散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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    週刊とりぶみ


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駄作★☆☆☆☆ エンドクレジット   (2007/07/14)
企画:大塚晩霜(A)
製作:大塚以下同文
監督:大塚以下同文
脚本:大塚晩霜(B)
美術:大以下同文
照明:大以下同文
衣裳:大以下同文
撮影:大塚晩霜(E)
編集:大塚晩以下同文
効果:大塚晩以下同文
配給:散文ブログ『ちりぶみ』

 2005-2007年/日本/モノクロ/14作品217054字





エミリーとカレーライス   6863字
 Produced by 大塚晩霜(A)
<出演>
  エミリー:   Emily K. Woodser
  シャミシュ:  Emily K. Woodser
  サラギン:   タマネギ
  エミリーの母: Anna K. Woodser(友情出演)
  エミリーの父: Tom Barleycorn(友情出演)
  エキストラ:  万物
*Special Thanks to Radiohead, Albert Einstein
──いかなる動物も、虐待されていません。
──使用した食材は、撮影後、スタッフがおいしくいただきました。



F-A-M-I-L-Y   9860字
 Produced by 大塚晩霜(A), 大塚晩霜(B), 大塚晩霜(E)
<出演>
  男:     ユウイチ
  女:     ユウイチの連れ
  ヒットマン: ユウイチの実父
  土左衛門:  ユウイチの実父
  2番目のお父さん:  ユウイチの継父
  薬物中毒のヒロイン: ユウイチの母
  美千子:   ユウイチの妹
  若い母親:  ミー
  その旦那:  ダーリン
  その娘:   ミカタン
  ドーヴ・レノメ: 大塚晩霜(A)
  桜田ミリア:   大塚晩霜(A)
*Special Thanks to Monty Python
──いかなる動物も、虐待されていません(※人間を除く)。



野菜の山 1730字
 Produced by 大塚晩霜(B)
<出演>
  私:  名も無き生産者
*Based upon the novel by  Ryunosuke Akutagawa
──使用した野菜のクズ山は、撮影後、スタッフがおいしくいただきました。
──書いている最中は全く気が付きませんでしたが、今こうして振り返ってみますと、完全に芥川龍之介『不思議な島』の盗作です。でも別に謝罪しません。



阿蘭陀Language   4726字
 Produced by 大塚晩霜(E)
<Performed by>
  芥川龍之介・森鴎外・井原西鶴・Orange Range・坂口安吾・吉田兼好・紀貫之・有島武郎・島崎藤村・近松秋江・太宰治・直木三十五・辻潤・尾崎紅葉・宮本百合子・横光利一・菊池寛・国木田独歩・田山花袋・岩野泡鳴・西田幾多郎・海野十三・岡本綺堂・鈴木三重吉・岩波茂雄・夏目漱石・二葉亭四迷・Camelieon・中島敦・中里介山・紫式部・与謝野晶子・梶井基次郎・幸徳秋水・寺田寅彦・宮沢賢治・横光利一・原民喜・夢野久作・堀辰雄・樋口一葉・石川啄木・信濃前司行長・鴨長明・松尾芭蕉・新美南吉・清少納言・福沢諭吉・幸田露伴・村山槐多
*Special Thanks to Godley & Creme, Aozora Bunko
──この作品はアメリカ国の法律で保護されていません。



〒ν八℃   118(2347)字
 Produced by 大塚晩霜(B)
 技術支援: 大塚晩霜(E)
<出演>
  俺:   主人公
  幼なじみ:エイルロポータ
  君主:  ツメラルウクス王
*Inspired by Slapp Happy "King Of Straw"
──焼死した出演者は、撮影後、スタッフがおいしくいただきました。



究極のおばけ屋敷   7968字
 Produced by 大塚晩霜(A)
<出演>
  俺:  沼間
  紳士: 江村
  巨乳: 有木さん
*Special Thanks to Roman Crew
──この映画に登場するお化け屋敷は架空のもので、実在の江村邸とは一切関係ありません 。



16小説交響詩   3813字
 作詞・作曲: 大塚晩霜(A)
 編曲: 大塚晩霜(E)
 指揮: 指揮者
<演奏>
  句読点: パーカッション
  動詞:  トランペット&サックス
  形容詞: ホルン
  連体詞: テノールトロンボーン
  形容動詞:バストロンボーン
  接続詞: チューバ
  名詞:  ピアノ
  助動詞: 第一ヴァイオリン&第二ヴァイオリン
  助詞:  ヴィオラ&チェロ
  代名詞: コントラバス
  副詞:  フルート(大塚晩霜A)
  感動詞: オーボエ(大塚晩霜A)
  擬音語: クラリネット
*Special Thanks to Frank Zappa
──18歳未満の方への販売・レンタル・上映を禁止します。閲覧は出来ます。



文体練習   60192字
 Produced by 大塚晩霜(A), 大塚晩霜(B), 大塚晩霜(E)
 原案: レーモン・クノー『文体練習』
 協賛: 和田義彦
 提供: 萩原朔太郎・薄田泣菫・尾崎放哉・田中貢太郎・豊島与志雄・森鴎外・坂口安吾・横光利一・織田作之助・吉行エイスケ・夏目漱石・夢野久作
<出演>
  主人公: 絶倫勃起・DJゴンベエ・ジョンドウ・亀公・永野光政・まゅまゅ・久能麗紋・緒実充三・浜坂真綾(マー)・上道抜作・佐々木源三・田中めぬ・小林くん・合木拓哉・楚人・あなた・かるたひるす・工冂巾(ヨしキ)・ゆうしゃ
  老人: 山木五十三・菊西和孝・讃岐山竹蔵・魚座あがた(あがちゃん)・大倉・中田権蔵・ぢゃぼ・勢多宗二朗・花山与兵衛
  脇役: じい・ヤクザ・久能・空き巣・早苗・ストリッパー京子・静香・リーダー格の少年・聖子ちゃん・エムおばさん・警察官
  評論家:  笹池薬麻呂
*Special Thanks to Raymond Queneau and other writers
──書いている最中にもそれとなく気付いていましたが、今こうして振り返ってみますと、完全にレーモン・クノー『文体練習』へのオマージュです。訴えられても文句は言えません。



『小松軍曹と佐藤兵長』他一篇   3982+10557字
 Produced by 大塚晩霜(B) + 大塚晩霜(A)
<出演>
  わたくし: 佐藤兵長
  K軍曹:  小松軍曹
  市尾伍長: 前作の主人公
*Special Thanks to Nature(for Prose blog Chiribumi)
──この作品は戦争を賛美するものではありません。もちろん文学を賛美するものでもありません。



トリストラムに恋をして   66035字
 Produced by 大塚晩霜(A)
*Special Thanks to Laurence Sterne
──未完成作品につき削除しました。



文体練習おまけ   18469字
 Produced by 大塚晩霜(A)
*Special Thanks to Koji Asahina, euripides
──書いている最中は全く気が付きませんでしたが、本家『文体練習』を読み終えた今こうして振り返ってみますと、関係者各位には謹んでお詫び申し上げたい気持ちでいっぱいです。



鈍色の昼   16236字
 Produced by 大塚晩霜(B)
<出演>
  俺: 病んでいる
  エト:   死体
  エトの祖母:死体
  ロッキー: 死体
  佳奈ちゃん:幻影
  有野先生: 幻影
  ハリー:  幻影
  鶴くん:  幻影
*Inspired by Pink Floyd "Wish You Were Here" cover jacket and XTC "Chalkhills And Children"
──エトのモデルとなった友人は実在しますが、こんな悲惨な死に方はしていません。



ツタンカーメンの呪い   12字
 バカじゃねーの。








<メイキング・オブ・「大塚晩霜」・アンド・大塚晩霜作品>
 本作が、散文ブログ『ちりぶみ』における私の最後の作品である。
 ……私の? ──私たちの、と言うべきか。私たち三人による、「大塚晩霜」の。
 もう最後だから洗いざらい暴露してしまうが、「大塚晩霜」とは、実名どころか筆名でもない。私が中心になって結成した創作グループの、その団体名である。(作家「岡島二人」は徳山諄一と井上夢人のコンビ名であるが、それと似ていよう。)主に私Aがアイディアを担当し、Bは執筆に専念、Eが編集や細工に辣腕を振るっていた。
 ただし、三人の役割は明確に区別されていたわけではない。Bが単独で作品を仕上げることもあったし(『野菜の山』『鈍色の昼』)、Eのアイディアを軸に三人が共同作業をしたこともある(『阿蘭陀Language』)。大作『文体練習』は三人が少しずつ持ち寄った断片をEが「目次」に準拠して並べ替えたものである(ちょっと考えてみればすぐ判ることだが、あれだけの量をたった一人で一ヶ月以内に仕上げるのは不可能である)。
 私たちの創作はインターネット上でのやりとりによって推し進められた。時には電子メール、時には掲示板、チャット、そしてメッセンジャーで、アイディアを交換し合った。まさしくIT時代の恩恵。決して脚本家・黒澤明のように卓を囲んで原稿を回し合ったわけではない。
 私たち三人のチームワークは、今にして思えば、ちょっと神がかり的だったと思う。
 Bは──伏せ字にしてもほとんど無意味なので、本名を出してしまうが──馬場くんは、私の出したアイディアを原作にして文章をアウトプットしてくれたり、逆に、私の文章を手直ししてくれたりもした。彼の文章に私とEとで肉付けしていったこともある。稀代の名文家と言えよう。
 Eは推敲を手がけてくれた。Bが書き上げた悲恋の物語『〒ν八℃』を、意外な手法でキラリと光る佳作に仕立て上げたのは彼の功績だ。天才肌の職人である。狂気と紙一重の凝り性である。取り分け、私が軽い気持ちで提案した『16小説交響詩』を、はっきりとした形にするのは、並大抵の苦労ではなかったと思う。その作業はあまりにも苛酷だったらしく、「発狂しそうだ」とよく愚痴をこぼしていたっけ。(彼は現在、某所に入院している。)
 この散文ブログ『ちりぶみ』で私が提案した作品は実験的な物が多かった。おそらく、二ヶ月という長い掲載間隔のせいだろう、あれこれ変な着想が頭の中に虫のように湧いたに違いない。そんな私の奇天烈な提案に戦友はよく応えてくれた。出来映えに満足できない駄作もあるが、彼らのおかげでユニークな作品の数々を発表することができた。その中でも特に手間のかかっている作品『エミリーとカレーライス』『阿蘭陀Language』『16小説交響詩』『文体練習』が個人的には気に入っている。馬場くん、そしてE、本当にありがとう。三人で文学に没頭したすてきな時間を、私は決して忘れない。
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ツタンカーメンの呪い   (2007/05/14)

