散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    P助
    主宰。企画/発案担当。
    え、それって口だけってこと!?(笑)


    大塚晩霜
    デザイン担当。ブログのレイアウトが悪いとすればコイツのせいなんだ。
    週刊とりぶみ


    ナチュレ
    [プロフィール作成中...]


    仁礼小一郎
    沖縄出身ゴールデンルーキー

    某サークル六代目総長

    しがないサラリーマン
    ~順調にジョブチェンジ中!~
    (HP:気分は下克城!!
    See-Saa Night Fever!!


    こさめ
    万緑ソー中、紅一点!? 
    ココロに移りゆく何ごとか


    イシカワ マキ
    長野市在住。



カテゴリー



月別アーカイブ



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト   (--/--/--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



ネームプレート   (2005/09/23)
 ホワイトボードに貼られたネームプレートのマグネットを裏返す。この職場に配属されてから毎日繰り返してきたことだ。
 1年くらいで別の職場へ、と言われていたのに、気付けばもう3年になる。身の回りの道具にも愛着がわいてきた。スペースキーのききが悪くなったパソコンのキーボードにも、すぐにゴミのたまるマウスにも、今私が裏返した、このネームプレートにも。
 会社に入って初めて配属されたこの職場は、何もかもが新鮮だった。中でもネームプレートは、出社した時に黄色い方を表にして、帰る時に白い方に戻すという行為が、いかにも会社員という感じで、俺もサラリーマンになったんだな、と実感させた。
 同じ名字の人が複数いた場合は、名前の後に「A」「B」と付けて区別している。鈴木A、佐藤Bといったように。なかには「吉沢S」なんて人もいた。吉沢だけで19人もいるのかと思ったら、そうではなかった。ひょっとしてこの職場では自分の性癖を発表しなければならいのかと心配してしまった。なにせ「S」だけでなく「M」もいたものだから、吉沢さんはSなのかと思ってしまった。自分の場合は「山本制服大好きメガネフェチ」なんてのを作られてしまうかとハラハラしたものだった。こんなのをホワイトボードにならべていって「川村ロリコン」「中西熟女最高」「石田男もオッケイ」「金田ストッキング狂レズ万歳」なんてなったら、それはそれで楽しいだろうと考えたものだった。実は「S」は主任の略で「M」はマネージャーの頭文字であるとわかって、ちょっと安心して、またガッカリもした。
 ホワイトボードには、休暇の「休」、徹夜明けの「明」、午前半休の「前」など、数種類のマークが用意され、ネームプレートの横に貼って自分の不在を知らせることができた。
 ユニークなものとして、煙草をデザイン化した「喫煙所で休憩中マーク」があった。しかしこれは煙草を吸わない私には関係無いので、面白くなかった。どうせなら、まきぐそをデザイン化した「便所で糞闘中もとい奮闘中」マークも欲しかったところである。
 そんな、ろくでもない妄想に彩られた思い出のあるネームプレート。今日まで雨の日も風の日も、私が会社を休んだ日を除いて、完全週休二日制で働いてきた。私が残業した時は、同じように黄色いままでがんばった。帰りに白い方にひっくり返した時は、ネームプレートまでもがホッとしているかのように見えたものだ。
 ここで働くのも今日が最後。ネームプレートを白い方に裏返すのも今日が最後。周りを眺めてみる。明日からここは「よその職場」、私は「よその人」だ。
 ネームプレートをじっと見つめる。もう俺達ここじゃ用なしだね、と言われた気がした。私は生意気言うなとばかりに指でピンとはじくと、そっとかばんにしまいこんだ。

