散文ブログ『ちりぶみ』
数名による持ち回り創作ブログ。4のつく日(4・14・24)更新。
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藍染め   (2007/08/24)
 厳しい残暑が続いている。最近は「暑いですね。」が隣近所と交わす合言葉になっている。六十五の誕生日を昨日独りで迎えた。

 趣味が高じて生業となった染色を始めて十年。アトリエと呼べるほどのものではないが、アトリエ代わりの小部屋はエアコンもなく日中は居るのも辛い。早朝と、夕方涼しくなったころの作業は、暑さが残るものの、どこか心地よさもある。

 絹の紬に染める藍色。
 真っ白い紬に太いはけで染料を置く。
 その度に、少し躊躇する私。
 この純白に、黒にも見える藍の染料を置いてしまう葛藤。
 その葛藤を振り切り、思い切り染料をのせる。
 水で洗い、乾かし、再び染料を置く。
 繰り返し繰り返し、十年が経った頃には、部屋の中も自分の着るものも、自分の染める色でうまった。

 アトリエを見学にくる人との談笑が、私の日常を穏やかにしてくれるのだ。顔なじみのご近所の同年代の女性とは、お互い独り暮らし通し、すっかり打ち解けている。いざという時は助け合いましょうねと折に触れて話している。

 そんな代わり映えのないある日の昼下がり、電話の着信音がアトリエに響いた。受話器越しの声の後ろには絶え間ない喧騒がある。瞬間、無意識に身構えた自分がいた。

 「小池夏美さんのお身内の方ですか?」

 三十半ばになる娘の夏美が家を出て十回目の晩夏である。

 隣町の総合病院からの電話だった。交通事故に合い、病院に搬送されているという。頭が真っ白になり、言葉を失った。今は亡き夫が居てくれたら、とすぐに考えた。

 夏美は十年前、長い入院生活の後、何も言わずに家を出た。時折届く手紙に近況が書かれており、ひとりで暮らしたい、そっとしておいて欲しい、と必ず書いてあった。夏美の心の傷を思うと、母として無力な自分をふがいなく思わずにはいられなかった。そのうちに夏美からの手紙も途絶え、私から出す郵便も宛先不明で戻るようになり、夏美の消息は途絶えたのだ。

 「大丈夫ですか?」
 電話口の声にはっと我に帰り、震える声で「すぐに伺います」と言うのが精一杯だった。

 ふと気付くと、いつの間にか涙が溢れていた。

 十二年前のあの日がフラッシュバックする。
 夏美の運転で、家族三人で出掛けた小旅行の帰り道。対向車がセンターラインを超えて私たちの車に激しい衝撃を与えた。
 暗闇と、激しい痛み。
 後部座席の私の顔に降りかかったものが夫の鮮血だと理解するのに、だいぶ長い時間がかかった。

 外の闇と車内の闇は、私には藍色に見えた。
 夫の鮮血も、闇の中では藍色に見えた。

 その藍色を、私は今でもよく夢に見る。

 夏美に謝らなければ、という想いと、会いたいという想いが交錯し、頬を伝う涙も拭わず、家を出る準備をした。今度会った時に渡そうと思っていた藍染のスカーフを箪笥から出し、バッグに詰めた。

 夫が亡くなった街に、夏美は住んでいたのかと思うと、熱いものを抑えることができなかった。
 キーボックスから車のキーを取ったとき、キーンと目の冷めるような金属音が響き、ドアを開けると少し冷たい風が私の前髪を揺らした。

 隣町までは車で一時間半。娘に、私は会いに行こう。


                                    了
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眩暈   (2007/06/23)
 梅雨らしからぬ乾いた天気が続いている。早い夏が来たかのような暑い土曜日、貞夫は新築したばかりの店舗兼事務所を眺めていた。公園通りが延長開通してから、予想通り売上は順調に伸びている。
 五年前に父から継いだ会社もようやく自分のものになってきた感がある。取引先の連中も、会社が大きくなるにつれて低姿勢になってゆくのは世の常だろうか。いい気になって経営哲学などしゃべり始めると、妻にたしなめられることもしばしばだ。
 妻は出来た女である。慎み深く、聡明な女だ。会社が傾きかけたときも根気強く、立直しに尽力してくれた。出来た女房である。

 日曜日。
 事務所の引越しもひと段落したので、久々の休日である。普段より少し遅めの朝、起きざまに軽い眩暈に襲われる。最近よくあることで、別段気にも留めない。妻は休日だというのに朝からせわしなく働いている。貞夫の昔からの無愛想に妻はすっかり慣れてしまったようだ。
 娘の仁美とは昔からあまり話さない。子育ては全て妻に委ね、仕事ばかりしていた。年頃の一人娘は何を考えているのか、貞夫には皆目分からず、派手に爪を塗り、目を塗り、唇を塗っている姿など見るにつけ、妻の若い頃との対比に苦しむのだ。

 居間に置かれたヒノキの置物から漂う香ばしい香り。その隣で新聞をひろげるのが貞夫の日課だ。近所の河べりに立つ樹齢六百年と言われたケヤキの樹が折れた、という記事を読みながら、子供の頃、よく遊んだその樹を思い出していた。この街のご神木だった。
 絶えず軽い眩暈が続いているのは、疲れが溜まっているのだろうと思った。

 めずらしく娘が、お父さん、と声をかけてきた。いつもと変わらずお互いに無愛想な親子である。次の瞬間、突き刺さる言葉が娘の口から吐き出された。

 「あの女の人、誰なの?」

 言葉を失う貞夫に、娘は答えなど求めていないとばかりに、背を向け派手にドアを閉め部屋を出て行った。妻は聞こえないのか聞こえないふりをしているのか、せわしなく居間の片付けをしている。小骨が喉にひっかかったように、鈍い喉の痛みだけが残った。

 月曜日。
 組合の会合だと言って仕事を早めに切り上げ、佳代のアパートへ向かった。食後の一服を愉しみながら佳代に伝えた。
「娘に、見られたようだ。」
 佳代は小さな目を少し大きくして、そう、と静かに言った。

 佳代と懇意になって三年が経っていた。妻とは正反対の四十手前の不器用な女である。少しの小遣いで月に何度か会っている。とは言え、この小さな街ではすぐに噂になりかねないので、外で会うことはほとんどしない。最近唯一外で会ったといえば、先週末、出張帰りに隣り街のシティホテルへ行ったぐらいのものである。
 佳代はベッドの上でも、妻のようにうるさいことは言わない。面倒なことも一切言わない女である。三十半ば過ぎまで独身でいるのは自分のせいだろうか、と申し訳なく思うこともあるが、佳代からは結婚を迫られることもない。お互いに丁度いい距離を保っているのだと、勝手に解釈していた。

 少し間を置いて、強張った声で彼女は、実は、と切り出した。
 「私、地元に帰ることになったんです。」
 喉の痛みを再び思い出し、軽い眩暈がそれに続いた。
 「今までお世話になりました。」
 不器用ながら、はっきりした口調で佳代は言った。