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鈍色の昼   (2007/03/14)
 俺の通った小学校は海岸から百メートルほどの位置に建っていた。生徒数は千人。四階建ての校舎が三棟、軒を列ねていた。グラウンドの隅には浜から吹き寄せられた砂が積もっていて、そこに昼顔が咲いたり、カニが遊びに来たりした。
 屋上からはキラキラと光る海が見渡せた。夏になると白い入道雲の下をちっちゃなタンカーがのろのろ進む様子が見て取れた。昼休みにその景色をボーッと眺めるのが好きだった。
 陸の方角には車の通りが少ない一筋の道路と、東西を繋ぐ幹線道路の高架橋、こどもたちが道草を食う空き地ばかり広がっていた。都会的な雑踏とは無縁の場所だった。
 小学校は俺が卒業してからすぐに廃校になった。俺が十二歳の時だから、もう二十年も前の事になる。市が計画した区画整備によって工業地帯になるとか、担任の教師から説明された。その通り、今ではかつての空き地に工場が乱立している。煙突や銀色の巨大な土管がのたくっている。
 懐かしい少年時代の土地に、俺は帰ってきた。何か重大な忘れ物、もしくは失われた記憶、あるいは秘められた罪悪感かも知れない何かを探しに。それが何かは解らない。解らないまま、不意に襲ってきた不安と焦燥に焚き付けられ、こうして帰ってきた。
 電車を降り、駅から十五分ほど歩くと、かつて俺が住んでいた団地が見えてくる。昔とそれほど変わりはない。当時から古びていた白壁は今も立派に黄ばんでいる。壁の表皮は崩れていないので、さすがに何度か塗り替えをしたんだろう。
 この色あせた汚い壁と、壁を這う血合い色の雨樋。どす黒く錆びた鉄輪。それは貧しかった少年時代を思い出させるのに充分だった。
 俺は虫を払い退けるように顔を背け、団地の脇を通過した。ここから先は懐かしい通学路となる。
 通学路の道すがらには一軒の洋館があった。よく覚えている。
 煉瓦造りの壁一面にツタがからんでいる。ツタの合間には整然とした白い窓。ツタは主人の無精からのさばっているのではなく、デコレーションとしてその家を飾っているのだ。
 ゴシック調の鉄柵から窺える庭は眩しいほど青い緑色。芝生の所々に赤や黄の草花が植わっていて、点々と彩りを加えている。花壇にもこれまた見事なチューリップ・ヒヤシンスなどが咲き誇っている。小さいながらも澄んだ水をたたえた池のほとりには真っ白な裸婦像が鎮座し、真っ白いテーブルと二脚のイスが設置されている。初夏の夜更けにワインでも口にしながら満天の星空を眺めるのだろう。
 一年中手入れの行き届いたこの庭は、美しさを保ちながら季節ごとの風景を刻々と描き出している。夏には元気なヒマワリが太陽に向かって背筋を伸ばす。秋には広葉樹が寂びたオレンジ色を秋風にたなびかせる。しかし何と言っても春のうららかな日差しに映えるグリーンは筆舌に尽くしがたい物があった。それは、「満足」という語の具現化したものだった。
 ここの奥さんはよほど熱心な花好きと見える。ご主人には安定した収入があったのだろう。幸せな家庭、それ無くして美しい庭は存在し得ない。
 しかし今、その庭は、もはや美しくなかった。洋館の煉瓦は変わらずに古雅の趣を漂わせていたが、それ以外の事象は全くもって荒廃していた。ツタは窓枠にまでこびりつき、もはやガラスも見えにくい。何年も開けられていないのだろう。庭の芝生はすさみ、雑草が増長している。花はことごとく枯れていて姿が見えない。池の水は涸れ、傍らの裸婦像は黄色く変色している。同じく黄色く汚れたテーブルの上にはコーラの空き缶が潰れている。かつて繁栄を極めていただけに、現状はあまりにも惨すぎる。庭の手入れをしていた奥さんが病気になったのだろうか。ご主人が事業に失敗したのだろうか。どうあれ、今のこの庭に「家庭円満」はない。
 俺は時の流れの残酷さにゾッとしながら洋館の前を通過した。
 そこからしばらく行くと、友人のエトが住んでいた土地に差し掛かった。ここには畑があった。根菜を植えていたかと記憶する。商売としてではなく、おばあちゃんが趣味で園芸をしていたらしい。かたわらには犬小屋があり、「ロッキー」という名の犬が寝そべっていた。
 その畑で、俺と友人のエトはよく遊んだ。キャッチボールをしている所を見付かると、おばあちゃんに怒られた。当然である。傍若無人に畑を踏み荒らす悪ガキども、迷惑に違いない。ハハ、今となっては良い思い出だ。
 現在、そこにはもう、キャッチボールをして遊ぶ俺たちの姿は無い。昔慣れ親しんだ風景は、風に吹かれる砂のように、消えてしまった。
 エトはもう、この世にはいない。畑を守るおばあちゃんも亡くなった。ロッキーはエトよりも先に死んでしまっている。そして、「子ども」の俺も、もういない。
 二度と帰って来ないあの景色。
 夕焼けの光線が空気をオレンジ色に染める放課後。畑のわきで、黙々と汗を流しながら、しかし楽しそうに笑いながら遊ぶ俺とエト。その様子を監視(と、言った方が良いだろう)するおばあちゃん。我関せずとばかりに寝そべるロッキー。あの幸せな景色は、もう二度と、見られない。
 畑は潰されて、今はアパートが建っていた。
 時間は未来へと放射して行き、過去へと逆行はしてくれない。その事実を突きつけられる時、人はみな、たまらなくさびしくなるのだ。
 そこからまた五分ほど南下すると、油臭い潮の香りが漂ってきた。民家は消え、街路樹が屏風のように立ち並ぶ産業道路が視界を開いた。
 それはとても淋しい絵画だった。
 画板の上半分ほどは切り取られ、ごく薄い水色で配色が成されている。その下には道幅の広い産業道路がアスファルト色の台形を象っており、台形の周りには無機質な工場がひとつ・ふたつと陣取っている。中央右の隅に球形の巨大なガスタンクがひっそりと据えられ、鶯色のサッカーボールに見えた。
 この絵画の主役は道路だ。しかし、この道路もなんて切ないんだろう。断続的な白い車線は徐々に小さくなっていき、しまいには見えなくなっている。動く物は無い。ただ幾何学的な直線を構成しているだけだ。どんな画家にだって、こんな絶望的な抽象画は描けまい。
 その道路の先にポツリと見える小石のようなもの。それが俺の母校だ。
 全く音の無い世界だった。海の音がかすかに耳をくすぐるし、工場の騒音も多少はうるさかったに違いない。しかし、それらの音はもはや音ではなかった。寂寥感を煽る“静”に他ならない。生き生きとした動きのある事を伝えないばかりか、時間が止まっているような錯覚さえ引き起こす。耳栓をしたってこんなに静かな世界を得る事は出来ない。
 俺は独り、学校に向かって歩いた。まさに独りだった。世界でたった一人ぽっちの気分。人の気配や動物の息吹を感じる事は出来なかった。どこを見渡しても、無駄の無い抽象画だった。無駄の無い、つまり機械的な、生命の宿らない空間。
 校門にたどり着いた。ボロボロに朽ちた鉄製の門扉。これは昔、柔らかいクリーム色だった。清潔でおいしそうな色だった。それが今では腐敗し,むごたらしく死肉を垂れ下げ、生徒の登校を拒んでいる。門柱に鎖で堅く縛られて。板切れに塗りつけられた「立入禁止」の文字を鮮血のように光らせて。
 門柱にはいまだに表札が掲げられていた。青銅製の縦長の看板には「宇内市立久瀬南小学校」と刻字されている。この表札だけは二十年前と変わらず古めかしい。
「この表札、なつかしいなぁ。本当に、母校に帰ってきたんだな…」
 心地良い感傷的気分が俺の心の奥底をほのかに温めた。しかし、そういう感興がすぐに消し飛ぶ事はわかっていた。俺は眉を八の字に歪ませ、上方を見上げた。
 そこに在る学校の姿はまるで、石造りの冷たい墓標のようだった。俺はちょっと辺りを窺ってから校門をよじ登った。そうして敷地内へ無事に着地した。
 そこは、外界から完全に隔離された空間だった。誰かが校門から覗きでもしない限り、俺が侵入している事はわからないだろう。小さな雑草が群れている土の上を、タバコに火を点けて歩き始める。
 小学生の頃は自分が喫煙者になるとは夢にも思わなかった。大人になるには気の遠くなるほど時間がかかると思っていた。しかし時の流れは残酷で、かつ早い。俺も今では三十を超えた。俺が十二歳の時に習っていた担任の教師は二十七歳だった。当時の彼よりも俺は年を食った事になる。
 その担任は名前を有野と言った。若々しい男性教員で、休み時間には生徒と一緒にドッヂボールをしてくれる優しい人だった。
 俺は何一つ有野先生にかなわなかった。大人が子どもより優れているのは当然の事だが、十二歳の俺の目には有野先生の姿が英雄のように映った。永久に追い越せない天才として尊敬していた。
 今の俺は当時の有野先生よりも大人になった。しかし果たして俺は、彼ほど大人になっただろうか? 疑わしい。実感が無い。今でもこう感じる。有野先生の前では俺は永久に十二歳で、従って彼を永久に超える事が出来ない──。
 タバコの煙を蒸気のように吹き上げ、校舎に沿って前庭を歩いた。花壇には干からびた砂土が沈黙し、石畳の隙間からはよく育った雑草が生え、校舎の窓ガラスは割られている。何もかもが荒廃している。
 不意に強い孤独感が俺を襲う。
「有野先生! ハリー! エト! 鶴くん! 佳奈ちゃん! みんなどこへ行っちゃったんだよ!」
 クラスメートや先生の不在。自分を置いてみんな遠足に出かけてしまったような、忘れ去られてしまったようなそんな悲しみ。俺は両腕で自分の身体をきつく抱き締めて縮こまった。
 しばらく俺は立ちすくんだ。動けなかった。吸い終えたタバコを踏みにじって向こうを見ると、外壁の外側に巨大な倉庫が並んでいるのが見えた。運送会社か何かの領地なのだろう。丸い屋根・心もとないハシゴ・倉庫番号を記したと思われる無機質な連番数字。見覚えの無い風景だ。
 延々と空き地の広がる二十年前とは別世界のようだ。ここだけが、この学校だけが、時代の流れから取り残されている。当時の空気を密封して固まったままだ。
 確かに荒廃はしている。しかし、倉庫が割拠し工場がどんどん乱立する外と比べれば、この学校の変化は余りにも乏しい。廃校。死。生に乏しい工業地帯の中でも、俺が立っている場所は一際静かに相違なかった。
 穏やかな静? いや、そんな平和的な物ではない。ある種の凄みを心に撃ち込んでくる、恐怖の対象にも似た静。
 俺は再び歩き出し、校舎の角を折れて校庭に向かった。
 給食室の脇を通る。破れたガラス窓の中を覗き込むと、赤く錆び付いた寸胴がだらしなく転がっている。かつてステンレス加工のされていた調理台も傷だらけで白く濁り、全く光を反射していない。かつてこの場所では生徒のために料理が作られていたけれど、今ではそんな面影はどこにも見当たらない。不潔を通り越して不毛だ。ここではゴキブリも飢え死にしてしまう。生命の営みを司る飲食物は、ここでは二度と生成されない。
 棄てられた調理器具が、俺をたまらなく嫌な気分にさせた。その場に放棄せず、しっかり処分してもらいたかった。誰にも持ち去られる事無く見捨てられた調理器具は、慌ただしく廃校が決定した証明でもある。この学校は、学校ごと捨てられたのだ。正式な葬送をされる事無く…。
 赤レンガで囲まれた地面があった。理科の授業で使用された自家農園である。なつかしい。ここでプチトマトを植えたりサツマイモを掘ったりした。今は痩せこけ、まるで墓場みたいな様相を呈している。
 傍らにはボロボロの百葉箱。海風によって風化し、白ペンキを根こそぎ剥落させている。辛うじてその原型を保ってはいるものの、子供たちが慣れ親しんでいた時の面影は一片も無い。小さなお社みたいに古びていて、中から稲荷が化けて出てきそうだ。俺たちの記憶の土地が時間によって腐食されている事を示す絶好の標本だった。
 俺は校庭に出た。
 二十年の歳月をかけて海浜から少しずつ吹き寄せられたのだろう、白砂がグラウンド全体に積もっている。非常にまぶしい。見渡す限りの荒野だ。風が形成した、雅な趣の無い石庭。
 ここでよく、放課後にサッカーをした。道具さえあれば野球もした。十分間の休み時間には急いで教室を飛び出し、女子も交えて鬼ごっこやドッヂボールをし、始業のベルが鳴ると同時に一目散に教室へ戻った。なつかしい。
 目を閉じると、運動会の時の光景がまぶたに浮かんできた──
 体育館そばにテントが張られ、石灰でトラックのレーンが引かれている。ポールには校旗が掲揚され、スピーカーを軸として万国旗が頭上に張り巡らされた。紅白別れ、すのこに座る俺たち。俺たちの背後で頼もしい声援を送る父母たち。オリンピックスタジアムさながらの、立派な競技場だった。
 目を開いてみると、校庭は案外狭い。俺がリレーのアンカーを務めたトラックも、実際にはちっぽけな楕円形だったようだ。自分自身の成長を感じるとともに、なんだか切ない気持ちにもなった。なんて狭い世界で、得々としていた事だろう。俺は自分が校内随一のランナーだと思っていた。実際そうだった。学年で三本の指に入るほど足の速い生徒だった。
 運動会大取りの、全学年入り乱れてのリレー競走。そこで俺は紅組のアンカーの一人として出場し、白組の走者をゴール寸前で抜き、一位になったんだ。
 俺の活躍で紅組は優勝した。クラスのみんなが、白組として敵対したハリーでさえ、誉めたたえてくれた。下級生もみな、俺の俊足に憧れのまなざしを注いでいた。有野先生は俺を抱きかかえて振り回した。閉会式で校長先生から優勝トロフィーを渡される役に当たった。佳奈ちゃんが笑顔で俺を見ていた。
 この日、俺は学校のヒーローになった。
 輝かしい栄光の思い出。しかし、今こんな自慢話をしても、誰も感心はしない。
 中学に入ると、三本の指は二十本に増えていた。中学を出る頃には屈指の走者ではなくなっていた。
「運動会、か…」
 俺は空を見上げた。抜けるような、とは表しがたい、工業地帯の青空が開けている。
 屋上に上がろうと思った。昼休みの時間、先生に見つからないよう上がった屋上に。仲間と一緒にあの場所で浴びた光、眺めた景色。まさしく宝石のような思い出だ。キラキラした、きらめき。仮にもし「永遠」という物が存在するとすれば、それは「瞬間」だと思う。一生残る、一瞬。鮮やかな色で余生を照らす強烈な閃光。そういう掛け替えのない記憶がこの学校の屋上にはある。
 ゲタ箱の据えてある通用口に来て、ガラスの破片が窓枠に残っていない扉を探し、手を切らないよう慎重にくぐる。中に入ると、ほの暗い。夏の日の森のように、鬱蒼としていながら所々から日が射し込んでいる明度。俺以外の人間は誰も訪れない秘密の場所のような、虚無。
 自分はどのゲタ箱を使っていたっけな。探してみようか。六年三組、六年三組。生徒の名前を記したシールは油性ペンで書かれていたが、ほとんどが消えかかっている。シール自体が剥がれ落ちているものさえある。いくつかうっすらと残っている文字を目を凝らして読んでみると、その中のひとつに「つる川」。鶴くんのゲタ箱だ。よく消えずに残っていたものだ。これが鶴くんのゲタ箱とすると、俺のゲタ箱はおそらくここだ。しゃがみ込んで覗いてみる。中は板で二段に仕切られている。下の段には履いてきた靴を置き、板の上には学校用の上履きを載せていた。当時も砂ボコリが堆積していたが、今はその砂の上をさらに綿ボコリが覆っている。
 ちょっと覗き込んで中を確認し終えると、早々に立ち上がった。窮屈な体勢が苦しかった。自分の靴入れはこんな低い位置だったのか。よじ登らねば届かなかったゲタ箱上部も、今では胸の高さだ。不思議な感じがする。また、悲しい気持ちがする。いつの間にか図体だけ大きくなってしまった。
 俺は靴脱ぎから一段高くなっている廊下に歩を進めた。床には土とガラス片が散乱している。靴の下にジャリジャリ割れる音を聞きながら、俺は校内を歩き始めた。上履きを履かず土足で廊下を歩くなんて、なんだか少し悪い事をしている気がする。小学生の頃の倫理観が蘇ってくる。
 校内には誰もいないと解っていながら、先生の目を忍ぶように俺は廊下を進む。前屈みでまるで泥棒だ。自分の馬鹿げた体勢につい苦笑してしまう。
 階段に来た。各段にはやはりガラスの破片が散らばっている。土汚れで黒ずんでいる。明かり取りの窓から陽光が射していてチリがチラチラ舞っているのが見える。これも懐かしい。この光の中を、当時の俺は息を止めて駆け抜けていた。本当は校舎内全体がチリで充満しているはずなのに、それには気付かずに。
 幅の狭い階段を一段抜かしで上がっていく。昔は勢いをつけなければ一段抜かしなんて出来なかったが、今ではのっしのっしと足を放り上げられる。その代わりすぐ息が切れる。ゆっくり上っているはずなのに呼吸が荒くなる。年を取ったものだ。
 やっとの思いで四階に着き、ちょっと一呼吸。四階には六年三組の教室がある。廊下は比較的きれいに見える。チリやホコリがビッシリと敷き詰められているのだろうが、遠目には見えない。窓も割れていないようだ。
 教室には後で寄る事にし、息が整った時点でまた階段を上る。この、四階から屋上に向かう階段。下校前の掃除の時間を思い出す。掃除当番で階段の担当になった時は楽しかった。同じ班の女子に階下を任せて、男子は屋上近くの踊り場で遊び回ったものだ。雑巾を投げ合ったり、手すりを滑り台にしたり。たまに先生が見回りに来た時だけ掃除しているふりをする。帰りの会が始まるまで、昼休みと何ら変わりの無い最高の時間を過ごした。違う班の男子が紛れ込んでいて、とうとう見つかった時は猛烈に怒られたが、それも今では良い思い出。
 壁にたくさんの落書きがある。「昭和六十年度卒業」「滝口くん大好き」「ずっと友だちだからな」「安松綱島松倉」などなど。そして、残っていた、俺が書いた相合い傘。
 俺は落書きの一つ一つを点検し、寂しく微笑みながら、屋上に通ずるドアのノブに手を掛けた。二十年前と同じく施錠はされていなかったが、蝶番いが錆び、格子が歪んでいるのだろう、容易には開かない。銀色の老いたドアは苦しそうに軋む。あたかも「この先へ進んではいけない」と注意する先生のように、俺の立ち入りを拒む。
 屋上に出るのはやめておこうか──ドアがあまりにも頑固なので、そう思いもした。しかし屋上からの素晴らしい眺望をあきらめるわけには行かず、俺はムキになってドアと格闘を開始した。
 無理に押したり叩いたりしてもギィギィ鳴くだけで道を譲ってくれない。そこで思い切って体当たりをしてみたら、ドアはギャッと短く甲高い悲鳴を上げ、二つある蝶番いのうち上の方にあるのが外れた。浜風に曝されていた表面は今にも腐り落ちそうな赤銅色をしていたが、新たに露出した金属部分は骨のような白銀色に光っている。校舎から剥離した蝶番いはドア本体に必死にへばりつき、サビを血のようにぱらつかせながら、無残に風に揺れている。
 さらにグイグイ押すと、ドアは断末魔の叫び声を上げながらようやく屋上を明け渡してくれた。どうにか開いたが良い気持ちはしない。行く手を阻む敵を、敵とはいえ誤って殺してしまった、そんな釈然としない心境だ。
 俺は再び太陽の下に出た。荒れ放題の屋上。コンクリートの床は一面ひび割れており、割れた隙間からは雑草が茫々と生えている。白いペンキの塗られていた柵に白い部分はほとんど残っていない。赤銅色の鉄が丸出しだ。
「二十年。だもんな」
 俺はタバコを取り出して口にくわえた。両手で覆いながらライターを二三度擦る。顔を撫でる風に目を細めながら煙を吐き出す。柵の向こう、彼方の海を一望する。工業化の影響で汚れたかも知れないが、ここから見る分にはキラキラ光っていて昔と変わらない。
 空を見上げた。太陽。その強烈な光は目を閉じても透過してくる。真っ赤に染まる視界。まぶたの薄皮を流れる血液の、赤。まぶしい。太陽だけは二十年前と同じだ。
 まさかこの屋上で喫煙する日が来るとは、な。中学では下校途中に喫煙する奴が居たけど、さすがに小学校の屋上で吸ってる奴は居なかったもんな。物凄くワルい事をしているかのような、後ろめたさ。普段よりも煙が濃く旨く感じる。
 柵に近づいてみる。校舎べりの稜線に隠れていた海はせり上がり、陸地部分が徐々に姿を現す。俺はハッとした。白い砂浜は見えなかった。無かった。在るのは唯、アルノワタダ、ジンコウブツ。人工物。人工物、人工物、地球の地肌を埋め尽くした人工物…。
 かつて不規則に海岸線を描いていた自然の造型は見る陰もない。区画整備、その計画通りの埋め立て地。陸地部分は人工的に拡張され、海だった場所に無遠慮に伸し掛かっている。波打ち際にはテトラポッドが規則正しく並べられている。カニが棲みカモメが遊びに来た土地は今や人間に開発され、人間の秩序に律せられた。
 人間の。果たして本当にそうか。俺にはこれが人間の仕事だとは信じられない。学校と海との間には球形や円筒形のタンクが無造作に置かれ、その周囲を工場や倉庫などの巨大建造物が取り巻いている。工場敷地、外壁の上に葉を繁らせる樹木は、道路からの目隠しとして差し込まれたプラスチック。人工物。人工物の一部。人の気配は少しもしない。プレハブ小屋がある。しかしあの中に人が活動しているとはとても思えないのだ。
 砂浜が失われた事には何の感慨も無い。環境問題、そんなものは知った事ではない。俺が怯えているのは孤独感。世界にたったひとりぼっちのようなこのとてつもない孤独感だ。俺の他に人は居るのだろうか。もしかしたら自分一人ではないのだろうか。そんな風にも思えてしまう。それほどまでに、生命の息吹が感じられない。潮風が運んでくる磯の香りにも重油や黒煙や腐敗の匂いが混じっている気がする。水平線に円筒型のタンクが屹立する湾。誰も歩いてない道路。静まり返った工場。ただ黙々と白い蒸気を吐き続ける煙突。
 風がある。海の表面がささがきにされているのでもわかる。鏡と輝く水上に浮かぶタンカーの船尾には糸のような物がひょろひょろと靡く。しかし、煙突の突端に結びついた白い物は揺れない。あの煙は淡の水墨で描いたような煙だ。吹かれたり流れたり散ったりしない、静かな静かな筆蹟。
 もしも。もしもあの煙が。煙突の突き刺さった工場の軒下で、百名に及ぶ隠遁者たちが擦っている墨によるのだとしたら。その墨汁で湿らせた筆を喝一閃、エイヤッと空に走らせていたとしたら。筆の遊覧した軌跡が煙突から吐き出されていたとしたら。ああ。俺はどれほど楽しい気分になっただろう。救われたろう。絶望。
 クシャクシャの紙ペラ1枚の気分となる。軽く、からっぽで、薄汚れた状態。何もかもが味気なくなる。世界が変貌していく。
 赤白赤白段だら模様の煙突は陶器製の灯台に変貌する。機能しない投光器。航路標識として頼る者は誰もいない。誰もいない。この世界の漁師は沖に出ない。この世界の海には魚がいない。あれが地獄の灯明台だったらどんなに良かっただろう。荼毘の煙で死者を招く骨造りの塔だったら。この停止した臨海地帯よりもよっぽどにぎやかだったに違いない。
 煩雑な建造物は電子部品として基盤の上に組み込まれる。トタン張りの倉庫が。鉄筋コンクリート製の工場が。薬品色のタンクが。煙突が、クレーンが、電線が、道路が。全ての無機物が無機物ですら無くなる。個々の存在を喪失し、巨大な集積回路に集約する。
 俺は目を細め、海を見た。海があったはずの空間を見た。しかし、海はもう消えていた。そこは海ではなかった。やや蒼味を帯びた粉薬が青空に触れるほど大量に敷き詰められている。さらさらと揺らぐ砂色の布。記号化した大型船舶。
 急にタバコがまずくなって、捨てた。草を燃した煙ではなくプラスチックの味がした。怖くなった。一思いに飛び降りたくなった。自分にもよくわからない。なぜこんなにも泣きそうなのだろう。身体が小刻みに震える。怖い。一人が、怖い。一人で居るのが堪らなく怖い。
 俺は屋上を立ち去った。強いて俺を一人にさせるこの残酷な世界を逃避し、自ら望んで一人となるために。
 軽く足下をふらつかせながら階段を降りる。階段の壁面に、ヘタな字で「ずっとみんなといっしょだよ」と書かれている。ずっとみんなといっしょだよ。そんな物は幻想だ。その「みんな」とやらは今や散り散りになり、誰も一緒ではない。鶴くんとは卒業以来ただの一度とて会っていない。ハリーはどうしているのか分からない。エトは死んだ。みんな、バラバラになってしまった。
 良い思い出は、時として、老いた心を苦しめる。楽しかった、あのころ。楽しかった、あのころ。ああ、楽しかった、あのころよ。──楽しかった思い出が、楽しくないこのごろをより一層楽しくない物にする。キラキラした宝物のような思い出は靄の漂う記憶の奥でまばゆく輝く。その輝き自体は掛け替えのない光明だ。しかし、その輝きの放つ明滅は暗く沈んだ現状を陰鬱に際立たせる。光は闇を濃く染める。明るい過去が、みじめな現在を残酷に照らす。ミミズを焼き殺す太陽の日差し! ああ、おまえ、過去の栄光よ。おまえは異形を見世物にするスポットライト。未来の俺をとことんまで打ちのめす侮辱の光だ!
 人はみな、何が何だかわからぬまま、人生で最も光明に満ちた季節を使い果たしてしまう。この世に登場したばかりの彼らは、その価値を知らぬままに少年期を浪費する。電球は使い初めが最も輝いている。フィラメントが消耗すれば次第に光度は減じていく。そんなこと、全く知らず、人生の光は増していくだけだと思っている。
 俺は六年三組の教室に足を踏み入れた。
 名状しがたい感覚に襲われる。なつかしい、ような。期待はずれ、なような。旧友と久しぶりに再会した際の、喜びとよそよそしさが入り混じった感覚。窓から差し込む明光が寒々しい。
 四十脚ほどの机は、あるいは整然と並び、あるいは何者かによって倒されている。床には空き缶やスナック菓子の袋が大量に落ちている。黒板には、刃物か何かで傷つけたのだろう、品のない落書きが彫り込まれている。掲示板も切り刻まれている。荒れ放題。踏みにじられた俺の、俺たちの思い出。
 窓際一番後ろが自分の席だった。隣は佳奈ちゃん、前は鶴くん。くじ引きで勝ち取った、申し分のない特等席。
 佳奈ちゃんの机、天板は砂ぼこりで粉っぽく汚れてしまっていた。俺は自分の服の袖で机の表面を拭う。そのまま自分の席に着く。
 窓に背を向けて椅子に掛ける。こんなに小さい椅子だったか。背もたれが腰の辺りに当たる。座り心地も最悪でおしりが痛い。
 低い座面に軽く戸惑いつつ、教室を一望する。
 すると、どこからか雑音が聞こえて来る。
 どこから。
 自分の頭の奥からだ。
 その音は次第に大きさを増し、やがて、活気ある喧噪である事が判る。脳内の記憶装置が当時の教室の様子を実地に映写し始める。あの時の、みんなが、焦点の定まらない像として浮かび上がる。どこに誰が座っていたのか全員を思い出すことはできないけれど、当時の授業風景が眼前にありありと浮かんでくる。
 教壇に立つ有野先生。
 黒板の方に向かって座るクラスメート。
 みんなの後頭部。黒い物が並んでいて、時々動く。この頭はハリーか。あれは誰。
 この小さな机で、背の低い子供たちが。俺たちが。俺たちは確かに、ここにいた。
 なつかしい思い出の数々が、時系列を無視して断片的に再生される。算数・国語、理科・社会。朝の会・帰りの会。学級会。そして、同じ班の仲間たち四人と机を合わせて食べた給食…。印象的な一場面一場面が、かつて身を乗り出して鑑賞した、体育館の堅い床も苦にならないほど熱心に見入ったスライド写真のように、次々に上映される。
 いつしか俺の瞳は潤み、思い出のぼんやりとした感覚ばかりでなく、実際の視界までもがぼやけ出す。
 そんな中、比較的鮮明な映像と音声を伴って俺の前に現れたのが、隣の席の、佳奈ちゃんの笑顔だ。
 授業中、小さく丸めた手紙をこっそり受け渡し合った。内容はつまらないものだったかも知れないが、その後しばらく俺の一番の宝物となった紙片。書かれた文言を丸暗記してしまったほど何度も見返したものだ。だが、今はもう、何が書かれていたか、思い出せない。手紙自体もどこかに無くしてしまった。おそらく一人暮らしをするための引っ越しの時に、他のこまごましたプリントと一緒に捨ててしまったのだろう。
 人はなぜ、本当に大切な物を簡単に手放してしまうのか。未来から押し寄せる間断なき些事にばかり気を取られ、手を引いて連れて行かなければならない大事な昔をたやすく置き去りにしてしまうのか。少年時代の事象は、ガラス細工のように美しく、そして壊れやすい。ガラクタ扱いしていた思い出が実は宝石だったという受け入れがたい事実には、いつだってそれを失ってから初めて気が付く。
「これ以上考えるのはよそう」
 俺はそう声に出し、強く目をつぶってかぶりを振った。輝かしい過去の栄光は現在を打ちのめす。まぶしかった過去が、くすんだ現在を、白日の下に晒す。嬉しい思い出が煌めくとき、暗闇に沈む醜い恥部が露わになる。この淋しい考えはますます高じていく。
 ハッと気が付くと、すっかりつまらない大人になってしまった俺に愛想を尽かしたのか、半透明の級友たちは煙のように空気に溶けて消えてしまう。佳奈ちゃんの残像も、俺を哀しそうに一瞥して消える。
 去って行く彼らに「行かないでくれ」と言えなかった。こちらから追うことも出来なかった。自分さえ望めば追って行けたのに。
 離れたくなかったはずなのに、俺はただ立ち尽くした。俺は二十年後のこの世界に取り残された。再び、寂寞としたどうしようもない孤独感。誰もいない教室で俺は独り俯く。
厳しい西日が廊下側の壁を突き刺すまで、俺は俯いて泣いた。
 席を立つ。黒板に指でさよならとなぞり、教室の外に出ようとする。
 ふと戸口で立ち止まり、教室を振り返る。そして呟く。
「さよなら」
 俺は六年三組に背を向けた。逃げるように階段を降り、通用口を出て、もう学校の方は振り向かず、校門をよじ登る。さようなら、久瀬南小学校。
 結局、無意識が俺に探せと命じた何かは見つからず、過去は取り戻せないということを再確認するだけの母校訪問となってしまった。
 肩を落としてうなだれながら、行きとは異なるルートで駅へ戻り始める。
 生物の気配の無い工業地帯。死それすらも連想させないほどに生気の無い工業地帯。穏やかな午後。晴れ渡った空が逆に寂寥感を煽る。人類が滅亡したあとの世界にたった一人で立ち尽くしているような悲しみ。
 俺は歩きながら唸る。ああ見回す限りの廃墟廃墟廃墟。効率性のみを重視し、不確かな人力を排して稼動する廃墟群。巨大建造物の冷酷無慈悲な存在感は弱った俺の心を容赦なく圧迫する。
 ふらふらとした足取りで抽象画の中をたゆたうと、高速道路の高架橋が頭上に接近してきた。くぐるのが躊躇されるコンクリート製の冷ややかな門。
 やがて俺の身体は俺の意志とは無関係の不可抗力によって橋桁の下に運搬される。日陰であり、暗い。いやな気持ちになる。
 道路脇の不吉な空間にすぐ気が付いた。錆び付いた工事現場用フェンス。目隠しとして掛けられた古びたビニールシートは、まるで遺体をくるむ白布のようだった。隙間から遊具が見えた。
「まだこの公園、残っていたか…」
 今や閉鎖され、立入禁止区画と化した高架橋下のスペース。二十年前の当時もめったに人が来なかった。鉄棒とブランコとすべり台、そして砂場。陽が当たらない以外は標準的な児童公園だった。
 エアガンで空き缶を撃ったり、爆竹をぬいぐるみに詰めて火をつけたり、ネコを首まで砂場に埋めて石をぶつけたり──大人が見ていないのを良い事に、俺たちはここで色々と悪い遊びに興じていた。
 俺たちは──俺たちは!
 瞳孔がひらいた。ここに、ある。直感した。ここに、俺の深層意識が探し求めている何かが、ある。あるはずだ。
 そう、あれは小学校六年の二学期だった。あの土曜日もまた、俺を含めて六人の悪ガキどもが、ブランコからクツを飛ばしたり危険な飛び降りをしたり、無政府的な放課後を過ごしていた。その中に、エトもいた。歯医者の帰途、公園にちょっと立ち寄ったエトが。
 それは、単なる思いつきだったのかも知れない。
「中学の先輩から聞いたんだけどさ。ここの公園の砂場って──」
 誰にも言うなよと釘を刺してから、周りに部外者はいないのに、エトは声をひそめて続けた。
「──お宝が埋まってるらしいぜ」
 掘っても掘っても砂砂砂。底無しに思える公園の砂場。その地底、奥深くに、何か宝物が埋まっている…。子どもたちには魅力的すぎる話だった。
 それは、初めはエトの単なる思いつきだったのかも知れない。子どもらしい空想から製造されたホラ話だったのかも知れない。しかし子どもたちには魅力的すぎる話だったのだ。話は次第に膨らみ始めた。
「その話なら俺も聞いたことがあるよ」
「なんか、俺も聞いたことある気がする」
「確か、公園ができた時に埋められたんだよな」
「あっ。そのことか。それってここの公園のことだったのか」
 小学生特有の民話創生。知らないことを、さも知っているかのように振る舞い、持てる知識のひけらかし合い──その実際は知ったかぶりのウソっぱち。相手の空想を自己の空想でさらに塗り固めていき、自分たちがでっちあげたホラ話を真実の伝承と思い込んでいく。
「ああ。一兆億円くらいの宝物が極秘で埋蔵されたってやつでしょ?」
 徐々に上塗りされていった空想は、途方もない高みにまで達していく。ここでもし、ひょっこり第三者が現れて彼らの話を聞いたら、あまりのバカバカしさに吹き出したことだろう。だが、少しずつ想像の膜を重ねていった子どもたちには、自分たちの妄想があまりに現実から懸け離れてしまったことに気づかない。彼らにとって、「時価一兆億円くらいのフック船長の宝物がこの公園に埋められている」ことは、もはや疑いようもない真実に昇華しており、極めて自然なことなのだった。
 俺たちは砂場を掘り始めた。サラサラとした白砂の下に隠された秘密の財宝! 掘り当てたら俺たちゃ億万長者! 六十本のキャシャな指は夢に向かって猛烈に前後し始めた。
「子どもが砂場で遊んでも見つからないよう、かなり深く埋めてあるはずだぜ」
 砂場の外に砂が掻き出されていく。砂場の周りは白く散らかされていった。
「あっ」
 さっそく誰かが何かを見つけた。みなの視線がその子の手元に集まる。
「はは」
 つまみあげたそれは子ども用のおもちゃのスコップだった。みんな笑った。しかしガッカリ感はない。砂場には何かが埋まっているという期待は確信へと成長し、みんなの表情は幸せな色彩をさらに鮮やかにしていく。六人は地面をえぐり続けた。爪の先に砂粒を詰めながら。嬉しそうに。
 しかし、明るい未来に向けて一致団結する時間は長くは続かなかった。不運なエトがあれを掘り当てた頃から、財宝探しの雰囲気はおかしくなった。それまでは順調だった。宝物を見つけるのは時間の問題だと信じ切っていた。
「あっ。何だろうこれ」
「なんだ?」
 棒状の黒い物体。
「それ、ネコのフンじゃねぇか」
「うわっホントだ」
「きったね」
「エト汚ねえ」
 みんなが嘲った。と同時に、小学生特有の残酷さによってエトは敬遠され始めた。こうなってくるとおかしなもので、みんなの心に「こいつが言い始めた『お宝』って、本当に埋まっているのか」という疑いがきざし始めた。
 あたかもその疑念を払拭するように、五十本の指と一本のスコップは運動量を増して砂を掻き分けていく。深く深くへと掘り進んでいく。やがて、白い砂はほぼ取り除けられ、黒く湿った土が現れ始めた。爪でガリガリ掻きむしっていたのでは日が暮れてしまうので、途中、ハリーが近くの建設現場からシャベルをあるだけ盗んできた。
 ──黒土もあらかた掘り出され、とうとう砂場の底のコンクリートが露出し始めてしまった。しかし宝はまだ出て来ない。みんな声には出さなかったが、エトを非難する雰囲気はさらに重くなっていった。失望感によって疲れが一気に出たのか、みんなの手の動きは急激に遅くなった。ただエトだけが黙々と土を取り除け続けた。責任を感じているようだった。願うように掘り続けていた。
「何だこれ」
 コンクリート表面に残った黒土をかったるそうに足で払っていた子が何かを見つけた。砂のなくなった砂場、その一角に、五十センチ四方ほどのフタがあった。おそらく排水のための穴だろう。おぞましい感じのする、まるで地獄に通じているような扉だった。
「おまえ開けろよ」
「そうだ。責任を取ってな」
 エトが開けさせられることになった。彼は不安そうな顔つきでフタに手をかけた。かなり重そうだったが誰も手伝わなかった。
 宝物があるのではないかという期待感と、ないのではないかという不安感で、子どもたちは固唾を飲んだ。
 フタが開く瞬間。
 意識が飛ぶ。
 何か良くないことの起きた怖ぞ気。
 思い出すのもためらわれる──いや、ためらわれるというレベルではない。防衛本能が「思い出すな!」と警告する、絶対に思い出してはいけない物が──恐ろしい物が埋められていた…。
 何が埋まっているのか、俺たちは誰にも口外をしなかった。先生にも、親にも、友だちにも。あの日あの砂場にいた子ども同士でもその話題には決して触れなかった。固く口をつぐみ、あの土曜日の記憶を意識の奥深くに葬り去った。六人があの公園で再び遊ぶことはなかった。
 何が埋まっていたのか?
 識閾下に沈められたその忌まわしい事実は、積年のあいだ厳重に封印された。結果、思い出そうとしても思い出せない煤けた記憶となっていった。ただ、一心不乱に砂を砂場に戻したことだけは覚えている。怖い。思い出すだけで気が狂いそうになるほど怖い物が最深部には埋まっている。もはや掘り起こせない、少年時代の悪夢…。
「恐ろしい物が埋められていたはずなんだ…」
 フタを開けた瞬間からブツリと途切れた記憶を求めて。
「…いったい、何が埋まっていたんだろう?」
 俺は金網をよじ登って敷地内に侵入した。陽の当たらないそこは、廃墟と化した事で一層おぞましさを強めていた。
「俺も良いおっさんになったのだから、もはやオカルトじみた恐怖には動じない」
 砂場へ歩みながらそうは思うものの、ひどい緊張状態に陥る。決して覗いてはいけない少年時代の記憶…。真っ暗な意識の底に沈澱している、自分の過去。それを暴くのが、怖い。しかし気になるのだ。自分が忘れようとした物は、いったい何だったのか。思い出してやらなければいけない気がするのだ。
 砂場には砂がなくなっていた。この公園が閉鎖されてからかなり経つ。雨に流されたか、風に吹かれたかしたのだろう。ドス黒い土があの日と同じように剥き出しになっている。
 たった一人、土を掘り始めた。ただひたすら、土を。ここには何が埋まっていたのか、あのフタを開けたらどうなったのか、記憶の糸をたぐりながら。
 土まみれになって一時間ほどするとコンクリートの底部が現れ始めた。記憶の糸は、無意識の底から苦々しい事実を徐々に引っ張り上げる。
「あの日から、エトは行方不明になった…?」
 一瞬、驚愕に顔を歪める。その顔は、断末魔の人間の顔によく似ていたかも知れない。しかしすぐに落ち着き、もう何もかも覚悟したといった表情で俺はヘラヘラと笑い始めた。
「ああ。やっと思い出した…」
 自我が崩壊してしまったかのように、白痴的な笑いで口角を吊り上げる。
「フタの中には何もなかったんだ…」
 少年時代には重く感じたフタを、軽々と持ち上げる。
「何もなかった腹いせに、俺たちは…」
 フタを投げ捨てる。力無くうなだれて、地面に膝を突く。そうして、手をダラリと垂らしたまま、生気のない目で穴の中を見つめる。
「エトを無理矢理ここに閉じこめた…」
 穴の中には、ボロ切れと、石のような白っぽい物が詰まっていた。
「俺たちが生き埋めにしたんだ…」
 エトは、こんな所に、二十年間、二十年間も、ひとりぼっちだった。
「うわあああああぁぁぁ」
 俺はただ絶叫した。