スポンサーサイト


エミリーとカレーライス   (2005/09/14)
このたびは散文ブログ『ちりぶみ』専用作品『エミリーとカレーライス』にアクセスいただき誠にありがとうございます。読みはじめる前にこの取扱説明書をよく理解し、正しい使用法でお楽しみ下さい。
●概要:エミリーはカレーを作り、カレーを食べ始め、カレーを食べ続け、カレーを食べ終える。●特徴:注意書きの多用。●効能:ダイエット。過食症予防。●用法・容量:食後1回服用。食前・食中の観賞はご遠慮ください。●副作用:吐き気、嘔吐、食欲不振。●使用上の注意:用法・用量を守って正しくお読み下さい。閲覧の際は部屋を明るくし、なるべくモニター画面から離れて下さい。この作品にはグロテスクな表現が含まれています。お子様の手の届かない場所に保管して下さい。あなたの健康を損なうおそれがありますので吐きすぎに注意しましょう。読んだ後は紙に包んでクズかごへ。●操作方法:画面右側に表示されているスクロールバーをドラッグし 、下の方に隠れている文字も読んでみましょう。違和感を感じるなどの症状が現れたら即刻使用を中断し、画面右上の×マークをクリックしてブラウザを閉じてしまえ。/キーボードの「↓キー」を押し続けると本文を読まなくても一気にエンディングまでたどり着けます。これは便利!/コメント欄に隠しコマンドを入力すると作者を一発で倒せるぞ。やってみよう。/自転車・自動車・ジェット機などの運転中に読むのは危ないですから絶対におやめ下さい。



【STEP1】エミリーはカレーを作る

<材料>
・カレールウ:適量
・屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞):400グラム
・玉ネギの頭部…2名分
・ジャガイモの遺体:3体
・ニンジンの死骸:2分の1(下半身)
・稲の卵:4000粒
・蔓性低木の粉砕された実:少々
・NaCl(塩化ナトリウム):少々
・H2O(浄水場で薬品消毒された水):700~800ミリリットル
・牛乳から抽出した脂肪。または人造バター:10グラム
・肉片や骨の煮出し汁を固形化した物:1個
・古びて赤く変色したぶどうの汁:150ミリリットル(致死量)
・粉砕された小麦:大さじ1.5
・植物の脂肪を工場で圧搾精製した混合油:大さじ3
・蒸し殺しにした大豆から醸成した液:大さじ2

<調理方法>
 玉ネギは頭蓋から真っ二つに断ち割り、遺族が確認しても本人と判別できないほど薄べったく解剖します。ジャガイモは生爪を剥がし皮膚を剥ぎ取り包丁でめった刺しにし、水にさらして充分に溺死させましょう。ニンジン(下半身)も皮膚を削り取り、さらにバラバラにします。屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞)は塩化ナトリウムと蔓性低木の粉砕された実でコーティング加工したのち、生前のつぶらな瞳を想起しながら切り刻みます。
 重金属製のフライパンに牛乳から抽出した脂肪(または人造バター)と植物の脂肪を工場で圧搾精製した混合油を敷き、火で熱します。屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞)の肉片を痛めつけ、古くなって赤く変色したぶどうの汁を加え、煮立ったら五右衛門風呂に移します。
 同じく玉ネギの頭部を傷め、ぐったりとミイラ色に褪せてきたら釜茹での刑に処します。
 肉片や骨の煮出し汁を固形化した物・浄水場で薬品消毒された水を加え、煮立ったら死体から滲み出た体液をすくい取り、重厚な蓋で監禁して弱火で約20分じわじわと煮込みます。
 地獄の業火で灼熱となったフライパンの上でジャガイモの遺体を悼めたのち、血の池に送還します。
 阿鼻叫喚の地獄絵図となった死の沼の中に、ニンジンの下半身の断片・蒸し殺しにした大豆から醸成した液も加え、蓋を取って食材の苦悶の表情を眺めながらさらに15~20分間苦しめます。
 ジャガイモの遺体が柔らかくなったらカレールウを溶き入れ、1~2分煮て火を止めます。
 稲の卵を皿に盛り、カレーをbukkakeて出来上がり。

 料理とは、結局はそういう行為。しかし彼女は気付いていない。
 エミリーにとってカレーは食べるための物体であり、かつて生命活動を行なっていた動植物ではない。生き物ではなく、食べ物。そこに命の面影はない。噛み砕き、飲み下し、消化吸収して栄養とするための物質なんだ。