 深夜の帰り道は真っ直ぐに続く公園通りである。
 貞夫は昔から自尊心が人一倍強いたちである。佳代からの突然の別れは全く予想外のことだった。苛立ちにも似た感情が、貞夫から冷静さを奪っていた。いつもよりアクセルを踏む足に力が入る。
 冷静さを取り戻そうと、葛藤が続いていた。
 あのT字路を曲がりきったら忘れよう、とふと思った。
 貞夫は年甲斐もなく、その急カーブを曲がるときの高揚感が好きだった。見通しの悪いそのカーブは対向車線に大型トラックでも来ると、昼間でもひやりとする。
 アクセルを踏む。ハンドルを強く握る。
 佳代の言葉と、娘の言葉、妻の態度、ふがいない自分。諸々が浮かんでは消えた。このT字路を曲がったら、いつもどおりの日常に、何も無かった日常に戻るのだ、ともう一度心の中で唱え、アクセルを踏んだ。
その時、激しい眩暈が貞夫を襲った。ぐるりと世界が回った。T字路を曲がりきった瞬間、対向車線のヘッドライトが眩しくぼやけた。白い壁が、目の前に迫った。
 眩暈の中で光に包まれる感覚は、今まで経験したことのない高揚感だった。次の瞬間、鋭い衝撃音と熱さのような激痛が走った。

 シャッターが下りたように視界が暗闇になり、見たこともない折れたケヤキの巨木が、貞夫の脳裏にぼんやりと焼きついた。不思議な程の静寂が貞夫を包み、痛みも怒りも感じなくなった。
                             
                                         了


エッセイ ・ 赤い梅漬け   (2007/04/24)
 我が家の食卓に赤い梅漬けが並ぶと、必ず思い出す人がいる。
 一昨年他界した伯母である。短い期間だったが共に暮らし、語らい、笑い、そして旅立った伯母は、昭和ひとケタ生まれの強く優しい女性だった。その伯母が漬けた梅漬けがまだ残っていて、時折食卓に並ぶのである。月命日にふと思い出したり、居間に飾られた写真を見ては思い出したりする。そして梅漬けを食べながら思い出させてくれるとは、いかにも伯母らしい遺し物だと微笑ましく思うのである。
 伯母の逝った日はまさに年の瀬、大晦日だった。伯母は、私たち家族の「何も心配ないからね」という言葉に微かに頷きながら旅立った。生前、何かと心配事が絶えなかった伯母の眠る顔はとても穏やかで、私たち家族は胸をなで下ろしたものだった。

 伯母は小さな小料理屋を営みながら、ひとり慎ましく生きてきた女性である。大学の近くの店だったこともあり、六十年代、七十年代は学生の常連客が多かったとよく聞いた。きっと多くの客を迎え、そして多くの客を見送ったのだろうと思う。赤い梅漬けを味わいながら、伯母も人知れず寂しく見送った別れも多かったろうと、邪推する私である。

 別れの種類は違うが、この春、私にも大きな別れがあった。いつの間にか長い付き合いになっていた友人が、大学を卒業してこの地を離れたのだ。彼にとっては大きな旅立ちであり、そして周りの友人にとっても大きな転機であったように思う。
 人生にはいろいろな別れがあるのだなあ、と今さらながらに実感したのだが、彼との別れは、淋しいとか哀しいという言葉では言い尽くせない、今までに経験したことの無いものだった。
 インターネット上のコミュニケーション全盛時代である。遠く離れていてもバーチャルな世界では常に繋がっている。
 けれど結局人間というのは生身の付き合いでしか、本当の意味で繋がれない性なのだ。そして生身の言葉でしか本当の想いは伝えられない。と同時に「言葉」だけでは伝えきれないというジレンマも私たちは抱えている。そしてそのジレンマを抱える関係こそ、私は貴重な財産だと思う。ネット上に飛び交うお手軽な言葉ではなく、伝えたいけれど伝えきれない迸る想いが、そこには在るのだから。
 彼が最後に私たちに託してくれたものは、最近めっきりもらう機会が減った、一通の手書きの手紙だった。お世辞にも達筆とは言えないその手紙には、彼の真っ直ぐな言葉が綴られていた。

 伯母を亡くした時、こんなにも辛い別れがあるのかと、やりきれない想いが私を覆った。けれど今、酸っぱい梅漬けの味と共に、その哀しさは暖かい思い出として移り変わったように、彼との別れも、この先のお互いの幸せと、変わらない友情へと移ろうのだと確信している。環境も立場も違う私たちを、いついかなる時も、ひとつに繋いでくれるのは、私たちの心に残る、あの時のあの歌なのだと、私は思う。




『 ロング & ワインディング ロード 』

その道は、長く険しい道。
それは決して無くならない、私の道。
この道に立つ私を、どうか見守っていてください。

雨が降りしきり、風吹く夜もあった。
涙がとまらない、どうしようもない夜もあった。
なぜ私はここにいるのだろう、と問い
なぜ私は独りぼっちなのだろう、と問う。
誰か、教えてほしいと、祈りながら涙がとまらなかった。

幾度も取り残され、幾度も泣いた。
幾度も遠回りをし、幾度もこの道を捨てようと思った。

けれど私は再びここに戻ってきた。
ひとりきりでも、この道を歩いていくと心に決めた。
私はこの道を、歩かなければならない。
この道に立つ私を、どうか見守っていてください。


                 (BY ビートルズ)
                  (訳・イノタク・イシカワマキ)



優しい音   (2007/02/24)
 昼下がり、二階の自宅のキッチンで、かつんかつんと小気味良い音が響いた。正月に向けて黒豆を煮ながら、しいたけと野菜の煮しめや、ぶりの照り焼きを作っている。弟が春に結婚し、正月は年始の挨拶に来ると言う。客呼びに備えて、今年の正月料理は例年よりも下ごしらえに時間をかけた。
 年の瀬押し迫り世間は慌しいが、我が家のキッチンだけはゆっくりと時間が流れている気がする。父は階下の店で夕方の開店に向け、仕込みをしている。今日は良い牡蠣が入ったと言っていた。

 最近有り余る時間を持て余し、昔から趣味だった料理を再び始めた。仕事は辞めていた。連日の激務に体を壊したのは、公園通りの銀杏並木が色づき始めた頃だった。
 かつんかつん、と再びどこか暖かい音が響く。キッチンにはほんのりと黒豆の煮汁の甘い香りが漂っている。