文体練習おまけ   (2007/01/14)
文体練習』自注

       と

本家『文体練習』との比較

      です。

 いずれも本編脱稿後に書いてそのままお蔵入りにしていましたが、今さらながら掲載します。
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『小松軍曹と佐藤兵長』他一篇   (2006/09/14)
 あわれな市尾伍長のことを誰か覚えていますか。文学を憎む上官に刃向かい、「ペンは剣よりも強し」と主張しながら非業の自死を遂げた、あの兵士のことを。横暴な小松軍曹に封殺されたも同然のあの才能を。
 今度は、わたくしの番です。
 ある日の午後、わたくしは軍曹の宿舎に呼び出され、嫌味たっぷりに、こう告げられました。
「この戦時下に、文学などという、たわけた遊びに興ずる不埒者め。貴様のような青ビョウタンは実戦に突入しても大して役には立たん。今のうちに、ちょっとは隊に貢献してみろ。」
 嫌な予感がします。わたくしの苦手とする肉体労働や苛酷な土木作業に従事させられるのではないでしょうか。いずれにせよ、いかなる命令であっても、断る事はできないので了承する他ありません。
 軍曹はゆっくりと息を吸ってから語を継ぎました。
「佐藤兵長、ここに命ずる。味方の士気を鼓舞する文章を作成せよ。」
 それは、わたくしにとって、意外な命令でした。確かに、その方面ならば軍にとって利益となるような仕事が出来るかも知れません。「はっ。承知いたしました。」わたくしは晴れやかな顔で敬礼しました。
 ただし、小松軍曹は文学を憎んでいます。文章の美を全く理解しない男です。ですから、読ませるとすればなるべく平明なわかりやすい文章にしなければなりません。バカでもチ×ンでも読めるような、易しい文章を書かなければいけません。兵士の勇猛心を刺激するには難しい漢字の多用が一番なのですが、今回は見合わせねばならないようです。これは大変そうです。腕の見せ所ですぞ。
 わたくしが胸のうちで不快ではない煩悶をしていますと、軍曹が続けて問いを発しました。
「貴様の筆は、一日にどれくらいの文章を書くことができるのだ?」
「はっ。」わたくしは多少得意げに胸を反らせて答えました。「ラドクリフ一等財務次官が拙宅に泊まった際の記録──あれを執筆した時は、奔馬蒼天を駆けるという勢いでして、たしか一日で一万に及ぶ文字を連ねたと記憶しております。」
「そうか。それは枚数にすると何枚分だ?」
「四百字詰め原稿用紙のマス目を改行なしでギッシリ埋めるとすれば、二十五枚の文量となるはずです。」
「よし。」驚愕すべき、小松軍曹の次なる発語。「明日のこの時刻までに五十枚以上の文章を書いてこい。」
 わたくしは少時あっけにとられたのち、思わず聞き返しました。
「おそれながら、聞きまちがえたかも知れませんので、もう一度おっしゃっていただけますか。」
 軍曹はうるさそうに、そして、事も無げに繰り返して下さいました。ごていねいに、ゆっくりと、聞きまちがえないように。
「貴様の耳はなんと遠いのだ。隊の戦意を高揚させる文章を、二十四時間以内に、原稿用紙五十枚以上で、提出せよ、こう言ったのだ。」
 わが耳を疑いました。とてもではありませんが、五十枚などという文量は一日では書けません。三十日換算にすれば月産千五百枚。寸暇を惜しんで机に向かう流行作家でさえ月産五百枚程度が限度です。千五百枚と言えば、その三倍の仕事ではありませんか。無理です。絶対に無理です。
「お言葉ではありますが、その文量は、ひとりの人間が一日に成せる仕事の許容量を、大きく大きく逸脱しております。せめて、せめて一週間いただければ…」
 すがるような気持ちで猶予の延長を懇願しました。しかし小松軍曹は、まゆ毛・眉間・皇帝髭・唇をそれぞれ山なりにゆがめ、憎々しげに言い捨てました。
「たわけめ。わけのわからぬ用語を並べおって。」
 しくじりました。「許容量」「逸脱」という語は、小松軍曹にとってはあまりに高度な単語だったのです。もっとわかりやすく、幼児に言って聞かせるような、簡単な言葉で説明しなければ通じません。
 わたくしは頭の中での言い換えに苦労し、口ごもりました。その様子を見て、軍曹は泰然たる面持ちを取り戻し、冷たく突き放しました。
「良いな。五十枚だぞ。一時間に三枚書けば良いではないか。簡単な作業だ。」
 なんという不運。小松軍曹が文系の人間でない事は明々白々の事実でしたが、かと言って理数系でもないとは。まさか単純な計算もロクに出来ないとは。敵は手強い。根っからの体育会系です。
 軍曹は行李から原稿用紙のたばを取り出し、わたくしの胸に放りました。
「もし、書けなければ──」まさか、降格処分でしょうか。それとも営倉入りでしょうか。「──市尾と同じ運命をたどってもらう。」自決ですか!「しっかりやれ。以上だ。」悪い冗談ではないのですか!
 一方的に命令遂行を告げた軍曹は、立ち尽くすわたくしをその場に残し、意気揚々と部屋を出て行きました。
 わたくしはしばらく茫然と立ち尽くしました。頭の中が混乱し、動く事ができません。
 ようやく動けるようになったのは、足下から徐々に込み上げて来る恐怖感に突き動かされてからの事です。わたくしは原稿用紙のたばを胸に抱きしめ、顔を紙のような色にし、急いで自分のテントに戻りました。
 背嚢から万年筆を取り出し、粗末な机の前にドサリと座りました。何を書けというのか。「一日で一万に及ぶ文字を連ねたと記憶しております。」胸を張って答えた自分のこの愚かさ。それは書くという行為が楽しくて仕方がなかったからこそ成し遂げられたのであり、気の進まぬ戦争賛美などを無理に書けと強制されるのとは、まるっきり条件が違ってきます。それに、このような野営地のさなか、劣悪な環境下で落ち着いて文章など書けるものではありません。あの畏怖すべき天才・市尾伍長でさえ、一週間かけて一枚の文書を書いただけです。小手先だけの技術を弄し、奇抜な文体実験ばかりを繰り返す、文才に乏しいわたくしには、とても…。
 何の腹案も浮かばぬまま、とりあえず何か勇ましい文を書きつけてみました。
行矣いけ縱軍の兵士、吾人今や諸君の行をとゞ むるに由なし」
 これはだめです。剽窃です。幸徳秋水が書いた文章です。しかも悪いことには、この梨の品種に似た名の男は反戦の立場です。それより何より言葉がむずかしいです。格調の高い文章はあの軍曹には通用しません。
 わたくしは今書いたばかりの文章の上に未練なく棒線を引き、そのまま頭を抱えてしまいました。ああ、本当に、わたくしはどうすればよいのでしょうか。
 そこから先は、もう、よく覚えておりません。やがて陽が落ち、簡易ランプの薄明の下で、一心に万年筆を動かしていた記憶が朧気にあるまでです。
「…藤兵……藤兵長…」
 どれくらいの時間が経ったのでしょうか。自分が何をしたのか、よく覚えておりません。やっと我に返ると、わたくしはテントの中に倒れ伏していました。腕が痺れています。テントの外はすでに明るく、そして、ああ、入り口から中を覗き込んでいるのは小松軍曹の側近。
「佐藤兵長!佐藤兵長!作品を携えて外に出よ!」
 規定枚数に達しているのかいないのか、それもわからぬままの原稿を手に、のそのそとテントから這い出しました。軍曹はわたくしに何かしゃべらせる暇も与えず、『行軍記』と題されたそれを引ったくると、パラパラとめくり始めました。
 わたくしの生死の決まる、審判の時間でした。
「うーん。」
 軍曹はほとんど黙ったままで原稿に目を通していましたが、時おり意味ありげに低くうなります。失望なのか感嘆なのかハッキリとしない「うーん」が差し挟まれるたびに、わたくしの心臓はキュッと萎縮しました。
 それにしても、ものすごい勢いで紙をめくっています。本当に読んでいるのでしょうか。読めない漢字ばかりなので飛ばしているのではないでしょうか。わたくしは大変な不安を感じました。よもや白紙なのでは。自分の行動をよく覚えていないので、その可能性も否定できません。
 やがて軍曹は、「確かに五十枚以上あるな。数えてみると──全部で七十五枚か」と苦々しそうにつぶやきました。
 ああ、飛躍するわたくしの筆力! 不可能を可能にした死に物狂いの奇跡! 人間、死ぬ気になれば自分の力量以上の仕事が成せるものなのです。わたくしはそれだけで、感動のあまり泣き崩れそうになりました。──しかし感動はそれだけにとどまりませんでした。
 続いて軍曹は、深いためいきをついてから、肝心の判決を下しました。それは、なんと祝福に満ちあふれたことばだった事でしょう。こうおっしゃったのです!
「よく書けているではないか。血沸き肉踊るような興奮を感じたぞ。これが文学というものか。」
 わたくしは涙を禁じ得ませんでした。我知らずブワッと噴きこぼれる歓喜の涙を。
「文学っていうものを、ちょっとは見直してやろう。」
 原稿をカバンに収め、照れくさそうに去って行く軍曹の姿を、わたくしは、その背中が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも、満身の感謝と共に、見送るのでした。
 ──小松軍曹と市尾伍長の物語は、文学の敗北を宣言したものでした。文章の弱点をさらけ出し、文章芸術の限界に絶望する物語でした。一方、小松軍曹とわたくしの物語は全くの正反対でした。文学はすばらしい! あの軍曹をも感動させる力があるのです。万人を感動させる力が! わたくしはここに、文学の凱歌を奏します。
 今までのわたくしは、半ば文学を冒涜していました。文学に対するわたくしの愛は、情熱的な市尾伍長のそれとは異なり、著しく欠如していました。純粋な文学を馬鹿にするような言動を繰り返し、正当な文学形式を破壊するような行為を繰り返してきたのです。深く悔い、強く反省せねばなりません。そんなわたくしが、死地に立たされたことによって、ついにこの国の文学に恩返しする機会に恵まれたのは、皮肉な運命と言えましょうか。文学の神は、誠に寛大でございます。
 『行軍記』は間違いなくわたくしの最高傑作となるでしょう。一昼夜にして七十枚の原稿用紙に結実した奇跡の作。この作品は、わたくしの誇りです。

