 思えば私の記憶の中での母は、いつも微笑みを浮かべていた。私が大学の卒業を控え、東京に留まる事を伝えたときも、母は温かくその決断を受け入れてくれた。そして結婚すると言っていきなり彼女を連れてきた時も、現在の妻である彼女を笑顔で出迎えてくれた。長男を連れて帰省した時も、「孫は宝物っていうのは本当なんだねぇ」としみじみと言いながら、可愛がってくれた。私にとっては、とても温かく、そして全てを受け入れてくれるような、素晴らしい母親だった。
 その母とは逆に、父の印象といえば、いつも私に対して無愛想で、それでいて頑固で強情だという記憶だった。大学進学での上京に反対され、東京での就職にはそれ以上に反対された。「お前はこの町を捨てて行くのか」と怒鳴られた時には、私もつい意地になり、「こんな町にいつまでもいられない」と本気で言い返したこともあった。その頃の私にとって父は、いつまでもこの町に固執する、頑固親父という印象しか持てなかった。しかし、いざ自分が父親になり、孫を可愛がる母の姿を嬉しそうに眺める父を見ると、その当時の父の心境をようやく理解出来たような気がした。父は、母のことを気遣っていたのだ。一人息子である私が東京でずっと生活する事を、誰よりも母が悲しむことを察していたのだろう。いつでも笑顔で受け入れていた母の内心を、父は酌んでいたのだ。

 そんな父と母にも、ここ十年近く会っていない。長男が小学校に上がり、その三つほど年下の長女が幼稚園に入ってからというもの、妻が仕事を再開したこともあってなかなか帰省は叶わず、気付けばもう長男は中学生になっていて、未だ帰省した事のない長女も小学生になっていた。今更ながら、もっと頻繁に会いに帰っておけば良かったと後悔してしまう。父も母も、さぞ喜んでくれただろうに…。


 フェリーの船内アナウンスで気付き進路へ目をやると、故郷の町が近づいてきているのが見えた。遠目では、十年の歳月を感じさせることはなかったが、おそらくフェリーが近づいて街並みをきちんと把握したとしても、そこまで歳月は感じないはずだ。私が乗ってきたこのフェリーだって、ほとんど昔と変わらないのだから。それが、私の故郷の田舎町なのだ。
 私はフェリーから故郷の町へと降り立つと、荷物を抱えたまま港からバスに乗り、父が入院している病院へと向かった。途中、私の母校である学校の前を通りすぎた。学校は町に一つしかなく、私の母校は小学校と中学校を兼ねていた。もちろん私もその学校に通っていたため、父は私にとって親であるものの、先生という立場でもあった。そういった部分も影響し、私に対して厳格だったのかもしれない。父はその後もその学校の勤務を続け、数年前までは校長を務めていた。父にとってこの町は、教え子だらけといっても良かった。当然私も、この町に居る限りは、その父の息子という立場から逃れられなかった。今思えば、私がこの町を出たがっていた原因の一つは、その居心地の悪さだったのかもしれない。

 病院前でバスを降り、母の待つ父の病室へと向かっていると、途中の廊下で呼び止められた。振り返ってみると、看護婦姿をした女性が立っていた。学校で同じクラスだったこともある、同級生だった。「先生のお見舞いに来たんですね」と彼女は私に確認し、父の病室まで案内してくれた。病室のドアを開けると、室内には身体の至る所に管を通し、ベッドにまるで縛り付けられているかのような父と、その横で椅子に腰掛け父の看病をしている母の姿があった。母は私の姿を確認すると、昔と変わらぬあの微笑みで私を出迎えてくれた。しかしその微笑みは一瞬で消え、すぐにまた父に目をやっては溜め息交じりにこう言った。

「父さん、あまり起きてくれないのよ。ずっとベッドで眠るばかりで。今までの疲れが一気に出たのかねぇ…」

 私が上京してからの二十年余りをずっと父と二人で過ごしてきた母にとって、この状況はとても辛いものに違いなかった。これまで父は病気をほとんど患った事がなく、まして入院をするなど初めてだった。母の言葉からひしひしと不安感を感じさせるのも、そう考えると無理もなかった。まして父の様態は、この先快方に向かう事は無いのだから。
 私は病室に残る母と別れ、先程病室まで案内してくれた同級生の看護婦から父の様態を聞く事にした。十日ほど前に倒れた父は、この町から暫く行ったところにある市立病院に運ばれ、様態が安定した数日前になって、この病院へと移ってきたということだ。施設が充実している市立病院への入院を拒み、この町へ戻る事を望んだ父は、もしかすると自分の様態を感じ取っているかもしれず、また、母に負担を掛けさせまいとの気遣いがあったのかもしれなかった。どちらにせよ父は病院に運ばれたときにはもう手遅れで、あとはどれだけ延命させるか、どれだけ痛みを取り除けるか、というのが病院での治療の限界だった。

 私が病室に戻ってみると、部屋には見舞客が居た。父の教え子だったというその男性には、私も見覚えがあった。確か私の二つほど年下で、この町では珍しく「不良」というレッテルを貼られ、数々の問題を起こしていたはずだ。そんな彼に対して父は特別力を注ぎ、彼が高校を卒業して出稼ぎでこの町から出ていく頃には、立派に更生させたのだと母から聞いた事がある。彼は見舞い品として母にフルーツを手渡し、同時に何故か千羽鶴をいくつも渡していた。その光景を見て、この部屋の至る所に千羽鶴が掛けられていることに、私はようやく気付いた。おそらく教え子達がこうして千羽鶴を置いていくのだろう。しかしそれにしても、学生のお見舞いならまだしも、卒業して立派な大人になってまで、彼が千羽鶴を作って持ってきたことは奇妙な気がした。
 彼は母と世間話をした後にもう帰る事を告げ、そして私を「良かったらどこか喫茶店へでも行って少し話しませんか?」と誘い出した。私はその申し出を了承し、彼と共に病院の近くのお店へ入った。