【STEP2】エミリーはカレーを食べ始める

 エミリーは無数の死骸がグチャグチャに混ざり合ったカレーライスを食べ始める。多くの命を犠牲にして出来上がったカレーライスを。彼女の体内に溶け込んでいく霊魂。
 ニンジンは自然な甘味で口腔を満たす。かわいらしいおいしさと言っても良いかも知れない。柔らかく煮られた牛肉は噛むごとに肉のうまみが広がる。肉汁とカレーのアンサンブルはホッペが落ちそうになるほどの美味だ。また、ふっくらと炊けたごはんのおいしいこと。口をモグモグ動かせばカレーや具と渾然一体となり、味覚と触覚の両方を喜ばせる。ホクホクとしたジャガイモは歯に優しい感触。咀嚼されて小さくなり、静かに食道を通過しておなかに転がっていく。カレーは甘辛く、うまい。香辛料の効いた深い味わいが食欲をちくちくと刺激し、スプーンを使う手の動きを促進させる。調理中にエミリーを泣かせたタマネギは、今や飴色の風味を彼女の舌の上に運ぶ。砂糖水を染み込ませた天の羽衣が味蕾をおっとりと撫でるような趣きだ。
 エミリーは、カレーライスの味に満足した。が、彼女はやっぱり知らない。口の中で何が起きているのか。
 ニンジンは臭い唾液にまみれ、酵素の塗られた歯ですりつぶされる。すりつぶされる時、歯垢をこすりつけられる。きったなくグジョグジョになる。そんな事は、自分の口の中を覗けないエミリーに知る由もない。
 牛肉はかつて野蛮なウシだった。胃が四つあり、ひどく臭うゲップを吐く動物。蠅の飛ぶ薄暗い小屋で寝起きする卑しいおデブ。そんなウシの死肉にエミリーは接吻している。のみならず口に入れている。ウシさんは残酷に噛み絞められ、悲惨な交通事故に遭ったごとくブチャブチャにねじり潰れる。エミリーはその事実に目をつぶる。
 米は稲科植物の実。新しき生命を宿した卵だ。4000人もの赤ん坊の姿蒸し。岩石剥き出しの岩山のようなエミリーの歯に圧殺され、声にならない叫びをあげる。4000人の赤ちゃんが一斉に泣きわめく断末魔の大合唱。エミリーにはそれが聞こえない。
 ジャガイモは胃の中でドロドロに溶解している。それはまるで、ゲロそのもの。腹をかっさばいて観察してみれば一目瞭然だが、ゲロで胃袋が満たされているのと同じだ。だけどエミリーの考えはそこまで及ばない。清潔な食材は胃腸の中でも清潔なままだと信じている。種種雑多の飢えた細菌が群がり、ウネウネ下品にかじりついているのに。
 カレーのルウは、色つや・軟度・湿り気、どれを取ってもまるで排泄物のような泥濘。たくさんの命の断片が化合されている。これはそのうち、腸内にはびこるおびただしい数の細菌に侵食されて、カレーみたく茶色い大便となって排出されるのだろう。エミリーには想像できない。口の中を豊潤な香りで満たしてくれたこのカレーが、いつか芳醇な匂いで便器を満たすだなんて。
 そして、タマネギ。タマネギにだって、かつて命があった。2個あるうちの片方は、実はエミリーの元カレだ。しかしエミリーはそれを覚えていない。食べ続けるうちに、思い出すだろうか。

<学習の手引き>
 (読解)
1.この文章を読んだ最初の印象をまとめておきましょう。
2.作者が言おうとしている主張は何なのか、クラスで話し合ってみましょう。
3.班ごとに「ポスト構造主義チーム」と「ニュークリティシズムチーム」に分かれ、この文章がノーベル物理学賞を受賞できるかどうか論じてみましょう。
4.きのうの夜、あなたは何を食べましたか。近い過去を思い出すのはボケ防止につながります。
 (表現・言語)
口腔…口蓋と舌の間の空間。
アンサンブル…(音楽などの)調和。一体感。
咀嚼…食べ物を噛み砕く行為。
味蕾…舌の表面近くにある味覚の受容器。直径約50マイクロメートル。
酵素…物質の化学的分解を行なうタンパク質。
泥濘…ぬかるみ。
豊潤…ゆたかでうるおっている。
芳醇…(酒の)かおりが高く、味にコクがある。