『小松軍曹と佐藤兵長』おわり





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バナークリックののち、おまけをお読み下さい。
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文体練習   (2006/07/14)
※ 今回の作品は非常に長い…というか、異常に多いです。あらかじめご了承ください

作者による解説→ クリック!




(1)礎

田舎。突然の雨。気にせず歩く。

道行く老人
「お若い人。かぜを引きますよ」
傘を借りる。

それから数年後。
返却するために再訪。

傘泥棒としかられる。





(2)まえがき

 レーモン・クノー著『文体練習』という本がある。ある日の出来事を書き留めたメモをもとにし、同一内容を99の異なる文体で繰り返し表現した本である。──らしい。というのも、私はこの本を読んだことがないのだ。
 一読してみたくてしょうがないのだが近所の本屋には置いていない。したがって立ち読みができない。インターネットで注文すれば良さそうなものだが、じゃっかん値が張るのでなかなか手が伸びない。私はケチなのだ。

 そこで、「自分でやってしまおう」と思い立った。読みたいけど買えないから、自分で作ってしまおう、と。自作した『文体練習』を読んで悦に入ろう、と。
 つまり、当『文体練習』は、現物を知らないまま本家『文体練習』を複製する試みである。貧しい黒人少年が夜な夜な楽器店のショーウィンドウにかじりついて憧れのトランペットを見つめるアレである。
 また、天才画家・和田義彦氏へのオマージュでもある。決して盗作ではないのだ。

 基本的なルールは本家に倣う。文章の表す中身はそのままに、文章の形式だけを変化させていくことにする。「(1)礎」を基本とし、田舎で老人に傘を借りたが、数年後に返却しようとしたら怒られた、その印象をあらゆる日本語でつづっていこうと思っている。
 逆に言えば、話はそれしかない。田舎爺に傘を数年借りて泥棒扱い。たったこれだけだ。いわゆる「おもしろいお話」を読みたい方のご期待には応えられない。前もってお詫びしておく。すみません。ホントすみません。

2006年6月10日  オックスフォードにて  大塚晩霜

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16小説交響詩   (2006/05/14)
Perc.=パーカッション/Trp.=トランペット・Sax=サックス・Hr.=ホルン・T-Tbn.=テノールトロンボーン・Bs-Tbn.=バストロンボーン・Tuba=チューバ/P.=ピアノ/Vio.1=第一ヴァイオリン・Vio.2=第二ヴァイオリン・Va.=ヴィオラ・Vc.=チェロ・Cb.=コントラバス/Fl.=フルート・Ob.=オーボエ・Cl.=クラリネット


♪=128

[Perc.]
1、2、3、4。二、二、三、四3、2、34。四、二、三、四
二、三、四。2、2、3、4。三、二三、四。4、2、3、4
1、2、34。弐、弐、参、肆Ⅲ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ。四二、三、四
壹、貳、參、肆。、、。∵‥、∴、※。≧、=、≡、≦

[Trp.]
隠語を駆使た・ポルノを書いて・みたいー・・・欲望を主題に定めて
・・謎に満ちた・・・・・暗合で書けば誰も気づけないさ・大丈夫だよ
仮に・・・・・・この小説を・最期まで・成し遂げる事が出来たなら・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘗めてくれ・バナナを・

[Sax]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・淫行や乱交を題材にた官能?
断固反対!・・・・・禁錮する警察が現れるぞー・犯行に走っると
・・・・仮に?・・・・ああ・楽団員名簿からおまえの名前が消えるぞ
ふむ・・・・・・成し遂げたら・・・・・・・誉めてやろうあなたを・

[Hr.]
・・・・・・・・・・・・・・・・それとも援交の蛮行ドキュメント?
断固反対!・・・今後・・たとえばおまえが・・・・兇行を・犯したい
美しい娘を乱暴したい良い事したいと妄想しても・実行しちゃ・ダメ・
・・すがすがしき野原に潜むウサギちゃん・・慰めてよ・亀あたまを・

[T-Tbn.]
オンコは女の子この略どう隠語ってこんな感じ?・・・・・・・・・・
カン・・・ビン・コンキンアン・・・・・・・・・ハンコウ・・・・・
真個のオンコと懇ろに親交を深めて深更に侵攻したいな・・・・・・・
・・・○ンコに沈降し・・・健康的に潜航するのは・・善行だよ、善行

[Bs-Tbn.]
オン・・オン・・・・・・隠・・・・・淫・援乱・蛮・・・・・・・・
歓呼の声、ビンゴ!・・・その通り・だよーーーーーーーーーーーーー
シ・・・オ・・・ネ・・シ・・・・シ・・シ・・・・・・・・・・・・
○ンコで・・・・・○ンコの穴を穿孔するのは・・・・・・・幸せだ

[Tuba]
オ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いまだ・・・・・・・
カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今すぐにだ・・・・
シ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我慢できない・・
チ・・マ・・・・・ウ・・そして・・オ・レ・ノ・モ・ノ・ニ・ス・ル

[P.]
・・ご苦労なポルノ小説だよ・・・・・・実験的過ぎるよ・・バカッ・
・女陰が目の前で開帳・悪魔と化した俺は肉鉛を握りしめる・
淫靡なには気持ち高ぶり夜明けと共に屹立する・ひらけ社会の窓・
・・・・・・・・気分的には・女の子の読者と一発ヤリたい午前です♪

[Vio.1]
I’ve got I shall say・・・・・中はあぶない
三段階のアクションによって・・・ドギースタイルの・ドッキングは・
コンプリートする・アイ・ラヴ・マイ・プッシー・キャット・・ソー・
ザット・ザ・ドッグ・ファックス・ザ・ファックス・イン・ポルトガル

[Vio.2]
愛・撫・・・合・・体・・・射・・・・・精・・・・顔はえげつない・
三段階のアクションによって・・・ワンちゃん・・・・docking
毒液放出・・・・I・love・my・pussy・cat・so・
that・the・dog・fucks・the・fax・in・portugal

[Va.]
リハ・本番・打ち上げ・・イッ興奮・・・・・・お掃除site・
牝を牡求め雌が雄応じ・♀♂むさぼり合え・犬じみ
・・・・・・・・私・・オコメ立った・・ニャンコちゃん大好けべ
ポルトガルのファクシミリ機器で自慰する犬如きニャンコちゃん・・

[Vc.]
前戯交接やっ発射・S・興奮に・挿れると・・性交・・しーーー
卍をインサートした・・オルガル・オ・・・ル・・・・・・ル・・
ダンコ!・・・・・ミックス・ジュース・・混ぜたらお饅頭でし
・・ああ・・ああ・今・それを・ココへ・・誘っヤレたらいいな・

[Cb.]
リハ・本番・打ち上げ・・excite・・・・Sexかsite・
<オ/ガ>卍<ル>・・・・・・・・・マンジ・・・・・マンジ・・・
・・・ハンタイ!・mix汁酢・・何かの汁つゆだく・・・オルガズム
ああ・・ああ・・ああ・・これをアソコへ…・・・・・ポルノ・ガール

[Fl.]
とても奇妙な小説です・・小説ですらないかも・いまだかつてない形式
従来の小説では発話の同時性を表現できません・会話は常に順番制です
一人が長々と独白する事になるか複数の登場人物が交互に喋る事になる
今私は独り言を呟いてる・これがもし並の小説なら他は黙らねばならぬ

[Ob.]
甲の発言を遮るように乙が横槍を入れる時でさえ音声が重なる事はない
乙は甲の発言が終わるまで待たねばならない・現実の喧噪は表現不可能
そこで創案したのがこの形式・各楽器が一斉におしゃべりする交響詩だ
ああ・うまくいっただろうか・それは読者諸氏の審判を待つしか無い・

[Cl.]
オーパッキャマラッド・パッキャマラッド・パオパオ・パッパッパオ・
オーパッキャマラッド・パッキャマラッド・パオパオパッ・オッパイ!
どサンピン・・・四の五の言うな・・・八九三野郎・・・・・・・・・
これのどこが・・ポルノだっちゅうねん・・・・・期待して・損した!


(指揮者登場)
 ポルノめいた文章をたくさん読まされてゲンナリした方々、まあまあ抑えて抑えて。楽器それぞれのパート譜だけ読めば単なる遠回しな猥褻文書ですが、全ての楽器が響き合う時、どうなると思いますか。それはそれは秩序ある重奏を織り成すのですよ。
 全ての楽器たち、用意。いざ、十六小節の交響詩を奏でよ。3、2、1、ハイッ!


【Symphonic For Devil variations #1】
隠語を本番遮発射うに乙がイッた興奮な淫行援乱交性交誰かしてパオー
断固反対!ビンゴ!るまで性をねばなオマンジル実のはガマンジル可能
淫靡放出ンと独白四ミック汁酢な楽何かの汁つゆだく互お饅頭交響詩る
チンコマンコに沈降ウンコの穴をアソコへ…氏嘗めてヤレ亀あたまを!


(指揮者、指揮棒で譜面台をビシビシ叩きながら)
 ちがう違う。何だその騒々しい混沌は。直接的な表現になってよけいヤラシくなったではないか。そうではない。有機的に混じり合った完璧なアンサンブルを実現せよ。
 パーカッションは句読点を、トランペットとサックスは動詞を、ホルンは形容詞を、テノールトロンボーンは連体詞を、バストロンボーンは形容動詞を、チューバは接続詞を、ピアノは名詞を、ヴァイオリンは助動詞を、ヴィオラとチェロは助詞を、コントラバスは代名詞を、フルートは副詞を、オーボエは感動詞を、クラリネットは擬音語を、それぞれ提供せよ。
 全ての楽器たち、準備は良いか。いざ、本物の音色を鳴り響かせよ。十六の小説による十六小節交響詩、その真の合奏でホールの空気を震わせろ!


【Symphonic For Devil variations #2】
とても苦労してこの小説を書いた。こんな実験、いまだ誰もしてない。
夜、闇が満ちて目の前にパッと悪魔が現れ、気づけば筆ガ走っていた。
美しい朝だ、気持ちの良い夜明け。何かを成し遂げたら、闇は消えた。
ああすがすがしき気分よ、そしてもし、読者が誉めてくれたら幸せだ。



<各楽器が出した音(品詞)一覧>
 とても(Fl.副) 苦労(P.名) し(Trp.動) て(Vc.助) この(T-Tbn.連体) 小説(P.名) を(Vc.助) 書い(Trp.動) た(Va.助) 。(Perc.句読点) こんな(T-Tbn.連体) 実験(P.名) 、(Perc.句読点) いまだ(Fl.副) 誰(Cb.代名) も(Va.助) し(Sax) て(Vc.助) ない(Vio.1助動) 。(Perc.句読点)
 夜(P.名) 、(Perc.句読点) 闇(P.名) が(Va.助) 満ち(Trp.動) て(Va.助) 目の前(P.名) に(Va.助) パッ(Cl.擬) と(Vc.助) 悪魔(P.名) が(Va.助) 現れ(Sax動) 、(Perc.句読点) 気づけ(Trp.動) ば(Va.助) 筆(P.名) ガ(Vc.助) 走っ(Sax動) て(Va.助) い(Sax動) た(Va.助) 。(Perc.句読点)
 美しい(Hr.形) 朝(P.名) だ(Vio.2助動) 、(Perc.句読点) 気持ち(P.名) の(Va.助) 良い(Hr.形) 夜明け(P.名) 。(Perc.句読点) 何か(Cb.代名) を(Vc.助) 成し遂げ(Trp.動) たら(Vc.助) 、(Perc.句読点) 闇(P.名) は(Va.助) 消え(Sax動) た(Vc.助) 。(Perc.句読点)
 ああ(Ob.感動) すがすがしき(Hr.形) 気分(P.名) よ(Vc.助) 、(Perc.句読点) そして(Tuba接) もし(Fl.副) 、(Perc.句読点) 読者(P.名) が(Va.助) 誉め(Sax動) て(Vc.助) くれ(Trp.動) たら(Vc.助) 幸せだ(Bs-Tbn.形動) 。(Perc.句読点)


〒ν八℃   (2006/03/14)
















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究極のおばけ屋敷   (2006/03/14)
(本日の更新は二本立てです。「『テレパシー』だけじゃ手抜きと思われるかも知れない」と思って…。ごめんなさい)