「突然お誘いしてすいません。あなたとは一度お話ししてみたかったもので」と、昔の彼の印象しかない私にとっては、意外に思える程の丁寧な言葉遣いで私に話しかけてきた。

「私が昔、あなたのお父さんにお世話になった事を覚えているでしょうか。当時私は、自分が嫌で、家族が嫌で、そしてこの町が嫌でたまらずに、問題ばかり起こしていたどうしようもない奴でした。先生は、そんな私を救ってくれた恩人なんです。あの頃の私は何もかもが気に喰わず、教師に刃向かい、他の生徒とケンカをし、喫煙や万引きなどをすることでしか自分自身の存在を証明できなかったんです。そうしているうちに、気付けばこの町で厄介者扱いになっていました。誰も私に話しかけようとせず、私が堂々と煙草などを吸っても見て見ぬ振りで、ますます私は孤独になっていきました」

 彼の話を聞きながら、私は自分の記憶を思い出してきた。確かにあの頃この町では、彼の悪い噂を良く聞いていた。そして私が大学で上京する頃には、彼が何度か私の家を訪ねてきたような記憶もあった。

「そんな私と真剣に向き合ってくれたのが、先生だったんです。私が先生のクラスだったのは中学校の時だったので、先生にとって高校生になっていた私は、昔の教え子の一人でしかありませんでした。それでも先生は、私の良くない噂を聞いたからでしょうか、私の様子を見に何度も会いに来てくれるようになったんです。最初の頃はもちろん邪険に扱いました。私にとっては迷惑な存在でしかなかったからです。しかし何度も何度も私の元に足を運んでくれて、警察の世話になったときも引受人として来てくれて、喫煙やケンカに対して本気で怒ってくれて、自宅に招待してくれて夕食を振る舞ってくれて…。そうして先生の優しさに触れる事で、ようやく私は立ち直る事が出来たんです」

 彼は、運ばれてきたコーヒーを時折口にしながら、私に語り続けた。

「私が何とか高校を卒業出来たのも、先生のおかげだと思っています。そうじゃなければ、おそらく高校を中退し、今頃どこで何をやっていたことか…。私は高校卒業後にこの町を出て、大阪で働きました。懸命に働いて、そしてこの町に戻って生活しています。あんなに嫌いだったこの町が、今では好きでたまりません。実は私の子供達も、先生の下で学んだんですよ。まぁその頃には先生はクラスの担任ではなくて、教頭先生や校長先生になっていたんですけどね。だから私の家族は皆、先生を慕っているんです」

 彼は、「これを見て下さい」と言って、財布の中から大事そうに、ボロボロの折り鶴を取り出した。

「この折り鶴は、実は先生が私にくれたものなんです。先生は自分のクラスの生徒達に、良く折り鶴を配っていたんです。そしてその折り鶴の中には先生のメッセージが書かれていて、良く私たちはそのメッセージを読むために鶴を解いては、読んだ後また折って元通りにしていたものです。そしてこの折り鶴は、私が高校を卒業して出稼ぎに出るときに、先生がくれたものです。この鶴の中には、かなり細かい字で、私へのメッセージが書かれています。大阪へ行っても頑張れ、頑張っても駄目な時はいつでも戻ってこい、そう書かれた先生のメッセージは、一人大阪で働いていた私にとって心の支えでした。働くのが嫌になったとき、私は何度もこの鶴を解き先生のメッセージを読み直しては、どうにか希望を捨てずに居られたのです。そのおかげで、鶴はもうボロボロになってしまったんですけどね…」

 彼は笑いながら、大切そうにその鶴をまた財布の中へと戻した。そういえば私は、父が何故か折り紙で鶴を作っている姿を何度も目撃していた。これまでその行動の意味がわからなかったが、彼の話を聞いてようやく合点がいった。つまり父は、折り鶴に生徒達へのメッセージを込めていたのだ。その行動は、口数が少ない父のイメージにピッタリで、思わず私は微笑みを浮かべた。

「今日、私が千羽鶴を持ってきたでしょう? 実は病室の中にあった千羽鶴は、全て私が持ってきたものなんです。あれは私の同期だった卒業生達と一緒に、これまでの先生の教え子達の協力を得て作ったものなんです。みんな先生から折り鶴を貰っていましたから、先生には千羽鶴が一番似合うだろうと、私がアイディアを出したんですよ。もちろん、その千羽鶴の一つ一つには、先生に対するメッセージが込められてます。まぁあれだけの量なので、先生が一つ一つのメッセージを読む事は出来ないとは思いますけど、鶴の中にメッセージが込められている事は、先生も気付くはずですから」

 私は病室内の千羽鶴を思い出し、その意味をようやく知った。あの鶴は、これまでの父に対する、教え子達からのエールだったのだ。そう思うと、何だか父の事を誇らしく思えるようになった。父は、これほどまでに教え子達から慕われていたのだ。