 父が珍しく自宅のキッチンに顔を出し、少し驚いた顔で私を見ると、母さんかと思った、と照れ笑いを隠してすぐに背を向けキッチンを出ていった。一瞬意味が分からなかった。
 母には昔からいろいろな料理を教わった。きんぴらごぼう、かぼちゃの煮しめ、きりぼし大根、野菜と鶏肉の煮物、茶碗蒸し。和食ばかりでつまらない、と十代の頃は反発して、洋食レシピを自分で買ってきてせっせと挑戦していた時期もあった。
 幼い頃から両親の経営する階下の小料理屋は賑やかだった。こじんまりとした小さな料理屋は季節の野菜をふんだんに使った田舎料理を出していた。商売っ気のない両親の元には、自然と近所の学生やサラリーマンの常連が集まった。
 生活は楽ではなかったが、慎ましく家族が暮らせる収入に両親は満足していた。しかし私は昔から安定したサラリーマン家庭が羨ましく、大学に進学し、卒業後は上場企業の専門職に就いた。

 煮物の具の様子を見て、かつんかつんと、鍋の淵でさい箸の汁を払う。ふと、父がキッチンに顔を出し、母かと思った、と言った意味の謎が解けた。
 ああ、そうか。この懐かしい音は母の癖だ。煮崩れはしていないか、火の通りは均等か、母の目は優しく料理を見つめ、鍋の具の様子をさい箸で優しくつつき、最後に鍋の淵でさい箸に付いた汁を払うのだ。その音はいつも小気味良くキッチンに響いていた。かつんかつん、と。
私は料理が好きだった。出来上がる料理のイメージを描きながら、具材の下ごしらえをする。味付けをしながら、少しずつ調整していく。そして出来上がった料理を誰かと一緒に食べる。当たり前のそれがこの上ない楽しみであり、幸せだった。そして私にそれを教えてくれたのは父と母だった。

 一昨年の夏、母は突然の交通事故で他界した。公園通り沿いの自宅兼店舗を改装して半年しか経っていなかった。

 ふと、店のことを考える。父と母が私を育ててくれた店だ。慎ましくも楽しい家庭を築く糧であった店だ。
 すっかり一人きりの仕込みに慣れた父も年を重ねた。母が亡くなったときも、店は閉めない、と言い張った。一人で仕込みをする父の淋しい背中を見るのは忍びなかったが、この店は父と母の城だったのだ。父にとって店を閉めるということは、母との思い出すら無くすことだったのだと、最近になってようやく痛感した。
 コトコトと静かに煮える黒豆の様子を見ながら、母のように、この店を守っていこうかという思いが浮かんでは消え、再び浮かぶのだ。
 かつんかつん、とさい箸に付いた煮汁を鍋の淵で払う。知らず知らずに身についていた母と同じ癖。この音が母のもとにも届くだろうか、と願うように想った。キッチンに優しく、かつんかつん、という小気味良い音が再度響く。それはかつて家の中で響いていた、母が奏でるとても優しい音と同じだった。その音と共に、静かな年明けがゆっくりと近付いている。


                                                    了



放物線   (2006/12/25)
 冷凍庫から数日前にしまった鶏肉を取り出そうとしていると、その奥に何か手ごたえを感じた。少し背伸びして視界に入ったのは真四角な平たい冷凍ご飯だった。我が家の冷凍ご飯は丸いおにぎり型だから、この四角いご飯は去年の夏に亡くなった美加の祖母が作ったものだ。
「お母さん、まだこんなの出てきたよ。」
 もう古いから捨てちゃうよ、とキッチンのゴミ箱に放り投げた。ガサっと鈍い音がして、祖母が作った最後の冷凍ご飯は処分されたのだ。

 黄色い落ち葉が、公園通りの濡れた路面に張り付いている。降ったり止んだりする雨が、片時も路面を乾かしてくれない。この通りのちょっとした名物でもある銀杏並木の紅葉はすっかり終わり、敷き詰められた落ち葉はこんな風に路面に張り付いてしまうと、お世辞にも綺麗とは言えない。
 公立高校の校内はどの教室も一日中寒い。教室のいちばん後ろの席に座り、背中を丸めて机に向かうクラスメイトを見れば、まるでかたつむりの群れのようだ。
 美加は終業のチャイムが待ち遠しかった。
 今日はチャイムが鳴ったら、この教室内の誰よりも先に帰ろうと心に決めていた。
 今夜、決行するのだ。
 呪文のように美加は心の中で唱えた。
 今夜、決行するのだ。

 最近美加はいろいろな物を捨てた。すっかり小さくなってしまった、大好きだったよそ行きのワンピース。中学時代に何度も読んだハードカバーの「星の王子さま」や「モモ」。何を描いたのか良く分からない子供の頃の絵。小学校時代に書いていた、今読むと恥ずかしい日記数冊、その他諸々。ある日突然何かをリセットしたくなって美加はいろいろな物を捨てた。何となくそうすることで生まれ変わることが出来る気がして。
 
 日没と共に気温も下がり、昼間の雨も上がり空気もだいぶ乾いたように感じた。そそくさと一人きりの夕飯を済ませ、自宅の隣にある物置小屋に足を伸ばす。
 我が家の物置は広くて暗い。古新聞。スキー用具。処分され忘れた古い机。壊れたストーブ。昔家族でよく使ったキャンプ用品。父の釣り道具。家庭菜園用の農具。捨てる物が溢れている。
 懐中電灯を照らしながら物置へ入ると、心なしか少しわくわくした。この物置で祖母は、一人っ子だった私とよく探検ごっこをしてくれた。
ひとりで佇む静かなこの空間の中で美加の鼓動が高鳴る。手にした丸めた新聞紙は少し湿っていて、灯油の匂いが鼻につく。気持ちの昂ぶりを必死に抑えるのが美加の精一杯だ。深呼吸すると灯油の匂いが堪らず、長めのスウェットの袖で鼻を覆う。さらに鼓動が高鳴る。経験したことの無い昂ぶりに酔い、美加は手にした火の玉を優しく放り投げた。それは驚くほど静かに綺麗な放物線を描いた。
 静かに広がる火の玉は辺りの冷えた温度を急激に上げ、吐く息の白さが、煙の白さなのかと美加を困惑させた。美加の細い指はいつの間にか火傷を負っている。ふと、夕べ捨てた固く平たい冷凍ご飯もこの火の中ではあっという間に溶けるだろうと思った。祖母の手が脳裏をよぎる。冷凍ご飯をラップで包む祖母の手はごつごつしていた。
 さよなら、と声に出してみた。住宅街が喧騒に包まれるのが分かり、遠くからサイレンの音が聞こえる。止めどない白い息と白い煙が美加を包んでいた。さよなら、ともう一度口にし、リセット完了、と美加は心の中で呟いた。美加は数歩後ずさりをして振り向き、勢いをつけて外へ駆け出した。風をきって駆ける美加の眼前に、夜の闇はどこまでも続いていた。


                                           了



夏の終わり   (2006/10/24)
 恭子は目をみはった。見覚えのある泣きぼくろの横顔が恭子の目の前を通り過ぎていく。けたたましく鳴る出発のアナウンスとともに、声をかける間も無く恭子を乗せた新幹線はそのドアを閉じた。ドアの向こうの雑踏に消えた背中は、あの男だった。