【STEP3】エミリーはカレーを食べている

 彼女の経歴について。
 エミリーは22歳。出産時の体重は2700グラムだった。清涼飲料水会社の庶務課に勤め、給料は手取りで20万ちょっと。母親と妹・それから1匹の犬と一緒に暮らしている。犬の名は「ジェフ」で、犬種はシェパード。週末は近くのショッピングモールでお買い物。携帯のメモリーは仕事・友だち含めて300余件。テクノ・ミュージックを好んで聴く。自動車の運転が苦手。勝負下着の色はドぎついワインレッド。
 と、そういった経歴はたいして意味を成さない。彼女の“現在の”経歴はさして問題ではない。もっと話すべき経歴がある。
 彼女の前世はイカだった。サメに食われる最期だった。その前はチューリップだった。その前はキリギリスだった。さらにその前はカバだった。カバの前はカエデだった。これは寿命で枯れた。
 彼女の主な経歴を片っ端から並べると、ヒト・イカ・チューリップ・キリギリス・カバ・カエデ・アブラムシ・スギ・ダンゴムシ・ペンギン・松・サンマ・ニワトリ・レタス・オミナエシ・ウマ・(中略)・スズメ・ナマコ・ネコ・ムカデ・ポプラ・ミカン・ハチ・チョウ・柿・ウミガメ・トマト・ラクダ・カツオ・イヌ・イカ(1回目)・オオカミ・カブトムシ・トンボ・タイ・ゼンマイ・バショウ・タンポポ・カタツムリ・ユリ・タカ・ウニ・ネギ・ブナ・カタクリ・ヒト・ミズナラ・クスノキ・ヒノキ・カイコガ・ショウジョウバエ・藻・ワラビ・ゾウリムシ・ユキノシタ・(中略)・藻・知られていないシダ植物・ゾウリムシ・ミズケムシ・三葉虫・三葉虫・アメーバ・三葉虫・藻・アメーバ・藻・藻・藻・藻・藻・藻…。その他、酵母菌・プルテウス幼生・サルモネラ菌などは何度経験したかわからない。
 エミリーはネコ時代にセミを捕食した。そのセミは現在、ゴムの木に生まれ変わり、エミリーの家のダイニングルームを飾る鉢植えとなっている。そんな事エミリーは知らない。
 柿期のエミリーを育てていた人は、エミリーの果実とカニを一緒に食べて腹痛を起こした(柿とカニは食い合わせが悪いから注意が必要だ。スイカと天ぷらにも気を付けろよ)。その人は歳月を経てサツマイモになった時、未就学児のエミリーに収穫された。そんな事エミリーは知らない。
 スズメだったエミリーを分解したウジ虫は、現在エミリーの直属の上司となっている。少し厳しいが芯は優しい人だ。そんな事エミリーも上司も知らない。
 エミリーは以前にも人間だった時代がある。ヒノキ・クスノキ・ミズナラ、木として生涯を3回繰り返したあとの事だ──
 ──その時の彼女はシャミシュという名の女性だった。
 ある日シャミシュは敵対する部族の戦士・サラギンと情熱的な恋に落ちた。ふたりは他人の目を避けて森に入り、たくさんたくさん話した。
「じゃあね」
 いよいよ帰る段になってサラギンがお別れのあいさつに手を振ると、シャミシュは名ごり惜しそうに近寄ってサラギンの手のひらに自分の手のひらを重ねた。シャミシュはサラギンの目を見つめたまま、相手に合わせて手を動かす。彼女は湿り気のあるシーツのような肌をしていた。ラバーのようにサラギンの手に吸い付く。
「ちっちゃな手だね」
「そうかな。サラギンの手がおっきいんだよ」
 ふたりはそう言いながら、手と手を見つめた。ふたりはしばらく黙った。
 ようやくサラギンが意を決したように、言った。
「くちびるの大きさは、どうかな…」
「え…」
 その意味を問い正す間もなく、サラギンはシャミシュのくちびるに自分のくちびるを重ねた──
 ──忘れがたい甘い記憶は時間の流砂に漂白された。生物の肉体は砂のような原子が無数に固化して出来上がっている。死ねばサラサラと流れ落ちるだけだ。
 遠い過去に関わった生き物の生まれ変わりが、彼女の生活のあらゆるシーンに登場する。そういう事をまったく知らず、エミリーはカレーを食べている。タマネギを食べている。タマネギと化したサラギンを食べている。

<おことわり>
 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係がございません。
 本作品の著作権は散文ブログ『ちりぶみ』に帰属し、許可無く内容の一部または全部を転載・放送・販売・レンタルする事は法律で禁じられた遊びです。また、個人的に楽しむ場合を除く無断複製・覚醒剤使用・万引きは絶対におやめ下さい。
copyright (C)2005 Prose Blog Chiri-Bumi. All rights reserved.