 一通り話し終えた彼は、仕事の時間ということで、喫茶店を後にした。「また千羽鶴を持ってきます」と話す彼を見送り、私は病院へと戻った。病室へ入ると、母は先程の千羽鶴を壁に掛けているところだった。そして父も目を覚ましていた。
「おう、来たのか」と私に声を掛けた父は、また一つ増えた千羽鶴を嬉しそうに眺めた。そして私が椅子に腰掛け暫くした後、「どうだ、子供達は元気か?」と尋ねてきた。

「あぁ、二人とも元気にしてるよ。もう中学生と小学生だからね。手が掛からないというか、もう親離れしたというか…」

「子供は元気に育てばいい。お前も病気だけはあまりしなかったからな。母さんにあまり心配を掛けずに済んだ。まぁお前が東京に行ってからは、母さんは毎日お前の心配ばかりだったけどな」

 母は、苦笑いしながら父の話を聞いている。

「せっかく来たんだ。数日はこっちでゆっくりしていけよ。この町も久し振りだろう。久し振りとはいっても、そんなに変わっていないのが、この町の良さでもあるんだけどな」

 私は父の言葉に頷き、「ゆっくりさせて貰うよ」と答えた。考えてみれば、こうして父と会話をするのも十年振りだ。何故か父も母も電話というものをほとんど使わず、連絡手段は未だに手紙だったりするのだ。心なしか父の声に張りがないのは病気のせいなのか、それとも月日がそうさせるのか、私には判断がつかなかったが、どちらにせよ私にとっては十年の歳月を感じさせずにはいられなかった。それと同時に、先程聞いた折り鶴の話と相まって、私は父の表情の奥深くに隠された優しさを感じ取ることができた。それは、今までずっと気付く事の出来なかった、父の持つもう一つの面だったのだろう。


 その後私は数日間滞在し、正月に家族を連れて帰省する旨を伝え、東京に戻った。今年の正月には父と母に、まだ顔を見せていない長女を見せたかったし、中学生になった長男の成長ぶりも見せたかった。今更ながら少しは親孝行をしたいと、私は考えたのだ。しかしながらその私の考えは、残念ながら手遅れとなってしまった。

 父が亡くなったという知らせを母から受けたのは、年末が近づきかなり冷え込みつつあった、師走のある日のことだった。


 母から電話という、かなり珍しい連絡を受けた時点で、私は父の事を察したが、やはり母からの連絡はその予想通りのものだった。電話口の母の声は思ったより落ち着いていて、私を安堵させた。いつものように手紙だったならば、私が母を心配し居ても立っても居られなくなった事を、母は気遣ったのかもしれなかった。私はその日の内に家族4人で帰省する準備を整え、翌日の午後には実家へと戻った。

 葬式では街中から多くの弔問客を迎え、私は改めてこの町への父の貢献度を思い知った。同時に、父の息子であることへの誇りを感じた。母は皆の前では気丈に振る舞っていたものの、一人になると父の遺影の前に座り、夜遅くまで語り掛け続けていた。そんな母が、私は心配でたまらなかった。
 葬儀が一段落した頃、以前病室へ見舞いに来てくれた教え子の彼と私は話していた。彼は今回の葬儀でまとめ役を買って出てくれていて、葬儀の進行でかなり力になって貰っていた。彼とビールを飲み交わしながら、生前の父の話をしていると、彼がふとこんな言葉を漏らした。

「これで年始の楽しみがなくなりますね。みんな残念に思うと思いますよ。まぁそれと同時に、毎年正月になると先生の事を思い出すんじゃないかな」

 私には意味が飲み込めず、彼にその意図を尋ねた。すると彼は意外そうに私を見て、こう答えた。

「毎年年始に先生から貰える折り鶴のことですよ、年賀状代わりの。私は大阪に出稼ぎに行った年から、毎年貰ってますよ。今では教え子達全員に、毎年年賀状代わりに出しているとか。今年はどんなメッセージだろうと、みんな毎年楽しみにしていたみたいですよ」

 そのような父の行動は、私にとっては初耳だった。

「ご存じなかったんですか? おかしいですね、確か息子には生まれた年から毎年折り鶴を贈っているって、先生は嬉しそうに話していたはずなんですが…。そのアイディアを元にして、私たちのような教え子達にも年賀状代わりに贈るようになったという話でしたけどねぇ」

 不思議そうな顔をしている彼を横目に、私は記憶を思い起こしていた。言われてみれば確かに、毎年お年玉と共に折り鶴を貰っていた事を、幼心に覚えている。しかしいつの間にか折り鶴を貰わなくなったような気がした。あの折り鶴には、メッセージが込められていたのだろうか。私はそれに気付かぬまま、これまで来てしまっていたのだ。


 葬儀の片付けが全て終わり、私の妻や子供達が就寝し、私と母だけになった時、私は母にその事を尋ねた。

「父さんの折り鶴のことかい? それなら私が全部とってあるよ。どれ、一つ持ってこようかねぇ」

 そう言って、母は自室から小さな箱を持ってきた。その箱の中には様々な色と大きさの、沢山の折り鶴が収められていた。

「お前が記憶にあるのはおそらく子供の頃貰ったものだけだと思うけど、実は父さんは毎年毎年お前の折り鶴を作っては、渡せずにいたんだよ。ほら、父さんはああいう性格だから、お前が大きくなってしまって、鶴を渡すのが恥ずかしくなったんじゃないかねぇ。何せ父さんは今年だって、お前の鶴を作っていたんだから」