                     ◇

 久々に帰省した街は、刻一刻と変化を遂げている。恭子の実家のワンブロック先はいつの間にか区画整理され、新興住宅地に変貌していた。 小学校に張り巡らされた高い塀。昔よく通ったパン屋は、シャッターを下ろしひっそりと佇む。小さな商店街はシャッター通りになったが、対照的に一本隣りの公園通りは新しい施設が増設され、まわりには郊外型の大型店がひしめき、市街地より人も交通量も多く賑やかだ。
 短大進学と同時に上京して以来、すっかり地元には寄り付かなくなった恭子である。恭子はなぜか、この街の湿度の少ない過ごしやすい晩夏よりも、都会のじっとりとしたしつこい残暑が好きだった。盆にも帰省しない恭子を見かねた両親が、いい加減に帰ってきなさいと連日電話した甲斐あって、夏も終わりになった頃ようやく帰省したのだ。
 家に居れば案の定、盆と正月くらいは帰って来いだとか、隣の娘は二十歳で嫁に行っただとか、年老いた両親はとやかくうるさい。この街では都会の一人暮らしのような自由な時間は持てない。近所を歩けば幼馴染に会い、幼馴染の家族に声を掛けられる小さな街だ。反対に十年来住む都会は、喧騒に身を隠していれば誰も恭子に気が付かない。適当に男と遊んでいても誰も恭子を咎めない。
 閉じるドアの向こうに消えたあの男が、恭子の胸中を独占していた。鉄道会社の作業服を着、運輸車両部と書かれた腕章をはめていた。男は恭子に気付かず足早に喧騒の中に呑み込まれていった。

 大粒の雨がぽつんぽつんと居間の窓ガラスにあたり、ふと我に帰る。 窓閉めてちょうだい、とキッチンから母の声が聞こえた。徐々に本降りになり、わずかに開いた窓から吹きこむひんやりとした風が恭子の白い肌を刺した。その冷風は、ふと勤務先のビルの連絡通路を連想させた。夏でもひんやりと冷たい無機質な空間。灰色の壁、階段、冷たい手すり。足音が不気味に響くあの空間こそが都会の象徴だと恭子は感じている。そそくさとその通路を通るのが恭子の日課だ。もしも人が忽然と消えても誰も気付かないであろうその空間は、孤独という文字がよく似合うのだ。

 あの日、男は響きのある低い声と不釣合いな笑顔と飾らない語り口で、ジムのインストラクターだと言った。出身は辺鄙な田舎町でもう何年も帰っていないんだ、と冗談交じりに言っていて、私もそうなのと話が盛り上がり、久しぶりに他愛ないことを人と語り合った。その夜恭子は、鍛えられた体と低く響きのある声に酔いながら、もう会うこともないはずの男の泣きぼくろに、そっと唇を重ねた。

 雨脚はいよいよ強くなってきた。二階の窓を閉め忘れていたことを思い出し急いで階段を駆け上がる。「偶然」という言葉が恭子の脳裏を駆け巡り、激しさを増す雨脚と共に使命感にも似た感情が沸く。
 彼に、もう一度会いたい。
 偶然の出会いと再会。その事実に意味など無いだろう。無骨で飾らない、誰も知らないちっぽけな存在の男は恭子にとって、どこか疎ましく、どこか懐かしい。彼との再会の意味は何なのだろう。再会を乞う自分は何なのだろう。自問自答は悶々と紡がれ、駆り立てられた衝動を恭子は抑えることができない。
 受け入れてくれようとも、そうでなくとも彼に会いに行こう。
 連絡先も知らないその男と再び会える確信が何故か恭子にはあった。 激しい雨脚はまだ続いている。恭子の頭は妙にすっきりと冴えていた。激しい夕立によって自分も、空気さえも洗われていくようですがすがしい。さっき開いたばかりのボストンバッグを再び閉め、少し心が痛んだが、私、悪いけど今夜帰るね、と両親に伝える。
 夏もそろそろ終わる。ひんやりと吹く風が相変わらず恭子を包んでいる。晩夏に降る激しい雨音は両親の小言をかき消し、恭子の背中を後押しするように降り続いていた。

                                        了



柔らかな風景   (2006/08/24)
 のどかな街を走る三両編成のローカル線は、少ない乗客に鼓動のような穏やかな振動を与える。とめどなく流れていく車窓の風景を由香はぼんやりと眺めていた。いつもは車で走る公園通り。並行して流れる穏やかな河の流れ。反射する眩しい太陽。川辺を駆ける子供の青い靴。出来たばかりの新興住宅地。生まれも育ちもこの街ではない由香には、この美しい景色もどこか他人行儀に写る。転勤で赴任したこの街は田舎でもなく都会でもない。門前町の佇まいは年々薄れていき、代わりに中心市街地は再開発され、どこにでもあるファミレスやコーヒーショップのフランチャイズ店が増えて行く。

 じくじくと由香の胃の痛みは続いている。胃薬を手放せなくなって久しい。胃の痛みと共に、昨夜、些細な喧嘩で隆に叩かれた左の頬が熱く痛むのだ。腫れた顔では会社にも行けず、ぼんやりと昼頃電車に乗った。何気なく旭駅前で上り電車から下り電車に乗り換え、再び同じ道のりを折り返した。

 隆とは付き合ってそろそろ三年になる。アパートの近くの食堂の店員だった隆は、これといった目標もなく気ままに生活していた。ふと店員同士の会話が聞こえた時、由香の耳に懐かしいイントネーションが響いた。それが隆だった。声をかけるとやはり同郷で、久々に地元の話題で盛り上がった。自然に付き合いが始まり、時間は経ったが、いつからか隆は由香の収入を当てにするように、職を転々としたり無職の時期があるようになっていた。

 降りたことのない少し賑やかな駅でふらりと降り、駅前の小さな商店街を歩いていると、ぎこちない恋人同士とすれ違った。二人の間の中途半端な空間。しかしその空間には恋人同士の華やぎか感じられ、無意識に視線で追いかけてしまう自分に少し自己嫌悪を覚える。隆との会話のない時間、お互い無関心な日常、淡白な夜が由香の脳裏をよぎる。
もう駄目かな、と自然に声に出た。
 歩く足を止め、通り過ぎる風景を見ながら、ぼんやりと高校に入学した頃を思い出していた。親の強い希望で入学した高校は兄も通う地元のいわゆる進学校だった。兄を見習い、兄に追いつくことを両親は常に由香に望んだ。周囲に認められることが由香の目標だった。その頃、図書館に行くといつもある男子生徒がいた。当時急速に開発が進み、緑が減っていく街の風景を彼はいつもぼんやりと見つめていた。授業にも出ず、校内では評判の悪い生徒だったが、由香は彼が嫌いではなかった。放課後暗くなるまで塾に通い、風景など見たことがない由香と彼とはあまりに対照的だった。彼のようになりたい、と思った。もう自分も自由になろう。義務教育を終えたのだから、これからは肩の力を抜いて自由に生きるのだ。これからは好きなことを自分で選ぶのだと決意した。
 進学校の空気には馴染めず、由香は適当に授業に出席し、適当に部活動をこなし、適当に友達づきあいをし、適当な成績で地方の名も無い大学に進学した。両親も担任も失望したが、由香は満足だった。