【STEP4】エミリーはカレーを食べ終わる

 エミリーはカレーを食べ終わった。残った分は寝かせて明日また食べる。
 1メガカロリーのカレーライスは彼女の溶鉱炉で盛んな熱を放出しながら分解されていく。かつて牛肉・ニンジン・ジャガイモ・タマネギ・米だった食物は、原子レベルに細分化される。炭水化物は炭素と水に還元されていく。
 エミリーの肉体は酸素・炭素・水素・窒素・塩素・カルシウム・ナトリウム・マグネシウム・カリウム・リン・硫黄その他の元素から構成されている。エミリーが死ねばエミリーの身体は原子単位に拡散し、エミリーを固形化した母なる自然へと還っていく。ちょうど、今日摂取した食材たちと同じように。
 この世はエミリーの破片、以前エミリーの一部だった破片で満ちている。かつエミリーの肉体は世界のあらゆる生命のおふるで構成されている。太古のエミリーさえ含まれている。輪廻転生はただ観念的なばかりの話ではない。原子単位で実際に起こっているのだ。
 エミリーは普段それを意識せずに暮らしている。満腹感に一息つき、モーツァルトをBGMにして皿の後片づけを始めた。
 今エミリーがホッと吐いた息は、かたわらの観葉植物(元セミ)に吸気される。二酸化炭素(CO2)は光合成によって水(H2O)と化学変化し、炭水化物(CH2O)と酸素(O2)になる。
 植物が排気した酸素は誰かの鼻毛を優しく押し分け、肺腑から取り込まれ、心臓のポンプに押し出された赤血球によって全身を駆けめぐる。かつてエミリーの体内を巡回した酸素原子は赤の他人の体内をくまなく愛撫し、卑猥な場所さえも通過し、やがて炭素ともうひとつの酸素と結びついて二酸化炭素となる。
 呼気された二酸化炭素は再び植物に吸われ、炭素原子1個と酸素原子2個に復元する。そのうちの酸素原子1個、もしくは2個ともが、エミリーの身体の中に戻る。同じ空気を呼吸し、同じ酸素をやりとりしている我々は、命の源を共有している。
 本当に、この世はエミリーの細胞のかけらで満ちている。当のエミリー本人は鼻唄まじりに皿を洗っているので気づく気配はさっぱり無いのだが。
 元来、世界はひとつだった。森羅万象は小さな小さな火の玉に凝縮されていた。途方もなく重たく質量の濃いその火の玉は、ある日突然バラバラに飛散した。その残りカスがこの世界。
 ビッグ・バンの時に撒き散らされたゴミがたまたま丸まって出来たエミリーは、宇宙に浮かぶ無数のチリのうちの一片。エミリーの頭の中で起きている思考・意図・着想・苦悩は単なる電気信号。
 今エミリーが聴いている音楽・モーツァルトの構成した天衣無縫の音楽、あれも脳内電流の産物。『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』は出来るべくして出来た。『魔笛』も宇宙のゴミの一部である。
 エミリーが何か想ってみても、実はそこにエミリーの意志は含まれていない。エミリーの思索はすべて電気信号。電子と陽電子が対消滅して光子が生まれるように、たまたま起きた自然現象に過ぎないのだから。その人生に、意味など無い。

<成分表示>
●名称: ヒト
●商品名: Emily K. Woodser
●原材料名: 水分、ミネラル、脂肪、糖質(砂糖・果糖)、食塩、蛋白質(バリン・アラニン・ロイシン・イソロイシン・メチオニン・フェニルアラニン・トリプトファン・プロリン・グリシン・アスパラギン・システイン・グルタミン・セリン・スレオニン・チロシン・アスパラギン酸・グルタミン酸・アルギニン・ヒスチジン・リジン)、酸化防止剤(ビタミンC)、香料(エゴイスト)
●寸法: 高さ152cm×外径83・60・87cm
●重量: 44kg
●内容量: 120リットル
●保存方法: 直射日光の当たらない暗所に保管。
●製造年月日 1983年3月14日
●消費期限 2013年3月13日
●生産者 Tom Barleycorn & Anna K. Woodser
●販売者 蛇頭
※ 開帳後は消費期限に関わらずお早めにお召し上がり下さい。
※ 長期保存をする際は、脳と内臓を抜き取り、炭酸ナトリウムまたは炭酸ソーダの粉末をまぶして乾燥させたのち、防腐剤を詰めて乾燥。ホルマリン(0.012%ホルムアルデヒド溶液)を用いる場合は必ず監督者立ち会いの下で行なうこと。