 沢山の鶴を箱から出しながら、母は私に語り掛けた。まるで今までずっと隠してきた事を、ようやく全て話せるような、そんな口振りだった。それぞれの鶴の翼の裏には、私の名前と西暦が書かれていた。西暦を見てみると、母の言葉通り今年のもの混じっていた。

「それにね、お前の鶴だけじゃないんだよ。ほら、これを見なさい」

 そう言いながら母が私に手渡した鶴には、私の妻、そして二人の子供の名前がそれぞれ記されていた。父は、私の家族全員に対して、毎年毎年鶴を作ってくれていたのだ。

「父さんはね、何だかんだ言ってお前の事が大切で仕方がなかったんだよ。だからこそお前が東京に行くって言ったときにあれだけ反対したんだ。けれどあの人も強情だから素直になれなくてね。こうして鶴を作る事で、少しでも気を紛らわせていたんじゃないかねぇ。まぁ鶴の事はあたしも口止めされていたから、こうして今頃になってようやくお前が知る事になったんだけれどね」

 母は、父が懸命に鶴を作っている姿を思い出したのか、鶴を手にして微笑んでいる。母の話によれば、父は毎年何百羽もの鶴を折り、その一つ一つにメッセージを書いては、教え子達に贈っていたという。そして教え子達から返事の鶴が届くたびに、中のメッセージを読んでは折って元に戻し、部屋に大切に保管していたらしい。そしてその鶴達は今でも、父の書斎に飾られているということだった。


 私は、母が眠りに就いた後、私と私の家族宛の鶴が入った箱を持ったまま、父の書斎へと入っていった。そしてその部屋で、四十羽近くにもなったこれまでの私への折り鶴を、一つ一つ解いては、読み続けていった。そこには、今まで気付く事の無かった父の愛情があった。一つ一つに、私への素直なメッセージが込められていた。私が上京を決意した後の鶴には、「お前なら東京でも必ずやっていける。挫けるな」というメッセージが書かれていて、また私が結婚をした後の鶴には、「お前にはもったいない奥さんだ。大切にするんだぞ」と書かれていた。私はそれを、涙を流しながら読み続けた。妻の鶴にも、子供達の鶴にも、一つ一つ丁寧にメッセージが書かれていた。そしていつしか私の周りは、父の手書きのメッセージが記された折り紙で一杯になっていた。

 涙で潤んだ目で、父の書斎の中を眺めていた私は、ある一つの鶴に気付いた。その鶴は、父が亡くなった後に母が病室から運んできた荷物に混じっていた。赤色の折り紙で折られたその鶴は、他の折り鶴と違って折り方が雑で、他のものとは違った印象を私に与えた。もしやと思い鶴を手に取った私は、翼の裏に書かれた西暦が来年になっていることを確認し、急いでその鶴を解いた。
 その折り鶴は、父が自分の死期が近い事を悟り、遺書のような形で残した私へのメッセージだった。病床の中、言う事を聞かない身体で必死になって作ったであろうその鶴には、仕事も家族も両方大事にしろだとか、奥さんを悲しませるなとか、子供はのびのび育てろとか、そういった教訓めいたメッセージが書かれていて、そしてその最後には一言こう書かれていた。「母さんを宜しく頼む」、と…。
 私はその鶴を手で握りしめ、父の優しさを心から噛みしめていた。そうして、その夜は更けていった。


 葬式などの処理を全て終え、私は家族と共にフェリーに乗り、故郷を後にしていた。父が作っていた家族宛の折り鶴は、私が全て本人達に渡して読ませた。妻も長男も、そして実際に一度も父に会った事のなかった長女も、父に対して何かしら感じてくれれば、という私の意図だった。その私の意図を理解した上でなのか、妻がみんなで折り鶴を作ろう、と提案してくれた。もちろんその折り鶴には、それぞれ父へのメッセージを込めて。そして皆で作った四つの折り鶴を、「天国まで届きますように」と、フェリーの甲板から空に向かって放り投げた。空へと投げられた四つの鶴たちは、まるで本物の鳥のように、風に乗って空へと舞っていった。

 生まれて初めて乗ったフェリーを気に入った娘は、「ねぇパパ、次はいつこのお船に乗るの?」と私に尋ねてきた。「そうだね、次はおばあちゃんをおうちまで迎えに行くときだから、またすぐに乗れると思うよ」と私は答えながら、フェリーが後にした故郷の方を眺めては、父と母のことを想った。
「母さんの事は大丈夫だから任せて」と書かれた私の鶴は、他の三羽と共に大空を舞い、そして海へ一直線に引かれた船の水しぶきの中へ、ゆっくりと沈みながら消えていった。





 前回落としてしまった作品をどうにか書き上げました。が、前回同様結構な量になってしまって、かつ〆切りを半日オーバーしてしまってます…。
 まぁ、沖縄人ってことで「うちな~たいむ」でご了承頂ければ、と勝手ながら…。

 今回の作品、いかがでしたでしょうか。かなり長いので読むのが疲れるとは思いますが、気に入って頂ければ下のバナーをクリックして貰えればと思います。もちろんコメントも募集中です。
 それでは、来年もどうぞ宜しく~。来年の抱負は「締め切り厳守」です!