「お姉さん、大丈夫?」
 年配の女性の声で突然現実に連れ戻され、少し驚き振り向いた。自分に声をかけられたのか判断に迷い、あいまいな笑顔とともに会釈した。「泣きそうな顔して。」と言いながら、女性は優しげな表情を由香に向けている。久しく会っていない母と重なって見え、不意に張り詰めていた糸が切れたように、こみ上げてくるものがあった。「ごめんなさい」という言葉が声にならず、代わりに涙が溢れる。女性は少し困惑しながら「大丈夫よ」と静かに繰り返す。
 隆とは別れよう、ともうひとりの由香の声が聞こえた。溢れる涙を抑えることを忘れ、明日、隆に伝えることを決めた。もう一度、昔の自分のように自由の選択をするのだ。
暖かく少し湿った風が由香の濡れた頬を撫でていく。涙目に映る風景はどこまでも優しい。ふと見えた細い路地裏通りに、赤いゼラニウムの花が風に揺れていた。

                                               了




妹   (2006/06/24)
 深夜の公園通りは、街灯に照らされた桜並木のシルエットが暗闇の中で規則的に浮かび、歩行者もなく、他に走る車もない。昼間の公園通りと対照的な静けさの中では、自然と私の運転も穏やかになる。真っ直ぐに西へ延びる道はまるでどこまでも続くかのようで、暗闇に吸い込まれていく前方は美しくもあり、幻想的だ。
 しかしその道はT字路。ここから五百メートル先は、ぷつりと途切れることを私は知っている。
―嫌な道ね、とかつて隣に座った妹の美紀は無愛想に言った。どこまでも続くかと錯覚させておいて途切れてしまう道は、束縛を嫌う妹にとっては納得がいかなかったのか。

 妹は高校卒業後に美術系の専門学校へ進み、東京で知り合いのコネだと言って軽々と狭き門を抜け出版会社に入社した。華やかな業界は彼女には向いているように見えた。そして社内恋愛の末あっさりと仕事を辞め結婚、しかし一年後慌しく離婚してしまった。世間体も気にせず、なんのしがらみも無い妹がうらやましくもあり、妬ましくもあった。妹に漂う奔放な雰囲気は彼女の最大の魅力でもあり、それゆえに容姿の美しさや華やかさを際立たせているように見えた。

 生真面目な私と妹との確執は、密かに私の心の底に染み付いていた。その気持ちを知ってか知らずか、妹との距離は年を重ねるごとに隔たりを見せた。生真面目な私の小言に妹自身、辟易していたろう。
 私は両親の希望に添い、地元のいわゆる進学校に進み、地元の大学を出て地元の会社に勤めた。世間的には認められた立場かもしれない。しかし仕事や結婚に対する焦燥感にかられる私の日常は淡々と過ぎるのだ。

 妹が入院したという知らせは突然届いた。燃えるような痛みと共に、血を吐いて倒れたらしい。気丈な母も狼狽して私の勤め先に連絡をよこした。

 病院へ向かう道中、夕方のラッシュに苛立ちながらふと見えた前方のバイクのサイドミラー。その中に、暮れかかった小さな青空が映っていた。ふと幼い頃、車庫に停めてあった父のバイクの上で妹と遊びながら、怪我をさせてしまったことを思い出した。
 瞬間。泣き叫ぶ妹。家の中から飛び出してきた母。妹の頬から血が流れている。赤い鮮血は私の恐怖心を煽り、動揺させた。
 妹の頬には今もうっすらと傷が残っている。その傷が、いつも私の心を締め付けるのだ。邪気の無い美しい笑顔に浮かぶ薄い傷跡。

 病室につくと、眠る妹の顔を母は心配そうに見つめていた。遅くなってしまったことを詫び、様子を聞くと、ストレス性の胃潰瘍で救急車で運ばれたが容体はだいぶ落ち着いたようだ。ストレスなどという言葉とは無縁そうな妹だけに驚いた。離婚や、新しい仕事のプレッシャーが重なったのよ、と母は言った。いろんなことを一人で溜め込んじゃうのよね、あんたとよく似てるから。
 母の予想外の言葉に、私と美紀なんて対照的な姉妹じゃない、と冗談交じりに返した。何言ってるの、と母はすかさず言った。そっくりよ、あんた達は。もう少し仲良くなってちょうだいよ。独り言のように母はしゃべり続けた。美紀に怪我させちゃってからかしらね、あんたたちに距離ができちゃったのは。怪我をさせたのは自分のせいだって、ずいぶん落ち込んだのよ。自分のせいじゃないのに。
 痛いことを言われた気がして、だってあれは私が美紀を落としちゃったのよ、と妹の微かな傷跡を見ながら言った。
 何言ってるの、と母が目を丸くした。美紀がバイクの後ろに乗ったらバランスを崩しちゃったんじゃない。母さん見てたんだから。びっくりしたあんたが大泣きしてそっちの方が大変だったのよ。責任感が強い子だったのね。お父さん、それからバイクには乗らなくなったでしょ。あんたがあんまり落ち込んでるから、父さんバイクを処分したのよ。

 私が大学に進学した年、妹は担任の反対を押し切って私と同じ高校に入学した。成績が合格ラインに届いていないので、合格するかどうかは難しいぞと担任には言われ続けていたと、後で母から聞いた。
 お姉ちゃんが目標だったんだから、いつもいつも、と母が思い出すように言った。無理して頑張っちゃうタイプだったのよね、と言葉を繋いだ。そういえばいつも私と同じことをしようとしていた。小学校の自由研究も、中学校の文化祭でのスピーチも、卒業式のピアノ演奏も、いつもいつも私は苦労して引き受けていた役を、妹は器用に私の経験を糧にして引き受けていた。

 美紀はお姉ちゃんが目標なんだから、と母はもう一度言った。私は言葉にならなかった。

 落ち着いた妹と母の様子を見て、私は病院を後にした。ハンドルを握る手に自然と力が入る。私が今まで思い続けてきた記憶。妹の頬の傷。器用な妹。世渡り上手な妹。そんな諸々が私の脳裏をめまぐるしく駆け、そして溶けていった。
 公園通りの静寂に包まれながら、今夜はこの道がどこまでも続くかのように、私には感じられた。突如現れるT字路の交差点で、私はどこか穏やかな気持ちで、思い切りハンドルを切った。

 翌朝、公園通りと国道の開通工事が始まることをニュースで知った。何気なく見た窓の外に、子供の頃絶えたと思っていたクローバーの群生が茂っている。追憶の中では、笑顔溢れる妹と一緒に、四葉のクローバーを探していた。妹のその頬に、もう傷跡は無かった。 