 先日、巨乳の有木さんから「沼間さん! ××ランドのおばけ屋敷、チョー怖いから絶対行って下さい。そしてビビッて下さい。はいチケット」半ば強制的におばけ屋敷潜入を勧められた。ホントにヤな感じの女性です。でも、むちむちボディーなので許します。
 そして今日、俺は××ランドに遊びに来た。たった一人で。
 てっきりデートの誘いだと思っていた。しかしどうも新聞屋から入手したチケットは一枚だけだったらしく、俺一人で行ってビビッて来いとの事。単身で遊園地に乗り込むなんて孤独すぎるから有木さんにも同行をお願いしたが、「いやです」と軽くあしらわれた。ホントに感じの悪い女性です。でもむちむちボディーなので許します。
 今俺はそのおばけ屋敷から出て来た。簡潔に感想を言うと、もう、ね。勘弁してくれと。俺はおばけ屋敷とかホラー映画とか大の苦手。何が苦手って──楽しめないから。
 俺は極度のこわがらな屋さんなのです。こわがり屋さん、ではなく。科学万能主義に毒されているのかも知れないが、心霊関係にちっとも興味が沸かない。そりゃ映画のようなシチュエーションに実際放り出されてみたら「おばけ、キモッ!」くらいには嫌悪感を催すとは思うけど、もしかしたら説教かましてしまうかも知れない。特にああいう怨霊系には。
「俺があなたに何をしましたか。あなたを殺したのは俺ですか。俺を呪い殺そうとしてるみたいですけど、それって逆ギレもいいとこですよ。おまえは通り魔かよ。理不尽きわまりございません! プンプン! もし俺があなたの呪いのせいで殺されて同じ世界の住人になったら、ぜってー百倍返しして差し上げますので覚悟して置いて下さい…」
 とっくに人生終わってるくせに罪もない人間様に迷惑かけるんじゃありませんよ。てなモンです。そんなわけでちっとも怖くなかった。ぜんぜん楽しめませんでした。金輪際、私を心霊スポットに連れ込まないで下さい。時間のムダなのです。
 有木さんからのイヤガラセ任務をこなし、「これからどうすっかな。一人で遊んでてもツマンネーし」などと考えながら、浮かない顔で喫煙所に立っていると、初老の紳士が話しかけてきた。
「君は今、あのおばけ屋敷から出てきたね。どうだった」
 俺はタバコの煙を吐いてから、正直に「つまらなかったです」と言った。俺の言葉を聴いた紳士はニッコリと笑う。その顔には何やら挑戦的な色が。「この若造は強がりを言っている」と思われていたら心外なので自分がおばけ屋敷に全く恐怖を感じない事を説明する。
 紳士は興味津々に俺の話を聴きながら、「このおばけ屋敷は怖くない。私もそう思う」と何度もうなずいた。
「日本一怖いという評判を聞いて視察に来たが、なんてことはない。子どもだましだ」
 俺もそう思う。
「本当のおばけ屋敷はもっと怖い」
 いや、そうは思わない。おばけ屋敷なんか、どこも怖くない。
「私はね、世界一怖いおばけ屋敷を造るのが夢なんだよ」
 なんだか話が変な方向にこじれてきた。
「話だけでも聞いてみないかね」
 新しい詐欺の一種だろうか。それとも宗教の勧誘か。品種改良されたマルチ商法の可能性もある。いずれにせよ、深く関わらない方が良さそうだ。
「君も怖がると思うよ」
 聞き捨てならない。すぐにでも立ち去ろうと思ったが、もうちょっと聞いてやってもいいかな、なんて思う。俺ってなんて優しい青年なんだろう。
「何せ、究極の恐怖を提供するおばけ屋敷だからね。そらもう、とんでもなく怖い。考案した私でさえ背筋が寒くなるもの。君だって、きっとおっかなくなるはずだ」
 断じて、それはない。暗闇から急に驚かされてビックリする事はあるけど──現に目の前のおばけ屋敷でもドキッとした瞬間はあったけど、本気でおびえたりする事は決して無い。俺はおばけ屋敷なんて物は心の底から軽蔑してるから。
「近くに私の家がある。君さえ良ければ図面などで説明してやろうと思うが、どうだろう。遊びに来ないか」
 ほら、危ない。犯罪の香りがしますよ。格調高い薫香が鼻を衝きますよ。ほいほいついていったら体よく幸運の壺とやらを買わされたり監禁されたりしそうだ。
「ふふ、心配かい。決して危ない目には遭わせないよ。一人暮らしで淋しいし、来てくれると非常に嬉しいのだが」
 ついて行く事にした。バカです。まあ、どうせ遊園地に残っていてもしょうがないし、人の夢を聞くというのは面白いものだ。それに、面倒な話を切り出されたらとっと帰れば良いまでの事だし、万が一この御老体に襲われても力でねじふせる自信はある。
 しかし正体不明の人間の家に上がるのはさすがにのんきすぎる。俺は少しずつ彼から情報を引き出した。連れ立って退場門を目指しながら、お互いの素性について明かし合う。
 紳士は名を江村と言った。数年前まで設計事務所の社長を務めていたが、職を退いてこの地に身を置いたらしい。奥さんは数年前に亡くなっていて子どもは全員都会暮らし。孤独な隠居生活だ。俺のような年ごろのあんちゃんと会話できるのはとても嬉しいんだと(さりげなく善い事しているよな、俺)。外見で人を判断してはいけないが、しっかりした服装をしているし、いかがわしい感じはしない。まずまず信用の置けそうな好人物だ。油断はしないが。
 俺と江村はそれぞれの車に乗り込んだ。山のふもとに位置する遊園地を背に、山頂に向かって江村の車は発進する。俺の車も追従する。
 山腹に沿った道路を淡々と走行する。こういう道を通るたびに思うのは、「工事大変だっただろうなあ」という感慨。崖っぷちでの舗装作業だし、カーブもたくさんある。距離も長い。現場作業員の人たちはさぞ苦労した事だろう。しかし、建設の労力に反して、通行量は少ない。圧倒的に少ない。対向車とはほとんどすれ違わない。江村のためだけにあるような道路ではなかろうか。税金の無駄遣いだと思う。
 ひとり道路公団への気炎を吐いていると、やがてすっかり人里を離れ、道路の幅も狭くなってきた。江村の車は速度を落とし、ゆっくりと脇道に進入する。砂利道をしばらく上り、やっと着いた。
 山奥に似つかわしくない大きな邸宅だった。外観も洒落ている。
「私が自分で設計したんだ。予算などは気にせず、自分の好きなようにね」
 さすが設計事務所元社長。幾何学的な造りなのに無機質な感じはしないし、風変わりな外壁なのに突飛な印象を与えない。まるで美術館のようだ。予算を気にせず好き放題アイディアを盛り込んだ結果なのだろう。
「江村さんが設計の仕事で培った技術、その結晶なんですねこのおうちは」
 江村は照れくさそうに微笑んだ。もう、おばけ屋敷の話なんてどうでもいいよ。この趣味の良い建築物を拝められただけで満足だ。

〒 〒 〒 〒

 まず俺は一通り邸内を案内してもらった。全ての部屋に様々な趣向が凝らしてある。取り分け、ガラス張りの屋根裏部屋が気に入った。針金入りの強化ガラスではなく透明のガラスを使っているのだから驚きだ。割れたりしないのだろうか。建築学に暗い俺でも、この屋根が高度な技術によって支えられている事は容易に想像できる。
「気に入ったかい」
「そりゃあ、もう! すごいですよ! こんな家、住んでみたいな~」
 お世辞ではない。本当に素晴らしい邸宅だ。技術的にも美術的にも高水準。俺はアホのように各部屋をグルグル眺め回す。江村は江村で、出来の悪い息子を温かく見守る佇まいで嬉しそうに俺を見つめる。
 最後に、立方体型の質素な部屋に招かれた。明かり取りの天窓に照らされた閉鎖的な部屋だ。中央に住宅模型の載った台が据えられ、その台を両脇から挟むように二対のソファーが置かれている。
「まあ、座りたまえ」
 俺は上座に腰を掛け、模型の向こうの江村と対峙した。
「この家って、この家ですよね」
 俺は模型をまじまじと観察しながら言葉足らずの質問をした。
「そうだよ。実際の施行に取り掛かる前に試作した模型だ。屋根を取り外して各部屋を覗く事も出来る」
「へええ、すごいなあ」
 あまりにも子どもっぽい無邪気さで驚く俺であった。屋根を取り外したかったが、壊すといけないので触るのは控えた。
「そろそろ、私が考える究極のおばけ屋敷について話そうか」
 俺は模型から江村の顔に視線を移した。「馬鹿げた夢だ」というのが遊園地での第一印象。しかし実は相当すごい建築士という事がこの家に来て解った。これは期待が持てそうだ。
「子どものころ、わからない事は恐怖だった。得体の知れない物、たとえば闇、たとえばオバケ、そういった、自分の知らない物が怖かった。自分の知識に無い存在。自分の理解を超えた現象、そういう物が恐れの対象だった」
 俺は黙ってうなずいた。
「この種の恐怖は自然科学を学ぶ事で解決される。知識は闇にうごめく得体の知れない者どもを明るみの下に引きずり出し、正体を教えてくれた。大人は夜を怖がらない。闇を恐れない。そこから“ありもしない何か”が飛び出してくる可能性など無い事を知っている。何があるかわからない不慣れな土地などでは多少の不安を催すが、自室で就寝中に幽霊が訪問してくるなんて超常現象が起るはずは無いと理解している。知は、見えない物に対する恐怖を拭い去ってくれたのだ」
 心霊現象を馬鹿にしくさっている俺にはこの理論が身に染みて解る。
「しかし知は新たな恐怖を引き起こす。これが私の考える究極の恐怖の図式だ。たとえば、高い所から落ちたら死ぬということを人は大人になるにつれ知る。すると軽度の高所恐怖症となる。虫には無数の病原菌が付着している事を知る。すると、虫に触りたくなくなる」
 なるほど。確かに虫が怖くなった。子どものころはカブトムシが大好きだったけど、今ではデカいゴキブリ程度にしか思えない。
「知は見えない物に対する恐怖を克服させてくれたが、新たな畏怖の対象を眼前に突き付ける。これが私の考える、究極の恐怖だ。究極の恐怖」
 江村は力強く「究極の恐怖」を繰り返した。
「君がもし、この部屋が毒ガス室だと知ったら、きっと恐怖するだろう」
 江村は意味ありげに微笑んだ。そうして立ち上がった。なんだこの展開。
「ようこそ、究極のおばけ屋敷へ。沼間くん。君は、私の作った“世界で最も恐ろしいおばけ屋敷”に遊びに来た初めてのお客さんだ」
 江村は部屋の入り口まで静かに歩み、ドアに鍵をかけ、赤いボタンを押した。
「壁を見たまえ。小さな穴がたくさん開いているのが確認できるか。あそこから無臭の毒ガスが出始めている。即効性の毒ではないが、三十分も吸い続ければ充分致死量だ」
 何の冗談だろう。ブラックジョークにしてもキツ過ぎる。
「馬鹿馬鹿しい。帰ります」
 俺は決然として席を立ち掛けた。すると江村が「それは怖くなったんだと解釈して良いのかな。逃げるのかい。日本一怖いという評判のおばけ屋敷にも全く動じなかった君だ。ある程度耐えられると思ったがね」挑戦的な言辞で引き留める。
「別に怖くはないです。ただ、馬鹿馬鹿しいと思ったまでです。帰ります。こんな風に試されて不愉快だ」
「怖くないのなら、もう少し居たっていいじゃないか。私はご覧の通り寂しい老人だ。若い人が遊びに来てくれるのは嬉しくってねえ。もうちょっと話し相手になってくれよ」
 俺はムッとした表情で腰を下ろす。釈然としないが、ここで帰ってしまうのは敵前逃亡だ。コケにされてたまるか。
「そうそう。見せてくれ、君の肝っ玉を。まだ君は怖がってなんかいないよな。この程度の脅しで震え上がるような男じゃないよな」
 江村は屈託のない表情で破顔しつつ、ソファーの下から防毒マスクを取り出して頭からかぶる。おいおい、マジかよ。やめてくれよ。
「知るというのは恐ろしい物だ。わかるかね。これが究極の恐怖だ。作り物の幽霊が飛び出すおばけ屋敷にギャーギャーわめくような子どもにはこの種の恐怖は理解できないだろう。子どもの論理はこうさ。何も見えないし何も臭わない。部屋に変化は無い。だから死なない。ってね。子どもたちには、死がヒタヒタと迫って来ているとは到底思えない。それは、知らないからだ。毒ガスに害があるという事を知らないからだ。無知は幸せだよ」
 このサイコ野郎にどう対処して良いものか。俺は考えあぐねて口をつぐんだ。江村は模型の屋根を外し、立方体の空間を指す。
「この部屋が、我々の居る部屋。見て。外壁からこう、管が伸びているだろう。この管から毒ガスが一分間に十立方メートルの割合で注入されるんだ。排気は天窓を開いて行なう…」
 江村の言葉を遮るように、俺は大声を出した。
「こんなの、おばけ屋敷とは関係ないじゃないですか。単なる脅しですよ」
「いいや、究極のおばけ屋敷だよ。子どもだましのおばけ屋敷は幽霊が見えるけど、ここでは見えない悪霊が精神を蝕むんだ。見えない物を実感するという恐怖。原理は一緒だ。どうだい、怖いかい」
「別に、怖くなんか、ないですよ」
「予告しよう。君は私からマスクを奪おうとするだろう。果たして死の恐怖に打ち勝てるかな。知らなければ、ちっとも怖くなかっただろうね。恐怖を感じぬまま、何がなんだかわからぬまま、死ねただろうにね。しかしもう安心してはいられない。なぜなら君は知ってしまったのだから」
 突然の処刑宣告か。が、決して恐怖感は無い。これは一種のテストだろう。そうだ。そうに違いない。
「冗談だと思っているだろう。しかし段々と息苦しさを感じてきてるんじゃないか。息苦しさを感じると同時に現実感が芽生え、それで徐々に恐怖へと転化していくのではあるまいか。死への恐怖は本能的な物。そう簡単に克服できる物ではない。どうだい、少し怖くなってきたかい」
 動悸が早くなっているのを感じた。確実に焦り始めている。この野郎、本気なのか。仮に今マスクを江村の顔から剥ぎ取ったところで、これが冗談だとしたら俺は不様な醜態をさらす事となる。負けだ。負けを認めることになる。簡単に人を殺せるはずはない。きっと冗談に決まっている。
 と、意識の中では自己説得できても、身体は意志に反して小刻みに震え始める。江村には気づかれていないほど小さな震えだ。止まらない。江村の自信に満ちた余裕の沈黙が憎らしい。俺は試されている。追い詰められ、おのれの運命を知ってしまった人間がどのような行動に出るか、やつは好奇に満ちた目で観察している。
 死に向けて心の準備期間を与えられる死刑囚でさえ、牢内で震えが止まらなくなるという。まして俺は、突然の死を眼前に突き付けられて、それを告知された。心の準備など出来ようはずもないし、考えれば考えるほど困惑するばかりだ。まだ実感は無い。しかし死への恐怖には易々と打ち勝てはしない。知識は俺に猜疑を与えた。
「どうせ冗談でしょう」
 俺は震え声を必死に制し、落ち着いた声でそう言った。多少おどけた調子も交え、江村の口から「ああ。引っかからなかったね」という種明かしの言葉が出て来るのを期待した。愛想を寄せ、悪い冗談をやめるよう彼に促した。しかし彼は何も言わない。防毒マスクに覆われているので表情も読めない。俺は一気に落ち込んでしまった。こいつマジかも知んない。暗闇に突き落とされたような絶望的な感情が襲ってくる。ずうんと重くなる心は否が応にも恐怖を助長する。
 くそっ。このままではこいつの思うがままだ。落ち着け。落ち着くんだ。俺は苦し紛れに頭の中で羊を数える事にした。なんでこんな時にという感じだが、とっさの際の事だからそれしか思い付かない。それほどまでに俺の心は混乱し始めている。余裕は全く無くなった。
 平静を失い始めた俺を江村が嘲ったように感じた。俺はカッとなった。怒りをぶちまけてやろうと思った。しかしすんでの所でぐっとこらえた。怒ってはいけない。それこそやつの思う壺だ。しかしこいつの言ってる事が真実だとしたらどうする。つまらない意地を張ってこんな所で死ぬのか。
 俺が口を閉ざして頭の中で考えを巡らせていると、江村が防毒マスクの下のボソボソ声で喋り始めた。
「人を殺しても何とも思わない。地獄が存在しない事を知っているからだ。私は罪悪感に対する引け目を完全に超越している。ここでもし君が死んでも、人跡稀な土地だもの、誰にも気づかれずに済む。司法の追求の煩わしさもない。私は君が死んでも何とも思わない。それは君にもわかっているはずだ」
 平然と言ってのける。そうだ。さっき会ったばかりでほぼ面識はないといっていいし、このような辺鄙な場所ではうまく死体を隠してしまえば発見される可能性は薄い。
「汗をかき始めたね」
 ハッとした。妙な脂汗が額に滲んでいる。
「毒ガスの影響かな」
 俺の心が動揺している事については敢えて触れず、知識の増補だけを心がける。いやらしい男だ。
 俺はこの男に服従するしかないのか。毒ガスが本当かどうかは不確かだが、確実に恐怖心は強まってきている。江村の、どっしりとした余裕。末期ガンの患者をしようかたなく見守る家族のような、無感情なまなざし。
 もう、ダメだ。限界だ。言う。言うぞ。
「そのマスクを…」
 と言いかけて、俺の自尊心がすんでの所で言葉を堰き止めた。
「そのマスクを? なんだね?」
「いや…。なんでも、ない…」
 江村はあくまで冷静だ。俺の身体は目に見えて震え始めた。ちきしょう。絶対ウソだよ、試されてるんだよ。それでも、身体の震えが、止まらない。なんだよ、なんだよもう!
 壁一面にプツプツと空いた穴を一瞥する。空気が流れているようには感じられない。毒ガスが出てるなんて絶対ウソなんだよ。それでも、やっぱり、ああ! 知るというのは、時として残酷だ。知らぬが仏というのは真理だ。知らぬまま仏になる方がまだマシだ。
「そのマスクを…」俺はもう一度繰り返した。「取れ」
 江村は一瞬考え込むように黙ったが、殺したくなるほど落ち着いた口調で言った。
「寄こせ、と言うのかと思ったが。取るだけでいいのかい。君に渡さなくても?」
「ああ! 別に毒ガスを吸わないようにしたいんじゃない。あんただけがマスクをかぶっているのは、フェアじゃないからだ!」
 俺の声は江村の声とは対照的に荒々しかった。もう、体面など関係ない。多少かっこ悪くても、最早こんな声しか出せないんだから仕方ない。
 江村はキョトンとした声で答えた。
「なぜ」
 忌々しい!
「フェアじゃないと言っているんだ! 公平じゃない!」
「ふむ。私は別に、ガマンくらべをしているわけではないよ。マスクを外したら私まで死んでしまう。だから外さないまでの事だ」
 こいつ、本気だ。本気で俺が死んでもいいと思ってやがる。
「君はあれだろ。どうせ毒ガスなんか出てないと思ってるんだろ。じゃあ、いいじゃないか。私がマスクをかぶっていようと脱いでいようと、関係ないだろう。問題は、君がマスクをかぶるか、かぶらないかだ。どうだね。もう限界かね」
 なんだかすごく気分が悪くなってきた。おそらく本当に毒ガスが出ているのだろう。死んでしまっては元も子も無い。ひざまずくしか、ない。ギブアップだ。
 俺が降参の意志を表明しようとしたその瞬間、絶妙のタイミングで江村が言葉を継ぐ。
「恐怖に屈するかね。究極の恐怖には、いかに君といえども勝てなかったかね。負けを認めるかい。ぶざまな負けを」
 いくら陵辱的な言葉をぶつけられても、それでも、限界だ。もう耐えられない。
「降参です。助けて下さい」
 江村は残念そうな、また嬉しそうでもある苦笑いをしながらマスクを脱いだ。
「なんだよ意外と根性ないなぁ。毒ガスなんか出てないのに」
 極度の緊張状態が一気に緩んだ俺はその場にブッ倒れて意識を失った。もう、どっちでも良かった。知識ってのは、罪なもんだ。