仁礼小一郎(花押)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


野菜の山【年末連日掲載祭作品!】   (2005/12/29)
 毎年、そして毎日。情熱ある生産者によって野菜が出荷されていく。
 丸々と肥ったレタス・宝飾品のようなピーマン・可もなく不可もないホウレンソウ・ぶかっこうなキャベツ・もげたダイコン・青いまま収穫されたトマト──さまざまな野菜が収穫され、うずたかく積み上げられていく。
 私はこの野菜の山までやって来て、自分が精魂込めて作ったカボチャを置いた。そっと、優しく、ていねいに。誰かが拾い上げてくれる事を祈念しながら。
 自分の作物を納品したのち、私は他の生産者が育てた野菜を品定めした。上の方にある新鮮な物からひとつひとつを手に取ってまじまじと観察し、うまそうだと思えば一口かじる。味が気に入れば、一個持って帰る。今日はナスが出色の出来だ。持ち帰ってゆっくり賞味しよう。
 私は代価を支払い、ナスを買った。買ったはいいが、まあ、すぐに腐るだろう。そう安々と逸品には出会えない。心を打つほどの、恒久に鮮度を保つような逸品には。
 私はナスにかぶりつきながら、野菜の山を眺めた。毎年、そして毎日、野菜は生産される。獲れ立ての野菜が次々と運ばれてくる。すさまじい量がものすごい勢いで出荷されてくる。ついさっきまで山の頂上を占めていた野菜の上に別の新しい野菜が上乗せされていく。覆い被さってくる新作に圧され、真新しかったはずの野菜はじゃっかん鮮度が落ちた。
 いやな気分になった。たちまちのうちに私のカボチャも埋もれていく。たいへん甘い、歯ざわりの良い、カボチャ。誰からも見向きもされないまま、姿を見えなくしていく。口に運ばれさえすれば気に入ってもらえる自信があったのに、それすら叶わなかった。
 ああ、野菜が堆積していく。うずたかく積み上がっていく。
 下の方に沈澱した野菜はもはや腐り果て、ドロドロに混ざり合っている。キュウリとレンコンの見分けもつかない。幾重にも重なったこれら腐乱野菜の層は、新たに敷かれていく層の肥料となる。腐葉土である。かつては、つやつやと表面を輝かせていた野菜だったろうに。生産者の情熱の凝縮した結晶だったろうに。
 腐らずに残っている物も多からず在る。しかし、それら不朽の名品とて、家庭の食卓に上る機会は少ない。誰だって、最も新鮮な野菜を玩味したいと願うものだ。
 ジャガイモ(*1)は、いちおう野菜の形をとどめてはいるが、もはやほとんどの人が食べないだろう。葱(*2)? 滋養分に乏しいくせに、「ブランド品だから」と嗜む人は多い。ブランド品ならば、多少味が悪くても腐らずに済むということか。美味と名高いニンジン(*3)は、外国産なので食べたことのある人は存外少ない。ガラス製のタマネギ(*4)だって、あいつらが作ったから今も食されているだけであって、本来ならばとっくに腐っていてもおかしくはない。
 我々の創作は、言ってみりゃゴミだ。人々はこの山から自分の気に入った野菜を選り分けて取る。腐葉土の堆積から成る、この大量の野菜の山から。掘り起こすのは面倒だから取るに足らないような物を山肌からつまみ取る。腐葉土に埋もれた名品には気づかず手近の野菜を飲み下す。我々が一生のうちに食べる野菜の量などたかが知れているのだ。
 選り取り緑。しかし全部は消化できない。そんな状況で、いったい誰が私のカボチャを食べてくれるだろう。私は急に悲しくなって、げんなりしてしまった。
 しばらく愕然と立ちすくんだのち、キッと顔を上げ、唇を噛み締め、私は野菜の山に向かって突進した。山の中腹に頭から突っ込んで、泥を掻き分け掻き分け掘り進む。何のため、汚臭まみれになるのか、自分でもよくわからなかった。発作的にそういう行動を起こしていた。もしかしたら、何かを探していたのかも知れない。何か。私のカボチャが腐らなくても済むような,理由か言い訳か何かを。
 ふと、手に当たる物があった。
 無名の農家が作った黄金のリンゴが埋まっていた。


*1: 國木田獨歩「牛肉と馬鈴薯」
*2: 芥川龍之介「葱」
*3: Jules Renard「Poil de Carotte」
*4: The Beatles「Glass Onion」




 忠臣蔵がらみの小説を書こうと思っておりました。が、師走の目まぐるしさに忙殺されて成せず。この作品もしめきりギリギリでの公開となりました。
 いかがでしたでしょうか。宜しければ下のバナーをクリックしてほしいっス。(体育会系の口調でお願いしてみたっス)
 来年もヨロシクっス。



大塚晩霜敬白(軽薄)


カレンダー【年末連日掲載祭作品!】   (2005/12/29)
君が僕を選んでくれたのは去年の年末だった。
僕を買うにはちょっと遅い年の瀬。
居並ぶ売れ残りの中から選ばれたのは僕だった。

白地に四季折々の風景画がクレヨンで柔らかに描かれた、少し大きめのカレンダー。
数字の横には鮮緑のクローバーが、小さくだが一つずつ入っている。
それが僕だ。
仲間の中では少し地味かもしれない。

彼女は店員さんから僕を受け取ると、足早に帰路へと着いていった。

僕が次に日の目を見たのは、年が明けて一週間程してからだった。
ちょっとずぼらなご主人様だなって思ったっけ。
多分、新しい月が始まってもしばらく前の月のままなんだろうな、と思ったのも覚えている。
彼女は真新しい僕を壁に飾り、とても満足そうだった。