                                             了




春の雨垂れ   (2006/04/24)
 時計は午前一時を回っていた。
 家族の寝息と共に、静かな雨脚の音が微かに聞こえてくる。今夜は無性に目が冴えてなかなか寝付けない。しとしとと降る雨脚の音を聞きながら、この調子だと明日も一日雨だろうかと考えた。
 寝付けない体を起こし、足音を忍ばせて階下の居間へ降りる。窓から庭先をのぞくと、昼間吊るした照る照る坊主が暗がりの中で虚しく雨に濡れている。窓に反射する自分の顔は昼間の顔よりも老けて見え、目尻のしわが無くなればいいのにと指で伸ばしてみる。

 そういえば娘が生まれた日も、今夜のような静かな雨の降る夜だった。仕事から全速力で駆けつけた夫の顔は真っ赤に蒸気していて、生まれたての娘の赤い顔のようで、周りは笑いを噛み殺していたのよ、と後で母から聞いた。
 娘の小学校の入学式も、中学校の修学旅行も、高校の卒業式も、雨が降っていた。初めての海外旅行の出発日も、入社式の日もやはり雨で、その度に娘は「つくづく自分は雨女だ」と苦笑い交じりに呟いていた。
 ソファに腰を下ろし、先日から時折目を通している厚いアルバムを手に取った。少し薄茶けてしまった古いアルバムには、娘の生まれたばかりの写真から始まって、小学校から大学時代まで、成長の軌跡が綴られている。
 まだ若い夫と幼い娘の写った写真を見ながら、遠い日の記憶が蘇る。

 雨の降る夜。雨垂れが滴る赤いフェアレディZのフロントウィンドウ。緊張した車内の恋人の表情。
 ―幸せにする自信はあります。
 突然差し出された白いバラの花束。
 ―幸せにします。この花の花言葉は「約束を守る」だそうです。
 緊張で声にも力がこもっている。
 しっとりと降る雨、凛と咲く白いバラと不釣合いな、強張った恋人の表情がおかしくて、思わず吹き出してしまったのだった。遠い日の美しい記憶に、自然と頬も緩む。その恋人も、同じ屋根の下で共に年を重ね、今は隣室で静かな寝息をたてているのだ。

 そうだ、今年は庭のバラが咲いたら、娘に贈ろう。真っ白なバラの花を、父と母から娘に届けよう。先日の夕刊の園芸欄で、偶然バラの葉にも花言葉があることを知った。

「あなたは私の希望です。」

 春の雨は雨脚の音さえも暖かく、穏やかな眠気に誘われる。記憶の糸と夢想の糸が絡まり合い、幼い娘と手をつないで歩いた公園通りや、バラを届ける夫と私の姿が脳裏をよぎる。うとうととまどろみかけた頃、ほんのりとバラの香りに包まれた。

             ***

 目覚ましのアラームで目が覚め、特別な一日が始まる。深緑色のカーテンの隙間から予想外の日差しが細く差し込んでいる。いつもより少し思い切りよくカーテンを開けると、瞬時に眩しい光に包まれた。
 思わず声をあげた。
 ―お父さん、晴れたわよ!
 自然と口元がほころび、すがすがしい空気が体中に染み渡る気がした。窓の外に目をやると、夕べの雨をたっぷりと吸い込んだ照る照る坊主から、ぽたりぽたりと水滴が滴っている。その水滴が朝の日差しに照らされて輝き、まるで娘の門出を祝ってくれているようで、自然と、ありがとうという言葉が声に出た。
 昔仕立てたきりずっと着なかった黒留袖に袖を通す時、娘と共に過ごした時間の重みがじわりと心にしみて、熱いものが込みあげてくるのを抑えることができなかった。
                                                       了





二月の雨   (2006/02/26)
 今年の冬は冷え込みが厳しく、連日の大雪である。古い木造住宅の我が家は、ひときわ寒さがしみ渡る。
 風邪を引いたのか、朝目が覚めると気だるい倦怠感と微熱を感じる。月のものがずいぶん遅れていて気にかかっている。そしてそれを考えながら目が覚める毎日は憂鬱だ。体の不調は、仕事の合間にも頭をよぎる。もしかしたら、という言葉が頭をよぎるが、検査をする勇気が出ず、恋人にもまだ伝えていない。

-おはよう、寒いね
 最近は専らこの言葉で一日が始まる。頭痛がすると言っていつにも増して無愛想な父は、居間から見える庭に目をやりながら、日本茶をすすっている。去年埋めた球根、この寒さで絶えちゃうんじゃないの、と母に言うと、絶えるわけないでしょ、と苦笑い交じりに一蹴された。

 職場へは車で十五分程かかる。日常は慌しいが、ある種、機械的で淡々としている。オフィスの一角に「業務効率化の推進」という紙切れが虚しく貼られていて、「毎週木曜日は定時退社デー」と少し場違いな雰囲気のポスターが隣に貼られている。人員削減による業務負担の増加は著しく、朝から仕事を精力的にこなしてもあっという間に夜になるのだ。昼間のオフィスはどこか雑然としていて、キーボードをたたく音が幾重にも重なって聞こえ、電話の音、業務連絡の声、上司の怒号、様々が織り交ぜられている。耳を澄ませば、この喧騒に呑み込まれノイローゼになるかもしれないと時々思う。月の半分くらいは深夜の残業になることに、何かと口を出してくる上司に辟易しながら、残業するなって言うなら人を増やして下さいよ、と角が立たない程度に言ってみる。

 そんないつも通りの雪が舞う夜、人の減ったオフィスで携帯電話にめずらしく自宅からの着信音が響いた。デスクから離れ、廊下に出て電話に出ると、受話器の向こうには母がいた。
 動揺した母のうわずった声は、病院に来るようにと突然言った。病院の場所を覚束ない説明でし始め、ようやく父が倒れたという事を私に伝えた。昨日より多少高めの気温にもかかわらず窓の外は雪が降っており、下腹部の痛みが鈍い鋭さを際立たせる。母の動揺から察せられる父の死という恐怖が私の中に沸き起こる。
 告げられた病院へ向かう道中、フロントガラスにせまって降る雪は、次第に本降りになってきた。大雪の日になると母は必ず、おばあちゃんが逝った日もこんな大雪だったのよと言うことをふと思い出した。信号で足止めをくいイライラして待ちながら、ひときわ大きく舞う雪を見つめ、もう少し待って、と祈らずにはいられなかった。
 市内の総合病院は、夜とはいえ煌々と明かりが灯っている。まばらにあいている駐車場のできるだけ入口に近い所に車を停め、ドアを開け少し湿っぽい雪の積もった地面へ足を下ろし、空から音もなく落下する雪を見上げ、まだ父を連れていかないで、と願った。物心付く前に亡くなったと聞かされた顔も知らない祖母に願った。

 雪の上を駆けながら、こんな時に何故か思い出すのは、幼い頃、毎週日曜日にスキーに連れていってくれた父のことだった。父の後ろから、ハの字型にしたスキー板に乗って追いかける私。雪山の柔らかい新雪は私に転倒の恐怖心よりも雪上の楽しさを教え、市内を一望できる大パノラマは、幼心にこの街の美しさを刻んだ。