阿蘭陀Language   (2006/01/14)
どうかOranda Rangeと発音して下さい。


 小説に説明をしてはならないのだそうだが、うぬぼれは誰にもあるもので、この話でも万一ヨーロッパのどの国かの語に翻訳せられて、世界の文学の仲間入をするような事があった時、よその読者に分からないだろうかと、作者は途方もない考えを出して、行きなり説明を以てこの小説を書きはじめる。阿蘭陀流といえる俳諧は、その姿すぐれてけだかく心ふかく詞新しく、合い言葉はパクろうぜ!です。御存じであろうか? 御存じない。それは大変残念である。つれづれなるままに、日くらし、女もする日記というものを、男もしてみようと思って、するのである。この書き物を私はお前たちにあてて書く。
 岸本君――僕は僕の近来の生活と思想の断片を君に書いて送ろうと思う。然し実を言えば何も書く材料は無いのである。黙していて済むことである。こんな手紙を上げるのは、道理(すじみち)から言っても私が間違っている。けれど、私は、まだお前と呼ばずにはいられない。どうぞ此の手紙だけではお前と呼ばしてくれ。またこんな手紙を送ったと知れたなら大変だ。私はもうどうでもいいが、お前が、さぞ迷惑するであろうから申すまでもないが、読んで了ったら、直ぐ焼くなり、どうなりしてくれ。
 恥の多い生涯を送って来ました。僕は、僕の母の胎内にいるとき、お臍の穴から、僕の生れる家の中を、覗いてみて、「こいつは、いけねえ」と、思った。頭の禿げかかった親爺と、それに相当した婆とが、薄暗くって、小汚く、恐ろしく小さい家の中に、坐っているのである。だが、神様から、ここへ生れて出ろと、云われたのだから、「仕方がねえや」と、覚悟をしたが、その時から、貧乏には慣れている。
 私は五十年おふくろとつき合ってみたがまったく女というものはバカでこまるよ。そのバカなおふくろのおなかから生まれた私がどうしてバカでない道理があるものか? ザマア見ろ! てんだ。
 馬鹿な、馬鹿な! 貫一ほどの大馬鹿者が世界中を捜して何処に在る 僕はこれ程自分が大馬鹿とは、二十五歳の今日まで知……知……知らなかった。
 わっと泣き出して母にきつくかじりついた。母はそのまま立って子の顔を見ていたが「可笑しい子やないか、」と呟くと彼女の張り詰めた気力の糸が、ぶつりと切れたように、彼女はぐったりとなってしまった。やがてその手がばたり畳に落ちたと思うと、大いびきをかいて、その顔はさながら死人のようであった。
 これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿馬鹿しくなる。
 僕はその夕がた、あたまの労れを癒しに、井筒屋へ行った。それも、角の立たないようにわざと裏から行った。しかしそこで乃公(おれ)は人を殺してしまった…それも憎い仇ならまだしもであるが、普段から弟のように親しんでいる源三郎をみごとに殺してしまった。
 本屋の二階だった。二十歳の彼は書棚にかけた西洋風の梯子に登り、新らしい本を探していた。モオパスサン、ボオドレエル、ストリントベリイ、イブセン、ショウ、トルストイ、……今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。
 大きな箱入りの札目録を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい本の名が出てくる。小説が好きで、国に居る時分から軍記物や仇討物は耽読していたが、突然どこから起ったか分らない好奇心に駆られて、すぐその一頁を開いて初めから読み始めた。中には恐るべき話が書いてあった。

 議員がしたことは決して許される種類のものではありませんが、あれだけ真面目な性格でクヨクヨ反省している様子を見ますとちょっと気の毒にも思えてくるそんな心優しいボクCameLieOnですコンバンワ。──いまだに自分の名前が読めません。カメ・ライオンなのかカメラ・イオンなのかケムリー・オンなのかキャメル・イーオンなのかカメリェオンなのかウガンダ・トラなのか皆目見当がつきませんCameLieOnですコンバンワ。
 いいですねー武部幹事長。一体どんな政治家だったのでしょうか。100年前の資料をもとに調べてみますよ。「調べてみますよ」なんて生意気を言ってしまいましたが、ボクの手元にある資料は古本屋で売られていた100円の本。やたら分厚いくせに情報量が不足していますし、信用に足る資料なのかどうか定かではありません。値段も心もとないのですがなにしろ題名が『わくわく21世紀!! 手に取るようにあの日がわかるわい』なので不安は一層濃くなるばかりです。
 この本の「政治家列伝」の章を閲覧してみます。
 ぶぶ、ぶぶ。
 あれ?
 ぶぶ、ぶぶ…。
 無いな。
 ぶぶ、ぶぶ…。
 おかしいな、いないなぁ。
 すみません。武部さんは無名らしく、載っておりません。ああ、まいったな、記事が書けないや…。しょうがないので、竹内平蔵について書いてみればいいんではないでしょうか。いいんでしょう。
 たけうち、たけうち…。
 あ!
 武部、「た」の項にいたよ! なんでだよ、なんだよこの本。やはり、所詮は100円のクズ本であります。



「何? え? カメレオン? え? カメレオンぢゃないか。生きてるの?」
 思い掛けないものの出現に面喰って、私が矢継早やに聞くと、生徒は「ええ」と頷いて、顔を赭らめながら説明した。極めての大胆と全くの無神経とは時によって一致します。
「馬鹿だ、こいつは」
 この言葉を聞くとはっと胸がとどろいた。変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
 不幸、短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君のごとく、餓しても伯夷や杜少陵のごとく、凍死しても深草少将のごとく、溺死しても佐久間艇長のごとく、焚死しても快川国師のごとく、震死しても藤田東湖のごとくであれば、不自然の死も、かえって感嘆すべきではないか。
 「ドカン、ドカドカ、ドカーン」といったような不規則なリズムを刻んだ爆音がわずか二三秒間に完了して、そのあとに「ゴー」とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。争う色彩の尖影が、屈折しながら鏡面で衝撃した。一瞬ニシテ 全市街崩壊
 危険を冒して近寄ってみると、倒れているのは瘠せコケた中年男だが、全身紫色になった血まみれ姿だ。死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。それを見たらおれは口が利けなかった、男が泣くてえのはおかしいではないか、だから横町のじゃがたらに馬鹿にされるのだ。何もかもいやになりゆくこの気持よ。思い出しては煙草を吸うなり。
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。月日は百代の過客にして、行かう年も又旅人也。ポンポンポンポンと木魚の音がしています。窓の障子にあかりがさしていて、大きな坊主頭がうつって動いていました。あはれなり。人の上に人をおきなというなら、これでよかったのだ。
 ああ俺はもう生きて居られなくなった。友よ俺が書き残そうとした事は以上の事である。どうぞ俺を哀れんでくれ。

 文書はここで終って居た。字体や内容から見ても自分は金子の正気を疑わざるを得なかった。






 かの森鴎外によれば「小説に説明をしてはならないのだそうだ」という事ですが、あまりにも意味不明な小説を突き付けられて面食らった読者も多いでしょうから、少し弁明させて下さい。
 盗作品、もとい当作品『阿蘭陀Language(オランダ・ランゲ)』は、テクノやブレイクビーツなどのクラブミュージックにおいて用いられる音楽方法論「サンプリング」を、文章芸術の世界にも援用してみようと試みた前衛作品です。
 著作権の切れた小説・随筆群から素材となる文を手当たり次第に抜き出して来、素材それ自体は未加工のまま恣意的に繋ぎ合わせて再構成しました。俎上に上った作品総数は実に53作品。『河童』と『土左日記』からの抜粋を少し改変した以外は、私は一字たりとも創作していません。
 私はこの作品を、題名や手法からも察せられる通り、パクリで有名な某アーティストへ捧げようと思います。



(ご託宣)
 あなたがもし盗難に遭ったら警察に出頭するべきだし、体調が良くなければ病院に行くべきだ。天国に行きたければ神のお告げを受信するべきである。それと同様に、Omange Mangeのファンならば当ブログのランキング投票に協力するべきなのです。
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<サンプリング元一覧>

 芥川龍之介『河童』
 森鴎外『百物語』/井原西鶴『三鉄輪』/Orange Range(『bounce』のインタビュー記事)/坂口安吾『風博士』/吉田兼好『徒然草』/紀貫之『土左日記』/有島武郎『小さき者へ』
 島崎藤村『新生』(「岸本君」~「黙していて済むことである。」)/近松秋江『別れたる妻に送る手紙』
 太宰治『人間失格』(「恥の多い生涯を送って来ました。」)/直木三十五『貧乏一期、二期、三期 わが落魄の記』
 辻潤『だだをこねる』
 尾崎紅葉『金色夜叉』
 宮本百合子『墓』/横光利一『父』(「母はそのまま立って」~「と呟くと」)/菊池寛『真珠夫人』(「彼女の張り詰めた」~「ぐったりとなってしまった。」)/国木田独歩『疲労』(「やがてその手が」~「死人のようであった。」)
 田山花袋『蒲団』
 岩野 泡鳴『耽溺』/西田幾多郎『絶対矛盾的自己同一』(「しかしそこで」)/海野十三『不思議なる空間断層』/岡本綺堂『鳥辺山心中』(「それも憎い仇」~「源三郎を」)/鈴木三重吉『古事記物語』
 芥川龍之介『或阿呆の一生』(「本屋の二階」~「トルストイ、……」)/岩波茂雄『読書子に寄す』
 夏目漱石『三四郎』/二葉亭四迷『平凡』(「小説が好きで」~「耽読していたが、」)/夏目漱石『彼岸過迄』
 Camelieon『22世紀日記』(「議員が」~「クズ本であります。」)
 中島敦『かめれおん日記』/中里介山『大菩薩峠』「甲源一刀流の巻」(「極めての大胆と」~「馬鹿だ、こいつは」)
 紫式部『源氏物語』与謝野晶子訳(「この言葉を聞くとはっと胸がとどろいた。」)/梶井基次郎『檸檬』
 幸徳秋水『死刑の前』
 寺田寅彦『小爆発二件』(「ドカン、ドカドカ、ドカーン」~「余韻が二三秒ぐらい続き」)/宮沢賢治『銀河鉄道の夜』/横光利一『ナポレオンと田虫』(「争う色彩の尖影が、屈折しながら鏡面で衝撃した。」)/原民喜『原爆被災時のノート』
 夢野久作『爆弾太平記』/堀辰雄『聖家族』(「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。」)/樋口一葉『たけくらべ』(「それを見たらおれは」~「馬鹿にされるのだ。」)/石川啄木『悲しき玩具』
 信濃前司行長『平家物語』/鴨長明『方丈記』/松尾芭蕉『おくのほそ道』/新美南吉『ごんぎつね』(「ポンポン」~「動いていました。」)/清少納言『枕草子』/福沢諭吉『学問のスヽメ』(「人の上に人を」)/作者不詳『竹取物語』(「おきなという」)/幸田露伴『鵞鳥』(「なら、これでよかったのだ。」)
 村山槐多『悪魔の舌』


野菜の山【年末連日掲載祭作品!】   (2005/12/29)
 毎年、そして毎日。情熱ある生産者によって野菜が出荷されていく。
 丸々と肥ったレタス・宝飾品のようなピーマン・可もなく不可もないホウレンソウ・ぶかっこうなキャベツ・もげたダイコン・青いまま収穫されたトマト──さまざまな野菜が収穫され、うずたかく積み上げられていく。
 私はこの野菜の山までやって来て、自分が精魂込めて作ったカボチャを置いた。そっと、優しく、ていねいに。誰かが拾い上げてくれる事を祈念しながら。
 自分の作物を納品したのち、私は他の生産者が育てた野菜を品定めした。上の方にある新鮮な物からひとつひとつを手に取ってまじまじと観察し、うまそうだと思えば一口かじる。味が気に入れば、一個持って帰る。今日はナスが出色の出来だ。持ち帰ってゆっくり賞味しよう。
 私は代価を支払い、ナスを買った。買ったはいいが、まあ、すぐに腐るだろう。そう安々と逸品には出会えない。心を打つほどの、恒久に鮮度を保つような逸品には。
 私はナスにかぶりつきながら、野菜の山を眺めた。毎年、そして毎日、野菜は生産される。獲れ立ての野菜が次々と運ばれてくる。すさまじい量がものすごい勢いで出荷されてくる。ついさっきまで山の頂上を占めていた野菜の上に別の新しい野菜が上乗せされていく。覆い被さってくる新作に圧され、真新しかったはずの野菜はじゃっかん鮮度が落ちた。
 いやな気分になった。たちまちのうちに私のカボチャも埋もれていく。たいへん甘い、歯ざわりの良い、カボチャ。誰からも見向きもされないまま、姿を見えなくしていく。口に運ばれさえすれば気に入ってもらえる自信があったのに、それすら叶わなかった。
 ああ、野菜が堆積していく。うずたかく積み上がっていく。
 下の方に沈澱した野菜はもはや腐り果て、ドロドロに混ざり合っている。キュウリとレンコンの見分けもつかない。幾重にも重なったこれら腐乱野菜の層は、新たに敷かれていく層の肥料となる。腐葉土である。かつては、つやつやと表面を輝かせていた野菜だったろうに。生産者の情熱の凝縮した結晶だったろうに。
 腐らずに残っている物も多からず在る。しかし、それら不朽の名品とて、家庭の食卓に上る機会は少ない。誰だって、最も新鮮な野菜を玩味したいと願うものだ。
 ジャガイモ(*1)は、いちおう野菜の形をとどめてはいるが、もはやほとんどの人が食べないだろう。葱(*2)? 滋養分に乏しいくせに、「ブランド品だから」と嗜む人は多い。ブランド品ならば、多少味が悪くても腐らずに済むということか。美味と名高いニンジン(*3)は、外国産なので食べたことのある人は存外少ない。ガラス製のタマネギ(*4)だって、あいつらが作ったから今も食されているだけであって、本来ならばとっくに腐っていてもおかしくはない。
 我々の創作は、言ってみりゃゴミだ。人々はこの山から自分の気に入った野菜を選り分けて取る。腐葉土の堆積から成る、この大量の野菜の山から。掘り起こすのは面倒だから取るに足らないような物を山肌からつまみ取る。腐葉土に埋もれた名品には気づかず手近の野菜を飲み下す。我々が一生のうちに食べる野菜の量などたかが知れているのだ。
 選り取り緑。しかし全部は消化できない。そんな状況で、いったい誰が私のカボチャを食べてくれるだろう。私は急に悲しくなって、げんなりしてしまった。
 しばらく愕然と立ちすくんだのち、キッと顔を上げ、唇を噛み締め、私は野菜の山に向かって突進した。山の中腹に頭から突っ込んで、泥を掻き分け掻き分け掘り進む。何のため、汚臭まみれになるのか、自分でもよくわからなかった。発作的にそういう行動を起こしていた。もしかしたら、何かを探していたのかも知れない。何か。私のカボチャが腐らなくても済むような,理由か言い訳か何かを。
 ふと、手に当たる物があった。
 無名の農家が作った黄金のリンゴが埋まっていた。


*1: 國木田獨歩「牛肉と馬鈴薯」
*2: 芥川龍之介「葱」
*3: Jules Renard「Poil de Carotte」
*4: The Beatles「Glass Onion」




 忠臣蔵がらみの小説を書こうと思っておりました。が、師走の目まぐるしさに忙殺されて成せず。この作品もしめきりギリギリでの公開となりました。
 いかがでしたでしょうか。宜しければ下のバナーをクリックしてほしいっス。(体育会系の口調でお願いしてみたっス)
 来年もヨロシクっス。



大塚晩霜敬白(軽薄)


F-A-M-I-L-Y   (2005/11/14)
Every families have some problems
As nobody don't have any troubles
すべての家庭は何らかの問題をかかえている
悩みの無い人間が居ないように

──ドーヴ・レノメ「ドーヴ・レノメ詩集」より


この作品をモンティ・パイソンに捧ぐ。──大塚晩霜

それから、私の大事な友人たち、P助・ナチュレ・仁礼小一郎・こさめ・イシカワマキ・カーチス・セガール・ラークマイルドに愛をこめて。──大塚晩霜

<一口メモ:モンティ・パイソンとは?>
 1970年前後に活躍したコメディアン集団。イギリス国営放送(BBC)にて伝説のコント番組『Monty Python's Flying Circus』(邦題:空飛ぶモンティ・パイソン)を制作。不謹慎極まりないブラックジョーク・非常識にもほどがあるナンセンスなギャグによってお笑い界に革命を起こす。
 スケッチ(=コント)群を連想形式で連鎖させる独自の手法により、笑いは怒濤のように押し寄せ、息つくヒマを視聴者に与えず、嫌がらせとも言えるほどの圧倒的なスピード感で膀胱に迫ってくる。また、つなげるのが困難なスケッチをシュールかつグロテスクなアニメで飛躍的にリンクさせる強引な手口も見逃せない。──『Completely British』編集長・桜田ミリア

この作品は、モンティ・パイソンのそんな手法を踏襲している。──大塚晩霜

モンティ・パイソンのスケッチのひとつがこちらでご覧いただけます。──スパム業者

【劇場予告】
ナチュレ最新作(タイトル未定)、11月24日、堂々ロードショー!──散文ブログ『ちりぶみ』

本編がなかなか始まらないのもモンティ・パイソンのお家芸である。──大塚晩霜

なお、冒頭の『ドーヴ・レノメ詩集』というのは、まったくのでっちあげ,架空の書物名である。──大塚晩霜

この作品をモンティ・パイソンに捧ぐ。──大塚晩霜

読者「なんでもいいから、早く始めろ!」
読者「そうだそうだ!」


【奥付】
著者   大塚晩霜
英語訳者 大塚晩霜
大根役者 大塚晩霜(ドーヴ・レノメ/桜田ミリア役)
発行者  大塚晩霜





「こりゃひどいな」
「うん。おどろいちゃった」
 古い民家の和室である。砂ぼこりで真っ白に汚れた畳の上に花ビンと鍋が転がっている。障子は破れ、漆喰塗りの壁は剥がれている。黒ずんだ天井には蜘蛛の巣が張っている。しかし巣に蜘蛛はいない。この家に人の棲んでいる気配は無い。
「見て」
 女の指差した先には一本の大黒柱。柱には横線が刻まれ、それに付随する日付が記されていた。「昭和49年ユウイチ5歳」「昭和53年ユウイチ9歳」「昭和57年みちこ12歳」などと彫られている。
「たけくらべだね。わたしはやったことないからどんな気持ちだかわかんない。でも、とってもすてきな事だと思う。子どもは自分がどれくらいグングン成長しているか知らないから。毎年毎年、柱のキズが上の方に移動していくの、うれしい驚きを感じただろうな」
 連れの男は顔をしかめた。
「こんなもん、貧乏人のすることさ」
「どうして?」
「柱が傷ついても構わない、つまり粗末な家だってこった。立派な家だったらキズなんかつけるもんか。ずっと残ってしまうのに」
 女は悲しそうな表情で男を見つめた。
「それに、こういうバカげた行為にしか娯楽を見出せないほど、苦しい生活を送っていたんだろ」


<おわび>
「モンティ・パイソンに捧ぐ」と献辞を掲げておきながら、なんだか湿っぽい話になってしまいました。差別発言をした彼には責任を取って作品から降板してもらいます。
 (銃声)
地上から解雇しました。お星様になあれ。


【昭和49年ユウイチ5歳】
 ぼくの パパは、人には いえない しごとを している。
「パパー。うしろ とおるよー」
「ん? ああ、とおりなさい。だけどね、けっして たちどまっては ダメだよ?」
「わかってるってばー」
 ほしの きれいな よるには。
「パパ、あれが いてざだね」
「そうだ。パパの せいざだ」
「え、パパって ボクと おなじ おとめざだろ?」
「そうだっけ。そうだ、そうだった」
 ぼうえんきょうを のぞく ぼくの となりに パパは しっかり よりそって くれていて、かたときも はなれずに いてくれる。ぼくは パパが 大すきだ。ずっと、ずっとずっと いっしょだい。
「パパー。あのほし、あれ、わかるかな。オレンジいろの ちっちゃいやつ」
「んー? あー、あれかぁ。あれは アルビレオだよ。白ちょうざの 三とうせいだ」
「じゃーあれは?」
「ああ、デネブだ」
「デブ?」
「ちがうよ」
 ぼうえんきょうを のぞく ぼくの となりで、スナイパーライフルの スコープを のぞく パパ。
 ぼくの パパは、人には いえない しごとを している。