彼女は大事な予定の日には、赤いペンでぐりぐりと僕に丸を付けた。
とっても嬉しそうな、幸せそうな笑顔で。
あの笑顔を見るのが、僕はすごく好きだった。

泣きながら帰って来ることもよくあった。
真っ暗な部屋の中うなだれる彼女を見るのは辛かった。
何も出来ない僕自身を、少し恨めしく思った。

でも、そんな日々ももう終わり。
12枚の僕は最後の1枚になった。
そろそろ彼女は新しいカレンダーを買ってくるだろう。
少し寂しい。
願わくば、僕の弟たちを買ってきて欲しいとも思うけど、その願いは叶わないだろうなと思う。

軽やかに階段をあがる音が聞こえる。
この足音で帰って来た日は何か良いことがあった日だ。

部屋に明かりが灯り、写し出された彼女の手には、真新しいカレンダーが握られていた。
開いたそれは彼女が大好きなアーティストのカレンダー。
彼女は時が経つのを待ち切れずに、12月までを丁寧にめくりながら1枚毎に違った笑顔をみせる。

ひとしきり眺めた彼女は、今年もあと2日あるというのに、僕に手をかけ丁寧に画鋲を抜く。
僕を四つ折にしゴミ箱に入れると、彼女は僕のあった場所に真新しいあのカレンダーを飾る。
そしてとても満足そうに二度頷いた。

幸せそうな顔でカレンダーを眺める彼女を、階下から母親が呼んだ。
彼女は電気を消し、少し慌てて部屋をでる。

これで僕の役目はおしまい。
あとのことはあそこに飾られた彼に任せるとしよう。
暗くなった部屋の中、僕はゆっくりと永い眠りについていった。
あの時、僕を選んでくれてありがとう。
一年間、大事にしてくれてありがとう…。




階段を降りていた彼女は、不意に足を止めた。
ほんの少しの間だが、まるで時が止まったように。
彼女は母親の呼ぶ声を余所に、踵を返して階段を駆け上がる。
自室に戻った彼女は、先程ごみ箱に入れたカレンダーを眺めながら再び時を止めた。

不思議な感覚が彼女を支配している。
目に映るのはゴミ箱にすてられたカレンダー。

そして彼女は机からハサミを、ごみ箱からカレンダーを取り出す。
12月一枚きりとなったカレンダー。
四つに折られたカレンダー。

彼女はそれにハサミを入れていく。
端から見ればそれは狂気的なものに見えたかもしれない。
彼女自身考えがあって行っているわけではなかった。
何か脅迫観念、そうしなければいけないという感覚、それに追われているような気さえした。

一心不乱にハサミを動かす。
少し大きなそのカレンダーを切るのは、なかなかに手間がかかる。
5分ほどして、ようやく彼女は12月31日の横にあった小さなクローバーを丸く切り抜いた。
丸と呼ぶにはやや歪んではいたが。

彼女はそれを見つめて軽く微笑んだ。
なぜだろうか。
彼女は少し優しい気持ちと、安堵感に包まれていた。

彼女はそのクローバーを大事そうに手帳に挟むと、部屋を出る。
再び電気の消された部屋の中。
クローバーを一つ切り取られたカレンダーがごみ箱に入っている。

そのカレンダーは、少しだけ、嬉しそうに見えた。








◆お読み頂きましてありがとうございます!
本日より「ちりぶみ年末連日掲載祭」開催です!!
本当は28日中にUPする予定だったのですが、すいません29日になってしまいました。
ごめんなさい><
31日まで連日作品が掲載されます!(僕のを含めて計4作品)
29日大塚晩霜 30日仁礼小一郎 31日こさめとなります。
どうぞお楽しみに!!

ということで「カレンダー」はいかがだったでしょうか?
面白いと感じたら是非下のバナークリックをお願いします^^


P助


テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学


白い轍   (2005/12/24)
 その朝、いつもより早く目が覚め、いつもより1時間程早く出勤した。明け方に降った雪は、公園通りを真っ白に染めていた。通りにはまだ車もなく、降り積もったばかりの軽い新雪は、私の車とともに15センチ程の轍を創っていく。身の引き締まるようなこの町の寒さはどこか哀しく、公園通りの街路樹は、しんしんと降る雪に包まれて、街の音を吸収してゆく。
 大きな寒波の影響で驚くほど冷え込み、この街よりまだ寒い土地があることを天気予報で知り、ここより寒い街になんて住みたくもないなと苦笑いした。

 夕べの岩倉からの突然のプロポーズは、私を混乱させた。
 岩倉とは付き合って2年になる。職場の上司ということもあり、公にはしていないが、周囲は当然気付いているのだろうと思う。束縛もし合わず、週末に気が向けば会う、といった付き合いは、居心地もよく、寒い夜は身を寄せ合い、淋しさを埋められた。