終わりのない世界   (2005/09/04)
その国は『終わりのない世界』となった。
とある男によってもたらされた不老長寿の薬を、王は国中に振る舞ったのだ。
老いたる長老は日に日に若返り、不治の病に寝たきりだった母は晴れやかに起き上がり、息絶え絶えに生まれ落ちた息子は天高く産声を上げるようになった。
国民は何れ襲い来る老いと死の恐怖から開放され、歓喜に満ち溢れた。
神秘の薬に、そしてそれを惜し気もなく振る舞ってくれた希代の名君に、国民は果てない賛辞と謝辞を送った。

最初の一年は、昼夜をとわずいつまでも祭りが続いた。
毎夜、空には大輪の花が咲き、昼は軽快な音楽と絶え間無い笑い声が響いた。

しかし次の一年は停滞の年となった。
国民は終わることの無い命に飽き始め、かつ食べなくても死なない体にかまけて働くことをやめた。
博打と淫蕩が横行し、国は荒れ果てた。
だが、無論それでも不死の王国は滅びなかった。

翌年、ついに王は宣言する。
「正義をもって、悪の隣国を滅ぼそうぞ!」
平和と不死と賭博と淫行に飽き飽きしていた国はたちまち活気に満ち溢れ、不死の国民たちは瞬時にして歴戦の強者へと変貌した。
戦術など無い。
なまくら一本を携え、ただひたすらに隣国の住人を殺した。
なまくらが折れれば、素手で殴り殺した。
王国は日の沈む果てを越えて版図を広げ、国民は殺戮というゲームにうち震えた。

四年目のある日。
なんと国民の一人が、流れ矢にあたり呆気なく死んだ。
だが彼らは信じなかった。
おそらく薬を飲み忘れたのだろう。
おそらく隣国の兵士が紛れていたのだろう。
おそらく何かの間違いだろう、と。

だがそれは真実だった。
その日を境に次々と同朋は死んでいく。
隣国の住人に切られ、流行り病に倒れ、いとも簡単に死んでいく。
いくら薬を飲み直しても、その力が戻ることはなかった。

不死の力が失われたことはたちまちに知れ渡り、隣国は猛反撃に転じた。
命と誇りを弄ばれた彼らの怒りは凄まじく、王国は3日ともたず占領地はおろかもとの国土さえ失い、深い山の奥へと追われていった。

山間の小さな沢に落ち延びた国王と国民はそこに小さな村を築いた。
もはや王国とは呼べぬその国だが、彼らはまだあの栄光を忘れられなかった。
失意の中、いつかあの日々が帰ってくることをまだ信じていた。

ある日、薄汚れた長衣を纏った男が山間の村を訪れた。
そして男はこう言った。
「あなたがたが不老不死になる方法があります。この薬を飲み、毎日寸分違わぬ生活を送りなさい。さすれば時は止まり、永遠の輪廻が繰り返すでしょう。」
男は軽く杖を振りかざすと、それ以上なにも言わずに立ち去った。

人々は再び歓喜に満ち溢れた。
そして皆で薬を飲み、必死に終わりのない生活を始めた。
しかしそれは容易なことではなかった。
変化をもたらすという理由で、妊婦と老人は斬り殺された。
迷い込んだ憐れな旅人はいないものとして扱われ、生活に干渉した瞬間にやはり斬り殺された。
残った国民は、毎日同じ歩幅で歩き、同じ量の水を飲み、同じ物を食べた。
やがてその生活に慣れ、苦労も苦痛も感じなくなった頃。
森のざわめき、川の流れ、そして月の満ち欠けまでもが変化をやめた。
老いも病いも死も訪れず、10日、100日、1000日が過ぎても全く同じ毎日が続くようになった。
あの日々が帰ってきたのだ。

だが。
もちろん彼らには喜ぶことすら出来ない。
歓喜の声を上げた瞬間に変化は訪れ、それは失望へと変わるだろう。
彼らは果てしなく続けるしかない。
終わりのない世界で終わりのない生活を。



«  | ホーム |  »


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。