【Godfather / Goodfather】(名付け親/よいお父さん)
 私とユウイチは海岸へ遊びに出かけた。電車に乗り、近くの海まで足を伸ばす算段である。
 道すがら、ユウイチは子どもらしい素朴な発想で私を喜ばせた。車内放送を聞けば「パパー、電車がしゃべってるよ」と想像力ゆたかな報告をし、信号を見れば「なんで自動車はあんなライトに良いようにあやつられてるの?」と首をかしげる。そのひとつひとつの率直な感性に対し、私は優しく、夢を壊さないように、心を砕いて受け答えをしてあげた。
 やがて海が見えてきた。波の音が大きくなるに連れてユウイチの笑顔は明るさを増していく。まぶしいくらいだ。そうして、砂浜に着いた時の、彼の喜びようったら! こっちまでウキウキしてしまう。
 私たちは海岸の散策を始めた。打ち寄せる波の他に動く物の無い静かな世界。太陽・雲・灯台・岩礁。ユウイチは好奇心の目をあちこちに注ぐのに夢中で忙しそうだ。無言のまま砂を撫でたり波打ち際を走ったりしている。
 ユウイチがようやくしゃべったのは、岩場に落ちている1円玉を見つけた時だった。そのアルミニウム硬貨はさざ波に洗われ、水泡の吹き出したような傷が表面全体に浮かんでいた。
「落とし物だね。警察に届けなきゃ」
 すなおで正直な意見が私にはうれしかった。けれども私は、こう勧めた。「いいや、これはおまえが持っていなさい。お金を拾ったら本当は届けなきゃいけないんだけどね。ふたりだけのナイショだ」
 ユウイチはキョトンとした。「どうして? こんな汚い1円玉だし、ぼくいらないや」
 私はニッコリとほほえみ、やさしく諭した。「この1円玉、どうしてこんなにボロボロなのか想像してごらん。この海岸で誰かが落としたのかも知れない。でも、もしかしたら、長いあいだ海をただよっていて、つい最近流れ着いたのかも知れない。ひょっとしてひょっとすると、流れ流れて遠い外国までたどりついたかも知れないよ? そうしてまた、流れ流れて戻ってきたんだ。この1円玉は世界を旅してきた1円玉かも知れない。とするとこれは宝物だよ」
 ユウイチは想像力をかきたてられたようだった。「うん! ぼくこれ大事にするね!」
 帰りの電車内、彼は気味の悪い笑いを浮かべながら1円玉をじっと見つめていた。


<ホッと一息豆知識コーナー:土左衛門の語源>
 水死体を「土左衛門」と呼ぶ事があります。これは江戸時代に生まれた言葉です。青白く膨れ上がった水死体の姿を当時の力士「成瀬川土左衛門」になぞらえて表現した語でした。
 人は溺死するとデブになります。そうしてひどく臭います。という事は、「土左衛門」を現代語に置き換えるなら「アキバ系」となりましょうか。
 生前のスタイリッシュな姿を人々の胸にとどめるためには、ホトケが二度と浮かんでこないように工夫しましょう。セメント製の靴を履かせて深海の底にスキューバダイビングさせるのがおすすめ。


The ecosystem consists of the balance of exquisiteness.
Just same about family-tree...
He passed away. R.I.P.



<ホッと一息豆知識コーナー:カブトムシ虫相撲トレーニング法>
 カブトムシには筋肉がつかない。だから、負荷をかけて鍛えるなどというトレーニングは全く効果がありません。人間が行なっているような訓練を実施しても体力・生命力・寿命を消耗させるだけです。
 カブトムシを強くするにはイメージトレーニングが有効です。カブトムシの模型などを用い、練習試合を経験させましょう。そして必ず、模型のカブトムシが負けるようにして下さい。自信をつけさせるため、勝ちに慣れさせるのです。


【昭和53年ユウイチ9歳】
「なるほど。これは我が子のしつけにも応用できるのではないか?」
 父は雑誌を手の甲でパシッと叩き、鼻から息をプスーッと吹いた。
「よーし、相撲だ!」
 なかなか打ち解けてくれない息子とスキンシップをはかるため、和室で相撲を取る事にした。息子の方は相撲なんてしたくなかったが、父が是非にと言うので仕方なく付き合ってやった。
「さー来い! ドンと来い! どすこい!」
 息子は気恥ずかしさを感じながら、父の胸めがけて頭から飛び込んで行った。
「む! なかなかやるな! クッ、強い。力あるなっ!」
 息子は父をグイグイ押しまくる。靴下をはいた父の足は畳の上をすべり、土俵際として定めた床間まで押し出された。床間に飾ってあった花瓶が倒れた。
「すごいじゃないか」
 息子は照れくさそうに、しかし嬉しそうに笑った。
「よっしゃもう1番。今度は本気を出すよ!」
 そう言うなり父は息子に力強くぶちかましを浴びせ、あろうことか子ども相手に大人げない突っ張りをお見舞いする。意表を突くビンタ。ひっぱたかれて発熱するほっぺた。息子はびっくりして一瞬たじろいだが、すぐに闘争心を再燃させ、半ベソでムキになりながら父を押し倒した。
「うわっ、まいったまいった。降参だ」
 それはヘタクソな演技だった。が、涙目の息子は芝居と気づかず達成感に興奮した。
「ぼくは強いんダー」
 すっかり自信をつけた息子は今度は自分から相撲を取りたがった。活き活きとした息子の様子を見て父は満足した。何度試合をしても、すんでの所でわざと負けてやった。
 正午を報知するチャイムが鳴った。
「そろそろおしまいにしてゴハンを食べましょう。──ユウイチくん。きみは強いぞ」


【Kiddy Kid】(ふざけたガキ)
 昼休みの時間。相撲を取ろうと友人たちに持ちかけた。負ける気がしない。自分より身体の大きいお父さんを何度も土俵外まで押しやり、時には投げ倒したほどのパワーだ。腕っぷしの強さをみんなに見せつけて驚かせてやる。ぼくの勇姿、美由ちゃん見ててくれるかな?
 しかし結果は、えがいた青写真とは全く逆の物。競争社会は残酷だ。初戦の相手マサハルくんにボロ負けを喫した。「こんなはずはない、まぐれ勝ちされただけだ。ぼくは強い。本当に強い」お父さんのほめて伸ばす教育の感化をもろに受けたぼくは、納得せず何度も何度も立ち向かった。結果は同じだった。悪い夢を見ているようだった。相手を変えてもほとんど勝てない。顔面蒼白、あまりにも絶望的な顔をして再戦を挑み続けるものだから、同情した友達のひとりがバレバレの八百長試合でわざと負けてくれたぐらいだった。もちろんぼくは、そんな勝ちでは納得できない。もう、何がなんだか、わけがわからなくなって、思わずヒステリックな奇声を発して周囲を驚かせてしまった。やりきれない怒りで頭の中が爆ぜそうだった。美由ちゃんが見ていた。
 ぼくは自信をすっかり喪失した。途方もない挫折感。得意の絶頂から絶望の淵へ転げ落ちてしまった。それだけではない。挫折感だけならまだ良かったが、悪いことに、父を弱者として軽蔑し始めてしまった。
「うちのオヤジは小学生よりも劣ってるのかよ」


この作品はいかがですか?
ここまでの内容で少しでも面白く思って下さったなら、
今のうちにバナーをクリックして下さい。
これから先が面白いかどうか、保証は出来ませんので…





【Mammal Mamma】(哺乳類ママ)
 母の愛は無限大なり。
「学校の時計はアナログ時計のようですわね。息子はアナログ時計が読めません。デジタル時計に換えていただけませんでしょうか」
「ピーマンが苦手なので給食はうな重にしてもらえないでしょうか」
「クラスのマサハルくんとケンカしたそうです。マサハルくんが全面的にいけないそうです。叱って下さい」
「成績が悪いのは先生のせいだと申しております。辞職して下さい」
 母の愛は無限大なり。


【Fatter Father】(まんまる父さん)
 つい先日リストラされたダメオヤジが、ヒマにかこつけて変な事を妹に吹き込んでいる。
「…まさしくその通りなんだよ」
「えー? 魔法ってホントにあるのぉ?」
「あるよ。美千子ちゃんだって、もっとおっきくなったら使えるかも知れない」
「ウソーッ」
「ウソじゃない、ウソじゃないよ。超能力をごらん。才能さえあれば、訓練次第で不思議な力が使えるようになるのさ。そういう才能が、美千子ちゃんにもあるかもよ?」
「ホントー?」
「ホントホント。いつか突然魔法を使えるようになるかもね。自分の可能性を信じるんだ」
 魔法や超常現象の存在について力説している。子どもはもう信じてないのに。
「インドには不老長寿の秘法を体得した賢者がいっぱい居るって話。俗世間から離れて山の奥深くで瞑想してるんだって。中には生物の常識を超越しちゃって、食事も採らず水も飲まず,そして排泄もしないのに,何十年も元気な老人が暮らしてるんだってさ。お父さんも、不老長寿、目指してみる。神秘的な力っていうのは、この世にきっと存在するんだから」


<※ 未承諾広告>
 あなたを美しくする! 女を上げる! 魅惑の香りの魔法の香水!
特殊成分ピリプレリンが男の前頭葉をムラムラ刺激! 前頭葉の発達した男ほど興奮するぞ。この匂いを嗅いだら、頭のイイ男はイチコロ。もうメロメロ。あこがれのあの人も誘惑できるかも!?
 ワンランク上のセクシーレディーを目指せ。魔法の香水☆


【Priceless Princess】(プライスレスなお姫様)
 超ビッグサプライズ! ってフィーリング?(^▽^) ファッション雑誌に掲載されていた広告チェケダッチョ、魔法の香水を手に入れちゃった☆ワクワク♪o(^o^o)(o^o^)oワクワク♪ 前頭葉の発達したオトコを魅惑する効果があるんだって。(ノ°▽°)ノ
 この香水をつければオトコは群がってくる、そりゃもー樹液に集まるムシのようにワラワラ寄って来る( *^-^)(^0^* ) だ・け・ど、前頭葉が発達しているからって頭が良いとは限らないんだってばよオイ( 。・_・。) それにね、頭のよさげな人ゲットできても、それだけでうまくいくとは限らないじゃん?( ̄~ ̄;) ブサイクは論外。将来ノーベル賞受賞まちがいなしの天才クンだとしても、ブサイクだったらコノヤロウ、門前払い! ( -_-)=○)°O°) 頭脳明晰あーんどハンサミングな男子でも、内気な性格じゃ会話が弾まないよね(;´д` ) おーらる・こみゅにけーしょんオラオラできなきゃ恋愛関係は発展しない(>へ<) 発 展 し な い!!(>へ<;) 
 で、なんだかんだゆーてる間にひとりのオトコから声をかけられたんだけど。すげーね、なんていうかね、いや、いいんだけどさ…(´ヘ`;) 一言で言うと、「バカ」そうなんだよね…ヽ(  ̄д ̄;)ノ  テンションまじ高いってゆーか、なんてゆーか、なんかすっげー子どもなの(;´_`;) いや、魔法の香水は前頭葉の発達したオトコをチャーミングする成分配合だから、この人も脳みそデッカイっちゃデッカイんだろうけど。でも、頭がいいか悪いか謎なんだよね…(--; ただ脳みそデカイだけで、中身は腐ってるKAMO!?(≧ロ≦)
 当たりかハズレかわからにゃい…( ̄~ ̄;) お金もちゃんと持ってるのかなぁ? でも、とりあえず顔は良いからオッケーすっかー。うん、そうしようそうしよーヽ(´ー`)ノ


<休憩時間>
 これより15分間を休憩タイムとします。ご自由に席を立って構いません。トイレに行く人は今のうちに。トイレの個室を使う人・人々は、それぞれお早めに済ませて来て下さい。


【Heroin Heroine】(薬物中毒のヒロイン)
 彼女はすばらしく端正な顔立ちをしていた。それは彼女自身も自覚していたし、周りは褒めそやすし、横山やすし、怒るでしかし、ゆるがせに出来ない事実だった。
 彼女はその美貌を生かしてスーパーアイドルに成りたかった。歌って踊れるアイドルに。バラエティー番組に出演したり、CDを発売してメガヒットを飛ばしたり、コンサートを催して5万人を越すファンを動員したり。
 もしくは本格女優に成りたかった。舞台で独壇場に臨んだり、テレビドラマの主役に抜擢されたり、映画での演技が評価されて賞を受賞したり。
 しかし自分から売り込みはしない。誰かが自分の才能を発見してくれるのを待っている。これだけの器量だもの、噂が自動的に芸能プロダクションまで届くはずだ。自分からオーディションに応募するなんて野暮なマネはしない。末は大物女優になるはずなんだから、そんな恥ずかしい事したらキャリアに傷が付く。ガッついてると思われたくない。オファーが来るその時を待つ。
 そんな彼女だが、実は今年でもう35歳。下の子は中学校に入学した。白馬に乗ったスカウトマンは、まだ来ない。


【Chilled Child】(冷酷な子ども)
「家族を殺してやりたい」
 すべての家庭は何らかの問題をかかえている──家庭内暴力・ドメスティックバイオレンス・幼児虐待。子どもの成績不振・受験・浪人・留年、非行・放蕩息子の帰還、ひきこもり・フリーター・ニート。夫婦の不仲・夫婦ゲンカ・セックスレス・不倫・家族計画・近親相姦・中絶・離婚調停・嫁さん実家に帰っちゃったよ・コレがコレでさあ・結婚詐欺・出戻り。洗脳・妄信・出家。徘徊老人・認知症・寝たきり・危篤・介護・葬式・相続争い。事業失敗・失業・無職・借金・夜逃げ・一家心中。自殺、人殺し──すべての家庭は何らかの問題をかかえている。悩みの無い人間が居ないように。
 我が家の問題は三つ。
 まず妹の美千子。中学校に上がった途端にさっそく売春に走り始めやがった。しかもあろう事か、初めて引っかけた男は性格最悪・頭の良い詐欺師だった。散々乱暴されて捨てられて帰ってきた。自業自得だ。
 次におふくろ。いい年こいてまだ夢を見てやがる。白い粉で夢見ごこち。現実と非現実をちゃんと区別しろっての。たまには掃除した方がいいぞ。鏡のよごれを拭き取ったらどうだ。
 そして最後にこの俺。家族を殺してやりたいって思っちゃあ、人間として終わってるよな?
 もうたくさんだ。DNAの鎖が俺を腐らせる。引きちぎれれば自由になれるのに! 持て余す家族の絆。こいつら、自分と血がつながってなきゃ良かったのにな。血縁関係じゃなかったら単なるゴミクズだぜ。精神病。精神病。精神病!


(これからユウイチくんは衣装替えをします。衣装替えが終わるまで録画テープでお楽しみ下さい)


【M⊿D(Mom, Daughter, Dad)】(母娘父のトライアングル)
Diar ダーリン
 (注:「Diar」は正しくは「Dear」)

なんだか、あらたまって手紙を書くなんて、テレくしゃいにぇ…。ミーです☆。
 (注:この「ミー」とは“me”を意味するのではないらしい。
  どうやらこの手紙を書いた女性の愛称か何かのようである)

ダーリン、愛してるヨ。ダーリン、好きだっちゃ。
 (注:うる星やつら?)
これからもよろしくピョン。いっぱいかわいがって~(ラブ・ラブ!だね!)
ステキな思い出たくさん作っていこうね。しあわせにしてね。しあわせになろうね。

ミカタンも好きです。ダーリンそっくりだし。
 (注:ミカタンとは、彼らの子どもの名前。たぶん女の子)
ダーリンを愛してるから、ミカタンもかわいくってしょうがないの~。
ダーリンの子どもだもん。ダーリンの血が流れてるんだもん。
ダーリンとおんなじくらい、ミーはミカタンのこと好きだよ☆

それに、ミカタンにはミーの血も混ざってるしね!
だから…っていうのもあるよねきっと。自分を好きじゃない人なんて、いないもんね。

ダーリンもミーのこと愛してゆ…?
じゃあ、ミカタンもおんなじくらい好きだよね!
ミカタンには、ミーのいでんしが入ってるもん。
ミカタン、パパに愛されて、しあわせもんだなこいつぅ。なんてね、あは♪

ミカタンはミカタンで、パパにも、ママにも、よくなつくね。
だって、ミカタンの中を流れるミーの血はダーリンが好きだし、
ミカタンの中を流れるダーリンの血はミーが好きだもの。当然だよね。

これからもずっと…。ミーはダーリンのこと愛してる。ミカタンも愛してる。
ミーはミーのこと好き。ミーは、家族3人、みんな好き。
ミーは、ダーリンも、ミカタンも、ミーのことも、おんなじくらい好き…。
From ミー


(お待たせしました。ユウイチくんの衣替えが済みました。引き続き本編でお楽しみ下さい)


【F-A-M-I-L-Y】(Father And Mother, I Love You)
 妻と訪れた旧宅。柱に刻まれた成長の記録を見て、これはお父さんたちが彫ってくれた物だと思い出した。
 俺の最初のお父さん、つまり本当のお父さんは、ある日突然いなくなった。どこに行ったのかお母さんに尋ねても、うやむやに交わして教えてくれない。たぶん、話したくないのだろう。俺も無理には聞こうとしなかった。このお父さんのことを、今はあんまり覚えていない。
 2番目のお父さんは動物の生態に関する雑誌を読むのが好きだった。ある日「全ての哺乳類は、一生のうちに、心臓を20億回鼓動させる。ゾウはゆっくりした脈拍なので寿命が長く、ネズミはせっかちな脈拍なので寿命が短い」という記事を読んで以来、「心拍数を少なくすれば長生きできるのではないか」と思い込んでしまい、心臓の動きを遅くするトレーニングに励んだ。苦労の末、彼の脈拍は次第に減っていった。そうしてしまいに止まってしまった。その結果死んでしまった。──魔法は存在すると言い張っていた彼は、子どものための気休めのウソを言ってたんじゃなかったんだ。
 うちの家庭がおかしくなったのは、父親が不在になったからかも知れない。俺にとっては女性ばかりの家族。家系──家族の木は、一本でも枝が抜けるとバランスが崩れる。
 俺は、平和そうにしている人々を見るのが大好きだ。幸せそうな家族──楽しそうな親子や仲の良い夫婦、そして、普通の人が顔をしかめるバカップルまで。
 世の中のすべての人が、幸せな日々を送るべきなんだ。残念ながら、子供時代の俺にはそれが出来なかったけど。俺は、妻や娘に、俺と俺の家族と同じような思いはさせたくない。
 柱のキズをさすりながら、ラストにふさわしい“もっともらしいキレイゴト”をでっちあげつつ、俺は俺の家族を全身全霊を傾けて守ろうと誓った。


【スタッフロール】
脚本  大塚晩霜
監督  大塚晩霜
編集  大塚晩霜(←コイツがいけないんです。今回の作品の完成度が低い一番の原因です。ロッテが優勝したのを良いことに遊びほうけやがって!)