 -結婚しよう。
 雪が激しく降る夜、いつもの静かな物腰で、隣に座った岩倉は言った。突然のことに驚き、言葉を失い、あいまいな表情を向けてしまった自分自身に戸惑った。ふと窓の外を見ると、大粒の雪が風に乗って斜めに空から降っていた。
 ああ、あの日もこんな雪の夜だった、と思った。
 幼い頃、父が声を押し殺して泣いていた日。風の音だけが聞こえ、部屋の窓から斜めに降る雪の影が見えていた。父とはそれきり会っていない。
 そして2年前の今頃、岩倉が職場のデスクで声を押し殺して泣いていた夜。遅い時間に帰社した私は気まずい雰囲気を打ち消すように、飲みにでも行きますか、と言うと、岩倉はきまりが悪そうに笑顔をつくり、そうだなとうなずいた。雪が激しく降っている夜で、冷たい空気がふたりの距離を縮めた。
 夕べの責め立てるように降る雪は、あの日声を押し殺して泣いていた父の泣き声に似ていた。あの日の岩倉の泣き声に似ていた。痛いほど心に響いたあの声に似ていた。

 岩倉も私からいつか去るかもしれない。かつて父が雪の夜に姿を消したように。
 違う、私が岩倉から去るかもしれないという漠然とした不安。声を押し殺して泣くようなことがなくなれば、という願いにも似た私の同情。私が岩倉を愛していないという事実。

 ―今夜、岩倉に伝えよう。

 日中の雪ですっかり悪路になった市内の幹線道路は除雪が間に合わず、夜には深く不均衡な轍ができていた。乗りなれた車に向かって降りしきる雪は、責めるようにフロントガラスへ迫ってくる。ワイパーの速度を上げ逃げようとすればするほど雪は私を責めるのだ。

 この街の冬はまだ長い。予報では今夜も大雪警報が出ている。どこまでも続くかのような白く薄暗い道が、ひんやりと私を包んでいた。




永訣の白帝城   (2005/12/14)
(見えぬ。死とはまず、光を失うことだったのか)
(眠るようでも、ある)
(だが、願わくば今少し――)


 中国三国時代、蜀。章武三年四月。
 おぼろげな意識の中、劉備玄徳はそこに桃の花を見た。
 見事なまでの満開の花。己が地を踏むその場所は、辺り一面が桃色で覆われ、天を仰ぐと幾千もの花弁の隙間から日光が煌々と差し込んでいた。
(呼んでいる、声)
 見ると、空を舞う花弁の向こうに、二つの男の影があった。出会った時のまま、全く衰えを見せていない二人の姿を訝ることもなく、玄徳は夢中でその名を呼んだ。
(雲長、益徳。酒盛りをしよう)
 若い二人は反応を示さない。ただ、こちらを向いて笑みを浮べる。もう一度、呼びかけようとした』時、関羽雲長がその長い髭を春の微風に揺らしながら、ゆっくりと手を差し伸べた。こっちへ来い、と。穏やかに。だが強く。張飛益徳が横で頷いている。そうだ、早く来い、長兄。
(そうか。ここはあの桃園の誓いをした場所。初めて二人に出会い、壮大な野望を抱いて心行くまで語り合ったあの日。生まれた日は違えども、死す時は同じ日を、と)
 暖かい風が導くように前を横切り、こころなしか桃色に染まったその頬を優しく撫でていく。劉備は促されるまま、一歩前に進み出た。そして、また一歩。少しずつ、少しずつ。確実にその距離は短くなっていく。姿が見えてきた。影ではない、屈強な体。生涯、命をかけて共に戦場を駆け抜けた二人の姿が。
 関羽が手を伸ばす。劉備が応える。手が触れる。
 刹那。

「陛下」
 劉備はまさに閉じようとしていたその重い瞼を、再び億劫そうに持ち上げた。永久のまどろみの際から覚醒した蜀の皇帝は、少しの間思考が働かず、呼吸を整えながらゆっくりと夢を見ていたことを認識した。
「――丞相。もう少しで義弟(おとうと)たちのところへ逝けたものを」
 わずか自嘲気味に劉備は口元に頼りない笑みを浮かべ、自分を呼ぶその声の主にゆっくりと視線を向けた。
「お気を確かに、陛下」
 蜀の丞相。諸葛亮孔明。
 約十六年前、主君劉備玄徳自ら孔明の草廬まで赴き、三顧の礼をもって自軍に迎え入れた稀代の天才軍師。その計り知れぬ才能が故、“臥龍”―臥せる龍―の異名をも持つ彼が今、若き日に誓ったあの忠誠を、目の前の男に賭けた己の野望を、胸の内で何度も噛み締めている。いつの日だったか、劉備から賜った白羽扇が今日はやけに重い。
「孔明」
 劉備はかつてそう呼んでいたように、丞相の字を口にした。自然と、その名前が出た。孔明は久しぶりにその名を聞いた。自国、蜀の中でそう呼べることができた人物はただ一人だった。官職が上がるにつれ、許されなくなった呼び名だった。だが、今は。
 懐かしい響きに誘われたように、孔明も無意識のうちに、「殿」と口にしていた。
 胸の奥から焼いた鉄のようなものが込み上げてくる。それは姿を変え、双眸から血の涙として溢れてくる。頬に一筋つたうその熱いものを拭おうともせず、孔明はただ拝哭していた。
「孔明、私はもうすぐ死ぬ」
「何を弱気な」
「聞け。私は漢の再興を願って挙兵し、皆と共に雌雄を決してきた。だがその漢も既に滅び、私の野望も朽ちた。愚かだったのかもしれない。人の上に立つような器ではなかったのではないか。そう思う」
「そんな、そんなことはありませぬ、殿。この孔明、決して」
 孔明の言葉を遮るように、劉備が大きく咳き込んだ。医師が駆け寄る。
 それでも、劉備は調息をしながら語った。聞きとることが困難なほど細い声で。白帝城が滂沱の嵐に包まれる。皆がおそらく、これから間もなく起こりうるであろう悲劇に、直面せねばならぬ現実に、胸が張り裂けんばかりであった。皇帝を包む純白の薄い布が涙に反射し、眩しい。
「孔明。言おう。私が今改めて、幸福だったと思えることは、」
――そなたを得たことだ。
 孔明が息を飲む。その仲の良さから水魚の交わりと囁かれた二人である。
「殿。私も殿に忠誠を誓ったからこそ、今、ここに在ることが出来るのです」
 涙で視界がぼやける。孔明は皇帝の青白い顔を、その双眸を真っ直ぐに見つめ、懸命にその名を呼んだ。
「嬉しいことを、言ってくれる」
 すう、と体の中で何かが静かに消滅していく。しかし音をたてて壊れていくようでもある。かつては頑健なその肉体で戦場を駆け抜けた一代の英雄が、多数の刀痕から血を滲ませ、今まさに亡骸になろうとしていた。