 受付で伝えられた手術室の前に行くと、青ざめた母がようやく私が来たことに安堵したのか、言い様のない表情を向け、父はかなり悪いようだ、と茫然として伝えた。
 私は言葉にならなかった。


 去年、父の事業は頓挫した。技術があろうとなかろうと、このご時世に町工場の経営は苦しい。帳簿とにらみ合っている父の背中や、工場をたたみ、警備員のアルバイトに出て行く父の背中を哀れに感じ、卑屈にも思った。そんな私の心情を知ってか知らずか、商売やってれば、いい時も悪い時もあるのよ、と母が私に言い聞かせるように言った。
 ぶっきらぼうで頑固な父は多くを語らない。頑なに口を閉ざし、弱さも見せまいと気丈に振舞っている。同じ屋根の下で暮らしていてもいつの間にか会話は減っていた。

 長い手術時間に耐えられず、すっかり静寂に包まれた薄暗い階上の受付フロアに出ると、先ほどよりも雪が少し小降りになっているのが見えた。下腹部の鈍い痛みは夕方よりも痛みを増している。すっかり癖になってしまった何気なく添える手は、傍から見たら妊婦のそれだろうか。
ふと痛みが鋭くなる。下腹部でうねるような痛みの道筋を感じ、痛みが生きていると感じた。その鈍い痛みに、私は願う。もしも命が宿っているのなら私でなくていい。絶える命があるならば、ここに宿っているのかもしれない命を分けてほしい。父に、もう少し生きてほしい。
 痛みに堪らずしゃがみこんだ時、父の背中が脳裏をよぎった。あの背中はいつの背中だろう、と痛みとの狭間で記憶の糸を辿る。幼い頃、自転車の後ろに乗ってしがみ付いた父の大きな背中か。思春期の頃、朝帰りをした私の頬を無言で叩き、私に背を向けた悲しげな父の背中か。久しぶりの帰省に喜びをにじませていた学生時代の父の背中か。それとも最近あまり会話を交わさなくなった庭を見つめる父の背中だろうか。今この場所で、もう少し父の背中を見させて欲しいと祈ることしかできない自分の非力さを悔やんだ。
 その時、下腹部から何か降りる感覚にとらわれた。痛みが抜けて行くような感覚に包まれ、ふと顔を上げると、窓から見える雪は、いつの間にかみぞれ交じりの雨に変わっていた。

   ***

 公園通りには春の雨が降っている。珍しく定時退社が出来た帰り道は、街灯に反射する濡れた路面が少し眩しく、車の速度を緩める。まばらに残る街の残雪は、すっかり埃や排気ガスで薄汚れてしまい、日に日に体積を縮めている。
 雨は心地よい冷たさを私にもたらしている。そろそろ感じる春の香り。夕暮れの雨は庭土にしみこみ、一年前に家の庭の縁取りに埋めたムスカリの球根に染み渡るのだ。
 春の雨はまだこの街では冷たいが、ほのかな香りが長かった冬との決別を匂わせている。

 あの雪の夜から、2ヶ月はあっという間に過ぎた。
 父は庭先で、少し麻痺の残った左手をさすりながら、心なしか柔和になった顔つきで、最近めっきり暖かくなった庭を見つめ、そろそろ芽吹く球根を心待ちにしている。その背中には、これから芽吹く花の淡い色にも似た、穏やかな春の空気が漂っている。

                           了



白い轍   (2005/12/24)
 その朝、いつもより早く目が覚め、いつもより1時間程早く出勤した。明け方に降った雪は、公園通りを真っ白に染めていた。通りにはまだ車もなく、降り積もったばかりの軽い新雪は、私の車とともに15センチ程の轍を創っていく。身の引き締まるようなこの町の寒さはどこか哀しく、公園通りの街路樹は、しんしんと降る雪に包まれて、街の音を吸収してゆく。
 大きな寒波の影響で驚くほど冷え込み、この街よりまだ寒い土地があることを天気予報で知り、ここより寒い街になんて住みたくもないなと苦笑いした。

 夕べの岩倉からの突然のプロポーズは、私を混乱させた。
 岩倉とは付き合って2年になる。職場の上司ということもあり、公にはしていないが、周囲は当然気付いているのだろうと思う。束縛もし合わず、週末に気が向けば会う、といった付き合いは、居心地もよく、寒い夜は身を寄せ合い、淋しさを埋められた。

 -結婚しよう。
 雪が激しく降る夜、いつもの静かな物腰で、隣に座った岩倉は言った。突然のことに驚き、言葉を失い、あいまいな表情を向けてしまった自分自身に戸惑った。ふと窓の外を見ると、大粒の雪が風に乗って斜めに空から降っていた。
 ああ、あの日もこんな雪の夜だった、と思った。
 幼い頃、父が声を押し殺して泣いていた日。風の音だけが聞こえ、部屋の窓から斜めに降る雪の影が見えていた。父とはそれきり会っていない。
 そして2年前の今頃、岩倉が職場のデスクで声を押し殺して泣いていた夜。遅い時間に帰社した私は気まずい雰囲気を打ち消すように、飲みにでも行きますか、と言うと、岩倉はきまりが悪そうに笑顔をつくり、そうだなとうなずいた。雪が激しく降っている夜で、冷たい空気がふたりの距離を縮めた。
 夕べの責め立てるように降る雪は、あの日声を押し殺して泣いていた父の泣き声に似ていた。あの日の岩倉の泣き声に似ていた。痛いほど心に響いたあの声に似ていた。

 岩倉も私からいつか去るかもしれない。かつて父が雪の夜に姿を消したように。
 違う、私が岩倉から去るかもしれないという漠然とした不安。声を押し殺して泣くようなことがなくなれば、という願いにも似た私の同情。私が岩倉を愛していないという事実。

 ―今夜、岩倉に伝えよう。

 日中の雪ですっかり悪路になった市内の幹線道路は除雪が間に合わず、夜には深く不均衡な轍ができていた。乗りなれた車に向かって降りしきる雪は、責めるようにフロントガラスへ迫ってくる。ワイパーの速度を上げ逃げようとすればするほど雪は私を責めるのだ。

 この街の冬はまだ長い。予報では今夜も大雪警報が出ている。どこまでも続くかのような白く薄暗い道が、ひんやりと私を包んでいた。




夜の風   (2005/10/27)
 公園通りの銀杏並木が色付き始め、朝夕はめっきり寒い。もう少しすると、遠くに見える山々もうっすらと雪化粧をするだろう。公園通りは見通しの良い直線を描いている。周囲には新興住宅地が建ち、在来線の駅舎が取り残されたように古さを際立たせている。新興住宅地に合わせて、近郊大型店舗が点在している。数年前までは山のふもとの畑ばかりの土地だったが、週末にもなれば中心市街地よりも賑わう町になってしまった。この公園通りを抜け細い急カーブを左に曲がると、まだ緑の生い茂る山の景色が残り、その先のさらに細い道を右に入っていくと、比較的新しい外観の病院がぽつんと姿を現す。聡美は最初にこの病院に来たとき、なんて淋しい場所なのかと途方にくれたものだった。公園通りの明るさとは対照的に、この山の中の病院のか細い灯りは病人を抱える者にとって殊更こたえた。