【Familiar Family】(DVD映像特典:未公開シーン)
「こりゃひどいな」
「うん。おどろいちゃった」
 古い民家の和室のセットである。舞台美術係がビニール製の畳に白砂をこすりつけている。かたわらには古めかしい彩色を施した新品の花ビンと鍋。小道具倉庫から選んで持ってきた。
「見て」
 女の指差した先には一冊の台本。台本にはセリフや動きが記され、「女、悲しそうな表情で男を見つめる」などの卜書きが印刷されている。
「クソ食らえだね。こんなヒドイ脚本と演出、初めてだよ」女は悲しそうな表情で台本を見つめた。「わたし、演じきれるかなぁ…。ちょっと不安」
「本当だな。俺たちの出番は導入の数分だけ。カメオ出演? しかたない、チャチャッと終わらせてさっさと帰ろう」
「ちょっと。あなた、死んじゃうみたいよ?」
「え、なんで。ほんの数分の出演だし、そんな危険な場面じゃないぜ?」
「ここの行を読んでみて。“差別発言をした彼には責任を取って作品から降板してもらいます。かっこ銃声かっことじる。…地上から解雇しました。お星様になあれ。”ですって」
「うわあひどいな。ストーリーの流れも何もあったもんじゃない」
「本編始まる前にいったん終わっちゃうみたいだし」
「この作品をクソと呼ばずに何をクソと呼ぶ? まだ本番前だけど、失敗作になるのは目に見えてるよ」

カーット! 本物のダイナマイト使うぞこらー!


エミリーとカレーライス   (2005/09/14)
このたびは散文ブログ『ちりぶみ』専用作品『エミリーとカレーライス』にアクセスいただき誠にありがとうございます。読みはじめる前にこの取扱説明書をよく理解し、正しい使用法でお楽しみ下さい。
●概要:エミリーはカレーを作り、カレーを食べ始め、カレーを食べ続け、カレーを食べ終える。●特徴:注意書きの多用。●効能:ダイエット。過食症予防。●用法・容量:食後1回服用。食前・食中の観賞はご遠慮ください。●副作用:吐き気、嘔吐、食欲不振。●使用上の注意:用法・用量を守って正しくお読み下さい。閲覧の際は部屋を明るくし、なるべくモニター画面から離れて下さい。この作品にはグロテスクな表現が含まれています。お子様の手の届かない場所に保管して下さい。あなたの健康を損なうおそれがありますので吐きすぎに注意しましょう。読んだ後は紙に包んでクズかごへ。●操作方法:画面右側に表示されているスクロールバーをドラッグし 、下の方に隠れている文字も読んでみましょう。違和感を感じるなどの症状が現れたら即刻使用を中断し、画面右上の×マークをクリックしてブラウザを閉じてしまえ。/キーボードの「↓キー」を押し続けると本文を読まなくても一気にエンディングまでたどり着けます。これは便利!/コメント欄に隠しコマンドを入力すると作者を一発で倒せるぞ。やってみよう。/自転車・自動車・ジェット機などの運転中に読むのは危ないですから絶対におやめ下さい。



【STEP1】エミリーはカレーを作る

<材料>
・カレールウ:適量
・屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞):400グラム
・玉ネギの頭部…2名分
・ジャガイモの遺体:3体
・ニンジンの死骸:2分の1(下半身)
・稲の卵:4000粒
・蔓性低木の粉砕された実:少々
・NaCl(塩化ナトリウム):少々
・H2O(浄水場で薬品消毒された水):700~800ミリリットル
・牛乳から抽出した脂肪。または人造バター:10グラム
・肉片や骨の煮出し汁を固形化した物:1個
・古びて赤く変色したぶどうの汁:150ミリリットル(致死量)
・粉砕された小麦:大さじ1.5
・植物の脂肪を工場で圧搾精製した混合油:大さじ3
・蒸し殺しにした大豆から醸成した液:大さじ2

<調理方法>
 玉ネギは頭蓋から真っ二つに断ち割り、遺族が確認しても本人と判別できないほど薄べったく解剖します。ジャガイモは生爪を剥がし皮膚を剥ぎ取り包丁でめった刺しにし、水にさらして充分に溺死させましょう。ニンジン(下半身)も皮膚を削り取り、さらにバラバラにします。屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞)は塩化ナトリウムと蔓性低木の粉砕された実でコーティング加工したのち、生前のつぶらな瞳を想起しながら切り刻みます。
 重金属製のフライパンに牛乳から抽出した脂肪(または人造バター)と植物の脂肪を工場で圧搾精製した混合油を敷き、火で熱します。屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞)の肉片を痛めつけ、古くなって赤く変色したぶどうの汁を加え、煮立ったら五右衛門風呂に移します。
 同じく玉ネギの頭部を傷め、ぐったりとミイラ色に褪せてきたら釜茹での刑に処します。
 肉片や骨の煮出し汁を固形化した物・浄水場で薬品消毒された水を加え、煮立ったら死体から滲み出た体液をすくい取り、重厚な蓋で監禁して弱火で約20分じわじわと煮込みます。
 地獄の業火で灼熱となったフライパンの上でジャガイモの遺体を悼めたのち、血の池に送還します。
 阿鼻叫喚の地獄絵図となった死の沼の中に、ニンジンの下半身の断片・蒸し殺しにした大豆から醸成した液も加え、蓋を取って食材の苦悶の表情を眺めながらさらに15~20分間苦しめます。
 ジャガイモの遺体が柔らかくなったらカレールウを溶き入れ、1~2分煮て火を止めます。
 稲の卵を皿に盛り、カレーをbukkakeて出来上がり。

 料理とは、結局はそういう行為。しかし彼女は気付いていない。
 エミリーにとってカレーは食べるための物体であり、かつて生命活動を行なっていた動植物ではない。生き物ではなく、食べ物。そこに命の面影はない。噛み砕き、飲み下し、消化吸収して栄養とするための物質なんだ。



【STEP2】エミリーはカレーを食べ始める

 エミリーは無数の死骸がグチャグチャに混ざり合ったカレーライスを食べ始める。多くの命を犠牲にして出来上がったカレーライスを。彼女の体内に溶け込んでいく霊魂。
 ニンジンは自然な甘味で口腔を満たす。かわいらしいおいしさと言っても良いかも知れない。柔らかく煮られた牛肉は噛むごとに肉のうまみが広がる。肉汁とカレーのアンサンブルはホッペが落ちそうになるほどの美味だ。また、ふっくらと炊けたごはんのおいしいこと。口をモグモグ動かせばカレーや具と渾然一体となり、味覚と触覚の両方を喜ばせる。ホクホクとしたジャガイモは歯に優しい感触。咀嚼されて小さくなり、静かに食道を通過しておなかに転がっていく。カレーは甘辛く、うまい。香辛料の効いた深い味わいが食欲をちくちくと刺激し、スプーンを使う手の動きを促進させる。調理中にエミリーを泣かせたタマネギは、今や飴色の風味を彼女の舌の上に運ぶ。砂糖水を染み込ませた天の羽衣が味蕾をおっとりと撫でるような趣きだ。
 エミリーは、カレーライスの味に満足した。が、彼女はやっぱり知らない。口の中で何が起きているのか。
 ニンジンは臭い唾液にまみれ、酵素の塗られた歯ですりつぶされる。すりつぶされる時、歯垢をこすりつけられる。きったなくグジョグジョになる。そんな事は、自分の口の中を覗けないエミリーに知る由もない。
 牛肉はかつて野蛮なウシだった。胃が四つあり、ひどく臭うゲップを吐く動物。蠅の飛ぶ薄暗い小屋で寝起きする卑しいおデブ。そんなウシの死肉にエミリーは接吻している。のみならず口に入れている。ウシさんは残酷に噛み絞められ、悲惨な交通事故に遭ったごとくブチャブチャにねじり潰れる。エミリーはその事実に目をつぶる。
 米は稲科植物の実。新しき生命を宿した卵だ。4000人もの赤ん坊の姿蒸し。岩石剥き出しの岩山のようなエミリーの歯に圧殺され、声にならない叫びをあげる。4000人の赤ちゃんが一斉に泣きわめく断末魔の大合唱。エミリーにはそれが聞こえない。
 ジャガイモは胃の中でドロドロに溶解している。それはまるで、ゲロそのもの。腹をかっさばいて観察してみれば一目瞭然だが、ゲロで胃袋が満たされているのと同じだ。だけどエミリーの考えはそこまで及ばない。清潔な食材は胃腸の中でも清潔なままだと信じている。種種雑多の飢えた細菌が群がり、ウネウネ下品にかじりついているのに。
 カレーのルウは、色つや・軟度・湿り気、どれを取ってもまるで排泄物のような泥濘。たくさんの命の断片が化合されている。これはそのうち、腸内にはびこるおびただしい数の細菌に侵食されて、カレーみたく茶色い大便となって排出されるのだろう。エミリーには想像できない。口の中を豊潤な香りで満たしてくれたこのカレーが、いつか芳醇な匂いで便器を満たすだなんて。
 そして、タマネギ。タマネギにだって、かつて命があった。2個あるうちの片方は、実はエミリーの元カレだ。しかしエミリーはそれを覚えていない。食べ続けるうちに、思い出すだろうか。

<学習の手引き>
 (読解)
1.この文章を読んだ最初の印象をまとめておきましょう。
2.作者が言おうとしている主張は何なのか、クラスで話し合ってみましょう。
3.班ごとに「ポスト構造主義チーム」と「ニュークリティシズムチーム」に分かれ、この文章がノーベル物理学賞を受賞できるかどうか論じてみましょう。
4.きのうの夜、あなたは何を食べましたか。近い過去を思い出すのはボケ防止につながります。
 (表現・言語)
口腔…口蓋と舌の間の空間。
アンサンブル…(音楽などの)調和。一体感。
咀嚼…食べ物を噛み砕く行為。
味蕾…舌の表面近くにある味覚の受容器。直径約50マイクロメートル。
酵素…物質の化学的分解を行なうタンパク質。
泥濘…ぬかるみ。
豊潤…ゆたかでうるおっている。
芳醇…(酒の)かおりが高く、味にコクがある。



【STEP3】エミリーはカレーを食べている

 彼女の経歴について。
 エミリーは22歳。出産時の体重は2700グラムだった。清涼飲料水会社の庶務課に勤め、給料は手取りで20万ちょっと。母親と妹・それから1匹の犬と一緒に暮らしている。犬の名は「ジェフ」で、犬種はシェパード。週末は近くのショッピングモールでお買い物。携帯のメモリーは仕事・友だち含めて300余件。テクノ・ミュージックを好んで聴く。自動車の運転が苦手。勝負下着の色はドぎついワインレッド。
 と、そういった経歴はたいして意味を成さない。彼女の“現在の”経歴はさして問題ではない。もっと話すべき経歴がある。
 彼女の前世はイカだった。サメに食われる最期だった。その前はチューリップだった。その前はキリギリスだった。さらにその前はカバだった。カバの前はカエデだった。これは寿命で枯れた。
 彼女の主な経歴を片っ端から並べると、ヒト・イカ・チューリップ・キリギリス・カバ・カエデ・アブラムシ・スギ・ダンゴムシ・ペンギン・松・サンマ・ニワトリ・レタス・オミナエシ・ウマ・(中略)・スズメ・ナマコ・ネコ・ムカデ・ポプラ・ミカン・ハチ・チョウ・柿・ウミガメ・トマト・ラクダ・カツオ・イヌ・イカ(1回目)・オオカミ・カブトムシ・トンボ・タイ・ゼンマイ・バショウ・タンポポ・カタツムリ・ユリ・タカ・ウニ・ネギ・ブナ・カタクリ・ヒト・ミズナラ・クスノキ・ヒノキ・カイコガ・ショウジョウバエ・藻・ワラビ・ゾウリムシ・ユキノシタ・(中略)・藻・知られていないシダ植物・ゾウリムシ・ミズケムシ・三葉虫・三葉虫・アメーバ・三葉虫・藻・アメーバ・藻・藻・藻・藻・藻・藻…。その他、酵母菌・プルテウス幼生・サルモネラ菌などは何度経験したかわからない。
 エミリーはネコ時代にセミを捕食した。そのセミは現在、ゴムの木に生まれ変わり、エミリーの家のダイニングルームを飾る鉢植えとなっている。そんな事エミリーは知らない。
 柿期のエミリーを育てていた人は、エミリーの果実とカニを一緒に食べて腹痛を起こした(柿とカニは食い合わせが悪いから注意が必要だ。スイカと天ぷらにも気を付けろよ)。その人は歳月を経てサツマイモになった時、未就学児のエミリーに収穫された。そんな事エミリーは知らない。
 スズメだったエミリーを分解したウジ虫は、現在エミリーの直属の上司となっている。少し厳しいが芯は優しい人だ。そんな事エミリーも上司も知らない。
 エミリーは以前にも人間だった時代がある。ヒノキ・クスノキ・ミズナラ、木として生涯を3回繰り返したあとの事だ──
 ──その時の彼女はシャミシュという名の女性だった。
 ある日シャミシュは敵対する部族の戦士・サラギンと情熱的な恋に落ちた。ふたりは他人の目を避けて森に入り、たくさんたくさん話した。
「じゃあね」
 いよいよ帰る段になってサラギンがお別れのあいさつに手を振ると、シャミシュは名ごり惜しそうに近寄ってサラギンの手のひらに自分の手のひらを重ねた。シャミシュはサラギンの目を見つめたまま、相手に合わせて手を動かす。彼女は湿り気のあるシーツのような肌をしていた。ラバーのようにサラギンの手に吸い付く。
「ちっちゃな手だね」
「そうかな。サラギンの手がおっきいんだよ」
 ふたりはそう言いながら、手と手を見つめた。ふたりはしばらく黙った。
 ようやくサラギンが意を決したように、言った。
「くちびるの大きさは、どうかな…」
「え…」
 その意味を問い正す間もなく、サラギンはシャミシュのくちびるに自分のくちびるを重ねた──
 ──忘れがたい甘い記憶は時間の流砂に漂白された。生物の肉体は砂のような原子が無数に固化して出来上がっている。死ねばサラサラと流れ落ちるだけだ。
 遠い過去に関わった生き物の生まれ変わりが、彼女の生活のあらゆるシーンに登場する。そういう事をまったく知らず、エミリーはカレーを食べている。タマネギを食べている。タマネギと化したサラギンを食べている。

<おことわり>
 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係がございません。
 本作品の著作権は散文ブログ『ちりぶみ』に帰属し、許可無く内容の一部または全部を転載・放送・販売・レンタルする事は法律で禁じられた遊びです。また、個人的に楽しむ場合を除く無断複製・覚醒剤使用・万引きは絶対におやめ下さい。
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【STEP4】エミリーはカレーを食べ終わる

 エミリーはカレーを食べ終わった。残った分は寝かせて明日また食べる。
 1メガカロリーのカレーライスは彼女の溶鉱炉で盛んな熱を放出しながら分解されていく。かつて牛肉・ニンジン・ジャガイモ・タマネギ・米だった食物は、原子レベルに細分化される。炭水化物は炭素と水に還元されていく。
 エミリーの肉体は酸素・炭素・水素・窒素・塩素・カルシウム・ナトリウム・マグネシウム・カリウム・リン・硫黄その他の元素から構成されている。エミリーが死ねばエミリーの身体は原子単位に拡散し、エミリーを固形化した母なる自然へと還っていく。ちょうど、今日摂取した食材たちと同じように。
 この世はエミリーの破片、以前エミリーの一部だった破片で満ちている。かつエミリーの肉体は世界のあらゆる生命のおふるで構成されている。太古のエミリーさえ含まれている。輪廻転生はただ観念的なばかりの話ではない。原子単位で実際に起こっているのだ。
 エミリーは普段それを意識せずに暮らしている。満腹感に一息つき、モーツァルトをBGMにして皿の後片づけを始めた。
 今エミリーがホッと吐いた息は、かたわらの観葉植物(元セミ)に吸気される。二酸化炭素(CO2)は光合成によって水(H2O)と化学変化し、炭水化物(CH2O)と酸素(O2)になる。
 植物が排気した酸素は誰かの鼻毛を優しく押し分け、肺腑から取り込まれ、心臓のポンプに押し出された赤血球によって全身を駆けめぐる。かつてエミリーの体内を巡回した酸素原子は赤の他人の体内をくまなく愛撫し、卑猥な場所さえも通過し、やがて炭素ともうひとつの酸素と結びついて二酸化炭素となる。
 呼気された二酸化炭素は再び植物に吸われ、炭素原子1個と酸素原子2個に復元する。そのうちの酸素原子1個、もしくは2個ともが、エミリーの身体の中に戻る。同じ空気を呼吸し、同じ酸素をやりとりしている我々は、命の源を共有している。
 本当に、この世はエミリーの細胞のかけらで満ちている。当のエミリー本人は鼻唄まじりに皿を洗っているので気づく気配はさっぱり無いのだが。
 元来、世界はひとつだった。森羅万象は小さな小さな火の玉に凝縮されていた。途方もなく重たく質量の濃いその火の玉は、ある日突然バラバラに飛散した。その残りカスがこの世界。
 ビッグ・バンの時に撒き散らされたゴミがたまたま丸まって出来たエミリーは、宇宙に浮かぶ無数のチリのうちの一片。エミリーの頭の中で起きている思考・意図・着想・苦悩は単なる電気信号。
 今エミリーが聴いている音楽・モーツァルトの構成した天衣無縫の音楽、あれも脳内電流の産物。『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』は出来るべくして出来た。『魔笛』も宇宙のゴミの一部である。
 エミリーが何か想ってみても、実はそこにエミリーの意志は含まれていない。エミリーの思索はすべて電気信号。電子と陽電子が対消滅して光子が生まれるように、たまたま起きた自然現象に過ぎないのだから。その人生に、意味など無い。

<成分表示>
●名称: ヒト
●商品名: Emily K. Woodser
●原材料名: 水分、ミネラル、脂肪、糖質(砂糖・果糖)、食塩、蛋白質(バリン・アラニン・ロイシン・イソロイシン・メチオニン・フェニルアラニン・トリプトファン・プロリン・グリシン・アスパラギン・システイン・グルタミン・セリン・スレオニン・チロシン・アスパラギン酸・グルタミン酸・アルギニン・ヒスチジン・リジン)、酸化防止剤(ビタミンC)、香料(エゴイスト)
●寸法: 高さ152cm×外径83・60・87cm
●重量: 44kg
●内容量: 120リットル
●保存方法: 直射日光の当たらない暗所に保管。
●製造年月日 1983年3月14日
●消費期限 2013年3月13日
●生産者 Tom Barleycorn & Anna K. Woodser
●販売者 蛇頭
※ 開帳後は消費期限に関わらずお早めにお召し上がり下さい。
※ 長期保存をする際は、脳と内臓を抜き取り、炭酸ナトリウムまたは炭酸ソーダの粉末をまぶして乾燥させたのち、防腐剤を詰めて乾燥。ホルマリン(0.012%ホルムアルデヒド溶液)を用いる場合は必ず監督者立ち会いの下で行なうこと。



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