 一足先にこの世から去って行った英雄たちの声がする。
(真の英傑は君と余だけだ)
曹操孟徳。
(最後は、力のある者が残る)
呂布奉先。
(風が、要る。東南の風が)
周瑜公瑾。

 みな、恐ろしい男たちであった。
 一度は手を結びながら生きた時代があった。そこには心が共鳴しあうものはなかったが、天下に背き、浅薄な通年に背き、いつか必ずや、この戦乱の世をおのが思うままにしてみせるという野望を共に抱いていた。崖っぷちから這い上がってきた。そんな自信と誇りが真紅の気となり、全身を駆け巡って世に乱出していた。
 時には濁流に呑まれながら。
 蟻地獄の中をもがき苦しみながら。

――もうすぐ、私もそこへ逝く。

灯火の命のひとかけらを、言葉に変える。

――蜀を、頼む。


それが、最期のことば、だった。

孔明はこの時、生涯ただ一度、慟哭した。


君はまるで子猫のように、寝息を立てているね。   (2005/12/04)
「ねぇ、もっとアタシの髪を撫でて…」

 彼の腕の中でねだる。軽いウェーブの掛かったアタシの髪が、彼の指に触れて少しだけ伸びる。彼の腕の温かさがあたしの耳を通じて心の中に浸みてくる。そう、安らぎ。アタシの安らぎは彼の腕の中……。

 彼の腕に頭をちょこんと乗せ、アタシは壁の方を向いて目を瞑る。もう一方の彼の手が、アタシのちょうど腰の部分に絡みつく。毛深くて男らしい手。アタシはそんな彼の手を握りしめると、優しく胸で抱きしめる。

「アタシの鼓動、聞こえる?」

 そう尋ねると、彼はくすりと笑い、頷く。
 背中を通じて彼の逞しい胸板からじんわりと温もりが伝わってくる。そうしてアタシの心は温かくなり、優しさと満足感に満たされていくのだ。そしてアタシは眠りにつく……。


 窓から漏れてくる太陽の光で目を覚ます。後ろからは彼の寝息。彼の腕をぎゅっと抱きしめてみる。んんっ…と彼が反応してくれた。

「ねぇ、もう朝よ。起きて…」

 アタシは少し甘ったるい声で、彼を揺する。ねぇ…、と言いながら何度か揺すると、彼はようやく起きてくれた。うふふ。アタシは思わず可笑しくなって笑ってしまう。彼の寝ぼけ眼をじっと見つめて囁く。

「おはよ」



 また夜になった。今日も、彼に、抱きしめられている。腕枕をしてもらいながら髪を撫でてとねだってみる。彼の手で少しだけウェーブがまっすぐに伸びる。彼の手の温もりが、頭の後ろから伝わってくる。そしてアタシは耳たぶを弄ばれる。何だかくすぐったくて、それでいてじんわりと彼の指を感じる。スベスベした綺麗な手。アタシはその彼の手を握ると、胸の前で抱きしめた。そしてその温もりに縋りながら眠りにつく……。しかし、朝になると彼はいつの間にか居なくなっていた。


 また夜になった。今日は、彼に、抱きしめられている。腕枕をして貰いながら髪を撫でてとねだってみる。しかし今日の彼はなでてくれない。機嫌でも悪いの…? アタシが嫌いになったの…? そう尋ねても無言のまま。アタシは途端に切なくなって、どうしようもなくなって、すすり泣く。すると彼の指がアタシの涙を受け止め、拭ってくれる。ごわごわと強ばった手。アタシは嬉しくなって彼の手を抱きしめる。後ろから彼に抱き抱えられ、アタシの身体は彼に覆われる。彼の少したるんだ上半身が、弾力と共に温もりを伝えてくれる。そう、アタシが欲しているのはその温もり……。その温もりでアタシを包み込んで欲しい。そしてアタシは安心して寝息をたてるのだ。

 朝、彼もまた居なくなっていた。テーブルの上には数枚のお金が無造作に置かれている。あぁ、アタシはまた安らぎの場所を見失ってしまったのだ……。


 また夜になった。今日もまた、違う彼に、アタシは抱きしめられている。そうして彼の腕の中で今日も静かな寝息をたてるのだ。朝までの、儚い安らぎを胸に抱きしめて。


※最新作は未完成のため、2004年10月執筆の過去作品を掲載致しました。
 最新作「惜別鶴」(仮題)は、勝手ながら年末連載に回させて戴きます。



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