 母の入院は唐突に主治医から告げられた。聡美が口をはさむ余地などなく、この病院を告げられた。もう長くはないでしょうとその主治医は静かに言い、それはまるでドラマのワンシーンのようで、こういう時はどのような反応をすればいいのだろうかと他人事にように考えた。これからどうなるのだろうか、この後どうなるのだろうか、今日はどうやって帰ろう、主治医は母を見放したのか、明日の仕事のこと、母の容体、思考回路は止まっているのに、支離滅裂に考えることが次から次へと外部から侵入し、聡美の思考を侵していった。
 かろうじて聞けたことはひとつだけだった。
 ―最期は苦しみますか。
 主治医は聡美と改めて向かい合い、口を真一文字に結んでから一呼吸おき、そちらの病院の方が心安らかに過ごせると思いますよ、とだけ言った。


 日常は淡々と過ぎる。幼い頃から働きづめで聡美を育てた少々ヒステリックな母も、今年還暦を迎える。
 母とはずっと二人で生活してきた。父はもう死んだと母は言い続けているが、高校時代に近所の顔馴染みの女性が、お父さんは東京で暮らしているらしいわねと口を滑らせた。しまった、という顔をして逃げるように女性はその場を立ち去り、家に帰り母に問えばやはりヒステリックに父はもう死んだの一点張りで、余程聡美に会わせたくないのだと悟り、それ以来聞くのは止めた。


 山のように積まれた靴箱から、今日履いていく靴を選び一日が始まるのが聡美の日課だ。短大時代、毎月靴を一足買った。来る月も来る月もバイト代で靴を買う。靴を買うためにバイトをしていたようなものだった。半年ほどは母も黙って見ていたが、そのうちに訝しがり、病的よ、あんた、と冗談交じりに言うようになった。 確かに聡美の靴への執着は病的だ、と自覚はしている。持っている靴はローヒールからハイヒールまで様々で、バックストラップやTストラップ、オープントゥ、セパレートパンプスも有ればミュールやブーツも当然有る。リボンの飾りが付いているものや、ステッチのデザインが入ったもの、素材もラム革からスウェード、ツイードもある。病的だわホント、と苦笑いしながら今朝も積まれたフェミニンな靴たちの眠る靴箱を見上げる。
 月に一度、持っている靴、総勢56足を全てメンテナンスする。クリームを塗り、丁寧に拭いていくのだ。ひたすら無心になって、ひたすら靴を磨く時間が聡美には極上の時間だ。 
 その光景をすでに見慣れた母は昨年末の大喧嘩以来、触らぬ神にたたり無しと言わんばかりに何も言わなくなった。昨年、母が一足勝手に履いていたことが発覚したとき、聡美は母に激怒したのだ。父へ対する母のヒステリックな態度とは比にならない程の興奮状態の聡美を、母は止めることができなかった。
 

 入院生活はあっという間に1ヶ月を経過した。
 母は日ごとに弱って行くが、幸いにも病院の居心地が良く、かつての主治医が言った通り、この環境は患者や身内には心安らかな場所だ。母を養うためにも仕事を辞めるわけにはいかないので、病院に来られるのは専ら日曜日だが、業務に追われ消化できずにいる有給休暇を近々まとめてとろうかと考えている。
週の半ば、会社帰りの道沿いのスーパーでいつものように買い物を済ませ家路につく。キャベツ98円、木綿豆腐98円、ニンジン102円、鱒切り身100円、本日の目玉国産大豆納豆68円。
 病人を抱えていようがいまいが、日常は淡々と過ぎていく。誰もいない狭い家に帰るのは憂鬱だ。しんと静まり返った室内にスーパーの買い物袋のビニールの音が虚しく響いている。
 突然、普段あまり鳴ることのない携帯電話の着信音がけたたましく響く。病院からだ。聡美は母の死期が近いことを悟った。
 
 携帯電話を手にした一瞬、窓を閉め切った室内に、感じるはずのない冷たい風が頬をきった。目頭が熱くなり、視界がぼやけた。携帯電話を握る手に自然と力がこもる。その瞬間、遠い日の涙を流した記憶が蘇る。


 幼い聡美。暗い道。疲れた足取り。乾いた喉。心細い夜風の音。公園と道の境のわずかな段差に足をとられ転倒した。ひざの痛みとかさかさになった手のひら。誰もいない町。取り残されたような恐怖。転んだ弾みで涙が次から次へと溢れ出た。口の中に塩辛い涙が入り込み、さらに乾く喉。―お母さんお母さん、と声にならない声で叫んでいた夜。誰かが後ろから追いかけてくるような感覚に襲われ、たまらず走り出した。住宅街の家々はどの家も大きくそびえていて、誰も聡美には門を開かない。ここには来てはいけなかったんだと懸命に走った。
 その時、ふいに誰かに腕をつかまれた。恐怖で声も出せずに、両手で顔を覆った。全身に震えがきた。
 ―聡美!と呼ばれた気がして、おそるおそる指の間からのぞいたその先にいたのは、母だった。
 安堵を感じる間も無く、ぴしゃりと頬を叩かれた。痛さで再び涙が溢れた。
 ―どこに行ってたの!心配したじゃないの!靴はどうしたの、靴は!
 ぴしゃり、ぴしゃりと続けざまに何度も叩かれた。母も泣いている。私も泣きながら靴を履いていないことにようやく気づいたのだ。
 ―どこに行ってたの!あんたがいなきゃ困るのよ、お母さんは!
と、苦しいほど抱きしめられ、母は何度も何度も言い続けたあの夜。


 ―すぐに来て下さい、という看護士の電話を切り、聡美は狭い玄関の横に高く積まれた靴箱の中から、昨年の今頃、母がこっそり履いていたあの靴の箱を一番下から抜き取った。丁寧に箱に収められた、シックな黒のバックストラップの靴を出し、今しがた置いたばかりのベージュのバッグを手に取り、キーボックスに掛けられた車の鍵をいつもより乱暴に外し、靴に足をいれ、夜風の冷たい外へ飛び出した。ピンヒールの音が、幼い頃迷った夜の町に響いていた。       了




無題   (2005/10/24)
立ち上がりざまに
突如襲う眩暈。

倒れこむように浴室から出て
強烈な眩暈と、
速すぎる脈、
浅い呼吸。
濡れた肌から止めどなく湯気がのぼり
吐く息の白さと交わる。
立ち上がろうとするのを抑えるように
強烈な眩暈が止まない。

驚くほど力強い鼓動、
聞こえてきそうな動悸が

生の実感を
私にくれる。



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